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#45 何気ない、大切な時間

「ふ、ふふ……朝ですよー、朝が来ましたよーぅ……」

「うぉ、顔むっちゃ白――ってそうではなく白凪さん、ここで寝たらダメですよー!」


 ふらふらと虚ろな目をしている白凪さんを揺さぶり、セットのコーヒーを口に突っ込んでなんとか覚醒させる。追加でサンドイッチを食べさせれば、徐々に意識がはっきりしてきたようだ。食べ終わる頃には何とか持ち直してくれた。


「大丈夫ですか?」

「うう、亡くなったお婆ちゃんが手を振っているのが見えました……」

「危険水域ぶち込んでませんかね?」



 朝。

 予定していた通りに病院屋上のカフェに向かうと、そこには確かに白凪さんがいたのだが――ご覧の有様だったのでかなりビビった。いやぁ、美人な人が青白い肌して幽鬼のような雰囲気してたら夜でなくても驚くて。

 そんな白凪さんだったが、胃にものを入れたら多少マシになったのか血行が良くなっている。ちびちびとコーヒーを飲む姿が小動物っぽくてスクショを現実でもできたらなーとか思いつつ、何があったのかと尋ねてみんとす。


「ここ最近は落ち着いていたのですが、つい先日に今まで生産が追い付いてなかったハードがようやく、でして」

「もしかして一気にユーザーが増えたとか、ですか」

「せぇー、かい、です。特に最初の街でトラブルがあちこち、もう」


 またカクンと落ちかけた頭を支えつつ、どうしたものかと考える。

 元々今日会おうとしたのは、最近ゲーム終了後に起きるVR酔いと思われるめまいについて聞こうとしていたからだ。が、今は白凪さんがご覧の有様なので真面目な話ができる雰囲気ではない。話せばしっかり聞いてはくれるだろうけど、激務の夜勤明けな白凪さんにこれ以上負担を掛けようとは思わなかった。


 ……ま、症状自体もすぐ収まるし、今日じゃなくてもいいか。


 いざとなれば直接会わなくとも端末で聞けるのだ。本日のところは他愛もないお喋りだけにしておこう。

 そうこうしている間にも食べ終えた白凪さんだが、多少元気になったと思ったら、今度は別方向で困ったことになってしまった。愚痴をこぼし始めてしまったのだ。


「おかげで先輩達の機嫌が悪いですし何故か私にばかりコールがきますし新規でも変態さんは多いですし開発はもう地球の言語を話しているのかすら怪しくなりましたし――」

「どーぅどーぅ、落ちついて落ちついて」


 いかん、白凪さんがストレスと睡眠不足で暗黒面に堕ちそうになってしもうとる。というか新規に変態多数で開発が地球外言語ってどんな状況ですかよ。

 できれば種族的なお仲間が来てくれたらとは思うけど、掲示板見るのが怖いってかSAN値下がりそうなので止めておこう。


「とりあえず白凪さん、今日は帰ってゆっくり寝てください」

「そうしますぅ……」


 と言ったものの。とりあえず日中ではあるのだけど、このまま一人で帰すのは酷く心配なので送っていくことにした。多少時間はかかるけども"家は近い"と言える範囲のようだし、帰り道が分からなくなるほど遠くはないと思うのだ。

 そんな訳で支払いを済ませて、ふらふらと足元おぼつかない白凪さんを支えつつ病院から外に出る。


「た、たいようがまぶしい……」

「なんだか引きこもりみたいなステータスになっちゃってますけど、いっそ向こうで仮眠してからの方がよかったのでは?」

「何かあったら即呼び出しどころか問答無用でインさせられるとこで気が休まるわけないのです……」

「どこの地獄(ブラック)ですか」


 ゲーム内が現実の倍の時間密度なので、問題が発生する速度も倍という事でもある。プレイヤーがぽんと増えてもGMはそう簡単に補充できないので、てんやわんやな状況に陥ってしまっているようだ。


 ……あれ? そういえば前は公式サイトにバイト募集の案内が掲載されていたけど、最近は見なくなった気がする。今この忙しい時期こそ募集するべきだと思うのだが……?

 ふと湧いて出た疑問について、信号を待ちながら聞いてみる。すると、あっさりと答えが返ってきた。


「ああ、それはようやくサブGM権限を持ったNPCが順次実装されているからですね」

「……サブGM権限? NPC?」

「簡単に言ってしまいますと、人手が足りないので一部をAI任せにしてしまいましょうというお話です。プレイヤー間のトラブルや判断基準が難しいものは人間が対応しますが、操作やシステムに関する質問や案内などは十分ですから」


 GMコールと一括りにしても、その内容は多種多様だ。メニューの項目やスクショに関する質問だったり、緊急度の高いハラスメントに関するトラブルだったり、単なる迷惑行為の為だったりと。

 確かにあの生きた人間と見まがうAIの完成度なら、GMの代わりとしても十分な働きが期待できるはずだ。まあ人間関係のトラブルの類はそもそもAIに任せること自体が厄介事に発展しそうなのでやらせていないのだろうけど、案内・説明ぐらいならむしろAIの方が得意そうである。


 ちなみに単に呼んでみただけとか、雑談がしたかったとか、ナンパ目的でGMコールをした場合は高確率でBANされるとか。悪質なクレーム? リアル弁護士がご登場し、最悪営業妨害がリアルで適用されるのは有名な話である。


「あくまでサブなので主体は私たち(人間)なんですけどね。それでも細々とした対応がさっぱりするので、お陰で今日帰れるというのがあるのですが」

「人件費ゼロで人間と同等の働きが期待できるとか、流石と言いますか」

「……その分反感も多いですけどねー。AIが人間より上位にいるのが気に喰わないとか、暴走したらどうするつもりだとか、雇用が減るとか」


 どんなに便利で利点が多い物でも人間に感情やら趣味嗜好やら主義主張が星の数ほどある以上、それに伴う負の感情も山ほどある訳で。本来のクレーム対応係はいるのだろうけど、プレイヤーと直接接するのはGMなので変わらず大変そうである。


「っと、青ですね。渡りますよー」


 目前の信号が青に変わり、左右を確認して二人歩いていく。空は程よく晴天で、早い時間だからそこまで暑くないものの日差しは若干強め。あまり肌が強くない身としては日焼け止め――はお金が掛かるので、愛用の帽子でも被ってくれば良かったと思う。

 しかしまあ、片や顔は完全に日本人なのに髪色おかしい女子と、片やどこのお嬢様と思う程に整っているが凄まじく眠そうな女性。さてはて周囲には私たち二人組はどのように映っているのだか。


 ……姉妹、はないな。あるとすればちょっと残念な令嬢とお付きの使用人とかか?


「なんだか今、彼方さんに酷い評価をうけた気がします」

「気のせいです」


 そんなこんなで白凪さんの道案内の下、そこそこの距離を歩いてきた。

 そろそろ着く頃だと思うのだけど……さて、どんな家に住んでいるのだろうか、と……? あれ、この辺りって地元でも有名な、所謂高級住宅街と呼ばれる地区だったような――


「あ、やっと着きましたー……」

「え――えぇ?」


 ほっとしたような白凪さんの声を隣に、思わず抜けた声が喉から転がり出て行った。

 これ? と首を見上げるが、この角度は地味に首が痛い。


 じっくりとその建造物を眺め、白凪さんを見て、もう一度往復して出てくる感想は一つ。


「ほんとにお嬢様だったんですね……」

「あれ? なんで皆さん同じ感想を言いますかね?」


 ……それはそうでしょーに。

 その同じ感想を言った人たちは白凪さんの事を、お嬢様っぽいけど天然入っているので『ああ、そんなキャラか』と納得していたのだろう。私のように。

 ところが、実際に住んでいる所がこの街でもかなり目立っているマンション――地上数十階という、私の家からでも視認できる建造物だったのだから、そんな言葉の一つや二つは出てきておかしくはない。


「ちなみに部屋は何階ですか?」

「最上階――40階ですね」


 ……なんでこの人GMとかやってるんでしょう? つーか40階ってどんな高さか想像もできないのですが。

 いやそれ以前に、そんな部屋に住む人物が徒歩で、しかも夜勤で死にかけてていいのかと切に思わなくもない。


 なんなのこのお方ー、という視線を投げかけていると、それに気が付いた白凪さんが恥ずかしそうに眼を反らした。


「あ、あはは……。まあ、これには一応理由がありまして」

「聞きましょう」

「えーと、元々この辺りは今でこそ色々と発達した都市ですけど、昔はただの農村だったらしいのですよ」

「へぇ、そうだったのですね。――で?」


 今のこの街は交通網が発達し、路面電車、バス、地下鉄、少し離れているけど空港や新幹線と移動手段には困らない。もはやどれだけ見渡しても水田やら畑は見当たらないが、確かにそんな話をどこかで聞いたことがあった気はする。

 が、それは白凪さんの家には関係ないのは分かっていますよ?

 さあキリキリ吐くのです!


「……で、私のご先祖様がその辺りの大地主だったそうなのですよ」

「………ほぅ」

「当時は何もない田舎だったお陰で世界大戦の戦火を見事に回避した挙句、戦後とバブルの都市開発で土地が高値で売れに売れまして」

「結局お金持ちのお嬢様で間違っていないというかこのマンションもお宅の名義ですね!?」


 あははーと視線を逸らすあたり、本当に目の前のマンションは白凪さんの親族が管理している建物なのだろう。いくら土地があるって言ってもこれ(・・)を建てるだけでも億単位のお金は必要だろうから、それだけの資産は持っているという事だ。

 それにしては有名とは言えゲーム会社に勤めていたり、徒歩で通勤していたりと、所々で庶民っぽいのだけど……何か理由があるのだろうか?


「家はご家族と?」

「いえ、その。両親はここからまた離れた実家の方に住んでいるんです。私が社会人になったので一人暮らしは経験しておけ、とのことでして」

「この最上階に一人暮らし……!?」


 あの最上階、部屋の数が私の家の倍以上はありそうなんだがなー……。無駄に余ってる部屋が多そうで掃除も大変だろうから、よくよく考えればさして羨ましくはないのだけど、それでも一般的でないことは確かだ。


「お手伝いさん……家政婦とかは雇っていないのですか?」

「いえいえ、流石にそこまではしていないですね。掃除も料理も洗濯も、自分でしておりますし。あ、実家も同じですよ?」

「……? お金と土地が沢山あるのに、なんだか生活は一般的なんですね?」


 所々にあるイメージとのズレに、思わず首を傾げてしまう。

 そんな私の様子に気が付いたのか、白凪さんが苦笑しながら口を開いた。


「正確に言うのであれば、お金と土地"しか"持っていないんですよ。ええ、"商売の為の才能"とか"先を読む目"とか……その辺りは残念ながら備わっていなかったようでして」


 もう目的地(白凪さんの家)は目の前だが、ちょっと道を逸れて傍の公園に入る。

 ちょうど木陰の真下であり、綺麗に掃除されたベンチに二人で座ったところで話を再開した。


「祖父や父は今でもこう言ってますね。土地が売れてお金が沢山入って来たのはいいんですけど、『怖くなった』って」

「怖くなった……、定番で言うと人間関係の変化とかでしょうか? もしくは突然お金持ちになったという事は、逆もありえるからとか」

「後者が正解ですね。人間関係は……確かに悪い人が寄ってきたりもしたそうですけど、幸い親戚や友人が良い人たちばかりで助けて貰ったとはよく言ってました」

「へえ……それはそれで凄いと思いますけど」

「親戚とか友人の方々は釣りが好きだとか、農業が好きだとかであまりお金に執着しない人が多いのですよね」


 欲に目がくらんで――とはよく聞く話ではあるが。それがなかったという事は、それだけ白凪さんの一族は人が良く、友人にも恵まれているのだろう。

 で、結局のところ何に怖くなったのかと言うと、


「土地を売ってお金持ちになった――のはいいですけれど、それは単に持っていた物を売っただけであって事業でもないですし、商売と呼べるような事でもありません。要は継続的な収入源ではないのですから」


 なるほど、だんだん分かってきた。

 手元にお金はが沢山あるにはのはいいけれど、使えば減るのは当然の話。もう一度増やすための土地は有限で、何かしなければジリ貧だ。

 なら増やすためにはならそのお金を元手にしてお金儲け商売やら投資やらをやればいいのだろうけど……そのための才能がないことを、白凪さんのお爺さんとお父さんは自覚していたらしい。いくら金を持っていたとしても、失敗やらトラブルで一瞬で億単位のお金が溶けるとはよく聞く話だしね。

 よく言えば賢明、悪く言えば臆病と言ったところか。


「起業とか言われても何をしたら良いかさっぱりですし。一応このマンションみたいなのを建てたり、堅実なところの株を買ったりはしているのですけど、ね」

「そういえば、マンションは長い目で見れば十分に利益がでますけど、建てたお金を回収するのに少なくとも十年は掛かるとは聞いたことがあります」

「それも事故の一つでもあれば価値が暴落しますから……投資にも絶対に安全なんてないですので、何もせずに暮らすなんて無理ですよ」


 つまり白凪さんが家はともかく普通に生活しているのは、


「そのような訳で『何かあった時の為に自活できるようにしておく』として、ちゃんと就職して働いて、家事もできるようにしているのです」


 ……白凪さんとその家族、ちょっといい会社に勤めてるからって上流階級気取りのウチの親にマジ見せたい。



 そんなことを話していると、時間を確認すると結構な時間が経っていた。

 うん、話をするのは楽しいけど、今は引き留めるべきではないな。白凪さんもベンチに座って落ち着いたからか、また眠そうにし始めているしね。


「さて、私はそろそろ帰りますので。白凪さんはちゃんと布団で寝てくださいね? ええ、寝る場所は布団ですよ?」

「そ、そんなに強調しなくてもいいじゃないですかぁ……」


 目を逸らしている時点で何か心辺りがおありのようで。

 風呂とかで寝られては困るので、釘を刺しておいて正解だったようだ。ベンチから立ち上がり、マンション正面の玄関まで白凪さんの手を引いていく。


「なんだか格好悪いところ見せてしまってすいません……。今日も何か聞きたいことがあったのでは?」

「大した話ではないので、また余裕が出来た時でいいですよ。それより何度も言いますけど、体壊さないようにゆっくり休んでくださいね」

「……ふふ、ありがとうございます」


 見送りはマンション内の、エレベータの前までだ。また、といつかに会う約束をして別れた。

 次に会うときはもっと話ができればいいと思うあたり、自分でも懐いてしまっているなと感じる。


「……さて、帰るか」


 マンションから出れば、先程よりも強さが増した日差しに目を細める。

 手で少し覆いつつ空を見上げるが――少し"狭い"と感想が出るのは、やはり向こうの影響だろう。


 もう一度時間を確認し、ここから家までどれだけ掛かるか計算する。

 ……この時間帯なら、誰もいないかな。


 帰って少し掲示板でも見て、昼を食べて。それからログインしよう。

 後どれだけ歩けば塔に着くのか分からないとか、街に戻らないと姉の機嫌が悪いとか色々あるけども、とりあえず進めば何かあるだろう。むしろそうやって来たのだから、まあ今更か。


「さーて。今日は何か進展があればいいのだけれど」



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