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#44 ほんの、ちいさな、歪み

『あるよ?』

「あるんですかっ!?」


 素で驚いてしまった。


 フレンド通信のウィンドウに映っているのは、最近忙しかったらしくログイン出来てなかったという夢見さん。今日は色々買い物や知り合いのところに顔出したりと動き回っていたようで、今はケーキを食べながらのんびりしている。

 そんな時にこんな質問もどうかと思ったけど聞いてみると、あっさりと答えが返ってきた。

 曰く、


『そっか、カナタちゃんダンジョンに入ったことがないんだっけ』

「ダンジョンですか?」

『そ、あのでっかい樹とか、私が攻略中の城とか。そういった場所にはね、街に戻るためのアイテムとかポータルとかがあるんだよ。アイテムはどのMobからドロップするかすぐに情報回るし、最奥に向かうルートからは外れてるのがいやらしいけどポータルはそもそも位置固定だし』


 なるほど、ダンジョンかぁ。

 ……入る以前に全力でスルーしましたが何か。


 廃都にもポータルはあったけど未起動で、それを使うために今も攻略組が色々やっている最中なぐらいだから気にもしていなかった。うーむ、見事にタイミングが悪い。


「……でも私ならあの樹だと瞬殺されかねませんから、どのみち無理では?」

『そこは誰かに依頼したり、知り合いに連れて行ってもらうのが定番かな。それを専門とする人もいて、今なら樹でも活動しているよ』


 掲示板で検索して見れば、確かに通称"案内人"について逐次情報が更新されているのが分かる。

 行ったことのある街に転移できるアイテムは非常に高価で、今の廃都で売られているのは相場の数倍の価格だそうだ。そこで案内人という、ダンジョン内にあるポータルまで連れていくことを専門にしているプレイヤーに頼むのが基本なのだとか。詳細な内容は人それぞれで中には悪質なのも混ざっており、ダンジョン内ポータルもアイテム所持数だとかで結構制限がきついようだが、それでもまだ戻る術がまだ確立していない廃都では大人気のようである。


「商魂逞しいですね……。でも頼んでいる方は寄生って言われませんか、それ」

『あからさまでない限りは大丈夫だよ? そうでないとやってられないっていうのもあるけど』


 そこは温情なのか何なのか、自由度が高い分スキルレベルが低くとも逃げる隠れるに全力で挑めばギリギリたどり着けるレベルらしい。当然、案内人の大半は隠密系や索敵系のスキルを取得していて、成功率は非常に高い。中にはそのスキルがパーティにまで及ぶ称号を得ているプロまでいるので、そんな人は日に何回も往復しているという。

 敵から逃げているだけでも案内人も依頼人もスキルレベルは上がるから、確かにボッタクリな値段でアイテム買うよりかは現実的か。


『で、カナタちゃんだけど、今はあのエレベーターとかなかったらどうしよう系の塔を目指しているんだよね?』

「ものすごく不安になる形容詞ですが、その通りです」


 話題に上がって来たので、その塔の状況を伝える。

 と言っても微妙な内容しかないのだが、何か気づくことでもあればと思い全部話す。


『見た位置的な問題なのか、その謎バリアが原因なのかは不明だけど、今のところは山を越えた先にあると』

「道は塔に向かって続いていますし、辿って行けば問題なく着くとは思うのですけど」


 ふーむ、とケーキを食べながら何か考え事をしている夢見さん。真剣に相談に乗ってくれるのは非常に有り難いのだけど、それはそれとして頬にクリームが付いているのは指摘した方がいいのだろうか? それとも夢見さんの天然キャラとして黙っていた方がいいのかな?


 考えがまとまったのかキリッとした表情をする夢見さんだが、後ろで傘華さん(サブマス)が腹抱えて爆笑しているのには気づいていない。ついで、なんだか夢見さんの後ろで『何どうしたの?』『いやギルマスの顔見て来いよ』『……ぶふぅ!』という流れが連鎖しているが、後が大変そうである。

 うん、やっぱり夢見さん見てるとひじょーに和むな。


『ならやっぱり塔までのルートとしては山越えじゃなくて、洞窟を通って行くパターンかな。多分、そこまで辿り着ければ良いと思うよ』

「なるほど洞窟ですか。そこまでで良いんですか?」

  

 塔までではなく、それに通じる洞窟で問題ないと言う。

 その理由は、


『RPGとかなら定番だけど、大体はそういった洞窟もダンジョン扱いなんだよ。塔まではまだまだ距離があるみたいだし、中間ポイントみたくポータルはあるんじゃないかな? ……間違いなく一筋縄ではいかないはずだけど』

「……経験則ですか」


 何かトラウマを刺激してしまったのか、ちょっと震えている夢見さんは置いておいて。

 まあ、ポータルの解放に厄介な仕掛けがあったとしても、先の話が確かなら逃げの一手を打つのであればいけなくもないはずだ。となるとやはり何とかして姉と一度会うには、廃都に戻るよりも先に進んだ方が良さそうか。


 よし、方針は決まった。

 もう遅い時間だから先には行けないけど、それでも戻るかどうするか悩む必要がなくなったのは大きい。論理武装は大切なのだ。

 夢見さんには、急な連絡にもかかわらず助けてもらったことに礼を言う。


「休憩中にありがとうございました」

『カナタちゃんは相変わらず固いなー。そんなに遠慮しなくても、もっとこの頼りになるお姉さんに任せてくれればいいんだよ?』


 むふーと胸を反らす自称頼りになるお姉さん。

 なんだろうなー、一見とても親切な先輩のような雰囲気があるのに、頬にクリーム装備のお陰で子供が背伸びしているようにしか見えない。もはや傘華さんの腹筋が限界なのか蹲って痙攣しているのと、ギルメンが動画撮ってることも含めてそろそろどうにかした方が良さそうである。


「そう、ですね。頼りにしています――ので、とりあえず鏡を見ることを推奨します」

『鏡?』


 首を傾げてギルドホームに備え付けてあるっぽい鏡を見て、そのままビキリと固まる夢見さん。そして今まで堪えていたものが噴出したのか、声を上げて笑い出す傘華さんたち。


『ぶっはははははは! 頼りになるお姉さんて! お姉さんて!』

『いやー久しぶりに良い画が撮れましたねー。これギルドの募集PVにでも載せちゃったりします?』

『はいはーい頼りになるお姉さん、お口ふきふきしましょうねー』


 ……うん、夢見さんがピクリとも動かない。

 夢見さんはどうも不測の事態があるとフリーズして、のタイプの人間のようだ。大体この後のことは想像がつくので、これはもう退散した方がよさそうである。


「それでは、また何か進展があったら連絡しますね」

『―――――――』


 通信を切る直前、前にも聞いたような叫び声は……聞かなかったことにしよう。



「あ、盾の事忘れてた」


 ウィンドウを閉じてから一息入れたところで、ふと気が付いたというか実物見たら思い出した。

 姉の件がある前はそれを相談しようと思っていたのに、すっかり失念してしまっていた。


 ……流石にもう一度連絡する勇気はないわー。


 他の人に聞こうにも、今フレンドの状況を知らせるアイコンはどれも灰色だったり赤だったりしている。要はログインしていないとか戦闘中だとかだ。

 ちなみに夢見さんのアイコンは赤くなっているが、そこは気にしたら負けな気がする。


「なら今日はもう落ちるか。姫翠とトリアートは……ああ、まだやってる」


 窓から見えるすぐ傍の河。そこには、小さな碧の妖精がラクガキ犬に座って釣り竿を振っているという、実に奇妙奇天烈な光景があった。

 普段ならもう寝ている時間ではあるけど、かなり気に入っているらしい。


「妖精サイズの釣り竿とか作れるのに驚いたけど、それで姫翠が釣りしてるっていうのも凄いなアレ」


 何だか暇そうにしていたので細工スキル向上も狙って作ってあげたが、楽しんでいるようで何よりだ。

 そういえば、私がログアウトしている間って彼女らは今までどうしていたんだろうか? ちょっと気になったので、また時間があったら調べてみよう。


 おっ、何か釣れ――たけど投げ捨てたな。

 なんで河に青と紫の斑模様なタコがいるのかは兎も角、それを魔法でぶった切って針外して風圧でかっ飛ばすとか意外とワイルドなリリースをする姫翠である。トリアートも動じてないからもう慣れてるなー。


 一度姫翠たちに声をかけ、また中に戻る。明日は休みなので、買い物とか家事を済ませたらログインしよう。

 さて寝よう、と布団に入りログインしたまま寝ようとしたところで、小さなウィンドウが出現したことに気が付いた。


 内容は緊急度の低い警告文で、端的に言うと――そろそろ花を摘みに行った方がいいですよ、という内容だ。


「……仕方がない」


 メディカルチェックがしっかりしていることへの感心と、そこまで把握されていることへの若干の気恥ずかしさを覚えつつ、ログアウトボタンを押したのだった。



 ――logout.



******



「――っあ!?」


 現実に戻ってきて身を起こそうとした瞬間。

 世界がぐるっと一周したかのような錯覚に襲われた。ベッドから降りようとしていたところだったから、体勢を崩してしまう。


「むぎゅっ!」


 とっさに布団に倒れ込むようにできたのは行幸だった。勢い強めで顔から突っ込んでしまったけど、前のように床に激突することはなかったから良しとしよう。


 突っ伏したままなので起き上がろうとしても、中々体はうまく動いてくれない。視界もなんだか揺れたままだったから、諦めてベッドで暫くうつ伏せのままでいる。


 おそらく数分も経っていないと思われる時間の後、ようやく調子が戻って来た。


「むー……またか」


 足と腰に力を入れて立ち上がる。

 首をぐるぐると回して頭を振ってみるが、もう違和感はどこにもない。特に吐き気やら頭の重さやらも、何も。


「前に一度あってから度々、か。どーしたものかな」


 一番最初は床に落っこちた時のことだ。

 それ以来、症状の重さに差はあれど、ゲームを終えた直後にめまいを感じることがあったのだった。


「VR酔い、というのなのかな」


 先日気になって調べたところ、当てはまっていたのはVR酔いと言われる症状だ。

 かなり健康面には気を使われている没入型VRだが、使用している人間は世界中かつ万を超える人数がいるし、どうしても合う合わないは出てくる。脳がリアルとの微細な違いを認識し、無意識下での情報処理に混乱が起こってしまう人がいるのだとか。


 ある人は本当に酒に酔ったような感覚だったり、単純に頭が痛くなったり。

 そんな症状が出ている人は早めに医者に相談だとか公式にも案内が掲載されていたのを覚えている。


「……そういえば、よくよく考えたら白凪さんのとこの病院が正にそれだったな」


 なんだかもう病院と言うより研究施設+カフェみたいなイメージが付きつつあったが、あそこはVR専門の病院と言うかなりピンポイントな施設である。白凪さんに相談するぐらいなら問題はないだろう。

 実際に診察? するとお金が掛かるからやらない。


「よし、確か今日は夜勤だとか言ってたし、明日の朝食を一緒に食べるついでに聞いてみようか」


 初めてあの屋上のカフェで会ってから、そこそこチャットでのやり取りとかはしていた。ただ、時間が合わなかったので実際に会うのは久しぶりなのだ。

 うん、夜勤明けだからあまり長い話は出来ないだろうけど、実に楽しみである。いやまあチャットの内容は愚痴が多かったので、やつれてないか心配でもあるけど。


 さ、体の調子も戻ったし、早く本来の要件を済ませてさっさと寝よう。

 明日は忙しくなりそうだ。



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