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#43 災厄、怒れり

 結局、課題はその日の夜に終わらせた。


 いや、急に勉学に目覚めたとか実は期限が明日だったとかそんな事はなく。むしろ「あ、こりゃ適当な理由付けてでも逃げなきゃならんわ」と夕飯作って食って皿洗って自室に飛び込んだ末の結果なのである。できれば今夜はゲームをしたかったのだが、誠に遺憾ながらそんな悠長な状況ではなかったのだ。

 時間的にもう大丈夫だとは思うけど、油断はできない。


 とりあえずだ。状況を説明しろ、弟よ。


「モノローグで命令されても」

「それを読む弟も大概かと」


 そんなやり取りはさておき、本題へ。

 逃げた理由は単純で、


「なしてあの姉はマッハで機嫌が鬼悪いんさ」

「……たまに姉ちゃん、方言臭くなるよね?」


 そこはテンションで。

 あと毒電波的なナニカを受信した時とか。


 うん、だから違う。そんな人の言語回路の話ではなく。

 姉だ。

 姉の機嫌だ。


「帰ってきた瞬間に体感温度十度は下がったからビックリしたというか素で殺されるかと思ったんだけど。処刑用BGMが脳内再生されたぐらいだったし、一体何があったの」

「説明はするけど……それより、その半歩後ろを歩きながら帰って来た僕、超頑張ったと思わない?」

「それは素直に褒めてやる」


 あの姉は普段も目つきが悪いので不機嫌に見えることが多いが、実際はそうではない。本当に機嫌が斜めっている時は、一言も喋らず目つきの鋭さは五割増しで、しかも殺気がダダ漏れなのである。眼光だけで人を殺せそうとかそんなレベルだ。

 ……要するに、今の姉なのだが。


 これは全方位無差別なので性質(タチ)が悪いことこの上なく、周囲の人間の心臓に悪いのもあるが、やはり一番の問題点はそれが結構長く続くことだろう。寝れば収まる程度であれば良かったのだけど、今までの経験から言えば二、三日。酷いときは一週間。今回はどうも長いパターンだ。

 そんな訳で最も身近で被害受ける私たち姉弟としては原因を出来る限り早めに取り除いて、平穏を取り戻す必要があるのであった。


 で、その原因の可能性としては……


「①、今日の会議で何かあった。②、帰り道で変なのに絡まれた。③、……あの変態幼馴染に告白された」

「姉ちゃん、容赦なく③を入れてくるねー」

「いや一回あった話だし」


 私が高校入った時だったか、あの時は大変だったなー……。『踏んでください!』はないだろうあの阿呆め。

 まあドMの事なんぞどうでもいい。

 結局のところ原因は、


「答えは①だね。今日の議題は昨日話していた通りVRに関してなんだけど……」

「その話題で何か荒れることあったっけ?」


 最近はVRMMOが流行っているので、問題が起こる前に対策案をまとめておきましょう――という、至って普通の内容だったはずだ。緊急性もなく、単に何かあったらここに連絡や相談を、って軽いものである。あの姉があそこまでキレる理由はないのだけど……?


「うん、まあ、あれだね。中高合同だったから先生とかも参加していたんだけど……中にちょっと過激なVR反対派がいてさ」

「……察した。かなり馬鹿な事言ったなそいつ?」

「そういうこと。最終的にVRMMOをやる生徒は退学にしろ、とまで言い出したから大変だったよ」


 うわぁ、としか言いようがない。

 確かに巷ではゲームと現実との境が曖昧になり犯罪に走る人間がいるものの、それも従来の事件事故と比較すればかなり極小の割合の話だ。既にゲームだけでなく医療を始めとした様々な分野で没入型VRが利用・研究されている上、ゲームそのものも正式に認可されていて違法性はない。


「一応聞くけど、その阿呆の言い分は?」

「何というか、ネットでネタになってる陰謀論そのまま。人体への危険性が秘匿されているとか、実はVRハードは洗脳装置だとか。AlmeCatolicaに至ってはデスゲームになるとも言ってたね」


 いい年した大人が掲示板などの信憑性皆無な情報を鵜呑みにした挙句、学校と言う場所で強硬に主張するという暴挙。

 ……なるほど。それはあの姉でなくともキレるのも当然であろうし、姉が毛嫌いするタイプでもある。


「で、どうなったのさ。論破はしたんでしょ? ボコボコに」

「したねボッコボコに。最終的には権限もないのに姉さんは退学だと騒ぎ始めて、中高の生徒会顧問に引きずられていったけど。その人は旧体制派の生き残りだったから、たぶん明日から見ないと思う」

「姉の改革で肩身が狭くなったから、意趣返しでもしようと考えたのかね」


 あれ、そういえば高校の生徒会顧問って、あのマッドサイエンティストという言葉がぴったりな化学教師ではなかっただろうか。そして中学の顧問は元自衛隊と言う規律に厳しい細マッチョ。


 ……まあ、明日の日の目を見れそうにない残念な奴は知らん。

 目下問題はそこではなく、というか致命的なことが一つ。


「……それ、姉の機嫌が直せなくない?」

「ですよねー」


 機嫌が悪くなった原因は既に排除されており、せいぜい明日には沙汰が下されていて多少溜飲が下がるぐらいか。本当に誤差程度だから、私と弟に掛かるプレッシャーはさして変わらんだろう。

 さてどうしたものかと首を傾げたら、はい、と弟が手を挙げた。


「ここはひとつ、ぜひ姉ちゃんに頑張って頂きたい所存」

「イキナリ生贄にされたがなんでやねん」


 思わず突っ込んでしまったが、いや本当になんでだ。あれか、反抗期か?

 なんて思ってたら、そこで帰ってくる予想外の答え。


「それは姉さんが機嫌悪い要因として、実は姉ちゃんも一端を担っているからデス」

「えっ」


 思わず裏返った声が出てしまった。

 ちょっとマテ。いやいやいや。まあ落ち着け。もちつけ。


 腕を組んで、少し熟考。頭をフル回転させて、ここ最近のことを思い返す。

 あっれ、私なんか姉の機嫌を損ねることやったか? ……むしろ夕飯に姉の好物をリクエストされたり、デザートを要求されたりしたから作ってやった記憶しかないんだが。


「それで体重が増えたと深く静かに怒ってたね」

「ここでまさかの理不尽!?」

「や、まあそれだけじゃなくて。――うん、姉ちゃんが姉さんのゲームの誘いを断ったからかな」

「やっぱり理不尽じゃないか……!」


 ちくしょう、ちゃんと説明して断ったと思ってたのに根に持たれてたよ!

 燻っていたとは言えど火は着いていたから、そこに今回の件が油を注ぐ形になった訳だ。結果、燃え上がったというかバーニングしたというかボカンしたというか、とにかく反動で大きくキレたのか。


「くそう、私にどうしろとっ」


 頭を抱えてゴロゴロとベッドの上で転げまわるが、それでいい案が浮かぶはずもない。それで妙案が出てくるなら今までの人生で何百回と転げている。

 とりあえず現在地点である小屋から素直に歩いて戻るという選択肢はなかった。また蛇に追っかけられるのは御免なのである。今となっては廃都にさえ戻り難く、死に戻りも基本は街ではなくセーフポイントに飛ばされるので、小屋で休んだ今では死んでも意味がない。


 一応wikiや掲示板で調べた限りでは詰んだ時――高レベルダンジョンのセーフポイントで進退窮まった時等――の救済措置はあるそうだが、かなりのペナルティがあるとも記されている。ただそれは、死に戻りもそうだが相変わらず姫翠やトリアートがどうなるか不明な上に、そもそも現状が詰んでいる訳でもないので使えないだろう。


「なんとかして合流できない? ワープとか分身とか幽体離脱とか」

「私どんなキャラだよ」


 特に最後はなんだ。

 そんなことが出来る訳……いや、あのゲームなら出来そうだなー。いや私は出来ないから無視するけど。


 うーん、と腕を組んで何もない天井を見上げるものの、その”なんとか”が閃けば苦労はない。

 飛行船が飛んではいるものの船自体は遥か雲の上で、そこまで飛べば乗れるのだろうけど、飛べないというか飛んだら喰われるのがオチだ。


 ちなみに掲示板などによれば飛行船の途中乗船は可能だそうだ。が、見た目以上に速度がある上に、竜すら余裕で弾く装甲が後部甲板以外を覆っているので一歩間違えれば別の船で三途の川を渡ることになるのだとか。


 私の知識では"無理"という結論は出ているが……仕方がない。


「フレンドに聞くだけ聞いてみようか」

「え、姉ちゃんフレンドいるの?」

「無慈悲な一撃っ」


 男の急所に一撃入って崩れ落ちた弟を横目にログインする準備を始める。もう遅い時間だけど、誰かはインしているだろう。していなければ明日部活で……って明日は休みだから、それこそ誰かがいるはずだ。

 ま、そんな簡単に戻る方法はないと思うけど、ここでウダウダとしていてもしょうがない。


 さーて、さっさと入って聞いて寝るとしよう。



 ――login.



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