#42 放課後の部室、たぶんこれも青春
「――と、言う訳なんですが」
「いやどういう訳よ」
ぷぇー……と部室の端で笛にしては妙に長細い楽器を吹いている東雲先輩を横目で見つつ。放課後、私は相川先輩を真正面にして、授業で出た課題を消化していた。
今日は来ている部員も少なく、変な音が夕焼けの校舎に流れていく以外は至って平穏である。……窓閉めましょうよと指摘するべきか。
歌口から唇を離し、その笛をくるくると回しながら東雲先輩がぼやく。
「つーか、あんの会長サマがゲームとはねぇ……。初日でレア種族引いたりDQNプレイヤーシバキ倒したりと、どこのチートだあれは」
「鏡見なさい鏡を」
似たようなことやってたらしい人は放っておいて、シャーペンを滑らせていく。
課題の量そのものは多くないのだけど、ちゃんと考えて回答しないと最悪は点すら貰えないのが厄介なところ。だから頭働かせてプリントを黒く塗っていくが、いかんせん部室に来てからずっとやっていたので集中力が限界だ。
気晴らしのような形で生徒会長である姉がゲーム始めたことを話題にしたのはいいが、あまり効果が無かったのが残念だ。おのれ姉め。
顔を上げ、背筋と手を伸ばすと腰やら肩の辺りが地味に痛い。うん、こりゃ今日はもう駄目だな。
諦めてペンを置き、脱力する。
「……ふぅ」
「あら、今日はもうそこまで?」
そう言う相川先輩は文庫本片手にのんびりとコーヒーを飲んでいる。なんで部室にコーヒーメーカーがあるのか謎だけど、まあ土鍋やら炊飯器あるような場所だし今更か。
「そうですね、明日で終わらせる予定です」
「それ提出期限来週じゃん。妹ちゃん真面目やんねぇ」
真面目、とは少し違うと自分で思う。そんな課題はすぐ終わらせて当たり前、みたいな勤勉な精神構造はしていない。
むしろ逆で、
「覚えているうちにやらないと、家事やらゲームやらで忘れそうなので……」
「それ自覚して、やろうって思えるトコが凄いわー」
「……と言いますか。ウチには前提として大魔王がおりまして」
「………あぁ。そりゃ出し忘れたら死ぬな」
ぴゅぉー……と吹く笛の音がどこか哀愁漂っているのがなんとも器用だ。
あの姉、学年が違うはずなのに何故か私の成績やら課題の提出状況とか知ってるから厄介と言うに他はない。あのれ生徒会長権限で職権乱用しおって、ストーカーかと言いたくなる。……いえ、面と向かっては言えませんが、心の中で思うぐらいは勘弁してください。
とは言え、それもちゃんと課題なりテストなりをクリアしていれば小言もないし、そもそも課題やらも普段から授業に出ていればなんとかなるレベルだ。一時期は引きこもっていたので酷いことになっていたけど、ゲーム買うことを餌にして何とか頑張ったしね。ハトコのねーさんに釣られたとも言うけど。
ずっと頭を動かしていた反動でぼーっとしていると、あ、と東雲先輩が声を上げた。
「そういや妹ちゃんは早よ帰らんでいいの? もういつもなら"今宵の夕餉を作らにゃならぬ"と言ってる時間やけど」
「先輩の中で私のキャラはどうなっているのですか」
時計を見れば、確かに普段であればもうスーパーで買い物をしている時間だ。ただ今日はセールがあるわけでもないし、早めに帰って作る意味もないという事もある。
と言うのも、
「……あの姉が今日、VRMMOについて中高の生徒会合同で話し合うらしく。帰るのは遅くなるそうなので」
私の言葉に東雲先輩も相川先輩も、反射的に突っ込みを入れようとして堪えたような微妙な顔をする。
そりゃそうだよねー。アレがゲームについて生徒会で会議しているなんて、嫌な予感しかしないだろう。
が、今回に限ってはどうも心配する必要はなさそうで、
「弟――付属の生徒会長から事前に議題を聞いた話では、規則規制とか堅苦しいのではなくQ&A的なものを作るそうですよ」
「きゅーあんどえー?」
「ギルドでも立ち上げて初心者支援でもするつもりなのかしら」
「そして下僕の量産でもするんかね」
「あらやだ笑えない」
弟から聞いたときはそう思いもしたが、詳しく聞くとちょっと違った。
私や姉がプレイしているVRMMO"AlmeCatolica"だけを対象した内容ではなく、あくまでリアルを主眼とした規則のようなものだそうだ。
「規則、と言っても非常に曖昧な内容みたいですけど」
「まさかゲームは一日一時間、とかん?」
「いつの時代の話よそれ。うーん、ゲームを言い訳に成績落としたら退学とかかしら?」
ぽん、と手を打ってとんでもないことを言い出す相川先輩。後ろで固まった部員の何人かは心当たりがあるのだろうか――ってよく見れば全員かい。
そして挙動不審で乾いた笑いを発している東雲先輩は何となく予想していたのでスルー。
「いやぁ、退学て、ははは、さっすがにあの魔王でもそれは――」
「……特定条件であるそうですよ?」
「「「マジでっ!?」」」
反応し過ぎである。そしてこの一糸乱れぬリアクション。時々ここが何部なのか忘れそうになるけど、それも味の一つか。……あれ、私もできるようにならねばならん?
そんな芸人じみた部長と部員を見てため息を吐いたのは相川先輩だ。
「落ち着きなさい、お馬鹿共。さっき規則規約ではないって言ってたでしょ? 要は余程なことをしない限りは、という事じゃないかしら」
「正解です。犯罪に関わるようなことをすればのレベルですから、普通にゲームしてる分には影響ないと思いますよ」
「「「ほっ」」」
「……ただ、成績低下とかゲームのイベント時に学校を休んでいたりすると面談が検討されているそうですけど」
「「「 」」」
真っ白になる東雲先輩+αは放置するとして。
「で、結局のところQ&Aって何なの?」
「要するにトラブルに巻き込まれた時の対処法ですね」
「ああ、なるほど」
ゲームでは安易にリアルの情報を出さないとか、粘着なのがいてリアルを特定されそうならばすぐ教師に相談するとか、そんな基本的な話だ。更にはVRを使っていて体調に影響が出た場合は~なども盛り込んでいるそうで、平時は気にしないけど中々役に立ちそうな内容にしているらしい。
「基本と言えば基本なのでしょうけど。リアルに近い分、実際に事件になっているので先手を打っておくそうですよ」
「確かに最近、VR関連の事件が報道されているものね。単に珍しいからでしょうけど」
結構辛口だけど、それで生徒の保護者が不安になるのも事実。まだ件数では少ないけど、やはり徐々に何らかのトラブルや事件に巻き込まれている未成年が増えているそうだ。だんだんVRに慣れてきたので羽目を外す者が出てきたのだろうとは、SNSに投稿された識者の言葉である。
なので、ウチでも何かしら今のうちに行動だけでも起こしておきましょう、というのが本筋なんだとか。
「あらやだ凄いまとも。そして凄く裏がありそうだけどな!」
うん、私も思った。
そして外れではないところがなんとも。
「裏……という程でもないですけど、将来的には学校にも没入型のVRを導入したいという上の要望にも応えての動きみたいですね」
「あら? それはネットでもよく話題になっているけれど、今のままだと問題あり過ぎで否定派が大多数だったはずよね」
「いっそ全部ネットっていう通信教育的な新しい学部でも開くんじゃね?」
「遠方や病院にいる子供向けにそういう話もあるとか。でも、今回は一番の有力は――"補習"だそうですよ?」
再びガチリと静止する成績レッドゾーンな方々。
と言っても実現は早くとも数年先だろうから、私たちには関係がない話だろう。見てて面白いから黙ってるけど。
「てっきり科学の実験とか体験学習のような、リアルでは難しいことをするのだと思ったのに……何で補習なのかしら」
「危ない薬品を使う実験とか○○体験みたいなのは次点ですね。補習補講が第一候補なのはアレです。……教師も休みは満喫したいのです」
「なるほど、補習で夏休みや冬休みに学校出ないといけないのは生徒だけではないものね……」
生徒もそうだが、教師も補習は辛いものなのだ。部活などでもなく誰が好き好んで休みの日に学校へ行くというのか。
それが一番の理由として、他にはペーパーテストで使用すればカンニングが無くなる、という声もあるので色々と検討されているとのこと。
ただ一番の問題は、
「まだまだ一台あたりの値段が高いですからね……。本当に学校で使われるのはもっと先の話でしょう」
「それもそうね。でも残念、授業でVRは少し憧れたのだけど」
「うーむ、今は授業でタブレット端末使ってるけど、数年前なら値段や性能とかの問題だらけで夢物語みたいな風で語られていたらしいじゃん? 案外普及するのに時間掛からんかもよ」
そんなものかしら、と首を傾げる相川先輩が妙に色っぽいのは職業柄なんだろうか。直接聞いたらアイアンクローが来そうだから、機会があれば東雲先輩に聞いてみるとしよう。
そう取り留めのない話を続けていると、下校時間を告げる鐘が鳴った。
もうそんな時間かと思い、そういえばこの時間まで学校にいるのは何気に初めてだとも思う。ずいぶんこの部活にも馴染んだな、とも。……未だに楽器の練習とかしてないけど。
帰る準備をしつつ、他の部員に倣って戸締りの確認をしている最中でも会話は続く。
「そういや妹ちゃん、AlmeCatolicaは今どこにいるのさ。わたしも昨日にようやく廃都に着いたんだけど、もう街にはいないっしょ?」
「そうですね、とりあえず蛇に追いかけられて鷹に捕まりかけました」
「あの空域がヤヴァイのは知ってたけど、やはり地上もか……」
情報公開の意を込めて掲示板にスクショはちょくちょく投下している。そしてそこで知ったのは、今までにも何人かは飛行船から飛び降りて、地上に降り立つことが出来たらしいという事だった。
……ただし、降りてからが本番と言われていたが。
何しろ周りにはそれらしい建物やセーフゾーン、それどころか人工物すら見当たらない。なので、さ迷い歩いた挙句にMobにぱっくりと殺られるのがオチなんだそうだ。私は道の上を歩いているけど、確かに舗装部分の大半が下草に隠れていた。あれでは遠くからでは中々発見し難いだろう。
と、言う訳で道があると分かった今では、また何人かが飛び降りを計画しているらしいとのこと。流石と言うか、何と言うか。
まあ独占するつもりはないし、廃都からでも来れるから止めるつもりはないけれど……降りるのにパラシュートではなく爆弾を用意している辺り、色々と末期ではなかろうか?
閑話休題。
「先輩たちはあの大樹のダンジョンですか?」
「そうね、難易度が鬼とは聞いているけど、話のネタにはなるでしょうから行ってみるつもりよ」
「つーか、今んところは廃都に来るのはダンジョン目当てやね」
廃都の調査も行われてはいるものの、街に来る大半のプレイヤーは大樹の攻略組だ。あのダンジョンは期間限定で、条件さえ整えば再出現は可能だろうけど、一番最初にクリアした人に贈られるアイテムを目指して特攻しているのだとか。
「どのダンジョンでも初攻略報酬は破格だしな! 多少のリスク程度では止まらんさね」
「そんなに良い物がもらえるのですか?」
「前に攻略されたダンジョンではかなり強力なユニーク装備を貰えたらしいわ。その前はボスの幼体がテイムできたのだったかしら」
なるほど。ダンジョンによって報酬は違うけど、それでも目指す価値は十分にあるらしい。
「中には妹ちゃんが行った道を進んでいく人もいるけど、だいたい死に戻ってくるね。……危なくないとか言ってなかったっけ?」
「……そのはずなんですが」
「一度誰かが通ると、危険度が増すタイプなのかしら」
確かにコウモリやら霊体っぽいのはいたけど、特に襲われなかったし……うーむ?
首を傾げたところで答えは出なかったので、考えるのを止める。とりあえず、私が覗くことすらしなかったダンジョンは土産話を期待しておこう。
「よし、今日はこれで終わりね」
部室を出て、相川先輩が鍵を掛ける。
他の部員は挨拶もそこそこに帰っていく。私も二人の後ろを歩きながら昇降口へ向かう。
「あ」
そうだ。
せっかくだし、アレについても聞いてみよう。
「どしたの妹ちゃん?」
「忘れ物かしら?」
「いえ、そう言う訳ではなく」
立ち止まった二人を促し、足を動かしながら口を開く。
結局罠なのか何なのかさっぱり分からなかった、
「広大な渓谷の中で、巨大な盾ってどんな使い道を考え付きますか?」
……東雲先輩、速攻で「焼肉」と出るのはどうかと思います。