#41 そびえ立つ……盾
「あー……つかれた体にしみわたるぅー……」
『しみわたるぅー……』
我ながらすっさまじく気の抜けた声が喉からへにょりと出て行った。
隣の姫翠も似たような声で、あまり他人にお見せできないような緩い表情をしている。……多分、いや間違いなく私も同じ顔をしているんだろうけど。
手にしたコップから中の液体が零れないようにしつつ、机に突っ伏す。山の樹を使って作られたのであろうテーブルは良い匂いがして、そのまま寝てしまいそうになる。
……だめだめ、寝るというかログアウトするのは布団にしないと。
頭を振り、ちょっと気合を入れて身を起こす。
寝床にはせっかく心地のよさそうな羽毛布団が用意されているのである。このゲームでは非常に珍しい運営の気遣い……と趣味が詰まった小屋の設備を無駄にするわけにはいかない。
部屋に常備されていたカップやポットを使い、同じく置いてあった茶葉(品質:良)を使って一服しつつ、眠ってしまわない程度にまったり過ごす。
「……ふぅ」
うん、料理スキルは育てておいて正解だったなー。レベルが上がるごとに補助やレシピが増えるので、本格的な茶葉を使って淹れたことはなかったけど上手くできた。
ちなみに料理スキルがない、もしくは淹れ方を知らない場合は毒物になるという罠がしっかり仕込まれている当たり、相も変わらずいい感じに外道で安心する。
洞窟にはめ込まれるように建てられていた建物は、廃都のホームや洞窟内にあった小屋と同じく綺麗に整備されていた。
この小屋は一つだけしか部屋がないが、その分広くスペースがあるタイプだ。元々は洞窟だったところに小屋を作ったという設定なのか、天井や壁の一部は鍾乳洞の様なつるりとした岩肌が露出している。
それなのに調度品は担当した開発者の趣味らしく、どこか某山脈の少女を思い起こさせるような古いデザインなのが面白い。
部屋の中は埃一つなく、布団もふかふか。ランダムではあるけど、私が今使っているような茶葉のようなアイテム類もある。まあ当然の如く油断し過ぎは危険だけど、それを回避・許容できれば一級のペンションといったところ。
……なんだか掲示板とかでも話題になっているけど、セーフポイントだけ変に優しさが入っているのだよねえ。テストプレイ時に何かあったか?
そしてゲームらしいと思うのが、この小屋タイプだと他のプレイヤーと鉢合わせすることがないことか。何気にこれが一番有り難い。
要するに入り口は一つでも、パーティが異なれば『全く同じ見た目の、しかし別の部屋』に入る訳である。その分、野外タイプのセーフポイントはかなり厳しくチェックがされているらしいので変なことをされる心配はないとのことだけど……監視されていると思うと、あまりゆっくりできないしね。
場所的にないだろうけど他人が入ってくることは皆無なので、さあ後は寝るだけだ――
「と、言いたいところだけど、なぁ」
無視するべきか、と悩む案件が一つ。
いや、気にしなければこれっぽっちも問題にすらなりはしないのは確かなんだけども、サイズ的にスルー出来ないのが残念なところ。小屋の中に入った瞬間、目に飛び込んできた代物だしなあ……。
トリアートが不思議そうにそれを眺めているが、当然ながらお茶飲んで和んでいるだけでは答えは出ない。
どう考えても運営が設置したのだろうそれは、
「……なして、こんなところの小屋にタワーシールド?」
タワーシールド、つまりは盾である。それもタンク、タンカーと呼ばれるようなプレイスタイルをしている人たちが好んで使うような、両手で持つ大きめの。デカい。
それがどどん、と自己主張激しく部屋の端に置かれているのである。ちょっと訳がわからない。
その盾は一枚の薄く大きな金属製の板に、何枚もの同じ材質の板が何枚も張り合わせて作られた花弁の様なデザインをしていた。持ってみると意外と軽く、一応私でも持ち上げられる程度ではある。
ただし全長は私よりも大きいので、使うとなると引きずって持ち歩くしかないのが欠点だ。デザイン的には嫌いではなくアイテムボックスには突っ込めるが、デカい分だけボックスの容量を食うのが微妙なところ。
本来であれば無視するのだけれど、
「むむむ……。あの開発運営の事だから、全く意味なく置いてあるとは考えにくいんだよなぁ」
つまりはそういう事。
ただ意味ありげに置いておいて、持って行ってもただ容量を食うだけ――なんて。そんな単純な、面白みのないことを仕掛けない開発がいるのがこのゲームだ。他の人に聞いても『それはない』と答えること確実だろう。
可能性として高いのは、この盾を持って出た瞬間にあの竜やら鷹やらに襲われるとか、逆にこれがないとあの突風を突破出来ない場所があるとかそんなところか。
持っていると地獄を見るか、持っていないと地獄を見るか――この二択だ。とりあえず選択ミスると確実に三途の川を渡ることは間違いない。
……間違いないのである。
「そしてその選択を迫られている私がいる、と。……泣きたくなってくる」
疲れてたのもあって探索はそこそこにしてベットで寝ようかと思っていたのに。これだけ存在をアピールされていると回避もできないというか、そもそもさせる気ないだろコレ。
うーん、としばらく悩んでいたものの。姫翠とトリアートが特に警戒もしていないので、結局持っていくことにした。
要らなくなったら投げ捨てようそうしよう。……と、言いつつ捨てるに捨てられなくなるのが私なんだけど。まあ、何かあるでしょ、たぶん。
「よい、しょっと。……おおー。この大きさでも見た目はスルッと入るのが不思議」
手に掴みつつメニューで操作を行えば、一瞬で光の粒子になってウィンドウに吸い込まれていく。小さい物ならドラッグ&ドロップ的にウィンドウへ直接持っていけば入るのだけれど、これだけ大きいのを入れるのは初めてだ。
容量は……まだ余裕はあるけど、やっぱり何でもかんでも入れる訳にはいかなくなったな。うん、ちょっと残念そうな顔をしている姫翠はズルいと思うわぁー。
とりあえずもう一度出して入れてみるとかしたが、変な呪いが掛かっている雰囲気もアナウンスもないので、持っているだけなら大丈夫そうだ。
何が起こるかは分からないけど、役に立ってくれると嬉しいね。
「さ、お茶も飲み終わったところで寝ますか」
『ねるー』
姫翠も目をこすっており、おねむである。トリアートは……あ、いつの間にか横に倒れてた。
服はインナー、初期装備の水着だけになり、掴んだ姫翠とトリアートを抱えたままベッドにダイブ。
見た目通り布団はふっかふかで、疲れていた分、あっという間に睡魔に飲み込まれていく。
「ん……」
そのうち寝間着とかほしいなーとか思いながら、あっさりと意識は落ちていった。
――logout.
******
……その日の夕食。
「ところで弟と姉はどんなところよ」
「最初こそアレだったけど、今はゆっくり目のペースかな」
もっしゃもっしゃ。
「おや意外。あの姉なら怒涛のペースでやり込んで、既にトッププレイヤーも手に届く範囲にいそうなのに」
「まだ初めて数日と言うレベルでそれはないよ……」
かりかりかりかり。
「ゆっくり目と言うと、普通にクエストとか生産とか?」
「そんなところ。ゆくゆくは自分でギルド作りたいとか言ってたけど」
「あの姉が既存のギルドで人の下に付くのが想像できぬ」
もぐもぐもぐ。
「……ところで姉ちゃん」
「なんぞ」
ばりぼりばりぼり――ごくん。
「……なして白菜を丸かじりしてるの?」
「……あの姉に聞いて?」
いや、うん。
食費浮くからいいんだけどさ。いいんだけどさ?
『妹の』ってだけ書かれたメモと一緒にぽんと置かれてもすっごい困るんだが。白菜を丸ごと。
いやほんとにあの姉は私を兎かと勘違いしてね? 前はキャベツだったから、次は白菜ってか。
はははははは………色々大丈夫か。
「……とりあえずあの姉にはゲームでいいから料理を勉強させろ」
「……毒物が量産されそうなのは気のせい?」
「大丈夫。高確率で肉の丸焼きは得意だ」
「あ、凄い納得した」
そして夜は更けていくのである。