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遥か彼方へ続く道 ~AlmeCatolica Online旅日記~  作者: じゅくちょー
プロローグ "それは魔法の靴だった"
5/81

#2 そこはとても賑やかな

「うわあ……マップないのか、コレ」


 かれこれゲーム時間で1時間は歩いただろうか。後ろをみればヨーロッパ風の住宅街、前を見ても同じく住宅街。階段下にいた猫追いかけた結果がコレである。解せぬ。


 2次元的なゲームなら通りを一つ二つ行けば大通りなどに出るのだけど、その倍の数を行ってもこの区画を出ることはなかった。幸いこの街並みは確かに珍しいというか見ていて飽きない風景なので、そこまで慌てることではない。

 ただ……やっぱり、この歳で迷子は、ねえ?


 このゲーム内時間では早朝であり、展望台から見た限りでは大通りには既にたくさんの人の流れがあった。しかしこちらの住宅街は職種が違うのか人通りはほとんどどころか全く見えない。あったら後をついて行くなりして広い通りを探すのだけれど、しばらくすれば誰か出てくるだろうか。

 話しかける? うん、無理。


 そんな訳で私は未だ絶賛迷子中だった。


 で、迷子の理由はもう一つ。

 思わず声に出た"マップ機能がない"ということだった。

 ダンジョンのマップがないのは分かるが、そもそもマップという項目すらないのは驚いた。まあステータスも数値的な何かが表示されているわけでもないので、圧倒的情報量の少なさと言ったところか。


「で、何故か掲示板はあるのになー」


 流石に外部のwikiやら攻略サイト等のWEBサイトは見れないが、公式ページ内の掲示板は読み書きできるようだ。ゲーム人口が人口だから雑多すぎて見れたものじゃないかと思っていたけど、案外そうでもない。


「ジャンルごとに分けられてて、検索機能も充実してるのはありがたいね」


 さっそく見つけたのはこの街に関するスレッド群だ。とりあえず恥はごみ箱に捨ててスレ内を"街 地図"や"迷子"で検索を行っていく。


 あ、出てきた出てき、た……?



=========================


129:名無しのガイドさん

 あきらめてください



130:名無しの初心者さん

 え



131:名無しの剣士さん

 ハハッ諦めろ



131:名無しの商人さん

 それは誰もが通る道だ、道なんだ……



=========================


 Oh……。


 いや、いやいやいや、何かあるだろうフツー。

 焦って思わずその場で立ち止まり、他のスレッドも探していく。しかし、暫く探してもやはり「乙」(頑張れ)という結果しか見えてこない。マップ自体は書店等で地図を買えば該当地域のみ使えるらしいが、だからここ住宅街だっての。

 どーしたものかなー、と途方に暮れていると、ふと後ろから声を掛けられた。


「おや、どうしたんだいお嬢ちゃん」


 振り向くと、そこにいたのは町人ルックをした恰幅の良いおばちゃんだ。竹ぼうきを持っているので、家の前の掃除に出てきたところなのだろう。注視すればNPCを示すグレーのマーカーが表示されたので、プレイヤーではない。

 が、


「あ、ぅ……」


 道を聞くために口を開こうとするが、心の準備ができていなかったので詰まってしまう。と、おばちゃんはニヤリと笑い、私の頭に手を置いて撫でてきた。


「なんだか大人しい子みたいだけど、顔にとても困ってるって書いてるねえ。見慣れない恰好しているし、もしかして道に迷ったかい?」


 反射的に頷くと、おばちゃんは竹ぼうきを通りの奥に向ける。


「ここから少し真っ直ぐに行くと、川と橋にぶち当たるさね。そこを渡ってから右へ川沿いに行けば大通りにでるよ」

「あ、ありがとう、ございます」


 なんとか礼を伝えると、ふっと濃い笑みを残してそのまま裏手に去って行った。NPCにしてはエラい貫禄のあるおばちゃんだったな……。今のアバターは無表情なのにそれを読み取ってくるとは底が知れない人である。

 それにしても、なんとも人間臭いAIであったと思う。事前に知識はあったが、これが一人ではなく何千、何万のNPCが"こう"だというのだから驚きだ。


 華やかとはいかないが歴史を感じる街並みと、情緒豊かなNPC、そしてあの何処までも広がる世界。

 なるほど、これが”狂人”と呼ばれる理由――なのだろうか?


 んー、確かに他のVR系ゲームと比べても頭一つどころか二つ三つは飛び抜けているのは分かる。しかしそれが”狂人”の名を持つ程かと言われれば……どこか違和感がある。


「そのうち分かる、かな?」


 ……とりあえず目下目標は迷子からの脱却である。







「おおぅ……」


 ようやく出た大通りで、私は見事に圧倒されていた。


「人、多……」


 もはやNPCだかプレイヤーだかわからないレベルで騒然としている。NPCの灰マーカーと、プレイヤーを示す青のマーカーが混在していて、ぱっと見ではどちらか判別が付かない。

 あっちのアラブ風商人スタイルはプレイヤーで、そこの歴戦の戦士っぽいのはNPC、向こうで犬を散歩させている少女は――少女がNPCで犬がプレイヤーって物凄くコメントに困る構成だな……。


「流石は全世界展開のゲーム。まだ最初の街なのにプレイヤーの数が半端じゃないなあ」


 ゲーム時間では早朝を過ぎたあたりで、NPCは外で活動を始めたところ。そしてプレイヤーと言えば時差のある地域にもユーザがいるので、あまり時間帯での増減はあまりないらしい。

 私? 無論ゲームのための仮病。


「んー……、せめて服か帽子は欲しいかな」


 一人うろうろしていたせいか少し忘れていたけど、私はレア種族でしかも服装が地味にエロい。人通りが多い分注目はされてないとはいえ、それでも横を過ぎる人がチラチラ見てくるのは結構恥ずかしいし鬱陶しい。

 精神的にガリガリきてるよー、ゴリゴリ削れてるよー。


 いやそれよりも、たまに年下であろう少年少女達が私を見て顔を真っ赤にしているのが地味に辛い。おいそこのボク、ガン見しすぎで隣の娘が別の意味で真っ赤になってるぞー。あ、蹴られた。

 私より年上で凝視してくる奴? 寒気はするが、どこからともなく衛兵が現れてドナドナして行くから大丈夫じゃないけど大丈夫。


 ……うん、種族特徴隠すより、エロを抑えるのが先決だ。

 大通りに建っている建物を見れば、遠くからでもそこの店名と何屋なのかが表示された。こんなところはゲームらしくて助かる。

 さて服飾の類は、と。


 大通りの店舗を軽く見て回ったがどれもこれも上級品で、とても初期費用で買える値段ではない。

 掲示板曰く、大通りではなく少し横道に入った所に中級品が、広場の露店に初級品が置いてあるようだ。


 というわけで広場に来たわけだが。


「……遠」


 なるほど、迷子になった時点で薄々気づいていたのだけど。VRMMOもといこのゲームが公式にソロ非推奨と書かれていた意味がよく分かった。

 街を担当したのは狂人氏か開発かは知らないけど、現実的な(・・・・)サイズの街はやりすぎだろう。


 普通ゲームの街といえば民家が数件と各ショップが1件か2件か。あとはイベントに関係する城だの教会だの倉庫だのがある程度だ。関係のない民家や区画は全部背景で済まされている。

 しかしここはVRMMOという、文字通り等身大で歩き回ることができるゲーム。"王都"とか"商業都市"とかを近所の商店街レベルの大きさで言われても、どこのテーマパークだと言われるのがオチだろう。故に少なくとも人が生活するに不自然でないレベルでの広さにする必要があるわけだが、


「だからって直径十数キロの街を丸々作らなくてもいいのに……」


 このゲームにも定番のワープポータルというのも存在はしている。ただし基本それは街から街へ移動するための物か、大雑把な区画を指定できるだけの物だ。街中の移動には古典的な乗合馬車か、プレイヤーメイドらしい自転車を購入するかなど。どちらにし一人では移動だけで時間が食われるし、これだけ人が多い中を歩き回るのであれば非常に効率が悪い。

 要は、パーティなら役割分担を街を移動できるものが、ソロなら非常に手間となってくるのである。

 なのでこのゲームではソロは新手のマゾプレイとも言われていた。


「その分、初心者支援も豊富みたいなんだけど」


 公式でソロ非推奨と書いている分は運営側でも色々やっているそうだが、やはり気は乗らない。


「ともかく、先に服買おう」


 広場はプレイヤーの露店が多く開かれており、かなり賑わっている。

 露店も店舗と同様に、見れば何系統の物を売っているのかのコメントが表示されるので、それを目安に見て回っていく。


「服、服、と……。あれかな?」


 目についたのは狐耳をした兄さんが店主の露店。

 サンプルとして出されているのはシンプルながら細部にアクセントが入ったコートだ。値段も所持金内で収まる範囲になっているし、これなら他も似たような価格だろう。


「お? いらっしゃい!」


 店の前に立った私に気が付いたのか店主が顔を上げた。私の姿を見たその目が面白そうに細められ、人懐っこい笑みを浮かべる。

 嫌な感じは……しない。たぶん、大丈夫。


「へえ、珍しそーな種族のお嬢ちゃんやな。なんか入用かい?」

「……う、ん。……何か、上から着れるものはありませんか」


 ざっくりした回答に、ふむと店主は考える素振りをする。

 私を上から下まで観察し、そして真剣な顔で、


「あえてそのままでって選択肢は……あらへん?」

「――衛兵さーん」

「ちょ、ちょい待ちぃ、冗談や! 土下座か!? 土下座がいるか!?」

「……必死すぎでしょう」

「当たり前や、リアルじゃ立派な社会人で……やべ、あいつにゲームとは言えハラスメントで捕まったなんて知られたら減給か? クビか!?」

「……わかりました、わかりましたから。と言うか、それなら自重した方がいいのでは」

「あ、それは大阪人として無理」


 真顔で即答かい。つか大阪に謝りなさい。

 気を取り直してテイク2。


「せやな、お嬢ちゃんは初心者か?」

「……今日、から」

「所持金は?」

「1000D」

「バリッバリの初期金額やね。上限もそれで?」

「お願い、します」


 ちなみに”D(デトラ)”はこのゲームでの通貨単位である。

 店主はなるほどなーとウィンドウを操作し始めた。おそらく私の要望に合うものを探しているのだろうか。


「お嬢ちゃんが着てるのはちと特殊やから、印象が変わるものであればええかなー」

「……通報されそうにない程度になるのであれば何でも」


 私の発言を聞いて、愉快そうに店主が笑う。


「なら、上下セットのこいつでどうや? 値段はぴったり1000D!」


 店主が提示してきたのは白のショートジャケットと、青と白のチェックスカートだ。

 ……いや、ショートジャケットとチェックスカートでいいんだよね? いかん、服なんてリアルで買いに行ったことないから、名称とかさっぱりわからない。


 にしても、だ。


「……なんだか、どこかのアイドルが着てそうです、ね?」

「あ、やっぱわかる?」

「ジャケットはともかく、スカートは短すぎるから……"見せる"前提で作られてますよね、コレ」

「そ、本来ならまだ下にショートパンツ穿くから飾りみたいなもんやな。エロカワっつーのを売りに出した、くっそローカルなアイドルが着てるやつや。ま、ワイがプロデュースしたんやけどな」

「……デザイナー兼プロデューサー?」

「まだまだ駆け出しや」


 なんとも色んな人間がいるもので。

 それは脇に置いて、受け取った服を観察する。


 ジャケットはシンプルながらも所々に装飾があり、スカートも同じ系統。デザインがそこまで凝っているわけではないが、どこかポップというか可愛らしいものだ。

 悪くはない、悪くはないのだけど……


「他は、やっぱり難しいですか?」

「まあなー。それは見て分かるやろうけど、ちょっと装備枠余った分でお洒落したい奴用や。試作品ってのもあって、素材も軽めなのを使っとるから防御も紙やしな」


 それに、と展示物のコートを指差し、


「これみたいのはあるにはあるけど、お嬢ちゃんが今着てるのは分類としては多分”水着”に属するもんやろ?」

「……うん、確かに下着と内着がセットになってます、ね」


 深く考えないようにはしていたのだが、ぶっちゃけ今”はいてない”ですよ、はい。

 ってオイコラ、近くにいた盗賊っぽいの、マッハで振り向くんじゃねえですよ。


「性能面を考慮せんでも、上下セットは他にあらへん。……水着と上下どちらかっつーのは、中々マニアックやと思うで?」

「あー、それは勘弁願いたいですねー……」


 だから盗賊っぽいの、親指立てるなってんですよ。


 上下セットで、という条件ならこれしかないのだろう。もう少し露出が少ないものが欲しかったが、お金が無いのも確か。

 贅沢は言ってられない、か。

 

「なら、それで」

「まいどー! なら、ついでにこれもオマケや」


 店主がウィンドウをさっと操作すると、私の隣に売買のウィンドウが表示される。売値は1000Dとあり、それに対するアイテム欄には服以外にもう一つ。


「簡易裁縫キット?」

「服の耐久度回復や。糸とか素材は別で必要やし、クオリティの高い物にはできへんっつー制約はあるけどな」


 ただ、と話を続け、


「店に修復出すより確実に割安な上に、やってると自然に裁縫スキルが覚えられる。慣れんうちは作業自体が地味に面倒やけど、スキル自体はDEXにボーナス付くから結構便利やで?」

「確かに便利そうですけど、地味に面倒とは一体……。これ、もしかして本格的に針に糸通したりするのですか?」

「二通りやな。今言うたガチの方と、キットのメニューからの楽な方」

「違いは回復率と成功率?」

「加えてガチな方がスキル習得速度は速い。後は、楽な方はHP多めに消費するってことやな」


 MPではなくHP消費か。生産はMP消費かと思っていたのだけど、違ったらしい。


「あー、そういや初心者やったな。このゲームの生産な、裁縫とか鍛冶とかはHP消費で、合成とか錬金とかファンタジーなんはMP消費や」

「……ややこしい」

「違いないなー。裁縫も修復だけならHP消費やけど、一から服作るとなるとHPとMP両消費やし。ま、その辺りの詳しくはwikiやら掲示板やらに載っとるわ」


 兎に角、話が逸れたがオマケとしてこのキットをくれるらしい。キットの相場はわからないが、これでは儲けは全く無いのではないだろうか?


「ああ、安心しい。これの元々儲けはあって無いようなもんや。ま、宣伝費やと思ってくれ」

「宣伝費?」

「自分言うたやろ、デザイナー兼プロデューサーって。リアルじゃ金も仕事もないけどな、今や知らぬ奴はおらんゲームの中ならやりようはある」

「……ああ、そう言うことですか」


 つまりは有名なこのゲームで、リアルのアイドルと似た様な服を着ていればどこか印象には残るという事か。


「時間も現実の倍だから、下手に金をばら撒くよりもってこと、ですか。似た様なのを考えているのは多そうですから、競争率は高いでしょうけど……」

「なーに、そこはもう運と実力や。流石にトッププレイヤーは無理やけど、あいつも称号”アイドル”を狙っとるからな」

「あるんですね、アイドル」

「ああ、まだ一人だけやけどな。そこはあいつに任せるとして。とりあえず、運は向いたと思うで?」


 そう言って店主は私を――って、そういえばそうか、今の私は、


「レア種族は嫌でも目につくから……確かに、宣伝としては良さそうですね」

「そゆこと。ついでと言うたらアレやけど、気になったらリアルでも探してみてくれや」

「……気になったらで」


 本来はそちらの宣伝がメインだろうけど、私がそちらに興味がないと察しているのだろう。人が良すぎる気がしなくもないが、好感が持てるのは違いない。


 売買を完了させ、アイテム欄から買ったばかりの服を選択する。体を光が纏わり付いたかと思うと、一瞬で装備が完了していた。

 しかし私がアイドルの衣装……酷い冗談だが、周りを見ればもっと際どい恰好をした連中はいるし、何よりあの(・・)悪魔っ娘と兎娘を超えるのはそうそう無いはずだ。


「……ありがとうございます。もう行きますけど、宣伝効果はあまり期待しないでくださいね」

「気にせんでええよー。ワイのカンで言えば大当たりやろうからな!」

「正直勘弁してほしいですよ?」


 そのまま店主と別れ、再び街を歩いていく。なんだか衛兵に引きずられていく盗賊っぽいのがいた気がするけど、もはや気にしたら負けだろうか。

 さて、服も買って素寒貧になったところで一考。


 これからどうしよう?


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