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#40 よく考えたら初戦闘では?

「う、わ、わわわわわ!?」


 後ろから襲いかかってきた顎門(あぎと)を、ウォルフステップを駆使して間一髪で回避。

 更に追加できた尾の一振りはラビットジャンプで大きく飛び逃げる。

 トドメに毒液まで飛んできたが、これは横に転ぶことでなんとかなった。


 回避しつつの逃亡のおかげで一時的に距離が出来るけど、そも相手の大きさが大きさだ。物騒な鱗で下草を刈りながら、あっという間に距離を詰めてくるのでまた避ける、と。

 さっきからこんなエキサイティングなアクロバットの繰り返しだった。


 ……蛇ってこんなに動き速かったっけ!?


 獲物を捕らえるときは一瞬で襲い掛かってくるというイメージはあったが、移動そのものがここまで高速で出来るとは思わなかった。体をくねらせ向きを変え、バネのようにカッ飛んでくる。

 飛ぶ瞬間にほんのわずかなタメがあるので、それを隙に避ける他ないという中々にハードな状況だ。油断すれば丸呑み確定だぞこれ!


 そんな博打のような回避方法でなんとかなっているが、やはり未だ喰われていないその一番の理由は、


『ふぁいやー!!!』


 いや火は出てないというかテンション大丈夫か。


 大口開けてきた蛇に対し、言葉と共に射出された空気の塊が連打で叩き込まれた。丁度良いタイミングで頭に当たったからから、蛇が顔を背けたことにより飛び掛かろうとしていた姿勢が変わってあらぬ方向へダイブしていく。うわぁ……図体がデカい分、派手に転がっていくな。


 勿論、それをやらかしたのは頭の上の姫翠だ。


 他のゲームでは所謂エアバレットとかそんな名前が付いていそうな魔法……っぽい何かを、蛇に容赦なく叩き込んでいる。呪文とかもないし、固有スキルかな?

 これでまた距離が開いた、が――


『うぅー、きいてない……』


 むー、と悔しそうに姫翠が歯噛みしているのが分かる。

 見れば、大蛇は何事もなかったかのように――いや、あれかなり怒ってるな。会った直後より威嚇音が三割増しだ。全くの無傷で身を起こして再度こちらを追ってくる。


 風の弾丸の威力が低めらしいというのもあるが、あの蛇自身もかなり固いのかダメージが通っている気配が欠片もない。衝撃は入っているようで牽制になっているのが救いだけど、しかしダメージがない以上、追いかけっこは続行。いい加減諦めてくれませんかいや本当に!


「っと、危な……!」


 まずいなー、完全にジリ貧じゃないか。

 一応道なりには逃げているつもりだけど、早く小屋などのセーフゾーンを見つけないとぱっくり食べられてしまうのは明白だ。しかし走れど逃げれど、視界にはそれらしき姿は全く映らない。

 姫翠がやたらとバカスカ撃っているが、それもいつまでもつか。


 というかトリアートは……ちゃんといるね、私の背中に。

 ってかコヤツ、私の背中にしがみついているのだけど、たまに横に転がって避ける際はその時だけ何故か上に跳躍して回避するあたり何気に楽しんでないだろうか。あ、違う? うん、首振ってるけど尻尾も全振りだから後で説教な?


 それは兎も角。

 私は走る飛ぶ跳ねる転がると、これだけでリアルでの一年分の運動量になるのではと思う程に全力で突っ走る。

 幸いここは草原で、私の体のように凹凸が少なく走りやすい。これで森や岩場であれば足元が不安定で追いつかれていたのは間違いない。……あの図体なら多少の障害物はものともしないっぽいしなあ。そして何で現実逃避に自虐ネタに走った私。


「ええい、本当にしつこいなぁ……!」


 逃げても避けてもかっ飛ばしても追ってくる。

 上で姫翠が肩で息をしているのが聞こえてくるので、迎撃もそろそろ限界だ。そして何より、私のHPとMPが尽きかけていた。


 うん、こんなときにゲームっぽさが出てくるとは思わなかったよド畜生め。


 HPもMPも、単に走り続けていたら徐々に減り始めていた。このゲームはスタミナという概念が隠しステータス扱いであり、許容量を超える運動をした場合はHPに加えてMPにまでダメージを負うのだ。精神的ダメージは確かに負っていますがね!?

 持久スキルのお陰でHPが、歌唱や集中などでMPが増えて、かつ減少速度も緩和されているのだろうけど、休みがない以上はそれもいつまで持つものか。一応相手の蛇にも同じくスタミナがあるはずだけど、どう考えても向こうの方が上である。


 なによりジャンプ、ステップなどのアクティブスキルを使い過ぎている影響が大きい。どちらもHP消費でコストは少ないけど、スタミナ枯渇による継続ダメージと合わされば深刻だ。

 なんだかスキルレベルが上がったり"回避"あたりを習得していそうだけど、焼け石に水とはこの事か。


「そう簡単に諦めるつもりはないけれど、ねっ、と!」


 強がりを口にするものの、厳しいのは事実。

 攻撃方法が咬みつきか尻尾による大振り、毒液の三種しかないので単調だが、しかし確実に追い詰められている。

 一応、回復アイテムはあるにはあるのだけど……使うに使えないのがなんとも泣ける。もう随分昔に思えるけど、あの兎様に合う直前に拾った死に戻りした人のアイテムの中にあった代物だ。


 なんで使わないかと言えば。まさかこんなことになるとは思ってもなく、ショートカットを設定していなかったのがまず一点。なのでメニューを操作してアイテムボックスから取り出す必要があるのだけど……運の悪いことにさっきまで色々と物を突っ込んでいたので探す余裕がないのがもう一点。

 そして何より問題なのが――ブツは液体なのである。


 今飲んだら吐くわっ!

 いや、自身に掛けてもいいのかもだけど、だからそんな暇があると思うてか。ああー、もう、勿体ないからってケチって肥しにするんじゃなかったよ!


 って駄目だ。

 HPもMPも一割切った。


 ……まあ、最悪は背中のトリアートに姫翠を乗っけて逃げてもらって私が囮か。


 今まで運よく死ななかったけど流石に年貢の納め時かー……なんて思っていたその時だった。

 姫翠が、今まで聞いたことがないぐらい慌てた声を出したのは。


『そっち、だめ!』

「え!?」


 突然のことに反応しきれない。

 そっちと言われて前に向き直るが、そこには同じく長い年月で風化した道の跡があるだけだ。辺りはなだらかな丘の上の草原だが、特に危険そうなものも見当たらない。

 せいぜいすぐ目前の下草が強く風になびいているぐらいで――ん? 風?


『かぜ、ふいてる!』


 言われ、気が付いた時には遅かった。

 元々全力疾走していたこともある上に、後ろからの追跡者の動向に注意していたので止まるに止まれなかったのだ。


 "そこ"に足を踏み入れるまでは。


「……っ!? これは――突風!?」


 思わず出た言葉がそれだったが、突風なんて生易しい風圧ではない。足を止め、とっさに身を屈めないと飛ばされていたのではと思えるほどだ。

 まさに暴風。突然の風の暴力に動くこともままらない。


『あわわわわわ』

「って、あぶなっ!」


 頭と背中に手を回し、風に飛ばされかけていた姫翠とトリアートを捕まえた。二人とも両手で抱え込み、がっちりと確保する。

 危機一髪――と、ほっとする間もない。そもそもなんでこんな状況になったのかと思い出し、後ろに振り向けば、大蛇はすぐ目の前にまで迫っていた。


 あ、まずい、これじゃあ姫翠もトリアートも逃がせない――


『ふせてっ!』


 腕の中からの声に、今度は迷うことなく従う。

 伏せるというより倒れ込むように前へ。直後に来るであろう衝撃に目を伏せて、




「…………お?」


 来たのは衝撃やダメージではなく、何かの悲鳴と叫び声だった。

 具体的には、何か爬虫類っぽいものの切ない感じの悲鳴と、鷹っぽい何かのとったどー的な歓喜の叫び。


 ……うん、そのままやね。というか自分で言って何だが、どんな例えだ。


 目を開けて後ろを見る。

 いない。


 横を見る。

 いない。


 前を見る。

 当然何もいない。


 空を見る。

 するとそこには、


「うわぁ……なんて見事な弱肉強食」


 視線の先、そこには頭部をしっかり捕獲されてぐったりしている蛇と、それを凶悪な鍵爪で捕らえている鷹っぽい巨鳥の姿があった。

 目を閉じていたのはそれほど長い時間ではなかったはずだけど、もうかなりの高さにまで舞い上がっている。山の方に向かっているから、あのまま持ち帰ってお食事のようだ。何匹かついて行ってるし。


 あまりの急展開に呆然としていたのだが、はっとしてまた姫翠が慌てだす。


『ここ、あぶない』


 どうやらこの風が吹いている地帯が、あの鷹っぽいのや竜の通り道でもあるのだろう。確かに何匹か、旋回してこちらに向かってきそうなのがいるので、ここは逃げるが勝ちだ。

 体勢を低くして進み、暴風地帯をなんとか前に進む。


 そして、始まりが唐突であれば、終わりもまた同じ。

 ある程度前に進んだところで、急に風が止んだのだ。


 空からは……襲ってくるような雰囲気はない。

 おそるおそる周囲を見渡すが、あの蛇の様な危険な影は見当たらなかった。


「つ、疲れた……」

『ふにゃぁ~』


 危険が去ったと認識したとたん、腰が抜けてへたり込んでしまった。

 精神的な疲労が半端なく、ずっと走り続けていたからか喉が渇いたような錯覚が酷い。あー……、いったんログアウトしてやろうか。


 姫翠もぐったりで、今元気なのはトリアートぐらいだ……ってどうした?

 何やらトリアートが前を見て尻尾を振っているので、私もそっちを見てみると、


「……あ」


 今いる場所からは下り坂で、その先には澄んだ水が流れる河と切り立った険しい崖が見える。

 そしてその崖の下、ちょうどこの道をずっと進んでいった先。


 そこに、ようやく待ち望んだ人工物――崖にはめ込むように建てられた小屋が見えた。


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