#37 来る災厄は一つ屋根の下
今日は晴れた日の休日。
雲一つない空の下、外は暖かい陽気に包まれていた。
窓の向こうを見れば親子連れが手を繋いで散歩していたり、バーベキューのセットを持って出かける青年達の姿が見える。
……いいなぁ。
いや。家族連れが、とかバーベキューが、とかではなく。
正確には、外に出かけることが出来るのがいいなぁ、という話。
更に言うのであれば外に出かけるとかは建前で、出来ることならダッシュでここから逃げ出したい。今すぐに。さっきから背中に冷たい汗が滝のように流れているので!
結論を言ってしまえば油断していた、という事なのだ。
心情的には、ここ最近は晴れの日ばかり続いていたからと傘を忘れたら雨どころか雹が降ってきたような勢いである。
……あ、ダメだ。この例えなら外に出かけたら天気荒れるじゃないか。
どうやら深層心理でも逃げられないと判断しているようだが、もうちょっと夢とか希望とかがあってもいいと思わなくもない。
外に比べて異様に寒く感じる私室には、普段を考えればいつになく人口密度が高かった。
と言っても三人だ。
たった三人。
私と、弟と、そして姉。
……姉なのである。
私はなんでか正座で、弟は目を逸らしていて、姉は先ほど届いた荷物を手に立っていた。
そしてこの状況を表す言葉はいつも通りなのである。
「彼方、このAlmeCatolicaというゲームをやっているそうね? まずは設定方法を教えなさい」
(どうしてこうなった……!?)
詳しく語る以前に語れる内容もなく。
レイドイベントが終わって美凪さん――リアルだから白凪さんか――のほっぺを堪能した次の日、さて次はどんなところかなと意気込んでいると、突然姉が弟を引き連れてドアを蹴破って来たのだ。
いやぁこの姉、あの人たちがいると猫被って大和撫子を演じているのに、いないと本当にドSなキャラになるな。学校では何故かそのキャラが受けているのだが、変態多いのか。心当たり多いのが嫌だが。
現実逃避は兎も角だ。
すっかり忘却していたが、発端は間違いなく先日に弟へAlmeCatolicaを勧めていた事だろう。
確かにもう二週間以上前の話なのではあるけど、よく世界的にも品薄なハードを購入できたなと思わなくもない。弟から姉へ話してすぐに購入に動き出していたのなら考えられなくもない、が……。うーん?
それより、あれは私がバレたときの為の口実のつもりだっだのだ。買ったとしても一緒にパーティ組んだりとかもありえないだろうから、と楽観視していたのである。
それが既に購入していたとか、届くと同時に襲来するとか、誰が予測できただろうか。
……まさか弟が口を滑らせたのではないだろうな。
つと姉の後ろにいる弟に目線をやると、それに気が付いたとたん必死に首を振っていた。演技……ではないか。ならどうやってバレたのかという事を知るのが怖いというか、
「PVにも映るぐらいなのだから、随分とやり込んでいるのでしょう? なら色々と教えられるわよね?」
おのれ白凪さんめぇええええええ!
こんなトンデモないところにまで波及してるんじゃねぇですかチクショウゥ!!!
……次に会ったら目の前でPVのナレーションを流すという拷問を行ってくれる。
というかこの姉、しっかりとPVまでチェックしている辺り結構楽しみにしているのでなかろうか。届いて早速やろうとしているし案外――いや、そのブリザードな目は勘弁してください。
私は座っている上に元より身長差があるので、見下ろされると程よくトラウマに響くのデス。
前の一件で多少は緩和されたとは言え、モフモフもとい猫がいないのも合わせてやはり怖いものは怖いのである。
しかし、その時の貸し――部費の件――があるので教えるのはいいのだけど、なんで私?
いくらPVに出ていたからって、もっと適任がいるだろうに。生徒会にやってる人が全くいないという訳ではないはずだけど、
「それは駄目ね。他の生徒会役員とゲームなんて――私の方が上手くなってからでないと」
酷い理由だ……!
いやなんでか心読まれるのは昔からなんでスルー。
とはいえ、先に言っておかなければならないことが一つ。これだけは絶対に譲れない。
首筋がひやりとして体が震えそうになるが、それを抑えて口を開く。
「ハードの設定を教えるのは良いのですが、ゲームの中で教えることはできません」
「……何故?」
ひやり、どころではなく刃物が突き付けられているかのような錯覚を覚えるが我慢する。まさか私が拒否するとは思わなかったのか、弟も驚いた顔でこちらを見ている。
静かに呼吸を整えて言葉を選ぶ。
「まず第一に。――今いる場所から最初の街までの道がわかりません」
「…………」
うわぁ、なにそれって表情してる。
いや実際に分からないのだから仕方がない。そもそも廃都クリアカラネラはつい先日正規ルートが解放されたばかりで、そして私は廃都から外までの洞窟の中にある小屋にいるのだ。
そしてその小屋も既に三つめという有様だったりする。階段だったのは最初だけで途中からは緩い坂道なのだが、どんだけ長いねーんっていう状況だった。
攻勢Mobはいないのだが、体の一部が水晶で出来たコウモリが天井に沢山いたり、霊体っぽい薄い靄みたいなのが徘徊していたり。天井、壁、床まで水晶で舗装された道は思っていたより広く歩きやすいのだが、いかんせん飽きる。フレンド通信で話しながら歩いているけれど、姫翠とトリアートはとうの昔にだれてぐったりだ。
ここから廃都へ戻るだけでも、ちょっとどころではなく時間がかかるだろう。更には廃都から最初の街までの道があるかも不明なのである。wikiや掲示板を見る限りでは、行きは別の街からずっと河を進んでいけば到着する比較的に安全なルートが出現したらしい。たまに鮫が飛び出してきて大惨事にはなるらしいけど。
ただ、帰りのルートについてはまだ書かれていなかった。多分どこかに私が歩いているのと同じような地上へのルートがあるのだろうが、やってきた人は帰りよりも街を探索することが中心のようなので発見はもう少し先になりそうだ。
そして当初は街に戻る手段として最有力候補の死に戻りという手段はもう使えなくなっている。廃都にホームを手に入れているので、死ねばそちらに戻されることになるのだ。
……それ以前に、ここまできたら街に戻るためだけに死に戻りっていうのも、ねぇ?
更に理由はまだあった。
うん、ある意味こちらの方が本命なのだけど、
「第二に――――むしろ私の方が教えてほしいぐらいです」
「「……は?」」
いや、チュートリアルをすっ飛ばしてモフモフに会いに行ったものだから、武器や初期アイテムすら持っていなかったのだし。生産のやり方も適当に釣り竿作ったり料理したりとリアルとあまり変わりがない。
歌なんかはガチの練習で短期集中的にスキルレベルを上げていたので、普通の使い方は全く知らない。
戦い方?
生産?
パーティの組み方?
そんなもん私の方が知りたいわっ!
「彼方姉さん、縛りプレイですか?」
やかましい。
しかし弟の丁寧な口調は相変わらず慣れないなー。あまり普段、二人きり以外の時はお互い喋らないからだろうけど。
そして当の姉はまだ納得できていないようだ。ウチでは珍しいせっかくのゲームなのだから好きにやれよ、させてくれよとは思うものの口には出さない。怖いし。
「アバターを二つ作ることは出来るのかしら?」
「そんなお金はありません」
課金要素か病院の検査から始まるアカウント作成で出来なくはないが、どちらもべらぼうに高い。アカウント一個目はハードの費用の中に含まれているのでいいのだが、二つ目以降は別枠なのだ。
ついで、ゲーム内は倍の時間になっているとはいえ、称号やスキル習得はプレイ時間が直接関係してくるので公式には非推奨である。
とりあえず今出せる代替案としては、
「一先ずそこの弟をこき使ってゲームを楽しめば良いと思います」
「え」
さくっと弟を売る私。
「仕方がないわね。そうするわ」
「え」
そしてようやく諦めて私から弟へターゲットがシフトした姉。
「……僕の拒否権は?」
「「ない」」
「なんでこんな時だけ息ピッタリなんだこの姉妹……!」
もしかすると恋人とか友人たちと遊ぶ約束でもしていたのかも知れないが、残念ながら拒否できるまでの理由ではない。
……ま、私も最悪は今までの全部捨てて来いとか言われるかと思ったからなあ。それに比べればちょっと時間取られるぐらいだからいいだろうに。
と、安心していたのが悪かったのか、そもそも逃げ道なんぞやはりなかったのか。
「ただし」
「……?」
おや、なんでか寒気がするぞ?
振り向けば何故か鋭い眼光で睨み付けてくる鬼、じゃなかった姉が一人。
「ただし、合流出来るときに逃げる、無視する、知らない振りをするなどを行為を行った場合は――」
「ば、場合は?」
「ええ、いくらゲームとは言え節度は必要だもの。その紹介として、学校で最近流行っているゲームとしてあのPVを流すわ。全校生徒の前で」
鬼どころではなく、悪鬼羅刹やと思うねん。
それから暫く。
姉の部屋でちまちまとハードの設定――私は"中"でしたメーラーや痛覚設定などは"外"から携帯端末経由でも可能――をしつつ、wikiや掲示板、夢見さん達に教えてもらった情報を渡す。ちなみに弟は自身で設定中だ。
まあ、私が今から始める人に言えることは"迷子注意"ぐらいなんだけどね。他はチュートリアル用の施設に行くことか。
種族やプレイスタイルに関してはお好みで、としか言いようがない。
ただ一覧を見ているときにぼそっと、
「面倒ね」
と呟いていたので多分ランダムを選択するだろう。
……とんでもない種族を引き当てる未来しか見えないのは気のせい?
そして姉とついでに弟は、私が買い物したり夕飯を作ったりしている間にログインしてゲームを開始した。
私も早くしたいんだが、この様子だとできるのは相変わらず夜だな。
「流石に今日であの洞窟は出られるとは思うのだけど」
半ば希望が混ざっているものの、レベルが上がった探索スキルのマップで高さ情報を見る限りはもうそろそろ地表だ。姫翠もトリアートも当然私も、新しい場所は楽しみだから早く行きたいものである。
なんだか急な姉の襲来とか色々あって疲れはしたが、これぐらいなら全然許容範囲内だ。
さあ、さっさと面倒ごとは終わらせて、ログインしよう。
ちなみに、だが。
夕食時。
「ゲームはどうでしたか?」
「そうね。どうも私は良い種族を引き当てたみたいよ」
弟は 目を 逸らしている。
「……ちなみに何という種族で?」
「天狼」
「わぁチート臭い」
やりやがったよこの姉。
多分今頃掲示板はまたお祭り騒ぎになっているだろう。
「でも珍しいのも考え物ね。街を見て回っていたら、明らかに頭が悪そうなのに絡まれてしまったわ」
「大体結果は見えている気がしますが、どうなったので?」
「ええ、別にスキルというのがなくても十分ね。可愛がってあげたわ」
なお、後で弟に確認した限りでは五対一だったそうな。
無論、五がそこそこやり込んでいそうな頭がアレなプレイヤーで、一が初心者な姉である。
「あまりゲームの事をとやかく言うのもとは思っていたけど、やはり学校側の対応は必要ね」
「ソウデスネー」
まあ私たちの年齢でもヤろうと思えばできてしまうゲームである。
風紀と調整して羽目を外し過ぎないようにという注意とか、逆に変なのに絡まれた時の対処を考えるとか云々。私としてはPVが使われなければ良い。
「ああ、そうそう。その時に早速スキルも手に入ったわね」
「スキル?」
「ええ。――調教」
「もうやだこの姉」
え、いつかコレと会わなきゃならんの?
ため息が出そうになるのを堪えつつ、一言。
「本当、節度は大切だと思いますよ。――永久姉さん」