#36 閉幕、そしてまた歩みだす
鐘が鳴り止み、歌い終えたところで街は元の静けさを取り戻していた。
気が付けば称号が変わっていたり、何やら頭上が光り輝いていて"新ダンジョン解放"とかアナウンスが来たけどそれはそれとして。
心地よい疲労感の中、夢見さん達に礼を言いつつこの二週間を思い出して浸っていたのだが――その余韻は、続いて送られてきたアナウンスによって見事粉々に打ち砕かれた。
……ふ、ふふふ。ここでまさかの美凪さん。予想だにしなかった伏兵に私も驚きですがな。
『おーい、大丈夫……じゃ、なさそうね』
『あああ、カナタちゃんがorzしたままピクリともしない』
何だか頭の上から声が聞こえるけど、この"やっちまった"感が酷くて反応する気力すら見当たらない。
心配してくれている人もいるが、そうでない人たちの間で話題は進む。
『それ以前にこのPV、どうやって作ったのかしら? まだレイドクエスト終わって数分しか経っていないのだけどねぇ』
『噂に聞く、開発専用の超倍速空間で作ったのじゃないかにゃー』
『おうふ。それは潜在的な危険性が高すぎて、労働基準法とかを筆頭に世界レベルで法改正が行われたシステムではないか。紹介PVをリアルタイムで作るためだけに使うかフツー』
努力の方向性を間違えすぎだとは思うが今更か。
いやほんと夜勤で何やってんですか美凪さんよ。
『なんだか勝手にPVとして使われているけど、これは確か利用規約に書かれてあったのよね? つまり規約に承諾=PV出演に承諾、と言う訳か』
『細かーく書かれた中にこっそり紛れているねー。流石開発、汚いにゃ! ――ま、とぉねは宣伝になるからいいけどねん』
黒い本音が漏れてるぞ、とぉねさんや。
規約というか契約書の類なんてそんなものだとは思うけど、通告なしでやらかしてくれますかねドチクショウ。
いやあの開発運営が鬼畜なのは重々承知していたが、ここまでだったとは……!
『一応ギャラとして安くはないゲーム内通貨が貰えてるけど、そこで絶望入ってる子は要らないよね……。カナタちゃん、なんて不憫な』
『使う場面が見当たらないものねぇ……』
とりあえず、美凪さんは次に会ったら全力で報復をしてくれる。
……元々は私が徹夜させたことが原因? 知らぬ、そちらは仕事で私は私怨だ。うん、自分でも地味にタチが悪いとは自覚してる。
それはいいとして、先のPVの影響で確認しなければならないことがある。
起き上がり、サイズを元に戻したウィンドウに顔を向ける。映っているのはフレンドの皆だけで、協力してもらった他の人たちはもう落ちているようだ。
ま、報酬がかなり高価そうなレア素材のセットだったから、加工か自慢しに行ったのかも知れないけど。
『お、起きた。よかよか、あまりのショックで昇天したのかと思ったぜい』
「できればそうしたかったのですけどねー……」
いっそホームに戻って引きこもり、イベント終了と同時に寝てしまった姫翠と一緒に布団に入りたかったが、そうもいかないのが現状である。
ちなみにトリアートはまだ起きて――あ、真横に倒れた。
『ま、気になってるのはこっちも察してますがな。リアバレっしょ?』
「そうですね、そこが一番気になるところです」
ジュンさんは私の厄介な立ち位置をある程度知っているからか話が早い。
言動はアレだけど、ちゃんと考えてはいる人だから信頼できるのだよなあ。
普通ならばあまり気にする必要がないというか、あえて同じようにしているアイドルモードのとぉねさんのような人なら兎も角、アバターとリアルの容姿は似ているけど一致しないのがほとんどだ。
だが私の場合はすでにジュンさんと……一応美凪さんもか、前例がある。
それに今回のはPVという何度も見直せるものなのが厄介だ。
交友関係的に直接聞いてくる人はいないだろうけど、噂ぐらいにはなりそう、か。"似ている"というだけで話のネタにはなるのだから、せめて姉の耳に入らないことを祈っておこう。
「……泣きたい」
『事情はよく分からないけど人の噂は七十五日とも言うし、このゲームなら次々と色んなことが起きるからあっという間に過ぎ去ってくれると思わよ?』
犬軍曹がそう言ってくれるが、全く慰めになっていない。七十五日って意外と長いと思うんですよ……。
しかし姉はゲームなぞする性格ではないし、周りもその手の会話は振らないから大丈夫だとは思うけど。……なんだろう、何か微妙に重要なことを忘れている気がする。
何を忘れているのだろうと思う出だそうとしたところで、隣から声が降ってきた。
鐘が止んでから、上を見上げたまま動いていなかった竜である。どことなく懐かしそうにしているので、昔でも思い出していたのだろうか。
《見事に役目を果たしたか。歴代の巫女には敵わぬが、たった二週間でと考えれば十分だ》
「それじゃあ――」
《うむ、約束通り"塔"の道を開こう》
言うなり、竜が身を起こす。
……まともな道だよね? と少し半歩引いていると、竜が首をもたげて視線を壁の方へ送った。
つられて見るが――特に何もない。
「道を開くってどこに――」
竜が、光線をぶっ放した。
『『ってなにぃ!?』』
「ええー……」
大きく開けた咢から射出されたビームは余波をまき散らしながら壁の一部に直撃。
夜の街に轟音が迸った。
「ここでまさかの 超 物 理」
『ちぉ、おいおい。ほとんど溜めなしであの威力って頭おかしくね?』
『そうねぇ、あの水晶の硬度から考えて、まともに喰らったら余裕で十数人は蒸発すると思うわよ』
『カナタちゃん、ヘタするとあれと戦うことになってたのかあ……』
夢見さんがしみじみと言うけど、あまり洒落になっていないのだよなー。あの出会った時は逃げようと考えていたが、竜が臨戦態勢ならその暇もなかったに違いない。
慌てて飛び起きた姫翠とトリアートを抱えながら、土煙を上げる壁を見る。
徐々に煙が晴れた先には、ぽっかりと大きな洞窟が出現していた。いや、階段があるのが見えるからトンネルと言った方がいいだろう。
長い年月で生えた水晶によって閉ざされていた道のようだ。
《その先に進めば地上に出ることが出来るはずだ。塔へは続く道なりに進めば着くだろう》
「随分と曖昧な表現が多いのは……」
《昔の話だからな。地上への道は舗装されているので出られることは間違いないが、塔までは保証できん。路面も整えられてはいるだろうが、埋まってしまえばどうしようもない》
それは仕方がないと思うしかない、か。
もうかなり過去の事のようなので、道があったという跡があれば御の字というところだろう。――ん?
「あれ、よくよく考えたら塔とこの街には関係性があるのですか?」
ふと疑問に思ったこと。
もうずっとこの場所から動いていなかった竜。その竜がそもそも塔まで道を知っていることが不思議なのである。
もしかしてと思い浮かんだのは、
《ああ、そうだ。あの塔はこの街がまだ人が住んでいた時に造られた代物であり、皆あの塔へと去って行ったのだ》
「あの塔に……?」
この街が無人である理由。
行政区などをよく調べなければ分からないと思っていた情報が、こんなところで飛び出してきた。
《理由はよく知らぬ。いつか帰ってくる、とは言っていたがな》
「なんとも、どうにでもとれる表現ですね」
それこそこの街を探索しろ、という事か。
まあそれは後から来る人たちにお任せしよう。
《行くのか?》
「はい」
『え、カナタさんや。明日学校なのですが』
ジュンさんからちょっとマテと突っ込みが入った。うん、おかしいのは分かっているのだけどね。
見れば既に日付は変わっている。
明日も平日なので早く寝ないといけないのだが、
「寝坊したらそのままサボります」
『凄く廃人思考キタコレ』
なにしろ、そろそろこの街を目指していたプレイヤーが到着するというのだ。
来てしまったらそれこそ面倒になるのは間違いないので、ホームは惜しいが早く離れておいた方がいい。
『でもでもカナタっち。さっきのPV流れた次の日に休んでたら、それこそ噂が独り歩きするかもだにゃ』
「ぐ」
そういえばそうだった。
確かに夜にあったイベントの後に学校を休んでいたら、気になっていた人たちも勝手に話を膨らませて大変なことになるだろう。それを避けるためには、出席してその手の話題に一切反応しないことなのだ。
しかし他のプレイヤーと会うのは避けたいのも事実なのだけど……どうしたものか。
《ふむ。事情は分からぬが、先に行くというのなら地上へ行く道の途中に小屋があるのでそこを使うと良いだろう》
「お」
聞けばトンネルは結構な長さがあるので、途中で幾つか休憩地点であるセーフゾーンが存在するらしい。
本来であれば街の住人がなければ使えないが、
《その巫女の為の服を着ていれば、鍵代わりになる。代わりの鍵は一朝一夕で見つかるものではないし、この街を目指している者たちと会いたくないと言うのであれば十分だろう》
『確かに攻略組は街の探索を優先するだろうし、まさかカナタちゃんがもう先に行っているとは思わないでしょ』
「なら、今日はそこまでを目指しますか」
ネタ装備の一種かと最初は思ったけど、地味に利用できる巫女服である。性能も高いので使えることは使えるけど……うん、破損すると勿体ないので、地上ではアイドル服かな。
持っている服が巫女服かアイドル服しかないことは気にしてはいけない。
起きて定位置についた姫翠とトリアートを傍に、トンネルの入り口へ足を進める。
水晶竜はどうするのかと思い顔を向ければ、もう翼を広げていたところだった。大きく羽ばたくと、ぶわりと大きく風が吹く。
「あなたは、どこへ?」
《さて、どこへ行こうか。あの荒廃した大地がどこまで豊かになったのか、それを見て回るだけでも面白そうだ》
「……荒廃した大地?」
何か妙な単語が聞こえたが、呟いただけだったので竜には聞こえなかったらしい。
こちらが言葉の意味を考えている間に、竜は頭部をこちらに向けてくる。
《別れの前に選別を渡しておこう。受け取るがよい》
ガラスが砕けたような音がしたかと思うと、竜から一粒の光が落ちてきたのでキャッチする。
手に取った瞬間、現れたのはもう見慣れたシステムウィンドウ。
――特殊アイテム『晶王竜のお守り』を取得しました。
――スキル『エナジーリカバリー』がアンロックされました。
――install:New Function "****"......70%
貰ったものは恒例のお守りとスキル。
エナジーリカバリー……なるほど、自動回復スキルか。回復手段がないこの状況では非常にありがたい。
礼を言うと、竜はまた強く羽ばたいた。どんな力が働いているのか、巨体がふわりと浮き上がる。
《さらばだ。また縁があれば会うだろう》
頷きを一つ。
それを最後に派手に風が吹き荒れ、思わず目を閉じる。
次に目を開けたときに眼前に竜はおらず、遠くの空にその軌跡だけが残されていた。
「さて、私も行きますか」
『カナタちゃんが召喚したダンジョンは無視?』
「武器もないのに高難易度ダンジョンに逝けと?」
『それ以前にまだ武器を持ってないのがおかしいと思うわ』
犬軍曹、ごもっともです。なんでまだ戦ったことすらないんだろうね?
そのダンジョンは期間限定だというし、急いで来た攻略組が破竹の勢いで踏破してくれることを祈っておこう。
もう来るか分からないので一度街の方を見てから、背を向けて歩き出す。
『それじゃあ、ワタシは先に落ちるわ。何か分からないことがあったら言いなさいな』
『それなら、私も』
『カナタっち、ちゃんと明日学校来るんだよー?』
『わたしも落ちるかー。……あ、やべ。課題やってねえ』
皆も順に通信を切っていく。
最後に残ったのはどこか心配気な顔をした夢見さんだった。
「どうかしましたか?」
『んー、あんまり他の人は気にしてなかったみたいだし、本当は聞いちゃいけないと思うのだけど、ね。……カナタちゃん、リアルの方、大変なの?』
どうもさっきのジュンさんとのやり取りで心配をさせてしまったらしい。
確かに大変と言えば大変なのだけど、まあ、まだ十分なんとかなるレベルだ。多分。
「ありがとうございます、大丈夫ですよ」
『むぅ……残念ながらカナタちゃんの大丈夫は信用できない。初めて会った時も何だか苦しそうにしてたし』
そういえばそんなこともあったか。どうも夢見さんの中ではその時の印象が強く、心配のようだ。
すんごく疑わしそうな表情に思わず苦笑してしまう。
やはりというか、この人は随分とお人よしだ。
『何かリアルで困ったことが遠慮なく連絡してね。私、これでも大学で法律を勉強してるんだから!』
「法律、ですか」
言われた言葉に目を丸くする。
意外と言えば意外だ。法学部というと固いイメージがあるが、夢見さんとは程遠そうだからである。
『あれ、まさか"勉強できたの?"とか思われた!?』
「いえいえいえ、それはないです」
いや、うん、ちょっとは思ったケド。言ったら泣きそうだなー。
『それじゃあ、ちゃんと学校にはいくんだよ? おやすみなさい』
「おやすみなさい」
そして最後のウィンドウが閉じ、辺りは静かになる。
「行こう」
そして、私は歩き出した。
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……余談ではあるが。
「あううううううううううううううううう」
「……すっきり」
後日、病院の屋上カフェテリア。
そこに両頬を真っ赤にして泣いている美凪さんと、ちょっとすっきりした私がいなかったとかなんとか。