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#34 さあ準備は整った

『ようやく、と言ったところね』


 持っていた竹刀を肩にかけ、満足そうに頷いたのはワンコ軍曹もとい鬼教官だ。何故かフレンド通信のウィンドウに映る背景がどこぞの滝だが、何してるんだこの人。


『いやはや話聞いた時はトチ狂ってるんじゃなかろうかと思ったけど、なんとかなるもんだね?』

『こちらもボスを倒す目処が立ったのはいいのだけど……結局、イベントには間に合いそうに無いわねぇ』


 それぞれ感嘆やら諦観やらが入り混じったコメントをするのは部長さんとストゥーメリアさんである。

 ちなみに部長さんは種族:地竜で名前は"峻天八双影走之絢しゅんてんはっそうかげばしりのじゅん"。特に意味はないそうなので皆"ジュン"と呼んでいる、全く忍んでいないエセ忍者だ。忍者と言いつつ自己主張の激しい翼と角がなんとも部長さんらしい。


 で、今は既にリアルもゲームも真夜中。

 空にはほんの少しだけ欠けた、真円に近い月が浮かんでいる。姫翠とトリアートは既に夢の中だ。


 そう、このイベントの最大の山場は明日。

 妥協はしなかったものの、かなりギリギリだった。

 幸いにしてイベントの時刻には予定はなく、邪魔が入る可能性もすくないので問題はなし。歌の内容は嫌でも覚えたので、後は私がどれだけリラックスして歌えるかが焦点になるだろうとのことだ。


 肝心の私の今のステータスは最終的にこうなった。


■ステータス

 名前:ハルカカナタ

 種族:機人

 称号:優しき奏者


 ATK:D-

 VIT:D

 INT:D

 MND:D

 DEX:D

 AGI:D

 LUK:-


■スキル

 ・ラビットジャンプK Lv.1

 ・ウォルフステップ Lv.1

 ・ブースト[種族専用] Lv.1

 ・祈奏術 Lv.11


 ・釣り Lv.1

 ・細工 Lv.1

 ・探索 Lv.3

 ・親和 Lv.3

 ・料理 Lv.9

 ・持久 Lv.13

 ・歌唱 Lv.26

 ・舞踊 Lv.5

 ・集中 Lv.7


■種族特性

 ・視覚拡張 Lv.1

 ・機能拡張"フレンド通信" Lv.MAX


◆レイドクエスト参加中



 歌唱のレベルは26。

 できれば30にしたかったけど、そこにたどり着くことは現状では難しいのだそうだ。なんでも歌唱等のパッシブスキルは基本的に10、20、30、40...という10単位の区切りで"壁"が存在していると言われ、そこで引っかかるとのこと。

 Lv.10までは適当にやってても上がり、それ以上は要練習。Lv.20から上となるとスキルによって方法は様々だが、リアルでの練習なりなんなりで"コツ"を理解する必要があるのだとか。そしてLv.30からは、もうどれだけ時間を掛けたかの世界になってくるとのことだ。


 逆に剣術、魔術、私で言えばラビットジャンプ等のアクティブスキルはそもそもレベル自体が上がりにくい分、1レベル分の差が大きいとのことである。うーん、この辺りはまた今度、wikiとかで勉強しておくかな?


 ともあれ、突貫工事のような勢いで練習して及第点まで上げられたので、今はこれで満足しておこう。

 ……この先に使う機会があるかは不明だけど。


「他にも色々スキルが増えたなあ」


 一週間前までは歌唱と持久だけだったが、半分を越えて慣れ始めたころから新しいスキルが増え始めていた。

 舞踊はリズムを取って体を揺らしていたら勝手に増えたもので、集中もいつの間にかと分かりやすい。


 他に増えたので少し毛色が違うのが、


『"祈奏術"は歌って支援する系のスキルだね。よくあるタイプと言えばそうだけど、これも結構珍しいのがきてるじゃん』

「よくあるタイプで珍しいって何ですかそれ?」

『わかりやすく説明するなら、術系のスキルでも魔術とか神術、忍術があるような違いということねぇ。それと同じで、歌うのでも結構種類あるのよ』


 例えば軽音楽のようにギター弾きながらだったり、行進中の軍歌のようなものだったり。上級者向けとしては戦いながらで、なんと剣戟や銃声を楽音として扱うという。難しい分かなり補正が強く、ノリに乗ればボスもソロで倒せるのだとか。


『こんな言い方は好きじゃないのだけど、"才能"ってのがしっくりくるねアレは。ボス相手にしてる時とか完全に弾幕ゲーになってたし』


 どうやらジュンさんはその使い手を見たことがあるらしい――って、もしかして、


「それ、"とぉね"さんですか?」

『アタリ』


 プレイヤー:とぉね。

 誰だそれと言われれば、リアルではアイドルやって音楽部の副部長も務めて東雲先輩の突っ込み役でもある相川先輩その人である。

 名前が本名に近く、それでいて随分と可愛らしいが、これはなんとアイドルやってる時の名前なんだそうだ。

 当の本人は今日リアルでライブがあったのだとかで、もう就寝していてログインしていない。まあ普段からあの人は肌に悪いと早寝早起きが基本なので、ライブがなくともいなかっただろうけど。


『ま、あの頭おかしいのは置いといて』


 そう言ってジュンさんは置いといて、とジェスチャーをして――ないな、投げ捨てたな。ぽいっと捨てられたな、とぉねさんの話題。

 とにかく、話を戻す。


『祈奏術が珍しいっていうのは、その効果対象(・・・・)なのさ。大半の歌唱系スキルは対象がプレイヤーやMobに対してのバフ、デバフ。だけど、祈奏術は対象がフィールド(・・・・)なんよ』

「フィールドに作用するスキル……?」


 ステータス向上や状態異常なら分かるけど、フィールドに作用するとはどういうことだろうか。

 首を捻っていると、答えが来たのはジュンさんとは別方向。ストゥーメリアさんだ。


『そこは歌の内容によるけども、本当に色々あるみたいねぇ。歌うと雨が降る、嵐が止む、草花が生える、海が割れる、火山が噴火する、とか』

「今とんでもないものが混ざりませんでしたか!?」


 モーゼ的なのもどうかと思うが、さらっと言われた最後のはヤバいだろう!

 かなり物騒な内容に慌てたが、ストゥーメリアさんは勿論、ジュンさんや鬼教官も『ああ、あったなそんなの』と頷いている。


 あったのか、そんな事例が。

 戦々恐々としていると、さくっと鬼教官が答えてくれた。


『詳細は不明だけれど、山脈のフィールドで祭壇があったからノリで歌ったらそうなったらしいわ』

『知ってる知ってる。その人ちとトラウマ入って、今じゃ声出さないアサシンスタイルに走ってるらしいねん』

『それ以来、余計に祈奏術を使おうとする人が減ったわよねぇ。たまに物好きがいるから、時々何か起きるケド』

「もう支援じゃないですよね、こんなスキル」


 さくっとしすぎで涙が出そうになったよ!

 勢い祭壇でスキル使ったら火山噴火ってどんな初見殺しですか狂人さん。


『祈奏術は戦闘や生産では恩恵がないからメインで使っている人は非常に少ないの。でも色々と面白いことは起きるから、レベル高い人は結構人気よ?』

「それ、バラエティの体張った芸人と大して変わらなくないですかね」

『…………』


 目を逸らさないでくれません? いやほんとに。

 まあ、元よりソロ活動中なので人気云々はいいとして。前日になってそんな話は聞きたくなかったというか、 


「で、ここでそんなスキル使って何も起きない訳がないと思うのですが、いかに」

『『『………………』』』

「………………」

『『『………………』』』

「………………」

『『『がんばれ♪』』』

「ジーザス……!」


 ここにきて心折れそうとか勘弁してくれませんか。泣くぞしまいには。

 一人広場で黄昏ていると、フレンド通信のウィンドウではない方向から声がかかった。重い、腹に響く声だ。


《話は終わったか?》


 この場で話すことができるのは私ともう一体(・・)

 当然、声の主は水晶竜である。相変わらず渋い。


 どうやらこちらが話し終えるのをわざわざ待っていてくれたようだ。掲示板とか、どこの誰とは言わないけど部長さんとか、プレイヤーに変態が多いのと反比例してMobやらボスやらに紳士が多いのは気のせいか。気にしたら負けですな。


『今なんやらピンポイントで貶さなかったかい? ビビッと電波受信したけど』

『……貴女、人間やめていない?』


 話し進まないので放置で一つ。

 で、どうやら水晶竜から話があるようなので体の向きを変えて真正面から向き合う。体が水晶だからか何なのか、この二週間ほぼ動かなかったなこの竜。


「どうかしましたか?」

《何、交換条件とはいえ、こちらの思いつきで巫女を任せたのでな。折角だ、最後の巫女の残した品々を使うといい》


 顎で指示(さししめ)された先は行政区画の方だ。そしてそれと合わせて軽い音と一緒にウィンドウがまた一つ現れる。

 そこには探索である程度埋まったマップが表示されており、私を表す赤三角が一つと、点滅する光点が一つ。


「わざわざ目的地がウィンドウに表示されるとか……。せっかく水晶竜が教えてくれているのに、何かあるのではと疑ってしまう私が悲しい」

『わかるわー、わかるわソレ。イベントでも次の目的地とか必要なアイテムが正確に表示されると、何故か逆に怪しく思える不思議』

『ゲームとしては普通なのだけどねぇ……』


 なんという開発の罠。

 いやこれで本当にトラップだったら全力で美凪さんに八つ当たるけど。


『おそらく大丈夫だと思うけど……そうね、念のために鍵のことは聞いておいたら?』

「ああ、それは定番ですね」


 よくあるパターンだと鍵が別の場所だったり、誰かが持って行ったとか。会話ができるので、先に聞いておけるのは有り難い。

 と言う訳で聞いてみると、


《案ずるな、汝は既に資格を得ている。扉を開けることはできるだろう》

『ありゃ、そっちのパターンだったか』


 曖昧な表現だが、たぶん祈奏術のことだろう。Lv.10あたりが目安だろうか?

 でもそれならスキルレベル的には足りているという事になるので、ハードルが下がったような上がったような、微妙な気分である。後は私次第、という事なのだから。


 ……ま、ここまで頑張ったのだ。無理に気負っても仕方がない。とりあえず明日、猫はもふっておくけど。


「とりあえず、そこに行ってみましょうか」



 そんな感じでやってまいりました、目的地。

 巫女に関するアイテムがあると言うけれど、そこに建っていたのは特に目立った装飾のない"家"だ。デザインは私のホームと大差はなく、すこし小さいぐらいか。

 周りが見た目堅苦しい行政系っぽい施設なのに対し、ここだけ民家なので目立つように思えるが、各施設の間にすっぽりと入っているので不思議と目につかない。


「おじゃましまーす……」


 もはやトラップは気にせず、扉を開けてお邪魔する。

 特典用に用意されたホームと違って埃っぽいかと思ったけど、全くそんなことはなかった。ゲームだからという訳でもなく、ストゥーメリアさん達に聞いてみる限り違うらしい。街にある廃墟や地下のダンジョン等はどこも埃っぽいのだとか。


「色々と不思議ですね、この街は」

『掲示板とか一部のギルドとか、考察系のプレイヤーが盛り上がっているわねぇ。とりあえずそこは専門家に任せて、今はアイテムとやらを探してみましょう』

「それもそうですね」


 と言ったものの、探す場所はそう多くない。なにしろその最後の巫女とやらがいなくなる際に片付けていったのか、物そのものが非常に少ないのだ。


 建物はホームと同じく二階建て。

 まず先に二階を見て回ったが、どの部屋もがらんとしていて何もなかった。扉を開けて、中を見て、それで終わりである。隠し扉や通路がある様子はない。

 一階もリビングにはただテーブルと椅子が一つ置かれているだけであり、キッチンにも生活用品は一切見当たらなかった。


 そして、最後に開けた部屋。

 そこに大きめの姿見と長方形の箱が一つだけ、ぽつんと置いてあるのを発見した。


 姿見はまったく曇りもなく光を反射し、眼前に立つ私を映している。姿見に丁度私の全身が映っていることを考えると……どうやら最後の巫女とやらは、私と同じぐらいの身長だったのではないだろうか。

 で、肝心の箱の中身はと言うと、


「……まさに巫女服ですね、コレ」

『街がメルヘンだから住んでいる人間も似たようなのかと思っていたけど、服は普通なんだなー。残念』


 一体何を期待したのかと思ったが、口には出さない。だってこの人変態ですし。

 箱の中に入っていたのは、神楽舞の衣装のようなデザインをした巫女服だ。色は白と、この街の水晶と同じ紫紺の二色。

 所々に水晶で出来た装飾が控えめに飾られていて、地味でもなく派手でもない、そんな絶妙なバランスで整えられた服だった。


 そして箱に入っていたのはもう一つ。


「……写真?」


 やはり水晶で出来た額縁に入った、L版サイズの写真だ。

 映っているのはあの鐘と、水晶竜と、はにかんだ笑顔の少女(・・)


 思わず出た言葉は、


「……普通の人だ」


 いや変な意味ではなく。


「でも見たことない種族ですね、この巫女さん」

『角っぽいのが生えているけど、これまた見事に水晶ねぇ。変わったところはそれぐらいで、他は普通の人間と変わりないみたいね』

『この街の住人は水晶人間だと思っていた時期がありました』


 うん、私も勝手にそんな想像しておりましたさ。だって狂人氏だもの。 


 写真の中の少女は手元にある服を着て、笑っている。

 そんな表情をしている彼女が何故ここを離れることにしたのかは結局わからないけど、あまり悲壮的な内容でないことを祈る。……大抵、過去話とかは暗いのが多いので苦手なんですよ。


『……実はホラゲ展開の可能性もワンチャンあり?』

「泣いて逃げますよ現実に」


 可能性がゼロじゃないのが本気で困る。

 ないよね? 本当にないよね狂人氏!?



 ――そんなコントを夜も深くにやらかしつつ。

 巫女服の着付けを確認し、本番に備えてログアウトをした。


 さあ、ちょっと久しぶりに気合入れてみようか。


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