#33 紡ぐ繋がる回る廻る
しばらく変態もとい部長さんが廊下に転がり悶絶していた後。
戻った音楽部の部室で、副部長さんから部の概要を改めて聞いていた。
主に活動内容は"音楽全般"。
昔は吹奏楽や合唱部などから抜けた人たちが集まる細々とした部だったらしいのだけど、ここ数年でノリと勢いで突っ走るようになったのだとか。
ノリと勢い、と表現すると悪く聞こえるだろうけど、実際に面白そうであればどんどん挑戦していっているので、存外教師からのウケはいいらしい。
ちなみに部長さんは土下座中であり、その背中にはさっきまで私が腕に抱いていた猫が鎮座している。何気に芸が細かいな、あの猫……。
「今日はこれぐらいにしておきましょうか。帰りに買い物へ行く必要があるのでしょう? 明日も来るのなら、部員の紹介はその時ね」
「ありがとうございます」
まだ頭の上にいる子猫が落ちないように注意しながら、頭を下げる。なんだか他の部員からも生暖かく見られているが、そこはスルーした。
「では改めて。ここで副部長やってる二年の相川遠音よ。で、そこで土下座している阿呆は一応部長の東雲絢。よろしくね」
「はい、一年の天樹彼方です。よろしくお願いします」
結局今日は練習を見れなかったけど、成果としては十分だろう。引き籠っていた頃からすれば格段の進歩である。
精神的にもすっきりしたので、イベントに集中できそうなのも大きいか。
さあスーパーに寄って行かないと、と帰ろうとしたところで、部長さん――東雲先輩がガバッと起き上がった。猫が迷惑そうにヒラリと降りた後、やっぱり私の側に来たのでまた抱き上げる。
「とおねっち、妹ちゃんにまだ話してない事があるではないか! あるではないか!」
「? まだ何かあったかしら?」
やたらテンション高く言われた副部長さん――相川先輩は説明用として見ていた紙を見直していた。が、特に伝え忘れは無かったようで、これ以上まだ何かあっただろうかと二人そろって首を傾げる。
東雲先輩は軽くステップを踏んでから勢いよく三回転半スピンさせて脛を机にぶつけ床にダイブし転げ回った後、何事も無かったのかのように名刺サイズの小さな紙を差し出してきた。ちなみにお辞儀の見本のような無駄に綺麗な姿勢である。
一体何だとその紙面を覗き込み――本日何度目になるかわからない衝撃が私を襲った。
「わたしとフレンドになってください!」
パーソナルカード。
そう呼ばれる紙にはQRコードと幾つかの情報が書かれている。有体に言うのなら、とあるゲームのアバターネームだとか、そのIDだとか。
そしてフレンドと言うのは単純に友達と言う意味では当然なく。
それはつまり、
「あら、あなたAlmeCatolicaやっているのね」
……何故ばれたし!
いくら顔の造形や体型はデフォルトだとしても、リアルとゲームでは視覚的な雰囲気は大きく違う。白凪さんの様に間近で接し、更にその後ばったり会ってしまった――なんて事がない限りはなかなか一致しない筈である。
……ってよく考えたら名前の時点でわりかしアウトだ!
リアルネーム、天樹彼方。
アバターネーム、ハルカカナタ。
いやいやいや、もちつけ私。
そもそも私がゲーム内で知り合ったと言うか名乗った人物は限られている。更によく考えたら、なんと今の所ゲーム内で知り合った女性=フレンドなのだ(GMは除く)。
当然、知り合ったばかりの鬼教官も既にフレンド登録済である。近くにいなくともIDが分かれば申請は出来るので、夢見さんがいない時でも連絡が取れる様に登録していた。ちなみに名前は犬軍曹。夢見さんからはワンコ軍曹と呼ばれていたが、そんな可愛らしい犬種かあの人。
ワンコな軍曹は兎も角。
なら、東雲先輩はどこで私がゲームしていると知ったのだろう?
ちょっとどころではなく不思議に思っていると、ぽんと相川先輩が何かに気づいたらしく手を叩いた。
「ああ、もしかしてプールで通報一歩手前だったのってそれ?」
「そう、それ!」
なんとプールで見られていたのは、アバターとそっくりだったかららしい。
目を丸くする私と相川先輩に対し、まだ言葉が続いた。
「いやね? 着替えの時にあのなにかエロい子、どこかで見たことなるなーって見てたら思い出したのよさ。――おお、あれはまさしく始まりの街で見かけたなにかエロいロボっ子ではないかと!」
「それは一歩手前じゃなくて、普通にアウトよ!」
再び、今度は夕日の差し込む部室に鋭い打撃の音が鳴り響いく。
「いやあ、あの時は思わずスクショ撮ろうとしたらGMに捕まっちゃってさあ。小一時間、説教されてたからむしろ印象に残ってたんだよねー」
土下座でもするので残さないで下さいますかね、そんな印象。
どうもあの最初の街で、大通りを歩いていた時に私を見かけていたらしい。そりゃ私も知らない訳だ。
「そういえばそんな事やらかしてたわね。しかも一番の原因は普通に撮ろうとせずに、忍術系スキル使ってストーカーの如く壁を這いずり回ってたからじゃない」
「ふ。忍びの道とは険しいものよ。ムキムキマッチョなGMが追い掛けてきたときはトラウマるかと思ったけどな!」
「それは自業自得でしょうよ。……ん? でもその子って、確か……」
相川先輩はなにか引っ掛かるものがあったらしく考え込み始めたが、東雲先輩は気にせず続ける。
「ほら、あの着てたボディスーツ、スク水みたいだったから今日の見たらビビッと来たね! あの滲み出るエロさ加減がそっくりだったさ」
「もうやだこの変態」
なんだろう。顔と恰好が似ていたから、ならまだ分かるのだけど。"なにかエロい"が共通の印象として持たれているのは――うん、これは深く考えては駄目だ。
……ちょっと泣きそう。
「でも運命を感じるねー。妹ちゃん、その後に芝っちから服買ってたみたいだし」
「……芝っち?」
「露店で服売ってた狐族の関西人なおにーさんから服買ったっしょ? あれ、リアフレ」
「え」
驚いたことに、あの今も装備している服を売っていた狐耳の兄さんと東雲先輩は現実でも知り合いらしい。
世間は狭いと言うが、こんなところに縁があるとは思わなかった。
「あれ、でもあの人の職業って」
「お? そこまで話してたんだ。そ、アイドルのプロデューサーやってるよ。ま、上京してきたはいいけど見事に苦労してるね」
「となると…………東雲先輩がアイドル、ですか?」
「その間と疑問形が凄く気になるところ。でも残念、そっちの関係者はわたしじゃないんだなー。にひひっ」
じゃあどっちか、となると自然と目は隣にいる人に目が行く。
さっきから顔を逸らして沈黙している相川先輩である。目が泳いでいるというか、凄く気まずいというか、そんな雰囲気。
そんな相川先輩の顔を見て、疑問がそのまま口に出た。
「そういえばその芝っち? さんがプロデュースしているアイドルのコンセプトって確か――」
言いかけて、言葉が止まった。
こちらを見た相川先輩の目が語っている。
『シャベルトコロス』
……とりあえずその話題は地雷だと分かった。
意外といえばかなり意外だが、今後は気を付けよう。猫も震えているし。
「でも、とおねっち。それは割とすぐ気づかれると思うよ? どーも売った服が丁度、とおねっちが着てるデザインの服だから」
「――――――」
あ、崩れ落ちた。要は相川先輩はアイドルをやっている時の先輩自身を知られたくない、という事か。まあこの学校にローカルでもアイドルがいると知られていれば多少は話題になっているだろうし、隠し通しているのだろう。
ただ、この部屋にいる部員は知っている様である。何人かが同情するような目で見ているのも気になるけど、聞かない方が吉だなコレ。
今の恰好が地味風なのはその一環で、確かにあの衣装でアイドルやっているなら隠したくもなるか。コンセプトがコンセプトだ。
改めて見れば顔立ちは整っているし、ずばり出るとこは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。あのゲーム内で着ている衣装と脳内で合わせてみれば、なるほど、男どもの目を釘付けにできるのは間違いない。
なんとも結構繋がりが多い事に驚きである。
「ま、せっかく同じ部活になるんだからさ。始めたばっかりならわたし達が色々レクチャーしてあげるよん」
なるほど、確かにリアルでも知り合いなら予定も合わせやすいので、色々都合は付けやすい。それに全く知らない人より、部活の先輩からの方が交流を深めるのにも良いだろう。
「ちなみにここの部員のほぼ全員がやってたり。とおねっちも含めてね」
「戦闘系なら任せろ」
「回復系なら教えられるよー」
「細工とか調合とかなら僕に」
「そして部長たるわたしはストーキング技術なら任せなさい!」
「駄目だこの変態忍者、早く何とかしないと……」
「手遅れでしょ。人間的に」
「ほんと君ら容赦ないな!?」
話を聞いていた部員が次々と話に参加してくる。東雲先輩だけ何かおかしいが、ある意味納得である。
が、やはり問題が。……問題多いとか言わない。
「その、フレンドは問題ないのですが。現状、残念ながらゲーム内で私と会うのは難しいかと」
「およ。もうすでにどこかのギルドに入っているとか? ぬ? 会うのが難しい?」
「ええ。私の場所的に」
「「???」」
東雲先輩含め、他の部員も首を傾げている。
まあ初心者である私が"場所的に会う事が難しい"というのはイマイチ意味が分からないか。
でも本当、私は少なくとも二週間あそこから動けないので、会うのであれば来てもらうしかないのだよねぇ。
ストゥーメリアさん達がうまくいけば早いだろうけど、あの狂人氏と開発連中の罪業を考えるなら、まず間違いなく一筋縄ではいかないのが何とも。
その遠回しな、しかしここ数日での出来事を知っているから想像がついたのだろう相川先輩は、もしかしたら程度で状況を察したらしい。
「ねえ。まさかとは思うけど、現状で場所的に行くことが難しい場所って――」
「はい。廃都ですね」
「……What?」
「新マップですね。ついで、レイドイベント対応中です」
部員一同、絶句。
いや、うん、そりゃそうか。
そんな皆の言いたいことを代表して、東雲先輩から一言。
「…………なんでそんなことになってるの?」
「…………なんででしょう?」
それは私が聞きたい。
とりあえずフレンドは登録すると約束し、家路につく。
先輩たちは練習出来ていなかったので、まだ残るそうだ。邪魔したかな、とは思うものの、それは口に出すものではないだろう。
猫ズは名残惜しいけど元居た場所で別れた。うむ、服が毛まみれになったので帰ったらガムテープの出番だな。
なんだか濃い一日だったけど、明日からはもっと忙しくなりそうである。
「まあ――それもいいか」
ちょっとは、前に進めた、かな?