#1 踏み出した一歩
閉じた瞼に光を感じ、遠くに喧騒が聞こえた。
深呼吸してから、ゆっくりと目を開く。
「ここは……」
視界に入ったのは真白の壁、床、天井。屋内にいることはすぐに認識が出来た。どうやら初回ログインで最初に飛ばされる場所なのだろう。
体の向く先に扉があり、そこから外に出られるようだ。部屋の中を照らすのが謎の光球というのが、いかにもファンタジーっぽい。
っと、その前にアバターはどうなったのだろう? おいおい、そこは忘れちゃいかんだろう私。
とりあえず体の前面と手足しか見れないが、
……ボディスーツ?
下着ではなく全身タイツ的な。詳細なデザインは見下ろすしかできないのでよく分からないけど、どこかメタリックな輝きがあった。一瞬水着かと思ったものの、なんだろう、雰囲気だけで言うとライダースーツという単語が思い浮かんだ。
それと手甲と脚甲――じゃないな。薄いけど感覚あるし、これそのものが手足か。
両手と両足はシルバーの金属っぽいのになっていて、そのせいかリアルより一回り以上大きいのだが、違和感が全くなく動かせる。
と言うか、何の種族なんだろうかコレ。
手足が甲殻系でライダースーツとなると虫系かと思ったものの、そうでも無いようだし。硬い手で顔を触ってみても普通の感触で、うん、よくわから――
んん? 何か角みたいなのあるな。
頭部の両側面に突起物の感触がある。となると悪魔タイプか幻想タイプだろうか? 手足が獣人ってイメージじゃないけども、あの変態共が作ったのだからドマイナーな動物がモチーフの可能性はあるか。
ついで、角? と同時に気が付いたが、よくよく見れば凄い髪の色をしていた。シルバー……じゃなくてブルー……でもない。
透明感と光沢を併せ持ったスカイブルーとかそんな感じ。宝石は言い過ぎだけど、水晶のように光を反射して風でサラサラと靡く。
いやほんと何の種族だ。
「……って、風?」
ふと、自身のアバターばかりに気を取られていたが、正面の扉から風が流れて来ているらしい。閉まっているのになんでだと思い、よくよく見れば扉は物理的な代物ではなかった。
ほんのりと柔らかく輝いた、光の集合体のような扉。近づき触れてみるとすり抜けたので、ファンタジーでよくあるような結界みたいなものだろう。考えてみれば、今なおプレイヤー人口が増えるこのゲームで、スタート地点がこんな小部屋で一人はない。
要するにここはまだイベントスペースということか。
とりあえず旧来のMMOのような天の声もないので、いつまでも引き篭もっている訳にはいかない。
一歩を踏み出せば、何の抵抗もなく通り抜けた。
その瞬間、まず目に入ったのはオレンジ色の陽の光だ。眩しさに思わず瞼を下げる。現実では夕方近くだったが、倍の時間で流れるこのゲームでは今は夜明け頃だったはずだ。
なら、これは――
「…………あ」
時間が止まったような錯覚。
目の前の光景に、知らず息を呑む。
あまりにも、あまりにも"広い"世界がそこにあった。
肌を撫で、髪を躍らせて通り過ぎていく自然の匂い濃い風。
その風を運んできたであろう深い森と、遠くに聳える雄大な山々。
森の隣接する広闊とした、地平線さえ見える青々とした草原。
まるで宝石の様に輝き、その全てを包み込むかのような明けの空。
美しい、と単純にそう思った。
どれだけ呆然としていたのだろうか。
既に日は昇り、地平線からは二つ目の太陽が見え始めている。
それを見てようやくここが現実ではなくVRMMO、ゲームの中だと思い出した。名残惜しいが、何時までもここにいては話というかゲームが進まない。
さて、まずは客観的に自分のアバターを見てみたいのだけど、鏡か何かはないだろうか?
辺りを見てみると、どうやらここは展望台らしいことがわかった。初回ログイン地点の白の建物の他にベンチや花壇が置かれている。後は……人だかり? 後姿だがケモ耳の獣人に蟲人、天使に妖怪とバリエーションは豊かだ。
何事かと近づいてみれば理由はすぐに分かった。
私は背が低くて見えていなかったが、展望台の一角に鏡が設置してあったのだ。要はこの人だかりは私と同じようにランダムで決め、その結果を確認中だということだ。
というか、眼前に2メートル越えのブロック人間がいれば隠れて見えなくても当然か。L●GOブロック風の。今は膝を付いていて鏡が見えるけど……ご愁傷様。
そしてやはりというか、鏡に映った"私"は想像を斜め上に行っていた。
■ステータス
名前:ハルカカナタ
種族:機人
称号:初心者
まず目に付くのは顔。
揺れる蒼銀の髪と、翡翠の瞳。ただ、眼球の奥では幾何学的なライン引かれ、それに沿って紅の光が走る。よくSF映画で見るアンドロイドやロボットの機械の目だ。
地肌は陶磁器に様に白く、柔らかさはあるが無機的な印象が強くて冷たい印象がある。表情が完全な無表情ということもそれを強調しているのだろう。
まさしく人形の様な、である。
そして角だと思っていたのは、どうやらアンテナ――のような装飾であるらしい。もしかしたら成長すればレーダー的な何かとして使えるかもしれないが、今は意識しても動く気配はない。
手足も同様で、金属っぽいなーとは思っていたが本当に無機物だったとは。
"機人"
なかなか変なモノを引き当ててしまったらしい。
にしても、だ。
いやあ、うん、あれだ。
開発は何か私に怨みでもあるのだろうか?
それともなんだろうか。これは開発関係なしに私が悪いのだろうか?
何が問題かと言えば、今着ているボディスーツだ。
競泳水着の様な黒のボディスーツはぴっちり肌に張り付き、体のラインが浮き彫りになっている。真っ平らだけどね!
いやそこはともかく、上下の大切な箇所やら所々を覆う様に金属のパーツが使われていて、逆にそこを強調しているようにも見えた。
……やっぱりそこはかとなくエロさがあるのか。
感情の見えないポーカーフェイスや無機的な手足で固い雰囲気なはずなのだが、何故かエロ要素がそれに丁度はまり込んでいる。
なんだろうな、顔のパーツや体格などはほぼ変わっていないので、実はリアルでも私はエロかったりするのだろうか?
……。
…………。
よし、考えるのはやめとこう。
感情が伴わない溜息と共に頭を振ったところで、気が付いたことが一つ。
……見られてるねー。
wikiで種族名だけでも一通り目は通していた。
だが、その中に機人という名はなかったはずだ。他人のステータスは見れないものの、手足と頭部のパーツから既知の種族ではないと判断されたのだろう。
要はレア種族。
"アタリ"か"ハズレ"かはまだ不明、しかし外面は普通――うん、普通だ。エロいとかどうとかは置いておいて、少なくとも目の前のブロックよりは普通だ。
注目されている、ということに意識が行くと、背筋に冷たいものが這い上がってくる。自慢できる話ではないが、私は人見知りが激しいのだ。
リアルなら狼狽して体が震えてくるのだが……どうやらこの虚像の私はかなり面の皮が厚いらしい。内心の動揺を一切反映せず、興味がないと言わんばかりに堂々としていた。
それを見て、徐々に心が落ち着いてくる。
一呼吸を入れ、心を宥めてその場を離れた。背中に視線が突き刺さるのが感じられるが気合で無視して進む。
早足に離れて建物の裏手に出て、彼らからの視線が遮られ、
「……ふぅ」
一息。
そこまで距離があった訳でもないのに、なんとも気疲れしたものだ。誰かが付いてきたらどうしようかと思ったけど、そこまでは杞憂だったらしい。
気を取りなおして顔を上げる。
目の前には下に降りる階段。そしてその先には、
「おぉー……」
思わず、つい先ほどの緊張も忘れて感嘆の声が漏れた。
視線を向けた階段の先、そこから見えたのは西洋風の街並みだ。想像していたよりずっと広く、美しい。
周囲を石造りの塀で囲まれ、中世ヨーロッパ風の煉瓦造りの家屋がずらりと並ぶ。
街には馬車が走り、人間の姿から逸脱した”人”が闊歩していた。時折空を飛んでいるのは、天使等の羽をもつ種族か。
なるほど、実にファンタジックだ。
あと、位置的に見えていなかったものが一つ。
海だ。
町の沿岸部に港があり、帆船が幾つも停船している。漁船に客船、大砲を積んだ戦艦も見える。船の先頭に巨大な亀みたいな生き物が引っ付いているが、もしかしてあれが船体を牽引しているのだろうか。
……あと、明らかに世界観を逸脱している近代艦はプレイヤーの自作だろうなあ。
気持ちが完全に切り替わり、ようやくテンションが上がってきた私は意気揚々と街に繰り出し、
速攻で迷子になった。
……ここどこー?