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#32 その鎖を断つもの――にくきう

「なー」

「にゃー」

「ふにぃー」


 もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもっふりもふもふ。


 ……あー、癒される。癒されてるよ、私。


 まさか学校にこんな楽園があるとは知らなかった。

 どの子も同じ色の首輪をしていて毛並みも良いから、まったくの野良という訳ではないのだろう。どこかの同好会が世話をしているようだ。


 白に黒にぶちに三毛に。

 可愛らしい鳴き声と共に寄って来る沢山の毛玉――猫を撫でて抱きしめて頬ずりして堪能する。

 腕に抱いているの以外にも背中やら頭やらに乗ってくるが、そのお腹のもっふりした感触がまたなんとも言えない柔らか加減。ゲームでウサギやらワンコやらも楽しんだけど、やっぱり猫は外せないよね!


「ちょっと。どうするのアレ」

「いやー、これはさっすがに予想外だ。なにあの猫天国」


 いやー最初は一匹だけだったんだけどね。気が付いたら囲まれておりましたとも。

 おっ、仔猫も発見。うりうりー。

 至福、超至福に包まれているよ私!


「かれこれ数十分ああしてるけど、どんどん増えてるわよ。猫と見物人が」

「もう十匹以上いるけど、この学校にあれだけの数がいたのはビックリですな」


 それは私も驚きである。しかも皆人懐っこいから、普段から人と戯れていると思われる。

 くっ、なんで今まで知らなかったんだ。


「あれも伝統と言えば伝統かしら? 元々この辺りには野良猫が多かったから、あまり増え過ぎないように管理しようとした結果らしいけど」

「そういや高校側の美化委員が校内環境の改善とかを名目で世話してるって聞いたことが――って妹ちゃん、マッハで反応したとこ残念だけど今年はもう募集締め切ってるよ。毎年あそこだけ抽選だし」

「あ、崩れ落ちた。そして炸裂する猫ぱんち、猫ぼでーぷれす。そろそろ引き出さないと猫で埋まりそうよ」

「さっきのシリアスな空気は猫によって駆逐されたのであった……」


 うん、堪能した堪能した。

 部長さんに毛玉の大群から手を引いてもらい、立ち上がる。

 

 あまり猫と遊んでいる訳にはいかないのが死ぬほど残念ではあるけども、時間が差し迫っていた。時間が遅いと生徒会の活動も終わるだろう。

 正直、できれば避けたい。が、やはり部費の件もあるので人任せにはできず、入部するのであれば直接言うしかない。


「家なら一対一になるけど、学校なら私達も付いて行けるわ。……さっきの様子を見る限りなら諦めるのも十分選択肢に入るけど、いいのね?」

「……はい」


 確かにトラウマになっていたのは厄介だが、ここで諦めてしまえばたぶんイベントも成功できない気がするのだ。スキルレベルがどうだとか練習量がどうだとかではなく、別の精神論的な辺りが原因で。

 ――大丈夫、だからこそ今度は対策が万全だ。


「にゃう」


 ほら、やたらキリッとした顔で任せろと言っているし。猫が。


「……猫抱えて生徒会室行く人って初めてじゃないかしら」

「もふもふは偉大ナリ」

「で、ついでと言わんばかりに頭にも仔猫乗せたの誰よ。似合い過ぎて困るのだけど」

「それは勝手にスタンバってた。むしろわたしとしては、妹ちゃんが頭に小動物とか乗せ慣れてるっぽいのが気になる」


 頭と腕の中にもふもふと、二重の構え。抜かりはないのだ。

 とりあえず他の猫は後からやって来た美化委員が世話を始めたので、その場を後にした。


 そして道中は会話らしい会話もなく、生徒会前である。やっぱり実際に学校で姉に会うとなると体が震えるが、腕の中の猫を撫でることで心を落ち着ける。加えて頭の上からの小さな猫パンチのおかげで程よく気がまぎれ、余計な事を考えなくてもいいので非常にありがたい。


 さて猫はいいとして、やることとしては単純だ。

 中に入って、私が部活に入る旨を宣言しつつ入部届を提出。当然部費の事を聞かれるだろうけど、そこはかなりプライベートな話になるが仕方がない。じゃないと話進まないし。


 まず普通なら部費を出すのは保護者という事になるが、そも私から言っても無駄なのは百も承知。なら姉からとなるが、それも単純に"私が入部するための費用"としてなら渋るのは目に見えている。


 ならどうするかと言えば……あの人たちが世間体を気にするのを利用して"私が部活に入っていない"という事を更に深くして伝えるのだ。


 要は"天樹彼方が部活に入っていないのは、部費が払えないからである。それは保護者が原因だからだ。"という話が学校で広まるぞ、と言うのである。まあ脅しとも言える話だが、間違ってない上に効果覿面だろうしなあ。


 とりあえず呼吸を落ち着けたら扉を開けt


「会長! 貴様の妹は我ら音楽部が頂いたぁ!」


 ……ああ、そういえばネタを挟まないと死んでしまう人だったな。


 もう諦めの境地に達しそうな気分で引きずられつつ入室する。

 部屋には数名の生徒がいた。パソコンを使っていたり、棚を整理していたり、姉の靴を磨いていたり。……おい幼馴染、お前そこまで堕ちたか。


 そして正面の高級そうな机にいるのは、私の姉。生徒会長だ。

 夕陽を背にしてペンを持つ姿は確かに一枚の絵のような光景なのだが、目つきが悪すぎてそれだけで処刑人とかそっちの方に見えてしまう。


 そんな姉は突然乱入してきた部長さんと私を見て、珍しく目を丸くしていた。


「……なんで猫?」


 姉よ、まず妹が来たことより猫に反応するのか。


「「ふしゃー!」」


 そして猫ズよ何故そんなに威嚇しているのか。

 よーし落ち着けー。もふもふ。


「………それで、用件は?」

「間が長かったけど、キャット達に嫌われてるのが地味にショックだったのか」

「…………それで、用 件 は ?」

「ちょ、睨むな睨むな、相変わらず冗談が通じん女だな!」


 なんでこの姉は視線だけで人を殺せそうな目をしてるのかね?

 他の生徒役員は既に巻き込まれないように退避しているし――って幼馴染だけはまだ嬉しそうに靴磨いているな。やはりドMか貴様。


「ほら、入部届だ」

「入部届?」


 部長さんがほらよ、と姉に用紙を渡す。その内容を一瞥し、その視線が私に来た。

 体に震えが来て背中に冷たい汗が一気に流れるが、ここで引くわけにはいかない。決意と共に口を開こうとして、


「わかった」

「え?」

「部費に関しては、私からあの人たちに話を通しておく」

「……え?」


 ぽかんとしている私に姉が財布から札を数枚取り出し、こちらに渡してきて一言。


「今日はハンバーグで」

「あ、うん」


 姉はそれで用は全て終わったと言わんばかりに、また書類仕事を始めた。

 思わず部長さん、副部長さんと顔を見合わせる。

 ……あれ?




「なんだか拍子抜けだったわね」

「うーん、確かに。アイツの性格なら二言三言、何かしら毒が飛び出すかと思ったけど」


 それは私も同じ思いである。

 その毒に対してどれだけ耐えることができるかが決め手になると考えていただけに、実はあれは偽物ではとすら思えたほどだ。

 考えられる原因としては部長さんが一緒にいたことか、もしくは――


「……実は猫効果?」

「……いやそんなまさか」

「なー」

「にゃー」


 とりあえず猫はもふっておく。

 そういえばあの姉は昔から動物に嫌われていたっけか。弟の話では、姉が動物園の類に行くとわりかし惨事になるのだと聞いた覚えがある。やっぱりあのオーラがダメなのかね?


「ま、いいんじゃない? 妹ちゃんとこの事情はさっぱりだけど、解決したし」


 確かに、なんだかよく分からないが部活に入ることは許可され、プラス部費もどうやら手を回してくれるらしい。うん、察しが良すぎてむしろ怖いけど感謝はすべき、なのだろう。

 理由がよく分からないからといって、まさか戻って聞くわけにもいかないし。


「つーか、一番わたし的にわからんのが、さっきのやり取りはなんぞ?」

「さっきの、やり取り?」


 何かあっただろうかと記憶を手繰り、おそらくハンバーグの事だろうと思い当たる。


「ああ、今日の晩御飯のリクエストですよ。いつも中にチーズ入れてとかソースはもっと甘めでとか、かなりわがままですけど」


 ハンバーグは意外や意外、姉の好物だ。その分注文が多いが、部費の件の対価としてとなら安いのは確かである。

 あー、そういや今冷蔵庫に何入ってたっけと思い出していると、見れば部長さんと副部長さんが凄い表情をしていることに気が付いた。

 しばし沈黙が続き、はいと部長さんが手を挙げる。


「……それは駅前のモールとかで高い惣菜を買って来いとか、そんなお話デスヨネ?」


 なんでカタコト。

 副部長さんもうんうんと頷いているが、どうしてモールで買わなければならないのかよく分からない。


「いえ。自分で作るのですが」


 言った瞬間、びしっと両名が石像の如く固まった。


「――なん、だと」

「ハンバーグを自作……中にチーズ、更にソースまで……?」

「……そんなに驚くことですか?」

「「!?」」


 いや、ハンバーグなんてレシピはネットを見れば溢れるほどあるし、そこにはソースもセットになっているのもある。たとえ初心者でも高望みせずに基本さえ押さえて、そして遊び心も抑えれば、とりあえず食べられるものは作れる筈だ。特に難しい手順でもないので、後は慣れの問題だろう。

 それを伝えると、二人は遠い目をして呟いた。


「それができれば……調理実習でガチ説教されることはなかったな」

「そうね……フライパンから火柱が立つこともなかったわね」

「なにやらかしてるのですか」


 部長さんは想像通りだが、副部長さんも大概かオイ。

 ちょっと凹んでた二人だったが、気になるとこが別だった様で改めて質問が来る。


「いつもあなたがご飯作っているのかしら?」

「それ以前になしてアイツが金だしてんのか理解不能なんよ」

「そうですね、朝夕は私が。ウチは、その、親が共働きなので」


 私の事も含めてあの家が普通の一般家庭とは常識がズレているので、どうしても曖昧な表現になる。

 ただ、それで何かを察してくれたらしい二人は、なんとも微妙な顔をしている。


「部費の件と言い、ちと妹ちゃんの家が凄く心配になるなー」

「他人の家の話にはあまり突っ込まない方がいいけど、ねえ」


 肩をすくめ、ため息を付く。まあ姉が金持ってるのに私が部費払えないとか、どう考えても厄介な話だろう。


 部長さんは難しい顔をした後、何を思いついたのか後ろを見て、前を見て、何故か周囲を確認。つられて私も辺りを見渡すが、オレンジ色に染まる廊下には誰もいない。

 そして私が抱えていた猫を一旦引き取って下に降ろし、私の脇辺りに手を置く。


「……?」

「妹ちゃん。ちょっと失礼」


 言われた瞬間だ。

 部長さんの手が私の制服を掴み、そのまま勢いよく上に引き上げていた。ひゅう、と風が吹いて私のお腹辺りを撫でていく。


 あまりにも唐突過ぎて、思考が完全に静止。ついで、それを見ていた副部長さんも表情が凍った。

 その間にも部長さんは私の体を前と後ろと上から下までくまなく観察する。


「「――――」」

「ふーむ、ちと痩せてるけど、痩せすぎでもない。特に痣があるとかじゃないから暴力とかもなし、と。しかし妹ちゃん――A、いやAAか」


 サムズアップした変態の横。

 脚、腰、腕の三点の捻りが絶妙なバランスで効いた、副部長さんのアッパーボディが放たれた。

 拳が唸りメガネが光る。

 陽の沈む校舎、鋭い打撃の音が鳴り響く。


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