#28 私が選ぶ道は
時は少し、一週間ほど遡る。
具体的に言うのであれば、レイドイベント発生の通知が出た直後まで。
目の前には水晶で出来た竜。
れいどぼす、と思わず呟いて、すぐさま現状確認を行う。
武器→なし。
防具→布の服(忘れていたが、どこぞのアイドル仕様)。
お供→こてりと倒れたトリアート+目を輝かせる姫翠。
仲間→ウィンドウの向こう。
そして、"あーこれ詰んだわー"と頭のどこか片隅で妙に冷静、いやお気楽なことを告げている思考と、"これゲーム! これゲームだからセェェェフ!"とか現実見てるんだか見てないんだかよく分からない思考とか混在しているが、概ね平常通り混乱している私が一人。
よし、次に白凪さんに会ったら全力で八つ当たろう!
『ああっ、なんだかカナタちゃんが何かを悟ったような表情に!?』
『いえこれは普通に絶望入るでしょう……』
とりあえず色々諦めが付いたので、じっくりゆっくり竜を観察する。
物理的に険のある体は二階建ての家より余裕で大きく、それだけでも威圧感がある。あの巨体の重量で体当たりでもされたら、私では掠っただけでもHPが消し飛ぶだろう。
そしてどこもかしこも狂暴的なまでに鋭く、触れるだけで切り裂かれそうな、そしてどんな刃でも通らぬと思えるほどに堅牢そうである。うーん、流石レイドボス。十人そこらじゃ倒すのは無理だろうから、ともすれば百人近くいるのではないだろうか。
中々に派手そうなのでその戦いを見てみたくはあるが、
「それより気になるのは姫翠とトリアートがどうなるか、か」
私一人が死に戻るだけならまだいい。ホームに戻されるのか最初に街に戻されるのかは分からないが、最初の街だとしてもどうせ正規ルートが開かれるのは時間の問題。少しの間だけ離れ離れになってしまうだけだ。それも寂しいけど。
が、姫翠とトリアートのHPがゼロになる。つまり"死んでしまった"場合はどうなるのかだ。召喚系だとか使役系ならば時間経過で再呼び出しできるのがセオリーだが、"友好Mob"の扱いが分からない。このゲームならば最悪の可能性は考慮すべきだろう。掲示板で調べている余裕は、ない。
作戦も何もないが、案としては遮蔽物を利用しつつ街まで退避。姫翠とトリアートとは別れ、私が囮になろう。
そう、考えた所で竜の口が開いた。竜が口を開けるなんて動作に思い当たるのは一つ。
(まさか開幕ぶっ放し!?)
すわ広範囲のドラゴンブレスが飛んでくるのかと身構えて、
《――何用だ》
その言葉に全身が停止した。
話しかけられた、という事は認識したが理解まで追いつかない。とりあえず凄い渋い声とは分かったのだが、その声の持ち主を認識するのに時間と私の冷静さが足りていなかった。
二秒、三秒、と固まったまま時間が過ぎ、
《……何用だ?》
もう一度同じ言葉で、しかしどこか困ったような声を掛けられて、ようやく現実を把握した。
思わず私の口から出た言葉は、
「いえ単なる迷子です」
ゴッ、と何やら足を滑らせて頭を床にぶつけたような音が響いた。フレンド通信のウィンドウには大の字で床に張り付ている夢見さんと、背を向けて肩を震わせているストゥーメリアさんが映っていたが、もはや気にしたら負けだと思っている。
《…………そうか》
いかん。レイドボスが凄く可哀想な子を見る目をしてる。いや表情とかさっぱりわからないけど、なんとなく言葉のニュアンスとか雰囲気がそんな感じ。
……心折れそう。
ちょっとどころではなくトチった。でも、しかしなんだ。
この竜、見た目は正しく"レイドボス"と言える風格なのだが――なんだろうね、落ち着いてみれば、まったく"敵"だと感じない。勿論、竜自身からの敵意が無いというのもあるけど。
と、いう事は話通じる?
レイドボスなのに?
いや、もうこの際深くは考えない。どのみち戦うのであれば敗北は確実なのだ、いっそ色々と話をしてみよう。竜がどれだけの年月ここにいるのか知らないけど、何故こんな綺麗な街が無人になったのか、また竜はここで何をしているのかには興味がある。
とは言え、突然やってきた自称迷子が根掘り葉掘り聞いても答えてはくれないだろう。まずはこっちから、だな。
「ええ、遠くの街から森を通って来たのですが――」
自己紹介と、ここまでの事と。
改めて話すと何やってるんだと自分で自分に突っ込みたくなるような内容だが、私はまだゲーム初めて数日だ。ざっくり語るのであればそれほど時間はかからない。
それでも竜の気を引けるような内容がいくつかあったようで、ふむ、とか、ほう、とか反応を返してくれる。地味に聞き上手だなこの竜……。
《なるほど、あの気高き牙より信を得てここに来たか。更に――森の王に認められているとはな》
「認められたかはよく分かりませんが、毛玉を頂きました」
水晶狼と兎様の事である。
気高き牙とか森の王とか言っても、モフモフしてた記憶しかないのがなんとも。
『私も毛玉欲しいし、そっちの妖精ちゃんとも仲良くなりたいなあ……』
『なら貴女もこっち来たらいいじゃない。ま、未だに条件がよく分かっていないから絶賛死亡者を量産しているけどねぇ』
『知ってますぅー。おかげで兎様にアタックする人の目付きが危ないから、ほんとに樹海じみてきたって話じゃない』
大丈夫かあの森……。
そういえばそこで姫翠とトリアートと初エンカウントしたんだよなあ。姫翠は兎も角、トリアートはちょっと予想外だったけど。ちなみに今、トリアートは復活して私の足元にいるのは良いのだが、姫翠は楽しそうに水晶竜の頭の上にいる。おーい、降りてこーい。
しかし、この水晶の体を持つ竜があの兎様を知っているとは思わなかった。森の王と呼んでいるし、知り合いだったりするのだろうか?
《既知という訳ではないが……。我ら同族の中では、その気難しさは群を抜いているからな》
「はあ気難しいですか――――え?」
『……はぃ?』
『……何か、おかしな単語が聞こえたわねぇ、今』
今、何て言ったこの竜。
数秒かけて少し前の台詞を吟味し、
「…………同族?」
"我らの同族"。
なるほど、実はこの竜は兎の類? いやいやいや、そんな訳はない。だってモフモフじゃないし。モフモフじゃないし。
だとすると、
《ふむ。そうか、確かに奴の姿は他の同胞とは多少異なるな。だが、あれでも我と同じ――竜と呼ばれる種に相違ない》
「――――――」
兎だと思っていたら実は竜だったでござる。
ってなんじゃそりゃぁぁぁぁぁ!?
街中でレイドボスに遭遇した事も大概だが、更にそのレイドボスの口から爆弾が飛び出してくるとは。相も変わらず正気度ひっくいなこのゲーム!
『ああ、だから論外なまでに強いのねぇ』
『それで納得できるんだ……』
ストゥーメリアさんは納得したというか色々諦めた様な表情をしているが、気持ちは分からなくもない。なんとも"竜"のイメージを完全にぶった切ってくれる話である。
しかし掲示板に載せられるのか、この情報。
『無理でしょうねぇ。流石にこれは言ったところで誰も信じないわよ』
「このゲームにおける"竜"の定義が気になりますというか、狂人氏とか開発運営とか頭どうなってるのですかね」
言った途端、軽快なポップ音と共にアナウンス系のメールを受信した。送信元はAlmeCatolica Online運営部。……GM?
?とメールを開き、内容に目を向けるとそこには、
> 開発と運営は別だぞ(☆ゝω・)b⌒☆ by祓星
瞬間的にウィンドウへ叩き付けかけた手刀を止め、声に出したいのを堪えてメールの返信を行う。書いたのは一単語で、
> 類友
返して一秒。即座に追加のメールが届く。
> (´・ω・`)
とりあえずそっとメールを閉じた。うん、やっぱり運営もどうかと思うわー。
『か、カナタちゃんどうかした? なんだか急に凄く疲れた感じしてるけど』
「いえ……ところで夢見さん、このレイドクエストってやっぱり大事なんですかね?」
『まーねー、さっきの通知も全プレイヤーに送られてるし、掲示板はもうお祭りだよ?』
まだ通知が飛んでから数分なのだけど、もう騒ぎになっているのか。今日は休日だし、ログインしている人が多いのも理由だとは思うけど。
『ワタシが掲示板に状況を書き込んでいるけど、感想は大体同じね。――ご冥福をお祈りされてるわ、貴女』
「ですよねー」
普通ならそうだろう。だけど、今もこちらの会話を普通に待ってくれてるのだよねえ……。
『ゲームが始まって以来レイドクエストがあったのは三回だけ。そのどれも大事っていうか、一つは完全に攻城戦だったね。噂じゃあレイドクエストは狂人氏が手掛けたもので、何がどう転ぶか開発運営も把握できてないとは聞くよ』
「それでかー」
『? なにが?』
「いえこちらの話です」
突然送られてきたGMからのメールに驚いたが、今の話で合点がいった。噂とは言っているけど、それはほぼ真実なのだろう。だからGMも何かあった時の為に監視していると言ったところか。……暇そうではあるけども。
出来れば白凪さん……もとい美凪さんが良かったが、今彼女は夜勤明けでゆっくりしているだろうから仕方がない。今はGMの監視は置いておこう。
――さて。
こちらの話は終わったので、今度はこちらから聞いていこうか。答えてくれるか、もしくは知っているかは別にして。
まずは何を聞こう? と考えた所で相手の名前を聞いていなかったことに気が付いた。
《我の名前か……さて、なんだったか。随分長い事呼ばれていないので、どうも忘れてしまったようだ》
「つまり、それほど前から街が無人という事ですか」
《そうなるな。しかし己の役割と、最後の約束は忘れておらぬよ》
どこか懐かしそうに、街の方に視線を向ける。その仕草は、単なる設定などではなく確かにそのような出来事があったと記憶しているかのような動作だ。
……どれほど作りこんでいるんだ狂人氏。
これほどのクオリティである。古代文明とかそんな設定を作り上げる為だけに、数百年単位で時間を倍化していても不思議じゃないのがなんとも。
って駄目だ駄目だ、気になることが多すぎて話が全く進んでいない。
「役割と、約束ですか?」
《この場所が何であるか気が付いているなら、多少なりとも察しているだろう? 役割は"墓守"だ》
ああ、やはりここは墓場らしい。となると、その約束とやらは"ここを守り続けること"だろうか?
《いや。飽きたら去ってくれても構わないという内容だ》
「ええー……」
《くくっ、我も同じようにそれで良いのかと思ったがな。逆に言えば、飽きるまでは守ってくれということだ。まあ、故に少々困ったことになっていたのだがな》
「……おや?」
気が付けばいつの間にか竜は街から視線を戻し、じっと私のことを見て、否、観察している。
うん、どうも雲行きが怪しいと思うのは勘違いかな?
《そうだな、良い事を思いついた》
「えっ」
『お、今度こそ詰んだかな?』
『ここまで来ると突き抜けすぎて見てて楽しくなってくるわねぇ』
やかましい。って、いつの間にか二人とも飲み物片手にまったりしてるし! ええい、この二人仲悪いんじゃなかったのか。
ふと、竜が今度は空を見上げた。つられて私も同じように天蓋の向こうに顔を向ける。もう夜が明けて陽の光が隙間から差し込んでいるが、ここは奥まった場所なので暗いままだ。
《今日からならば、二週後だな》
「何がです、か?」
《月の位置だ。普段は隠れて見えぬのだが、二週後の日付が変わる時間、その時はあの隙間から丁度月が見えるのだ》
なるほど、と思う反面、それが何なのだろうとも首を傾げる。月見でもするだけなら大歓迎なのですけど。
《我の後ろにある鐘は普段、時を告げる鐘として機能している。だが、その月が見える日だけは"鎮鐘"として鳴るのだ。昔はそれに合わせて巫女となるものが歌を奉じていたのだよ》
「歌、ですか」
《ああそうだ。街に住んでいた者たちはそれを一つの区切りとしていたのだが、それを真似させてもらおう》
一つの区切りとは、要はこの竜がここの守護を止めるという事。そしてその為に過去の真似事をするという事。
それが意味するところは、
《ハルカカナタ、といったな。汝がその巫女の務めを果たしてくれないだろうか? もし上手く事を終えたのならば対価としてこの街の話と……そうだな、道を開こう。あの"塔"までの、な》
「!?」
……そうきたか。
正直この街の話は気になりはするけど、他の誰かが調べてwikiに書いたりするだろうと思って二の次だった。しかしあの塔までの道があり、それを開いてくれると言うのであれば対価としては十分だ。……他の道は絶対にマトモじゃなさそうだし。
だが、まだ受ける受けないの判断材料が少ない。確認すべきことは幾つかある。
「もし私が巫女をやらない、もしくは失敗したら?」
《強制はせぬし、上手くできぬとも命を取るようなことは無い。その場合は道を開けることはなく、話はせぬがな》
「失敗したとしても受けなかった場合以上のリスクはない、と」
《話を聞く限り、汝の他にもここを目指している者達がいるのであろう? ならこの街に新しい秩序が引かれ、生まれ変わるのは時間の問題だ。その者達がここを荒らすと言うのであれば容赦はせぬが、そうでないのであれば我は立ち去るのみだ》
淡々と言うが、正直どちらでもいいのだろう。この竜にとっては本当に単なる思い付きでしかないようだ。
「歌、と言っても全く知らないのですが。あと私以外の誰かがその巫女とやらを請け負う事は?」
《鎮鐘の側面に歌詞が書かれているので、それを参考にすると良い。……ふむ、探せば汝以上に素質がある者はいるのは当然だろうが、これも一つの縁だ。汝以外には認めぬとしよう》
おおう、自分で逃げ道を塞いでしまった気が。……しかしコレ、この時点で"レイド"が行方不明じゃね?
それより一番の問題は別に、根本的なところにある。
「歌とか学校の授業以外で歌ったことないのに……」
『あれ、カナタちゃんカラオケとか行かないの?』
「そんな金があるなら生活費に回してます」
『……貴女、今凄い事言ったわよ』
そうだろうか? 弟の話を聞く限りでは昼食何日分だよって値段だし、そも行く相手もいない。歌の練習とかで一人で行く人はいるのだろうけど、そんなお金あるなら緊急時用に置いておくか昼食代に回すしなあ。
だから歌は音楽の授業ぐらいでしかやったことはなく、それもどちらかと言えば単に声出してればOKのレベルなので大したことはしていない。
「なので二週後までに人並み以上になれと言われれば無理――なのはリアルでの話、か」
『歌に関するスキルは"歌唱"だったわねぇ。文字通り歌っていれば習得、レベルが上がるとは聞くけども……』
『結構ガチでやらないと途中から全く上がらなくなる、と言われているねー。カナタちゃん、受けるの?』
半ば答えは決まっているけど、少し気になっている事を聞いてみる。
「それ以前に勝手に話進めてますけど、良かったのですかね」
『むしろ悪い理由が見当たらないねー。その街を発見したのも、レイドクエストに遭遇したのもカナタちゃんだよ。やるなら知り合いに歌唱スキル持ってる人いるから、紹介するよ?』
『偶に口出ししてくる阿呆がいるけど。その時は安心しなさい、知り合い全員で殲滅してあげるわ』
なんとも頼もしい事で。
見れば、姫翠もトリアートも何かを期待するように私を見ている。思わず頬がほころぶのが自覚でき、ついでに決心も付く。
ああ、どうせゲームなのだ。
ゲームであるならイベントは楽しむべきものの筈。やらなくても失敗しても同じならば特に、だ。
ふと、思い出す。
何かを見つけたいなどと思って、このAlmeCatolicaを手に入れた。
なら、
「なら私は――」
そして早まったかと後悔するまであと一時間。