#25 縁は巡り巡りあう
「……………」
「……………」
おかしい。
うん、何かがおかしい気がする。
目の前には新たに注文されたケーキセットが2つ置かれているが、どちらも手は付けられていない。妙に静まった空気の中、時間だけが無常に過ぎていく。
そんな微妙な気配を感じ取ったのか私たちの周囲には誰も近寄ってこず、こりゃ完全に営業妨害になって――ないな。いや、なんで客と店員はそんな遠くでほっこりした顔してるのか問い詰めていいか。
このままでは埒が明かないと話しかけようとするのだが、
「……あ、あの、」
「……その、」
その度に何故かタイミングよく被ってまた口を噤んでしまい、そしてお互いに俯いてしまうのだ。何度目だろうなあコレ。
気まずい。凄く気まずい、のだけども。
現実逃避をしようにもあまり目を逸らし続ける訳にもいかないので、とりあえずもう一度現実を直視するために前を向く。
「…………うぅ」
前の席に座っているのは一人の女性。
ゲーム内で出会った、美凪という名のGMだ。……中の人、とはこんな時に使う言葉だったか。
改めて綺麗な人だと思う。
ゲーム内で初めて会った時からそう思っていたが、現実で見てもそれは変わりない。肌は傷一つなく顔のパーツも整っていて、勿論スタイルも抜群と見事にゲームと差異がなかった。
風が吹くたびにひらひらと靡く髪は絹糸の様で、店内の暗めの照明でもしっかりと光を反射して艶やかに輝いている。それも綺麗に切りそろえられているので、どこかの深窓の令嬢と紹介されても納得してしまうだろう。ゲームではメイド服を着ていたが、和服も似合うのは間違いない。今はカジュアルな服装をしていて、それでもお嬢様という雰囲気が抜けないのも凄いな。
私が帰ろうとしたのを引き留めようとしたのか「代金は出すから」とケーキセットを頼んだのは良いが、しかしその後の事は考えていなかったらしい。
もじもじとしている動作がなんとも可愛らしく、店内の大半の人間はそれを見て和んでいる。……あ、カメラ構えた馬鹿が店裏に連れてかれた。まあここは病院なので大丈夫、か? 研究所方面かもしれんけど。
兎に角だ。
いつまでもこうやってお見合いしていても仕方がない。むしろこのような空気の方が苦手なので、いっそ舞台から飛び降りる勢いで突っ込もう。駄目だったら……ここのカウンセラーに人生相談でもするか。
さて意を決して。
最初の話題は無難に、
「……ええと。名前は美凪さん、と呼んでもいいのですか?」
「えっ」
美凪さんは唐突に話しかけられると思っていなかったのか一瞬硬直するも、なんとか立ち直ったらしく直ぐに再起動した。さすが、多種多様な奇人変人が集まるゲームでGMをやってるだけはある。
どうやらようやくお互いに切っ掛けがつかめたようだ。店主が良い笑顔でサムズアップしているが……ここは素直に受け取っておこう。
「そう、ですね。ええ、まずはちゃんと自己紹介しないといけませんね」
頷きを一度。
「私のリアルネームは”美桐白凪”と言います。最初と最後を取ったのがアバターネームですね」
よろしくお願いしますと会釈する彼女に同じ動作を返し、私も自分の名前を告げる。
「天樹彼方、です。プレイヤーネームはほぼそのままですけど」
また互いに頭を軽く下げて、どちらからともなく笑みが漏れる。やれやれ、自己紹介をするまでにどれだけ時間をかけているのだか。
落ち着いたところでケーキを少しずつ食べていく。二個目ではあるが、やはり美味しいものは美味しい。そのおかげで精神的な余裕ができたので、また変な空気にならないよう気になったことを聞いていこう。
「美桐さんはここで働いているんですか?」
「白凪で構いませんよ、彼方さん。――そうですね、一昨日までは支部の方にいましたが……昨日からは、こちらの研究所の一角にAlmeCatolicaの専門フロアがあるのでそこからログインしています。申請すれば自宅からでも勤務は可能なのですけど、それは遠方の人専用ですね」
なるほど、ニュースでは研修施設としても使われるというからそっちで来たのかと思ったけど、どうやらここからログインしてGMとして働いているみたいだ。
しかし言っては何だが、国税使って作られた施設に一般企業の専門フロアがあるのか。普段はその専門フロアとやらではなにをやっているのだろう?
「ここですか? 専門フロアではログインしているプレイヤーの脳波情報を集約して、ストレスを強く感じている人がいないかを確認したりしていますね。他にはどんな時に不快感を感じたか、逆にどんな時にリラックスしたか、とかでしょうか」
「世界規模で、それも安易にデータが集まるなんて研究者にとっては夢のようでしょうが……。それも規約に書かれているのですよね?」
「脳波パターンは詳細には一人一人異なっていますので、個人情報と言えば個人情報ですし。βテストが始まる前からデータを集めるのは決まっていましたから、その頃から書かれていますね」
従来であれば脳波のデータを取るには設備・人・金が必要だったが、人口の多いVRMMOならそれをクリアしている。更にそれ用のダンジョンやイベントを用意すれば、特定条件下でのデータも取ることができるのだ。
「……と言っても、私は単に家が近かったから、なんて理由でいるだけなのですけど」
「なんですと」
なんと白凪さんはここから家が近いらしい。
なんでもAlmeCatolica専用フロアで脳波パターンの解析を行っているが、そこに異常が検知された場合――要はゲーム中に強いストレスだの何だのを感じたプレイヤーがいた際はすぐに動ける人員が必要だったとのことだ。
「VRなので、ログインできれば場所は関係ないのでは?」
「それは機材の問題ですね。ここのは一般のゲームハードや他のGMが使っているのより高機能かつ多機能な物が多々ありますから」
予想としては、ネットワークを逆探知してプレイヤーがリアルの何処から接続しているかを調べる類だろう。通常ならプロバイダやら何やらを噛んでいるので住所となると時間がかかるのを、多々すっ飛ばして一気に調べられるとかなんとか。プライバシーの問題はあれど、よくある匿名掲示板の犯罪予告などで活躍しているし、VR専門の病院なのであっても不思議ではない。
で、そのサポート要因には家が近かった人から選ばれたとのこと。
「あれ、でもここの研究所が開いたのはつい最近ですよね。それまではそんなチェックとかしていなかったんですか?」
「各支部でチェックはしていましたが、正直”問題が起こってから対処する”レベルで、でした。……大人の事情という所ですね」
本来ならゲーム開始時点でこの施設も建設されて法律やらの問題もクリアしている筈だったのだが、政治やら法律やらで色々あったとか。その辺はネットでの知識しかないので何も言うつもりは無いけど、いつの時代も面倒なのは変わりないようだ。
「彼方さんも家が近くなのですか?」
「大体ここから徒歩10分程かと。今日もゲームの気分転換に、ニュースで話題になっていた場所を見に来ていただけですし」
「……随分近いですね」
いいなー、なんて表情から察するに白凪さんは近いと言っても10分以上かかるらしい。
白凪さんは一度外のフェンスの向こうを見て、
「御覧のとおり駐車場が広いので車通勤でも良いのですが……何分免許取り立てなものでして」
「いい運動になると考えればいいのでは?」
「そう、ですね。やっぱり仕事とはいえ体は寝てばかりなので、色々気になりますし」
ちょっと視線がお腹辺りに下がっていたが……うん、私も気を付けよう。最近は引き籠り気味だから余計に気を付けないとなあ。
今食べてるものがカロリー高めのケーキという事は置いておいて話を続ける。
「……今更ですが、やっぱり彼方さんを見た時は驚きました。少し前にAlmeCatolicaで会っていた人が目の前に居ましたから」
「こちらもです。一応、施設がVR関連なのでもしかしたら程度には思っていましたが」
そこはお互いに苦笑するしかない。いやまあ単に会っていたどころか何故か添い寝までしていたのだが、そこは今の状況に関係なく。
日本だけでもかなりのユーザー数を誇るネットゲームで、少し知り合っただけの二人が街中で偶然出会う確率はかなり低いのは確かだ。ただこの場所が関連施設なのでそこらの道端で会うよりかは高いのだろうけど……それよりも一番の理由は、
「白凪さんも私も、リアルとアバターの外見がほとんど変わりないのが最大の理由かと。大きく違っていたら気づかなかったでしょうし」
「私の場合は彼方さんのキャラクターメイクの時にデフォルトのアバターを見ていたからと言うのもありますね」
そういえばそうだった。あのキャラメイクの時に初めて白凪さんと知り合ったが、その時は補正も何もない状態だったのだ。うーん、あれから色々あったし、もう何ヶ月も前の事の様な気がするなあ。
「にしても白凪さんはアバターと全く差異が無いみたいですけど、GMは皆そうなんですか?」
「ええ、社内の方針でそうなっていますね。GMと言う管理者が姿を偽っていてどうする、と上のお達しなので」
納得できるような、できないような。上が変だと下は大変である。
それから他愛のない話が続く。
あまり深い話はしないけど、それでも白凪さんの人となりはだいたい分かってきた。……やっぱりこの人、素で"良い人"っぽいなあ。変な男に騙されないか心配です。
そうこうしている内に、気が付けばケーキセットは全て食べ終わっていた。壁に掛けられている古めかしい時計を見ると思ってたより時間が経っている。
うーん。ストゥーメリアさんを待たせているし、流石にそろそろ帰らないといけないか。夢見さんもいい加減復活しているだろう。色々と廃都について聞かれるだろうけど、まあ参考にならなさすぎだろうからどうしたものか。
「彼方さん、もしかして予定があったのですか?」
そう不安そうな顔をして白凪さんが問いかけてくる。
時計を見たことに気が付いたようだけど、どうも無理に引き留めていたのではと勘違いしてしまったようだ。
「いえ、予定があると言えばありますが、特に時間の指定とかはないので大丈夫です。多分相手は今頃、AlmeCatolicaで新マップを目指していると思いますし」
「ああー……、なるほどです」
凄く納得したような表情をする白凪さん。鞄から取り出した携帯端末をさっと操作して、何かを確認している。
「今は掲示板も派手に盛り上がっていますね。この様子ですと近いうちに他のプレイヤーも辿り着くでしょう。……カナタさんが使ったルートとは別で」
「でしょうねえー」
なんであんなルートを用意したんだかと思うけど、しかしゲームとしては面白いので良いかとも思う。せっかくリアルと見紛うばかりのクオリティなのである、単純に入口からしか出入りできないのではつまらないに違いない。
まあ私としてはモフモフを堪能できただけでも十分だったけどね!
「ふふ、これからも色々あるとは思いますが、また何かありましたらご連絡ください」
「いえまあ、あまりGMのお世話になる事態も遠慮したいですけども」
白凪さんも冗談のつもりだったのだろう、くすくすと上品に笑う。その姿はまさに上流階級のご令嬢といった風で、うん、あの猫被りな姉にぜひ見習ってほしいな。
互いに何か言ったわけではないが、私も携帯端末を取り出して連絡先を交換する。
「良縁奇縁とはこのことですか。私も彼方さんも家が近いみたいですし、また時間があればお話とかお買い物とかしたいですね。ふふ、楽しみです」
「そうですね、少なくとも奇縁であることは間違いないかと。私でよければお付き合いしますよ」
それから二人で外に出て。
また時間がある時に会う約束をして別れたのだった。