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#24 おはよう、はじめまして

 起きたらログアウトしていた。

 陽は高く昇り、時計を見れば昼過ぎ。


「んー……。んー? そっか、まだ一日も経っていないのか」


 ゲーム内では結構な時間経っているのだが、現実ではその半分。まだ夜と言っていい時間帯からゲームを始めたこともあり、気分的には一日過ぎている感覚なのにまだ昼だ。昨日も似たような感想だったはずなので、慣れるのにはしばらくかかりそうである。

 うーん、よくよく考えたら私がゲーム初めてまだ一週間と経っていないんだよな。そりゃまだ慣れないのも当然か。


 くー、と変な音を出して鳴った腹を見て、そう言えば朝を食べていなかった事を思い出す。家の中はがらんとしており弟は既に出た後だ。姉も両親も今日は帰って来ないらしいので、リビングで気を張る必要もない。

 つーかあの両親、出張中だと思ってたのに旅行とか。帰ってきた形跡がないので出張が終わってそのまま行ったらしい。私は普段から生活費ギリギリしか貰ってないんだが、何かあった時の事とか考えてるのかね? ……何も考えていないに一票。


 とりあえず愚痴っても仕方がないので冷蔵庫を物色。なにがあるかなー。

 中にある物といえば、


「やっぱキャベツか……」


 それと冷凍食品。

 おのれ姉め、何故一玉丸ごとなんぞ置いていったし。昨日に少しは食べたが、食が細いのは自覚しているので中々食い切れない。健康的には良いのだろうけど、ねぇ?

 サラダにして他をメインにすれば良いのだろうが、姉と弟がいないのでこれ以上魚らや肉やらを買う金はなく。昨日ので贅沢とかどんだけですかよ。


 ちなみにこの家のキッチンをまともに使っているのは私のみである。他の連中は包丁に触りすらしない。

 普段より両親は外食が中心で、朝でさえ会社の食堂を使う。弟経由で聞いた話では社員食堂が安いのに豪華だからだとかで、家で食べる事はほぼない。休日でさえ出来合いのを用意しているのだが……あれは単に料理出来ないからだな。

 姉と弟は朝は食パン。あと日によってはオムレツとかベーコンとかプラスされる。勿論作るのは私だが。昼は学食で、夜は家で勿論作るのは私だが!


 ……いや本当なんで私以外料理できんかね、この家。その割に姉は味にうるさいしなー。


 まあその分、私が金ないのは知っているので朝夕の食費は渡してくれるからいいけどね。姉と弟が。

 親⇒姉弟⇒私⇒スーパー⇒余りはゼロ。金の流れがさっぱり訳わからん。


「とりあえずキャベツはそう腐るもんでもないけど、姉が帰ってきたときに残ってると煩そ――いや、どうせ冷蔵庫なんぞ見ないか」


 もしくは私が新たに買ってきたものと言えば余裕でごまかせる気がする。じゃ、キャベツの消費は後回しで。となると残りは、


「久しぶりに冷凍食品だー」


 と言っても冷凍スパゲティなんですが。主に私がいない時などに姉弟が食ってるものだけど、買ってきた私自身が食べるのは何気にレアだったりする。

 これ地味に高いんだよなー。というわけでレンジにGO。カップ麺にしろ冷凍食品にしろ、出来上がるまでの微妙な時間が苦手だ……。


 今のうちにコーヒーでも入れてと。お、できたか。って袋あっつぃ! 乗せてた皿も熱い! ……よし、なんとか火傷はせずに準備はできた。

 ではいただきまーす。


 うん、これは、


「……手軽なのは非常に魅力的だけど、味が微妙だなぁ」


 不味くはないのだけど、手間かけて作る分、自身で調理したものの方が美味しい気がしなくもない。量的には私に丁度いいんだけども、こう、何か後一味物足りない。

 何が足りないんだろうと首を傾げつつ、またテレビがニュースを映しているのを横目に見ながらさくっと胃の中に納める。


 食べ終わったら食器を洗い、換気をしつつ掃除を行う。そろそろ察しているかもしれないが、掃除も主に私がやっていますとも。自分の部屋や寝室ぐらいは各自任せだが、リビングにキッチン、風呂場などは私が定期的にやっているのだ。


「洗剤はある、ティッシュ類もある――む、そろそろゴミ袋がなくなりそう。メモに書いてテーブルに、と。……メモ用紙もなくなってきているなあ」


 足りてない物一覧をメモにまとめてテーブルにでも置いておけば、気が付いた姉か弟が両親に伝えてくれる。そしてまたテーブルには代金が置かれている筈だ。連休中は誰もいないから、資金を貰えるのは連休明けの朝あたりだろう。なら学校帰りにスーパー寄ればいいか。

 面倒だとは思うが精神的にはとても気楽なものだ。向こうから歩み寄って来る気配が欠片もないどころか突き放されるだけなので、わざわざ近づく必要はない。


「んー……、掃除が終わったら外でも行こうかな」


 できればゲームをしたいところなのだが、あれを一日中やるという事はずっと寝続けているという事だ。当然健康にはよろしくなく、あまりに酷いとゲームハードのバイタルチェックに引っ掛かってしまう。なので最低でも一日数十分の運動が推奨されていて、昨日の場合はスーパーへ買い物しに外に出たのがそれに当たる。


 今日は特に予定はないので完全にただの散歩だ。その場合は適当な目的地でもあれば良いのだけれど……。  

 ふと、付けたままだったテレビを見て思いつく場所が一つ。


「あのVR専門の病院ってのを見に行ってみようか」


 見に行ったところで何か得るものがある訳ではないが、そもそも少し体を動かすことが目的なので距離で見ても丁度いいだろう。


 その付近にあるショッピングモールでもいいんだけど、金ないしねー。あの施設は懐が寂しい私にとっては誘惑が多すぎるのですよ。昔は服飾の店が多かったけど、最近では雑貨を専門とした店が多くなってきている。大半は女性向けの可愛らしい小物がメインだが、中には私好みの素朴な木の置物とかがある店もちらほらと。本屋もあるから立ち読みできるし、ペットショップや楽器とかも見てるだけで楽しいけど値段見て愕然とするんだよなあ。

 ……考えてたらちょっと行きたくなってきたけど、今日は思いつき通り病院を見に行こう。


「まだ連絡はないけどそのうち夢見さんは復活するだろうし、ストゥーメリアさんからも連絡あると思うしね」


 見に行くだけなので一時間もかからない。ちょっと速足で行けば十分運動の範囲に入るはずだ。

 じゃ、着替えてさくっと行ってきますか。




「おおー……いい感じに税金かけてるなー」


 携帯端末で道順を調べて家から歩くこと十数分。迷うことなく目的地に着いたのは良いんだ、が。

 ただその施設、ぽかんと口を開けて見渡してしまうぐらいにはデカかった。うわぁ億単位で金掛かってそうだコレ。


 病院兼研究施設だからか建物や路面は真っ白で、それ以外は芝生や等間隔で並んだ樹の緑が映えている。全体が近代的なデザインで設計されていてゲームで見たファンタジックな光景とは真逆の印象だ。建物は"く"の字を描くように建てられており、一見どこが病院でどこが研究所なのか分からないが……何か意図があっての造りなのだろうか?

 VR専門の病院として建てられたと言っても普段は精神科と脳外科として稼働しているのか、"職場でのお悩み相談"や脳ドッグの案内板などが置かれており、さっそくそれに向かう人が見える。


 お、おお? あの向こうの駐車場に止まっている車は"Alme(アルメ)Catolica(カトリカ)"の制作会社のじゃないか! やっぱり今一番熱いVRゲームだからか、技術・人員面で色々協力しているんだろうなあ。他にも幾つかの大手企業の車があり、とりあえず始まったばかりだからか休日にも関わらず仕事をしているらしい。


「裏手の方に見えるのは……ああ、ニュースでもやってた反VR団体か」


 どこかズレた主張を書いたプラカードやのぼりを掲げている老人連中がいるが、何とも元気がない上にニュースで見たよりも人数が少ない。リーダーとなる人物がいないからだろうか? なんでそんなテンションでも続けてるんだろうね。

 ま、私には関係ないか。


 広い中庭は公園としても開放しているようで、私と同じく散歩にきたような人やベンチでうとうとしている人も見受けられる。なんというか、知らない人であれば博物館とかに間違えてしまいそうだ。

 多分イメージ的には精神系の病院とか研究施設とか、それもVR関連ならどこか閉鎖的なイメージが付きまといそうだったからの対策だろう。これで牢獄の様な高い塀とかあればマスコミやらなんやらの絶好の餌だっただろうしなあ。


「……ん?」


 そのちらほらと見える一般人の何人かが、皆同じ方向に歩いていく。

 何かあるのかと行ってみると、


「へぇ、屋上庭園か」


 案内を見る限りでは病院の屋上を中庭と同じく開放されており、カフェも併設されているらしい。なるほど、おそらく先に向かった何人かは昼をそこで食べるつもりなのだろう。私も昼は既に食べたからカフェに寄ることは無いが、その庭園もちょっと見ていこう。

 好奇心の赴くままにエレベータを使って屋上へ。一歩外へ踏み出すと、街中ではあまり縁のない草花の香りが広がっていた。


 中心には噴水があり、そこからレンガ造りの川が張り巡らされているとか結構洒落た雰囲気である。造りは洋風なのに草花はわざと日本の種が植えられており、イメージとしては明治の日本だろうか。見えるカフェもレトロな感じだ。和風と洋風をうまく組み合わせたテイストで、カフェから聞こえてくる音楽もゆったりしている。


 木塀――のデザインをした強化プラスチック製の手すりから見渡せば、周囲には高い建物が少ないので結構遠くまで眺めることができる。まあ、コンクリートジャングルなので特にこれといった感動とかはないのだけど。


「……ま、AlmeCatolicaはガチで樹海だったり水晶なファンタジーだったりするしねえ」


 確かに生まれ育った街を俯瞰したのは初めてだが、AlmeCatolicaで見た風景には遠く及ばない。ここの庭園も面白くはあるけど、やはりアレ(・・)には届かないのだ。生い茂った草木を踏む感触に、様々な種類の木花や土に水などが混じり合った風の匂い、どこまでも続いていると錯覚するほど広がっていた未知の世界。


「やっぱり狂人氏はとんでもなくロマンチストだったのではなかろーか」


 そこはもう私には知るすべはなく、しかし少し話はしてみたかったと思う。

 さて、ここは十分堪能したし、少し休憩したら帰ってゲームを再開しよ……う?


『オープン記念、ケーキセット(ケーキ+飲み物)がこのお値段!』


 そんな看板が目に入った。


 もう一度看板を見て値段を確認。

 財布を取り出して中を見てみる。

 足りる。

 ギリギリ足りる。


 いやいやいや、ここで無駄使いをしてしまったら正直ピンチである。そんな余裕は私にはない。

 それにわざわざリアルで食べなくともゲーム内の喫茶店でもケーキは食べられ――あ、今廃都だわ。喫茶店以前に人が一人もいないわ。


 ちなみにデザートは季節の果物をふんだんに乗せたシフォンケーキ。物凄く美味しそうと言うか、店内にいる人がそれはもう美味しそうに食べている。

 ……そして私、生まれてこの方、シフォンケーキとか食べたことないです。


 もう一度財布を見てみる。

 空を見てみる。


「いらっしゃいませー」

「すいませんケーキセット一つ」


 明日以降の事は――考えない。



「ケーキうまー」


 姉がよく一人でケーキ食っては走り込みを行っているのを馬鹿馬鹿しく見ていたが、確かにこれはお金があるとつい買って食べたくなるなあ。あそこまで追い詰められたいとは思わないけど。

 セットとして頼んだ飲み物、なんとかモカというのも初めて飲むが、これも美味しい。メニューを見てもよく分からなかったので適当に頼んだけどこれは当たりだった。上には生クリームにチョコレートパウダーが乗っており甘すぎるかと思ったけど、下のエスプレッソがそれを程よく中和している。シフォンケーキと合わせて食べればフルーツの優しい甘みが際立つ一品だ。


 病院の屋上という事であまり目立たないだろうけど、ここは良い穴場ではなかろうか。精神系の病院なんて普通の人は敬遠するだろうし、そのおかげで煩いのが来そうにないのは十分な利点だろう。

 また懐具合に余裕がある時はここに来るかなーとか考えながら携帯端末を操作する。設定しているのはAlmeCatolica用のメーラーで、要はゲーム内のメッセージやメールを確認できるというアプリである。


「お、ストゥーメリアさんからメールが来てる。今日はほぼ家にいるからINしたら連絡よろしく、か」


 ストゥーメリアさんはあの河の渡り方を調べるとか言っていたが、うまくいったのだろうか。いや、あの人はなんとなく条件さえわかればあっさりといけるタイプな気がしなくもない。となると廃都への行き方かな?

 夢見さんは……まだ復活に時間かかりそうだ。うーん、夢見さんと話すのは色々不安だけど大丈夫だろうか。


「とりあえず、そろそろ家に帰ろっか」


 ケーキもモカも十分に堪能したし、今日の散歩はこれで終いにしよう。

 そう思って立ち上がった所で、


「っと、すいません」


 あまり周りを見ていなかったせいで、椅子を引いた瞬間に誰かにぶつかってしまった。

 とっさに、中腰と言う体勢的にも相手の顔をよく見ずに謝罪をしてしまう。


「いえ、こちらこそ不注意で……え?」

「?」


 どうやらぶつかった相手は女性のようだが、何故か途中で言葉が止まってしまった。

 怪訝に思って顔を上げて相手の顔を見ると、


「……え?」


 思わず、似たような反応を返してしまった。多分傍から見れば私はずいぶんと間の抜けた顔をしているに違いない。

 お互いにぽかんとした状態で固まってしまう。


「え、ええと……カナタ、さん?」

 

 そう確かめる様に問いかけてきたのは、美しい黒髪を腰まで伸ばした正に大和撫子と呼べる女性だった。髪を一房だけ白いリボンで結んでいるが、それがどこか天使の羽根に見えなくもない。

 うん、見たことがある。凄く最近、物理的にも間近で見たことがある顔だ。


「美凪さん、ですか」


 ……なんともまあ。

 世の中は幾分狭くできている様である。



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