プロローグ #3
――Welcome to the virtual reality.
機械的な音声に目を開く。
辺りを見渡せば、そこは見慣れた自室ではなく”近未来のネットワーク”というものをイメージして作られたような空間だった。
連続した0と1で形造られた円環がいくつも廻り、有機的でも無機的でもない不思議な白の大地が無限に続いている。
ふと、足先の感覚がないことに気が付き下をみれば、そこには宙に浮いた私の足。
無重力、という訳でもなさそうで、どうやら"座標"が固定されているような状態なのだろう。
「わ、おぉ……」
思わず、感嘆の声が漏れる。その声も現実の物理現象によるものではないのでが、それでも違和感は全くない。
――Please perform the setting of the world.
先と同じ合成音声が聞こえたかと思うと、目先に半透明の板が現れた。物理法則を無視して浮遊するそれは、漫画やSF映画でよく目にするメニューウィンドウだ。
なるほど、と思い、ようやく私は今ここが仮想現実――VRの中だと実感した。
メニューの中を見れば、ずらりと並ぶ多種多様な項目。ゲームの設定――ではなくハードの方の設定だ。
携帯端末と連動したメーラーやアラーム、痛覚レベルやエロいグロい表現の規制設定などなど。正直面倒臭いとは感じるものの、
「これ、自動設定にしておくと後々酷いことになるらしいしね……」
よくある失敗談であれば、重要な来客があったのにスルーしてたとか、恋人のメールをガン無視していた、などなど。
しっかりと設定しておけば、ゲーム中であってもインターホンやメールなど外部の対応が可能となる。
また、このゲームはバーチャル"リアリティ"。痛覚含む五感は勿論、細かな項目だけでも諸処に影響があるのだ。
見れば、デフォルトでは痛覚レベルは5となっている。これを高いか低いかとするのは本人の感覚次第だろう。
そして一度設定してしまえば後は状況、趣味に合わせて調整するだけのこと。なんだ趣味って。
ぽちぽちっと項目を進めていき、完了したのは設定を始めてから一時間経ってからだった。
予想外に時間がかかってしまったが、これでようやく、
「ようやくゲームを始められる」
逸る気持ちを抑え、私は"Game Start"のボタンを連打した。……自制できてないね?
「さて、MMOの醍醐味の一つ。キャラメイクだね」
深呼吸を一つ、私は自分のアバターを前に仁王立ちしていた。
いや特に意味はないんですが何となく。
PVやら挨拶やらをスキップして、今は単に名前を入力しただけの状態。
システム曰く名前の被り――正確には同じ発音のキャラクタ名が幾人かいるようだけど、全体のユーザ数からすれば微々たるものだろう。文字ではなく発声が主流のVRMMOでは、キャラクタ名で重複回避のために考え直しや、記号だの連番だのがなくなったのは良い事である。
目の前のアバターは何もいじっていないので、私の身体データそのままの姿だ。
ようやく高校一年になったが、しかし全く成長の兆しの見えない体。未だ小学生で通じるってどーいうことだろうねチクショウ。いや身長とか胸とかが原因なんだろうだけどさあ。
小学生の段階で中、高生に間違えられていた姉や弟とはエライ違いだな。あはははははは、はぁ。
……いかん、落ち込んでいる場合じゃない。
気を取り直し、設定画面を見てみる。
一番上にある項目は、と。
「お、まず最初に種族かぁ」
一番初めに設定できるのは種族のようだ。
Wikiはその辺り概要だけで詳細は見てないから割と楽しみなのだが、
「さてどんな種族があるかなー、と」
どうせ時間はたっぷりあると考え、上から下まで眺めていく。
じっくり中身を吟味したところ、ざっくりした内容は次のようなものだった。
基本的な『人間』。
ステータスも基本通り平均で、特に不得手はないが面白みもない。派生はなく、これ一本。
ちなみにこのゲームで一番の不人気種族だったりする。
魔力特化タイプの『精霊』。
エルフや妖精といった、魔法系のステータスに秀でている種族。
基本は魔力に関するステータスが高くなるが、ダークエルフやドワーフなどは物理も上がるので、そこは方向性次第といったところ。
身体特化タイプの『獣人』。
犬や兎、猿といった動物の特徴を体に持った、身体系のステータスに秀でている種族。
高くなるステータスは元となる動物に則し、様々な種類の派生が多い。中にはシャーマン的な儀式魔法を使えるのもいるそうだ。あと何故か虫類もここにカテゴライズされているが……虫はなあ。
魔力超特化タイプの『神霊』。
天使や半神など、一見強そうな種族ではあるが、実は全く物理が育たず魔法一筋な人専用の種族。
ただ、種族特性として"物理半減"とかあるので、それでバランスをとっているのだろうが。やはり玄人向けには違いない。
トリッキーなタイプの『悪魔』。
時間帯でステータスが変動する吸血鬼、全ステータス半減だが一撃必殺を期待できる死神、物理・魔法共に大きく上がるが運は皆無という魔人などなど。
どれもかなり人を選ぶが、プレイスタイルに合えば凄く楽しいと話題の種族だ。
大器晩成タイプの『幻想』。
小鬼やヘルハウンドなど、初期のステータスは低いが成長すれば高位種に成ることができる種族。
他の種族でも転生による上位互換の種族になることはできるが、こちらの場合はどれも強力なスペックを誇るらしい。当然それまでが茨の道だが、独特の種族特性をもっており、使いこなせれば面白いとのこと。
以上、各種族の大分類でした。
更に各種族の中でも、派生形はずらりと並ぶ。
なるほど、迷ったらランダム推奨とWikiに書かれているはずだ。一つ一つ見ていけばキリがなさすぎる。
「ランダム選択は3回」
ランダム選択なら例に漏れず、稀にレア種族が出るとは言うが。……SAN値直葬されそうな容姿になる『外宇宙』とか、もはや外面以外ネタ要素がないと言うかデメリットオンリーしか報告のない『二次元』とかが3回目で選ばれると悲惨だ。
というか何を考えた開発。
『もう種族とかいう枠超えてるだろコレ!?』とは某国民的RPG(初代)のようなドットにされた被害者の叫びである。
いや、確かに2種の特性を持った『ハーフ』や通常選択枠の上位互換のような種族も選ばれるらしいので悪い話ばかりでは無いのだけど、些かギャンブル要素が酷すぎやしないだろうか。
「ま、まあ、それも含めてコレの醍醐味か」
なおアバターを作り直しは二通り。課金アイテムでのリスタートか、再度身体検査を受けてアカウントをもう一個作成するか。どちらにしろリアルマネーは必要となるので、よほど変なものに当たらない限りは非推奨とされている。
課金でも余りやりすぎると初っ端から称号に妙なものが付くらしいので、殆ど誰もやらないらしいけどね。
「リアルラックは良いほうではないんだけど。それはそれでアリ……かな?」
ええい、ウダウダ悩んでいても仕方が無い、女は度胸!
心に勢いをつけ、まずは1回目のランダム選択ボタンに指を当てた。
プレーンのアバターが光に包まれ、容姿が徐々に変化していく。人型からは変わらず、腰の背辺りからは羽根らしきものが生える。
足元からその姿があらわになっていき、全体像が見えると同時にその種族を説明するウィンドウが表示された。
眼前に現れた種族、その名は、
「――サキュバス」
種族は悪魔。
異性に対して戦闘やNPCとの交渉で有利となる固有特性を持つ。男性ならインキュバス。背中から生えたコウモリのような翼は小さく、取得できるスキルは"飛行"ではなく"浮遊"であることがポイントだろうか。
どの創作でもお色気担当な種族ではあるのだが――
「なん…だと……」
時が止まったかの様、とは正しくこのことだったのだろう。
少なくとも私の思考は完全に停止した。
「…………これはアカン! これはアカン奴ですよ……!!」
思わず関西弁もどき + 四つん這いの姿勢で絶叫してしまう。
いや、いくらなんでもこれは酷い。酷すぎる!
「なんという凄まじい犯 罪 臭……! 始まった瞬間にBANされそうだよコレ!?」
正直、私の体型は何というか小柄で、まな板だとか絶壁だとか言われる類である。
それが、その体型で、以下の装備である。
・露出極小ボンテージ。大切な所が見えそで見えない。
・首輪。鎖付きで、ペットにする類の。
・上気した頬と、蕩けたような瞳。明らか盛ってますね。
・白磁の肌は妙な艶やかさがダダ漏れ。ここまでするか。
・艶やかなワインレッドの髪に挑発的な表情とポーズ。誘ってるよねコレ。
結論
エ ロ す ぎ だ ろ。
開はぁぁぁぁぁぁぁあああああっつ!?
リアルの街中で見かけたら即通報、ないし路地裏に連れ込まれてもおかしくないレベルだよ!?
何が怖いって、たとえゲームの中であろうと、本当にソレ目的のユーザが存在していることだろう。何しろこのゲーム、本当にヤろうと思えばヤれるのだ。無論、性的な意味で。余計駄目だけど。
勿論条件は厳しく、まず場所はプライベートホームや宿屋の一室限定。お互い合意の上で、拒絶の意思が少しでもあればアウト。無理矢理合意させようとした場合は、最悪リアルでの逮捕になる。
で、当たり前だが小中学生にはインナー解除用の項目もなし。大人が同じフロア内でインナーを解除しようとすると速攻で説教部屋に転送され、BANもありうるとかなんとか。
なお、この辺りの年齢制限は国によって異なっている。この国ではインナー解除用の項目なら義務教育終了までで、実際に事に至るには成人年齢に達している必要があるとのこと。
――いやいや、そんなゲームのエロ事情はどうでもいい。
少し自意識過剰かもしれないけど、目の前のアバターは補整入りまくって非常に"自主規制"なことになっている。ネタにはなるだろうというかネタしかならぬので、自分から地雷を踏みに行くこともあるまい。私は羞恥で喜ぶMな人ではないのだ。
ただ少し気になるのは、
「何処までがセーフで、何処までがアウトなんだろーかコレ」
私的にはアウト過ぎるが、しかしランダムで表示されたということは一応システム的にはセーフなのだろう。自己責任か何かだろうか?
「念のため聞いとくかなぁ……。3回目でコレと似たような、いや、コレより酷いのが出たら洒落にならない」
ランダム選択3回目でコレが出なくて本気でよかったと切に思う。
メニューにて項目を探せば、直ぐに見つかる場所にGMコールボタンが。ポチッと押して、待つこと数秒。
眼前に幾何学模様の光が集まったかと思うと、中から天使の姿をした女性が現れた。
「お待たせいたしました、システムサポート担当GMの美凪と申します。如何なされましたか?」
……おおぅ、まさかの大和撫子。
艶やかな光沢を持った黒髪に白い肌、大半の女性は羨むであろう非常に整ったスタイルと何故かクラシックなメイド服。柔らかな微笑みに後光が見える。
清純という風なお姉さんを前にして、いい感じに選択を誤ったかと思わなくもない。いかん、この人には刺激が強過ぎではなかろうか、と。
が、流石にGM相手にチェンジで、などとほざく訳にもいかないだろう。ついでに自分の中の人見知りスキルが発動しているが、とりあえずは目先の問題が重要だ。
「えー、っと。あの、アバターのランダム選択で、コレが……」
コレ、とお姉さんの死角にいるアバターを指し示すと、彼女は頭に?を浮かべながら振り向き、
「…………!?」
ボンッと効果音が聞こえそうな勢いで真っ赤になった。
……ああ、やはり初心な方でしたか。というか感情表現が結構オーバーに出るんだなー。や、この人はリアルでもこんな感じかも知れないけど。
しばらくお姉さんが落ち着くまで待ち、赤みが引いた所で質問を再開させた。
「……で、結局コレはアウトで良いんですよ、ね?」
「は、はい。普通なら同じサキュバスでも、ここまで、その、卑猥ではないハズなのですけど。システムで引っかからなくても、他プレイヤーからの通報で警告、処理が入ったと思います」
……なるほど。
ここはゲームではあるが、しかし先程も言ったようにヴァーチャルリアリティ――仮想現実だ。旧来のMMOとは根本からルールが違うということだ。
まあ、それ以前に、
「でもコレで街中歩く気はないですねー……」
「ですねえ……」
禁止されようが通報されようが、そもそもコレで人前に出ようとは思わない。コレで出ろと言われたら時間と費用が掛かっても、即アカウント作り直しは確定だ。
兎にも角にも、いつまでもこのままにしておくのは精神衛生上よろしくない。さくっと次に行ってしまうのが吉だろう。
「確認、その、ありがとうございました。もうコレはキャンセルして、もう一度ランダム選択してみます」
「そうですね。念のため変な不具合か、開発の阿呆の仕業か――失礼しました。ええ、次の一回で変な不具合がないかだけ確認させて頂きますね」
なんだか途中で変な言葉が混ざったが、突っ込まないほうがいいだろうなぁ。
色々不安になってきたが、とりあえずもう一度ぽちっとランダムを選択した。
またアバターの容姿が変わり始め、っておお? なにやら頭から耳のようなものが――
「ウサギ……いや、こ、これは……」
目の前のアバターに、思わず今日は厄日だったかと天を仰ぐ。
仮想世界に神はいなかったか。あ、リアルでもいないからしょうがないっすね。泣くよ?
で、GMのお姉さん、驚異的なものなのは分かりますがガン見はやめて頂けませんか。一応、これでも私のアバターなんで……って。ああ、また耳まで真っ赤にしてフリーズしてるよ。
2回目のランダム表示で現れたのは、
・扇情的な黒い紐なしレオタード。露出がギリギリ。
・細い足を強調させる網タイツ。切れ込みで白い肌が映える。
・白い髪にショッキングピンクの長い耳としっぽ。毛並みがふわっふわやね。
・妖しく濡れた、挑発的な赤い唇と瞳。やっぱり誘ってるよねコレ。
・バッチリと決まっているポーズ。いや、ウインクされても。
「開! 発! スタァァァァアアアアァァアアアアッフ!」
仮想空間に私の絶叫が轟いた。
「獣人【兎】どころじゃなく単にバニーガールじゃないかぁ! 喧嘩売ってますかね開発は!?」
兎。ウサギ。英語でバニー。
いや、確かに文字面は間違ってはいないさ! いないけどさ!
もう一度言おう。自殺ダメージ食らうが、あえて言おう。
私は所謂幼児体型である。それが、その小学生とも間違えられる私が、バニースーツでエロさ全開である。
これで仮想とは言え、衆人環視の中を歩けと?
鬼畜かド畜生。
「…………まさかとは思いますけど、デフォルトでこれですか? 初期装備もランダムとは聞いてますけど」
「立場上、詳細はお話できませんが……主に開発の悪ふざけが多々仕込まれているとの報告は聞いていますね」
「……開発って変態の集団だったりします?」
「……いえ、その、違うとは思うのですけど、ああすみませんログアウトしようとしないで下さいお願いします!」
お姉さんに涙目で縋られたのでログアウトして不貞寝は諦めた。
とりあえず、かなり凹んだ精神を立て直そうと喝を入れる。が、しかし、自身のエロいアバターを目にするたび、ある事実が私の豆腐メンタルを抉っていく。
「何が辛いって、私自身がここまでエロいの似合ってるとは思わなかった事ですかね……なんて嫌な新しい自分の発見」
「新しい自分って言うものでしょうか、コレ」
むしろ隠れていてほしかった一面とでも言うべきか。言うべきか?
と、お姉さんがまだ赤い顔でウィンドウを操作していた。やたらと連打しているので気になって聞いてみると、
「実は、検知システムからランダムロジックに何かイレギュラーが仕込まれていると反応がありまして……。内部監査室に急遽、開発の制圧を依頼しておりました」
「開発運営の内部事情が非常に気になりますけど、一つ言うなら頭大丈夫ですか」
「…………あまり」
すんごい遠い目をして言われましても。
しかし、このままランダム選択をしても、また似た様なエロいのしかでない可能性があるという。仕方がない、時間掛かりそうだし、お姉さんには悪いけどいったんログアウトさせてもら――
「あ、どうやら主犯が拘束されたようですね。現在問題個所の修正と、他に仕込みがないか拷問とガチ説教しているので、あと少しで解決できると思います」
「もうそこまで進んでることより拷問と説教が並行できるのに驚きなんですがっ!」
「ちなみに犯行グループはこのロジックを"一定の年齢以上かつ特定の体型の女性"に対して、一定の確率で発動するようにしていたようでして」
「 」
「動機に関しては"合法エロリっていいよね"などと供述しておりますが」
「拷問把握。も っ と や れ」
変態の集団どころかド変態の集会だったらしい。
軽く滅びてしまえ。
「に、しても対応かなり早いですね? もしかして開発とか監査室とかって"中"にあるんですか?」
「そうですね。このゲーム自体、現実時間の倍の時間で設定されていますから。もしもの時のために開発スタッフも"中"に常駐しています。ええ、説教部屋も併設で」
「わざわざ説教部屋を作っていることに驚けばいいのか、説教部屋を作らないといけないレベルなのに呆れればいいのか……」
「……制作したのは開発ですけども」
「なんかもう大丈夫かこのゲーム!」
思い返せばwikiにも開発は変態と記述があった気がするが、まさか真正の意味だとは思うまい。そこはかとなく恐怖感があるが、しかしせっかく専用ハードまで買ったのだ。とりあえずやってみるしかない。
見れば、お姉さんが開いているウィンドウの一枚にカウントダウンが表示されている。時間は……あ、もう終わるな。
「緊急アップデート、3、2、1……コンプリートを確認しました」
開いていたウィンドウ類が閉じ、お姉さんがこちらに一礼。ふわりと純白のエプロンドレスが優雅に翻る。
その姿に一瞬見惚れ、そういえばと思い出すのはアバター設定に関する事柄だ。
基本このAlmeCatolica、通称ACでは、アバターを深く弄る人は少ないらしい。理由としては簡単、何故なら種族を決めた時点である程度の補正が入るからだ。
身長体重から始まり顔のパーツも色々変わる為、あとはカラーリングや若干の体型変更で十分とのことである。下手に調整して失敗すると顔の造形がおかしかったり、手足のバランスが違和感全開な姿になるらしく、あまりに酷いと"邪神"認定されるとのことだが……それはいいか。
結局なにが言いたいかというと、このお姉さんの表情、動作はなめらかで天然のように見える。つまり、このお姉さんはリアルでも清楚系美人の確率が激高だということだ!
……うん、どうでもよかったね。
しかし、一緒にショックなものを見たからか、このお姉さんに対しては人見知りが和らいだのは行幸か。ゲームで何かあった時は頼りにさせてもらおう。
「お待たせして申し訳ございませんでした。これでランダム選択をしても妙なアバターが選ばれることはないはずです。ご希望でしたら2回分選択回数を戻しますが、どう致しますか?」
「いえ、そこまではいいですよ。このまま3回目で決定しますので」
もとより3回目で決めようとは思っていた。前2回はどんな風になるかの確認ができればよかったので、それが単に前2回が常識から乖離しだけだ。それも大概だが気にしない。
まあランダム選択3回目に関してはちょっとした制約があるのだがそれは、
「その様子ならご存知と思いますが、3回目のランダム選択の場合はアバターを確認する間も無くゲーム開始となりますので、ご注意下さい」
「ん」
ランダム選択の内、2回目までは再選択と体型等の変更が可能だ。しかし3回目に限ってはランダムを選択した瞬間にそのアバターが確定し、即ゲームに放り出される。
どんなアバターになったかはゲーム内の鏡やらで確認するしかないという、正しく博打。その分レア種族になる確率は高いらしいが……あくまで噂だし、それをお姉さんに聞くのも野暮だろう。
さて、と姿勢を正してお姉さんには此方からも礼を。対応入ってなかった場合、コレと同種になったかと思うとゾッとする。
「ありがとう御座いました。……あと、変なもの見せてすみませんでした」
「い、いえいえ。今回の元凶は開発側でしたので。本来であれば課金アイテム等で補填となるのですが――」
「いりません。課金も再キャラメイク以外は全部ネタ物じゃないですか。原因分かりましたけど」
「ですよね。それでしたら……そうですね、私個人から、このゲームに関してアドバイスを一つ」
アドバイス?
「はい。一般のMMOであれば街を巡り、クエストをこなし、プレイヤーによって生産やイベントの攻略を進めていくものだと思います」
他にもPKやシステム面の検証などあるが、メインはそこだろう。私はどの方向に進むかはまだ決めかねていたが、アバター次第かとは思っている。
しかし今その話をするということは、他にもあるのだろうか?
「ただ。これは一人の狂人が作り出したゲーム。彼が妄執の果てに作り出したこれを――」
そして彼女の口から告げられた言葉は、それを端的に表すものだった。
「――"この世界"を見てみては如何でしょうか」
しばし、沈黙すること数秒。
徐々ににお姉さんの顔が赤くなっていくのは、勢いで厨二臭いことを言ってしまった、新たな黒歴史を作ってしまった後悔だろうか。
「……分かってるなら言わないでいただけると助かります」
「すみません、口にで出ましたか」
わざとですけどね。
とりあえずこのお姉さんが素で可愛いのはよくわかった。が、とりあえず今はそうじゃない。
ちょっとノリと勢いで婉曲しているが、先のがアドバイスとやらだろう。
意味は……それを考えるより、まずはゲームを始めることが先だ。あとは意識の片隅に覚えていればいい。
さて。
ずいぶん時間が掛かってしまったけど、そろそろ始めよう。ここまでこれば後は完全な運任せだ。生憎とリアルラックは良い方ではないが、しかし博打は嫌いではない。
会釈だけで礼をして、ランダム選択のボタンに触れる。それを見てお姉さんが一歩後ろに下がった。
3回目の警告が表示されるが、躊躇はない。
視界が白に染まっていく。
同時に自身の体が変化していく。
ふと、その中で声が聞こえた。
「ようこそAlmeCatolicaへ」
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AlmeCatolica利用規約 一部抜粋
▼ランダム選択によるアバターのNPC利用について
キャラクタメイクにおいてランダム選択で作成されて使用されなかったアバターは、特殊AIを搭載してNPCとしてゲーム中に登場することがあります。