#21 ホームに眠るお宝
「おじゃましまーす……は、ちょっと違うか」
鍵を開けて扉を開ければ、そこは見事なまでに古風かつ洋風な内装だった。
構成物:水晶というファンタジーな外観からは想像できなかったが、随分と中身はガチ仕様だ。白い壁紙と木張りの床の上に敷かれたセピア色のカーペット、そんな室内を優しく照らすクラシカルなランプ。外の風景からは明らかに浮いているので、ここは特典として狂人氏ではなく開発が用意したものだと分かる。
一歩中に踏み出した瞬間、システムメッセージが表示された。
――セーフポイントに入りました。この領域での戦闘行動は禁止されています。
「……?」
どこかメッセージに違和感を覚えたが、どこに引っ掛かったのか分からない……が、気にしすぎても仕方がない。まあいいかと気持ちを切り替えて入っていく。
『おおー……』
あ、姫翠がすっごい目をキラキラさせてる。こら、ふかふかだからってカーペットに転がろうとするんじゃありません。
ここは丘の上から見えていた噴水近くの他より大きい屋敷――ではなく、その隣の普通サイズの家だった。大きい方の屋敷は扉が開かなかったので中を見れなかったが、位置と外観からたぶん役所の類だろう。
単なる想像でしかないけど、ゲーム的にはこの街で役所や各施設の鍵を探して解放し、他の街でNPCの護送等のクエストをこなすことで住人が増えていくのではなかろうか。そして全て解放できた暁には"廃都"の"廃"が消える――そんなところか。
ま、私には
関 係 な い が な !
うん、なんだか色々な人に怒られそうだが、残念ながらそこまで関わるつもりはない。その全解放までの貢献度などでもアイテムを貰えたりするのだろうけど、それより私の目的は目下あのバベルもどきへ辿り着くことである。ここからは残念ながらどの方角にあるのか分からないが、とりあえず上へ行く方法はあるはずだから、それを探すのが最優先のつもりだ。
先ずはそれが私の方針として、後細かい所は夢見さんとストゥーメリアさんに話して決めておこう。
なので今は委細構わずホーム探索タイムを楽しもうかねー。
一人ふらふら飛び回る姫翠を捕まえて、トリアートと共に一階をぐるっと見ていく。見た目は然程大きい家ではないのに、中は広々しているように感じる。
「一階は広間とキッチン、この部屋は応接室かな?」
洋風の間取りは日本の造りと異なるのでちょっと違和感があるが、洋風の屋敷に入るのは初めてなので興味が勝る。ちょっと残念なのが、机や椅子のような家具が最低限しか置かれていないので各所が非常に殺風景なことだろうか。個人的には暖炉のある広間には置時計とか欲しい所である。まあ機会があれば、か。
キッチンには一応程度の食器と器具が置いてあった。アイテム名は"備え付けの皿"等で、売買不可と書かれている。変に抜け目ないなー。
そういえばこのゲームってどうやって料理するんだろうと気になったので、掲示板を軽く調べてみる。料理は……"レシピ"が中心になるのか。
基本的にはリアルと同じように包丁で食材を切って――という手順でも十分に可能とのこと。で、ならそんな技能が無い人はどうするんだとなれば、そこで"レシピ"というアイテムの出番だとか。必要となる物と手順が書かれたアイテムを使う事でその料理を覚えられ、メニューから簡易作成であっという間に作ることができるそうだ。
とは言え手間暇かけて作った方が効果やスキルの習熟度は当然倍増するので、料理に興味がある人はレシピを読みながら調理して練習しているらしい。
私は今は食材を持ってないけど、機会があれば練習してみるかな。
「地下室とかは……さすがにないかー」
マップを見つつ一階部分を見て回ったが、どうやら地下室かそれに準ずるものは無いようだ。少し、いやかなり残念である。洋風にしろ和風にしろ、古い屋敷で地下室はロマンではなかろうか。あ、違う?
まあ無いものは仕方がない。地下室は無かったが、別の収穫ならあった。
そこは階段下の小スペース。小さな扉を潜った先にあったのは、
「これは――ワイン!? ってことは、ここはワインセラーか!」
部屋にあったのは小さなワインラックと、その上に置かれた一本のワインだった。とりあえず赤ということは分かるが、それ以外はラベルもないので名前も知ることができない。一度アイテムボックスに入れてみたが、『未鑑定』としか出てこないので詳細不明だ。
うーん、賞味期限とか大丈夫なのか? いや、そもそもワインに賞味期限とかあったっけ? と言うか実は開発の罠でワインじゃなくバルサミコ酢とかオチじゃないだろうな。
「……ま、いいか!」
ダンジョンにワインボトルが落ちていたなら罠の可能性が高いだろうけど、ご褒美のホームに酢を一本だけ置いておくとか鬼畜なことは無いだろう。どうも楽観的な気がしなくないけど、そこは気にしない。なぜなら、
「ふふふ、お酒だお酒だ♪」
私がお酒を飲んでみたかったからに決まっている!
リアルじゃ年齢的に飲めないが、このゲームではお酒は全年齢で飲むことが可能だ。理由は単純で、そもそも本来酒類に年齢制限が掛かっている理由が"体の成長の妨げになるから"である。しかし実際にアルコールを摂取するわけではないゲーム内なら問題はない、と緩和されている訳だ。
取り決めの際にかなり大騒ぎになったのはネットやニュースで話題になっていたから私もよく覚えている。や、話題になったのは具体的な反論が出来ない反対派が物理で暴れだしたり、政府野党が"ゲームで酒飲まれたら税収が下がるじゃないか!"とぶっちゃけたせいなんだけど。
結局色々あって許可されたのだが、その妥協点としては何でも開発陣が各酒造メーカと協議して、販売されている酒とは別種の味にすることで取り決めているらしい。その別種の味を作り出すのに専門の機材人材が投入されたと聞くが、努力する方向性が相変わらず間違えてなかろうか。
実際にお酒を飲んだ人からの感想――掲示板調べ――だと、『これはアルコールじゃない、アルコールもどきだ』とのことである。ノンアルコールみたいなものかな?
そしてその"アルコールもどき"と呼ばれたこのゲームのお酒だが、飲むと少し酔ったような感覚が味わえるらしい。とは言っても酩酊することはなく、あくまでも「少し」の程度だそうだ。正確には酔ったように錯覚しているだけらしいのだが、詳しい事は専門用語のオンパレードで読めたものじゃなかったな。
公式やら政府からはリアルとゲームは混同しないようにとお達しはあるが、要はリアルで羽目を外さなければOKだ。
「その後に酒造メーカーの開発部門と調子に乗って古酒の再現とか万年寝かしたワインとか造ってみたらしいけど……まさかコレか?」
気が付けば世界中から酒好きが集まって色々やらかしてるとは噂されてるけど、もはや気にするだけ無駄か。ともあれ一番重要なのは気分だけでもお酒が飲めることで、それだけでも十分なのである。
あの両親と違って親切な親戚一同だけど、皆共通で酒飲みなんだよなあ。会うたびに旨い旨いと飲んでいたのが印象に強かったのか、ちょっと飲んでみたいなーとは思っていただけど……うん、このゲームを買った理由の内の一つでもある。ちょっとモフモフで忘れていたけど、突然その機会がやってきてビックリだ。
『お酒ー?』
「お、姫翠も興味ある? ならグラスでも探して一緒に飲もうか」
『飲む―!』
ところでトリアートは? あ、いらないっすか。
とりあえずキッチンにグラスがあったはずだから、それを拝借しよう。それから応接室で飲むのもいいけど……先に二階を探索かな? アレ、あるといいなあ。
******
「……ほんとにあったか」
キッチンでワイングラスと小さな食前酒用のグラスを拝借し、階段を上がって。
二階は寝室が一つと、完全な空き部屋が一つ。
そして、脱衣所とお風呂が一つ。
「一階になかったから、二階にあるかなーとは思ったけど。なるほど、これの為か」
風呂場の天井が通常の壁とは違い、若干ではあるが透き通っている。ちょっとした露店風呂気分ってところか。
そんな風呂場にはシャワーと底の浅いバスタブが一つ。なんとなくバラでも浮かべられそうな形状だ。
「風呂場でワイン、か。なんだか貴族様にでもなった気分だなあ」
おあつらえ向きにバスタブの傍に高さの丁度いい小台もあるし、もしかして元々そうやって飲むことを想定していたのだろうか? ……誰だこんなの考えて作ったの。
「……んー、一先ず寝るのも良かったのだけれど」
先に見た寝室にはベッドと布団があり、見た瞬間そこにダイブしたくなったのは事実である。
が、せっかくだ。
地面の下をずっと歩いて来ていたので体が埃っぽい気がするし、ずっと歩き詰めだったので精神的に疲れているのは確か。ここは一つサッパリして酒飲んで寝るとしよう。
バスタブに近づき、湯を張ることにする。見た目に騙されそうになるが触れれば専用のウィンドウが表示され、中には温度設定や自動で湯を沸かしてくれる為の項目があった。
ポチポチっと操作し、湯加減を調整して"OK"と押すと、勝手にバスタブの底から水――いやお湯が沸き出して来た。仮想空間なのだからやろうと思えば一瞬なんだろうけど、そこは時間をかけて沸かすのはAlmeCatolicaらしいと思う。
さて、湯が張られている間に服を脱いでしまおうか。
「確かメニューから設定を開いて……その下の方に……あった」
メニューの設定欄に表示されているのは”倫理制限解除”の項目だ。
解除をポチッと押せば物々しい警告文が表れ、それもまたOKと進めれば”制限が解除されました”と表示された。ここで関係のないプレイヤーやNPCがいればエラーが出て解除できないので、やはり近くに人はいないようだ。
「あとは装備欄で服とインナーを外せば、と」
外す前に念のため周囲は見回しておく。いや、機能上では他に人がいると解除出来ないはずなのだけれど気分的に。
装備を外せば着ていた服が消え、一瞬後には何の汚れもない白い素肌が現れた。あと、普通の人間の手足も。
「なんですと」
ちょっと驚いたが、ふと思い至ってインナーを再度装備すれば、元のメカメカしい腕と脚になる。どうもこの手足の甲はインナーの部類に入っているらしい。……まあ確かに、言っては何だがエロい事する時にコレは邪魔だよねえ。特殊な性癖の人以外は。
自己解決したところでまた素っ裸に。あの甲のままだとバスタブに引っ掛かりそうだと心配していたけれど、これなら大丈夫か。
何の障害もなくすとーんと下まで見下ろせることに若干絶望を感じつつも、手を差し込んで水温を確かめる。うん、ちょうどいい湯加減だ。
じゃあお湯に入ってゆっくりしますかね。