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#20 終わりを迎えた街を行く

 見渡す限り透明感に溢れていて、ゲームの中と言うより夢の中にいるような光景。見る角度で壁や地面の色合いが変わるので、まるで万華鏡の中にいるようだ。

 人気がないから生活感もなく、しかしそれでも"街"としては姿形を保っているのだから不思議である。


『〜♪ 〜♪』


 そんな、しんと静まった廃都に軽い歌声だけが流れていく。

 勿論歌っているのは妖精もとい姫翠だ。前は内容が分からなかったけど、今ならニュアンス程度だが理解できる。……物凄く適当に歌っているだけだという事が。


 ただ歌詞は兎も角、アップテンポな曲調なので聞いているこちらも気分は上がる。最初はがらんどうの街という光景に気圧されたもの、この明るいテンションと笑顔のおかげで気楽に歩くことが出来ている。

 あとついでと言っては何だが足元のラクガキ犬――トリアートも、か。


 トリアートは私が歩くのに邪魔にならない適度な距離で、しかし離れることなく付いてきている。姫翠と違って勝手にあちこちに行かないので手間のかからない良い子だった。

 うーん、いつも足に噛み付いてきてたりしてたから姫翠と同種なのかと思ったけど、どうも違うらしい。見た目はラクガキ、中身は忠犬。なんとも奇妙なお仲間である。


 さてそんなメンツで廃都探索だ。


「廃都っても、廃都らしくないのがちょっと混乱するけどねー」


 リアルでもゲームでも知り合いは少ないけど、同行人がいるからか独り言が多くなってきた気がする。……いかん、末期か? いや、トリアートが空気読んで頷いてくれてるから大丈夫だ! たぶん。


 それはそうと、システムで"廃都"と名付けられていたから廃都と言っているが、やはり"廃れた"と表現するにはなんとも違和感がある。私のイメージでは"廃都"なんて言うと世紀末的な都市や古代の遺跡なんて場所が思い浮かぶのだけど……創作物の読み過ぎかな?

 まあリアルでも昨今は廃村が増えてきたなんてニュースを見るし、そんな場所は家がまるっと残っていたりはするらしいが……それでもここまで綺麗ではないだろう。どの建造物も光を反射するほど輝いていて、経年劣化や埃等が積もっている様子もない。


「このゲームに限って"ゲームだから"ってことはないだろうから……原因は素材、この水晶かな」


 近くの民家らしき建物に近づき、壁に触れる。硬質なのにどことなく弾力性があり、温かくも冷たくもない。よくもまあこんな触感を再現したものだと感心する。ちょっと爪の部分でひっかくと――


「……なるほど、自動修復付きか」


 それは小さな傷だったが、その箇所が少し盛り上がったかと思うと、次の瞬間には元通りの壁になっていた。道理でどの建物も新品みたいに綺麗な訳だ。地面も石畳の様な風に水晶が敷き詰められていて、やはり傷は見当たらない。砂埃の一つも見当たらないのは……これはまた別の仕掛けがありそうだなあ。

 街の外は完全に森に囲まれているし、この街から住人がいなくなったのは実は100年単位の設定ではなかろうか?


「ま、それも含めてのんびり探してみようか」


 今はホーム――ではなく、街の正門らしき場所に向かっているところだ。解放特典として貰ったホームは街の中心にあるので、とりあず街の正面から大通りっぽいところを通って行こうと考えたのである。

 オオカミ達と別れた丘から見た感じだと、区画整理はされていたように見えた。なのでふらふらっと適当に歩き回るのもありだったのだが――流石に広すぎるので、うん、また迷子になりそうだったので……ぶっちゃけへたれたのだ。二度あることは三度あると言うし、三度も迷子になると称号にも嫌な方向で反映されてきそうである。いやもう既に手遅れな気がしなくもないけど、そこは気にしない。


「……探索するにしても、そこらの民家に情報が隠されてたらどうしようもないしねえ」


 普通のRPGなら各民家に日記や資料などの書物系があってヒントになるのだろうけど、これだけ広いと一軒一軒調べていくわけにはいかない。それこそ他プレイヤーがギルド単位で人海戦術を使ってどうにかするだろう。

 ま、気になるところがあればちょっとお邪魔するぐらいでいいかな?



 そんな訳でやってきました街正門。

 街に入ったのが丘を下りた先にあった通用口的なところからで、そこから歩いて一時間弱。……いやー、やっぱりリアルな敷地面積な街は歩くと洒落にならないな。乗り物的な移動手段が超ほしい。

 今日はひたすら歩いてばっかりなのだが、それでも疲れた気分にならないのは姫翠とトリアートのおかげか。会話はないけど姫翠はずっと楽しそうにしているし、トリアートも見ていると何か和む。


「おー……でっかいなー」


 見上げる門は高さにして建物5階分ぐらいか。丘の上からでも目立っていたけど、傍で見ると改めてその大きさに目を見張る。どちらかと言えば洋風のデザインで、大きさの割に威圧感を感じないのが不思議と言えば不思議だ。

 そんな門の脇に小さな小屋。そこで開閉の操作を行うのかなと入ってみようと思ったが、残念ながら鍵が掛かっていた。


「正式なルートはどっかで鍵を手に入れて、門を開けることだったのかな」


 私が通ってきた道はどう考えても裏道なので、この門から街に入るのが正規ルートだろう。アナウンスで廃都の事は流れていたし、近いうちに誰かがここを開けるに違いない。まあ種族やスキルによっては飛び越えることも出来そうだけど、実際にやるといらぬトラップでもありそうである。

 よし。鍵は探せばあるのだろうけど、面倒なので放置でGO。そりゃ探せば街中にもあるのだろうけど、ヒントもなしにこの広すぎる街でどう探せと。


「特にイベントと言うか面白そうなのもないし、そろそろホームにでも行こうか」


 何かあれば姫翠が反応しそうなのだが、今は飛び疲れたのか頭の上で休憩中だ。おー、と門を見上げてはいるが、それだけ。大穴で実は意思のある扉とか予想したけど違ったらしい。

 他は見るものもなさそうなので、その場を後にする。次に来るのはここが開いたら、か。


 門を背に、今後はメインストリートを歩いていく。

 街の正面から中心まで一直線に貫く目抜き通りは幅がかなり広く、馬車のような乗り物が通ることは勿論のこと、露店が開かれる事も十分に想定された大きさだ。もし他のプレイヤーがこの街に来るようになれば、ここも賑わっていくと思われる。

 ……しばらくは無いだろうけどねー。


 目の前の光景がアレなので忘れがちになるけど、ここは森のど真ん中だ。

 正規ルートがどれほど安全かは知らないが、おそらくまともな道ではあるまい。しかし一度道が確立されれば人は来ないこともないので、才能が無駄に溢れる廃人達がその内に発着場でも作るだろう。きっと人が本格的に増えるのはそれからだ。


「ま、それまではのんびり散策できるかな」


 ここは単にオオカミに連れてきてもらって偶然発見しただけであって、元々は目的がない旅である。そして今はあの崖上から見えたバベル的な塔だ。ここで少し歩き回って、飽きるなり何なりすれば出ていくのもアリだ。

 ま、せっかく貰ったホームが少し勿体ない気がしなくもないけど、生産職でもギルドメンバーでもない私では大した使い道はない。なんなら夢見さんかストゥーメリアさんに格安で貸してもいいかもしれない。


「今は……二人ともログインしてない、か」


 どちらかに相談の一つでもしたかったが、時間が時間だからか二人ともログアウトしている。リアルではまだ早朝なので、考えてみればそれはそうか。普通の人でも休日ならもうちょっと寝ているだろうし、そもそも起きて直ぐにログインしたりしないはずだ。

 もし二人が廃人だとしても、なんとなく廃人は日が昇り始めたら寝るイメージがあるのでむしろ今は寝ている……のか?


「とりあえず街のスクショでも送っておけばいいか」


 二人にはメールで廃都を発見したとだけ送っておく。これでどちらかがログインすれば、その内フレンド通信でもあるはずだ。

 ん? そういえば私のフレンド通信って、複数からかかってきた場合ってどうなるんだろ?



 雑貨屋か何かの店舗だったらしい建屋を覗きつつ歩いていた時、それ(・・)がやって来たのは唐突だった。

 先に気が付いたのはトリアートだ。はっとしたように顔を上げたので何事かと思ったが、その一瞬後には私と姫翠も理解した。


 遠く、通りの先に見える噴水よりも遠く。

 街の反対側、街を囲む岩壁辺りからだろうか? そこから人のいない街を駆け抜けていくのは、


「鐘の、音?」


 耳に届くそれは少し重さのある音だ。学校やテレビで聞くような鐘とは全く違う、透き通った響き方をしている。たぶん、いや間違いなく、この音の正体は水晶の鐘が鳴らす音なのだろう。

 姫翠が飛行して音源を確認しようとしているけど、どうも遠すぎるのか障害物があるのかその両方か、うまく見えないらしい。ちょっと右へ左へ移動したり目を細めたりしているのが可愛らしい。


 ……スカートの中は白のスパッツか。うん、そろそろ休憩した方がいい気がしてきた。


『……あれ?』

「? 何か見えた?」


 どうやら姫翠が何かに気が付いたようだ。が、しかし反応が微妙。どうも姫翠には見えているものが理解できないらしい。

 さて、何が見えたのやら、と前を向いたところで、


「……あれ?」


 なんだか変な光景が確かに見えた。目線の低いトリアートも気が付いたようで、首を傾げている。

 私達の視線の先にあるのは街の中心にある噴水だ。そこから大量の水が流れ続けている。それも、噴水そのものから溢れ出る勢いで、だ。噴水からこぼれ出た水は通りを薄く満たして緩やかに移動をしていく。


「あ。これ、動画サイトで見たことあるな」


 思い当たったのは、少し前に見た外国の街のこと。その街は山に沿うように造られていたため、坂道が多い場所だった。街中の移動は大変だが、しかしその地形を利用した方法で、ちょっとした街の清掃(・・)を行っていることで有名となっていたのだ。

 それが目の前の現象で、


「道理で地面に汚れが無い訳だ。もしかして川やら地底湖の水が引いていたのって、原因これか」


 時間になれば仕掛けが作動してあの川から水を引っ張ってきて、この街全体を綺麗にするのに使っているのだろう。なんと言うか、やっぱりロマンチストじゃないのか狂人氏。仕掛けが無駄に壮大すぎる。

 そうこうしている間にも水がこちらにまで流れてきたので、トリアートを抱え上げる。姫翠は既に降りてきていて、また私の頭の上だ。


 あっという間に街全体に水が行き渡り、見れば噴水も止まっている。後は水が引けば終わりなんだろうけど、


「地面が濡れたままだと歩きづらそうだし。鐘を見に行く前に、ちょっとホームで休憩しようか」


 ホームまでは後少し。トリアートを腕に、姫翠を頭に、私は水に浸かった通りを歩いて行った。



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