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#19 幻想の世界で共に歩む

 ――login.




 寝て起きてログインしてまた歩き始めて。


 進んでいるのか戻っているのか、はたまた潜っているのか登っているのか。景色も代わり映えしないので流石に飽きてきたのか、妖精は私の頭の上で、子犬は腕の中にてぐでっとしていた。


 網の目のように張り巡らされた洞窟は方向感覚を完全に殺してくれる。分岐が多すぎる上にそれらが何処に続いているか分からないので、左手法だったか右手法だったかは通じなさそうだ。


 しかし先行するボスは迷いなく進んでいくので、どうやら覚えているらしい。たまにワーム系のでっかいのが道を横切ることがあるけど、その時に少し迂回しているような道を選ぶぐらいだ。

 ゲームだからとかそんな理由ではなく、本当に"覚えて"いるのだろう。


 ……もしかすると、このゲームでは全てセリフや行動・結末が決まったイベントなんてものが実装されていないのかもしれない。

 あの最初の街で会ったNPCも何とも人間味があったし、兎様や妖精、このオオカミ達も実に"生きて"いる。あと食されそうだった鳥球も。


 気になったので考察系の掲示板も見てみたが、このMob達は一度ロストすると同じ個性を持ったMobは二度と現れないそうだ。同じ種族のMobがリポップはするものの、それは以前とは別の個体なんだそうだ。


「なんとなく、分かってきたかなー」


 狂人氏が何を考えてAlme(アルメ)Catolica(カトリカ)を作ったのか。

 正確なところは分からない。けど、少なくとも彼にはあまり、いや全くと言っていいほど”ゲームを作っていた”感覚は無かったのではないだろうか。そりゃこれだけ凝っていればデータセンターがまるっと建つだろうから、自重しなかったことだけは確実だろう。



 そんな事をつらつらと考えながら更に数時間。まだ私達は似たような空間を歩行(かち)で進んでいた。


 向かっているのはもしかして、崖の上から見えていたバベル的な塔だろうか? 恐らくこの道は正規の道ではない裏道のようなルートなんだろうなー。

 地図があっても迷いそうな地下に続く長大な通路。いくらマッピングが出来たところでも、この広さなら逆に足枷にすらなるだろう。しかも入口はMobの巣の中にあり、開閉は時限式。これが正規ルートだったら鬼畜とかレベルじゃない。

 

「狂人氏と開発の事だから、あり得そうなのが怖いけど」


 流石にゲームとして頭おかしいので大丈夫だと思うけど、そもそもこの洞窟も長すぎだろ――う?


「……んん?」


 気のせいかと思ったけど、妖精と子犬が同じように反応しているので違うらしい。

 

 ここで”はっ、これは――!?”とか言えたらカッコ良かったが、そんな新人類もしくは厨二的な能力は備えていない。ただ単にずっと地下にいた分、その微妙な変化にも気が付けただけだ。


「これは……花の匂い、かな?」


 進行方向からか、微かに甘い香りが漂ってきていた。ふんわりとした優しい芳香で、長時間の歩行で疲れていた心が癒されていく。

 道が曲がりくねっていて先は見えないけど、次の曲がり角までは少し距離がある。この分だと花が一本だけという事は無さそうだから、この先は花畑の類か?


「おや、あれは……」


 何があるかな、と曲がった先。

 そこにあったのは急勾配な坂道……と言うより崖? 高さは建物3階分ぐらいまであり、傾斜も30度以上ありそうなので崖だな。大半が水晶の崖も珍しいけど、足滑らせたら大惨事は免れなさそうだ。

 しかしそれでも崖を登った先には、


「出口、か」


 崖の上方にぽっかりと穴が開いていて、そこから光が差し込んでいた。更には花の香りもそこから流れ込んできている。

 結構骨が折れるかな? と思っているとボスは大小様々な水晶を足場に、ひょいひょーいと登って行ってしまった。ああ、ここでもラビットジャンプの出番か。汎用性が地味に高い。


 どうやらあの出口の先が目的地らしい。ようやくここまで来た達成感やこの先の期待や不安をいったん抑え込み、ボスに倣って比較的平らな足場を探して飛び乗っていく。

 一気に駆け上がり、外に出て――





「――――――は?」





 思わずその光景に目が点になった。


 多分、傍から見れば私はかなりマヌケな顔をしていただろう。このあまり感情が出ないアバターでもそれは外に出ていただろうな、と確信してしまうほどである。

 確かに足元には甘い香りを発する水晶の花が咲き乱れていて幻想的ではあった。だが、目の前に広がる"それ"は足元より衝撃的な光景だった。

 完全に予想外だった"それ"は、


「……街だ」


 そう。

 長い長い洞窟を通ってきた先。

 その先に広がっていたのは色々な意味で見たことがない街だった。


 まず目に入るのは"街の全景"。

 私が今立っているのは言うなれば街外れの丘のようなところで、街より高い位置にいる。広さは最初の街よりは少し小さいぐらいだが、それでも大きさとしては十分だろう。

 街の形は円で、中心部には巨大な噴水らしき物が見える。その近くには他より大きめの屋敷もあるが、城らしき建造物は見当たらなかった。


 次に見渡すのは"天蓋"。

 陽の光が差し込んでいるので外に出たのかと思ったら、なんと実はまだ地下だったのだ。街の周りをぐるりと絶壁が囲み、天井は半分以上が水晶によって覆われている。その水晶に覆われていない箇所から蒼穹が顔をのぞかせ、街を照らしていた。


 そして気が付くのは"街そのものの異質性"。

 それは、


「……この街。全部水晶で出来てる(・・・・・・・)


 光り輝く街。最初はこの街を覆う水晶が発している光かと思っていたのだけど、よくよく見ればそんなレベルの話ではない。家の一軒一軒は勿論、道路や橋などの公共物に至るまでが透明度の極低い水晶で形作られていた。

 大半は紫紺の色合いで、やはりそれ自体が発光しているので街全体が淡く輝いている。水晶の森もインパクトが大きかったけど、想像の斜め上と言う点ではこちらの方が遥かに衝撃がデカい。


「なんとまあ見事にファンタジーな……」


 あの地底湖の階段はコレのフラグだったらしい。

 ただ、どこか街として違和感があると言うか、なにかあるべきものが無いような……?


 思わず足を一歩前に踏み出した瞬間、軽快な効果音と共にウィンドウが開いた。いつもと違うその半透明の板は、


「ワールドアナウンス?」


 ワールドアナウンスとは運営もしくはシステムから全プレイヤーに発信されるメッセージの事だ。何か特殊なイベントだったり、単なるメンテナンスを知らせる類がコレに当たる。

 何事、とウィンドウの文字に目を通し――その内容に硬直した。



> 件名:新マップ解放

>

> プレイヤー"優しき旅人"により新マップ【廃都クリアカラネラ】が解放されました。

> 解放条件Aで達成されました。

> 条件Aの特典としてプレイヤー"優しき旅人"には【廃都クリアカラネラ】のマイホームが使用可能になります。

>

> 【廃都クリアカラネラ】の詳細情報は公式ホームページを参照ください。

> 今後ギルドに関連クエストが発生します。

> ポータル解禁条件は未達成です。



「……ああー、道理で人の姿が見えないと思っていたら廃都だったのかー」


 あまりにも突然の事につい逃避が入ってしまう。もふもふ。

 そんなことをしている間にもぽーんとアナウンスメッセージとは違う効果音が鳴り、また別のウィンドウが開かれた。書かれていることは単純で解放特典についてで、手に入ったものは二つ。


 マイホームの鍵と地図だ。

 鍵はこれまた見事に水晶で出来た、デザイン的にはクラシカルな代物である。キーアイテム扱いなので通常アイテムとは別枠に入るのがありがたい。

 あとは廃都の簡単な地図で、使用するとマップ機能に自動で反映された。マイホームの位置が点滅しているのでそれがメインだろう。


「とりあえずホームを目指してみようか」


 なんだか降って湧いた話ではあるが、貰ったのであれば見に行ってみよう。

 妖精も早く早くと急かすのだが、そこでさっきから動いていないボスに気が付いた。


 ボスが一吠えすると、腕の中の子犬がもぞもぞと動いて自発的に飛び降りる。子犬は名残惜しそうに何度もこちらを見上げていたが、ボスがひょいと自身の背中に乗せた。

 それでなんとなく、ここでお別れなんだと察することができた。妖精もさっきまでの興奮はどこへやら、少し悲しそうにしている。


「……そっか。寂しくなるね」


 向こうは群れのボスだし子犬も親がいるので当然と言えば当然なのだが、少し考えていなかったのも事実だ。川での出会いから始まり、巣に案内してもらったり子犬を預かったり、ここまで連れてきてもらったり。私からは釣った魚を上げただけだが、向こうからは随分と世話になったなあ。


 すごく名残惜しいと別れに躊躇していると、ボスの方からトコトコとやってきた。よく見ると口に何かを咥えていて、それをこちらに差し出してくる。

 勾玉のようにも見えるそれは、美しく透き通った牙だ。あれ、前にもこんなことあったよなーと思いつつ受け取ると、またシステムウィンドウが表示された。



 ――特殊アイテム『水晶狼のお守り』を取得しました。


 ――スキル『ウォルフステップ』がアンロックされました。


 ――install:New Function "****"......30%



「なんだか貰いすぎな気がするなぁ」


 返せるものがないが、とりあえず抱きしめて子犬共々もふもふしておく。あとスクショも連打で。取得したスキルの内容は気になるが、確認は後回しでもいいだろう。

 あまり長い事うだうだやっていても仕方がないので、心の中で区切りを付ける。


「それじゃあ、これで――ぬ?」


 別れを告げようとした所で足に違和感。

 無言で下を見れば、もう見慣れたラクガキ犬がガジガジと私の足に噛み付いていた。相変わらずダメージはないけど……というか、どうやってここまで来たんだ。


 いつもの流れなら適当なところに投げ捨てたり流したりするのだけど――


「……んー」


 目を合わせる為にしゃがみ込む。

 見た目は本当に不可思議な生き物?だ。正面から見ればラクガキという二次元的なのだが、しかし実際には平面的な存在ではなく縦横高さの体積がある。凹凸もあるようなのに平面に見えるという不思議。


 なんだか考えれば考えるほど頭が混乱しそうだけど、ただ"そのまま"を見るだけなら子供がスケッチブックに書いたような姿なので、わりかし愛嬌がある。まあ付き合いが長くなってきている、という点ではコヤツも同じだ。

 なので一案。思いつき、いや単なるその場の勢い。


「お前も一緒に来る?」


 噛んでいた動きを止め、首を傾げるラクガキ犬。頭から妖精がずり落ちてきたのを受け止め、また頭の上に戻す。

 しばらくラクガキ犬はフリーズしていたが、何を言われたのか理解したらしい瞬間、凄い勢いで尻尾を振り始めた。


 ……うん、どうやらOKみたいだな。


 頭を撫でてやると、モフモフやフサフサとは違う奇妙な感触が手に返ってきた。未知の感覚だが、これはこれでクセになりそうな感じである。

 すると本日三度目のシステムウィンドウが表示された。今度の内容は、


 ――友好Mobから名付けの要望が来ています。名前を付けてあげてください。


 まさかの名前をご希望。お行儀よく座って期待に満ちた目で私を見上げてくる。ラクガキらしく正しく絵に描いたようなキラキラ度合いだ。

 うん、なんだかイキナリが多くないか今日。


「しかし名前。名前、ねぇ?」


 うーん、と首と頭を捻って考える。正直ネーミングセンスに自身はないが、出来るだけ当人も気にいる名前にしてあげたい。ただ、まだ別れが済んでいないオオカミズも律儀に待ってくれているし、あまり悩み過ぎも禁物か。

 さて何にしようと考えていると、これまた突然頭をぽかっと叩かれた。


「あいたっ。うん? なして不機嫌?」


 叩いた犯人は当然その頭に乗っていた妖精だ。さっきまで廃都に興奮したりオオカミズとの別離に泣きそうになっていたのに、今度は一転して怒り顔である。


 そして当然のごとくぽーんと現れたシステムウィンドウ。


 ――友好Mobから名付けの要望が来ています。名前を付けやがってください。


「お前もかっ!」


 しかも何気にメッセージが丁寧そうで全く丁寧じゃない。相も変わらず開発遊びすぎである。

 どうも妖精はラクガキ犬だけに名前を付けるのが不公平だと憤慨しているようだ。なんとも子供じみた理由だが、重要っぽい名付けがそれでいいのか。


 ……いいんだろうなあ。


 妖精は基本ノリと勢いだ。あまり深く考えていないとも言えるが、前向きなのは確かなので羨ましい。


「となると二人(?)分の名前を考えないといけないのか……」


 どうでもいいけど妖精の数え方って何になるんだろう。あの鳥球は"羽"よりも"発"の方が似合っていたけど。

 それは兎も角。


 では改めて妖精とラクガキ犬の名前を考えてみんとす。


「どうせゲーム人口が人口だから、被る云々より似合ってるかどうかが重要かぁ」


 せっかくなのだし出来るだけユニークなものしてあげたいのだけど、よほど変なのにしない限り被らないのは逆に難しいだろう。ちなみにこのゲームは世界中でプレイヤーがいる為か名前の重複は基本的に認められていた。実際にそれでパーティ、ギルドを組んでいる人たちもいるぐらいだ。

 かくいう私の名前も数名いるらしいけど、称号と合わせれば――初心者の時は別にして――普通はユニークになる筈なので気にせず付けた。


 もう一度妖精とラクガキ犬を観察する。


 妖精は透き通った緑の羽根を持つツインテールな手のひらサイズの少女、いや美少女だ。人間で言うなら小学生ぐらいか。好奇心旺盛な顔立ちに八重歯が似合う。

 ……なんだろう。よくよく見れば私より胸がないかコヤツ。


 ちょっと自身を見下ろす。で、再び妖精を観察。


「ごふっ……!(吐血)」


 ふ、ふふ、まさか精神ダメージがマジで反映されてHP削れるとは思わなかったぜ……! 相変わらず変なところに力入れすぎだろチクショウ。

 なんだか皆が引いているけど気にしない。ショックでインスピレーションも湧いたから問題はないのだ。


 ……気を取り直して。

 今度はラクガキ犬だ。

 さっきも見たり触ったりしていたので観察よりは確認だ。二次元なような三次元なような絵の形。絵の種類の一つに、そんなものがあったのを思い出す。


「確かに騙し絵――”トリックアート”って言ったっけ」


 うん、大体形になってきた。

 他、掲示板でもテイムしたMobの名付け関連の板があるので参照しつつ練っていく。



「よし」


 考え始めてから数分、幾つか考えた候補の中でも一番合いそうなのが決まった。後は本人達が気にいるか、だ。

 妖精とラクガキ犬に対して目線を合わせる様にしゃがみ込む。


 考えた名前は、


「妖精が"姫翠(ひすい)"、ラクガキ犬が"トリアート"。……どう?」


 結局はそれほど突飛なものではないが、堅っ苦しくもなく可愛らしすぎでもないのでどうだろうか。さて判定は如何に?


「「――――」」


 それは突然前触れなく。

 妖精とラクガキ犬の周囲に燐光のエフェクトが現れたかと思うと、軽快なSEに合わせてウィンドウが躍り出た。



 ――"姫翠"が親交Mobとして登録されました。


 ――"トリアート"が親交Mobとして登録されました。



 妖精――姫翠――は肩に抱き付くように、ラクガキ犬――トリアート――は尻尾が残像を残す勢いで振って足にじゃれついてくる。

 良かった。どうやら気に入ってくれたらしい。


「私はハルカカナタ。よろしくね」


 妖精とラクガキ犬を見て私からも名前を告げる。

 トリアートからは頷きと尻尾旋風で、そして姫翠からは、


『よろしく!』


 なんて俗にいう念話で返ってきてびっくりした。

 話せたのか、と思ったけど特に会話らしい会話は行われない。多分片言のように単語、それも限定的な言葉しか話すことが出来ないのだろう。


 そんな訳で予想外の出来事もあったけど、今度こそオオカミズに別れを告げる。頷き一つで、ボスは子犬を乗せて来た道を戻って行った。

 身を翻して去って行く姿を見送り、見えなくなったところで歩き出す。


 行く先には人のいなくなった摩訶不思議な都市。ホラーか何かか、とも思ったけどそんな暗い雰囲気はないので謎解き系だろうか?


 頭の上には妖精の姫翠、足元にはラクガキ犬のトリアート。そして私は地雷なのかそうじゃないのか未だによく分からないレア種族の機人。

 全くもって奇妙な組み合わせだが、これなら飽きとは程遠そうだ。


 さて何があることやらと、私たちは街に入って行った。


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