#15 頭の上の御酉様
……どうしよう、これは困った。
頭の上にはニワトリ模様の球体な鳥。"ふわふわ"と言うより"もこもこ"で、これも毛玉と言えば毛玉か。
足元にはその鳥を不思議そうに眺める子犬。まだ子供で基本は親にべったりだからか、あまりじっくりと他のMobを見ることがなかったのだろう。後ろから見たり前から見たりと私の周りをくるくる回っている。
そして最後に、
「………ぷくー」
子犬の上で凄く分かりやすくふて腐れている妖精だった。羽根は攻撃的な音を発しながら細かに動き、半目で頬を膨らませて怒ってますと全身でアピールしている。まるで子供が拗ねているような雰囲気で、その様子も可愛らしいのだけど……言うと余計に機嫌が悪くなりそうなので止めておく。
出会ってからずっと楽しそうにしていた妖精の機嫌が急直下しているのは、考えるまでもなく私の上で座っている鳥球が原因なんだがどーしたもんか。
妖精おかんむりの元。
それは間違いなく私の頭の上と言う”お気に入りの場所”をとられたからだ。
「とりあえず退いてくれないかなー……」
突然妖精を押し潰して乗ってきた鳥球が私の上から離れる様子はない。軽く叩いてみたりはしたものの、本当に毬の様な弾力ある感触が返って来るだけで平然としている。
おまけに実力行使で持ち上げようと引っ張ったら、その引いた方向にむにょーんと謎擬音で伸びたのだ。骨格とかどうなってんだとか以前に完全にギャグな生き物だろコイツ。
いくらやっても離れないので仕方なく放置しているだが、その分妖精の機嫌がだだ下がってしまっているのが現状である。
いや、そう睨まれましてもコヤツが勝手に乗ってきてるだけで私は何も――あ、先に手を伸ばしたのは私でしたね。原因私じゃねえですかヤベェー。
「さてどうしたものか」
……後で気が付いたことなのだけど。
ぶっちゃけMobなのだから倒してしまえば早い話なのだが、この時点で既に私はノンアクティブモンスターを倒すという思考を落っことしてしまっていたらしい。それ以前にまだ武器持ってないとかありますけどもねー。
兎に角、私はどうにかして頭上の鳥球を退かす方法を考えることにした。最悪はオオカミの群れでも見せれば逃げてきそうだけど、出来れば早めに解決しておきたいところだ。
何しろオオカミ達が帰って来るのは昨日の事――リアル換算なら午前中の事だけど――を考えるなら恐らく夕方かそれより後だと思われ、それまでに妖精が我慢できるかと言われれば……雰囲気からすると、ちと微妙。リアルでも誰かが不機嫌になっているのは苦手ということもあるけど、AIと言えどこのまま喧嘩別れはしたくない。
なので一考してみんとす。
まず単純に頭を傾けてみた。
案外バランス崩して飛び立ってくれたりしないかと思ったのだが。うん、まさかピッタリとくっついているとは思わなかったよ。お辞儀をしたような状態でもピッタリくっついたまま動じないとは……。
次に水をかけてみた。
少々意地悪いが仕方ないと思ったのだけど、この鳥球どうも水を弾く性質らしく下の私が濡れただけだった。そしてスッキリしたような鳥球の顔。こんちくしょう。
初心に返って餌で釣ってみた。
リンゴもどきを一個取り出し、目の前で振ってみる。鳥球の目の前で近づけたり離したりとか。うーむ、これも無反応……あれ? いつの間にかリンゴがない。
水晶で映っている鳥球を見れば、どこかちょっと大きくなっているような。具体的にはリンゴ一個分ぐらい。そして腹一杯と言わんばかりの鳥球。ちょっとイラッとした。
他にも色々試行錯誤をしているが、その様子が遊んでいるように見えるのか、子犬が羨ましそうに、妖精が妬ましそうに見てくる。ちょ、遊んでない、遊んでないって。
いくらやっても頭に乗っているだけの筈なのに離れないし離せない。
「あーもう。何この呪われた装備――い?」
……待った。
………いやいやいや。
…………そんな、そんなまさか。いくらなんでもそれは。
あり得ない、とは思うもののメニューを開いて装備欄をチェック。
そこにあった表記は、
▼装備/頭
・バレットチキン[特殊]
効果:対空迎撃
「正気か開発……!」
Mobが頭乗ってきたら実は装備してました。――ってなんじゃそりゃ!?
一体どんな発想したらこうなるんだ。いやほんとに。
「一応外せる……ね。ちゃんと外せるね」
別に呪われてはなく、普通に装備解除をすれば外せるというか離れるらしい。気が付いたら横に来ていた妖精が早くしろと急かすので、では早速と解除ボタンをポチッとな。
「……あれ?」
外した、と思ったのだけどまだ離れない。鳥球を引っ張ってもにょーんと伸びるだけだ。妖精も首を傾げている。
うまく押せてなかったかな、とウィンドウの解除ボタンをもう一度ポチッと。
▼装備/頭
未装備
ああ、今度こそちゃんと外れ
▼装備/頭
・バレットチキン[特殊]
効果:対空迎撃
「…………オイ待てコラ」
確かに装備となっていた鳥球は外れた。一瞬だけ。
直ぐまた再装備されるという鬼仕様。呪いよりもタチが悪く、まさかの事態に妖精もマジか! と愕然としている。
見れば水晶に映る鳥球はこれまた見事なドヤ顔である。ちょっとどころではなくイラッとした。
……それから暫く。
私と妖精は装備解除をした瞬間に鳥球を捕まえるという謎ゲーに挑む羽目になった。なにせ離れたと思った次の瞬間には無駄に洗練された動きでまた私の頭の上に納まるのだ。解除して、失敗して、解除して、成功したと思ったらやっぱり失敗で、と続く。
最後にはキレた妖精が放った角度、勢い、タイミングの全てが合致した回し蹴りで鳥球を吹っ飛ばし、戻って来ようとしたそれを私が両手でがっちりと捕縛することで完遂した。
「つ、疲れた……」
できればorzとやりたいが、それをすると鳥球から手を放すことになるので晶樹に背を預けてへばっている。妖精も精根尽きたのか、ようやく取り戻したポジションでぐったりしていた。元気なのは鳥球を間近で観察している子犬ぐらいか。
反省しなさい、と妖精が頭を叩いてくるのでリンゴもどきを献上しておく。無言受け取ったが、しっかり食べ始める辺り機嫌は直ってきてそうだ。
少し眼前で光を反射している湖面を眺めながらまったりする。
ある程度落ち着いてきたところで現状確認。結局、問題はただ一つ。
「コレどうするかなー……」
コレとは当然手に持った鳥球のことで、出来れば手放したいけど出来ないという面倒加減。下手に放すと戻って来るのは明らかなので仕方がない。
妖精が何かを捌いて串を通すようなジェスチャーをするが無視する。というか君は森暮らしの筈なんだがどこで知った。
どこかに埋めてやろうかと物騒なことを考えていた時。
ふと、誰かに呼ばれたような気がした。
「……? 気のせい、かな」
こんな森の奥深くでとは思ったけど、しかしこの世界はゲームだ。ここは人気と人気が皆無だが私でも運よく来れるぐらいだし、探索を始めとするサバイバルスキルを取得した人なら十分あり得ないことではない。
立ち上がって耳を澄ませてみる。
「――ぉーぃ」
やっぱり聞こえる。人の声だ。
どうも男性の声の様だが辺りにそれらしき姿は見当たらない。少し緊張しつつも、それでもこんな場所で人に会うという好奇心が勝った。おそらくこっち、という方向に歩いていく。向かう先は湖に流れ込んでいる川の河口だ。
もしかして川を挟んだ反対側だろうかと目を凝らすと、
「あれか」
いた。
遠く、何やら人影が手を振って歩いているのが見えた。それも二人。
まだ結構な距離があるのに私に気が付いたということは、高レベルの遠視系か探知系のスキルを持っていそうだ。よくよく見ればフィクションとかであるような"冒険家"ってイメージまんまの姿だしねえ。遺跡で転がる岩石に追いかけられたり、何故かあるトロッコで駆け抜けたりとか、そんなことやってそうな勢いの。
妖精も子犬も私以外に人に会うのは初めてなのか、どちらも興味津々だ。ただし妖精は前のめりに、子犬は少し私の影に隠れながらという何とも性格が出ている反応をしていたけど。
まだ距離はあるけど、それでも相手の詳細が見えてくる。
一人は先程から声を上げている男性。特に種族の特徴が見当たらない普通の人族のようだが、リアルでもそうなのか中々の長身と整った顔立ちをしていた。にこやかな顔で私に向かって手を振っていて、どこか楽しそうな雰囲気は伝わって来る。
そしてもう一人は女性だ。こちらも同じような冒険家の恰好をしているが種族はネコ科の獣人のようで、特徴的な猫耳がピコピコ動いていた。ただし相方と違ってかなり疲れ切った表情をしているけど、何なんだろうなあの二人。
特に敵意やら悪意やらは無さそうなので、少し警戒していた気持ちを落ち着けて歩いていく。
結構近づいてきたが、男はまだ元気よく声を上げていた。
「おーい、そこの――」
私も何か言葉を返そうとして、
「そこの何かエロいロボっ子ー」
反射的に持っていた鳥球を投げつけた。