プロローグ #2
「届いた……」
――キャッチコピーは"狂人の遺産"
それは一人の男が生涯を、文字通り己の命を賭して創り上げた『一本のゲーム』。
今やこの国どころか世界中に名を轟かせる最新の伝説。
そのゲーム……のハードが、今、私の目の前にあった。
発表当初は、随分と荒れたと聞いている。
それはそうだろう。何しろ基礎を作り上げたのはたった一人で、それも完成と同時に亡くなったのだ。
各種広告で良く見聞きするものの、由来を聞いて訝しむ人もいるし、それ何て過労死? と嘲笑う人もいる。
そも、制作過程で人が死んだ物なぞ、発売すらされずに消えてもおかしくないはずであった。
しかし現実には、事前情報だけで様々な情報誌やニュースサイト、掲示板にて多いに賑わった。芸術品は作った本人が死んだ後も評価されるように、遺作として。
メーカー側は開発環境を貸していただけであり、そも社員ですらなかったというのも発売停止にならなかった理由らしいが、あまりの出来の良さに世に出ないのは惜しまれたので司法取引があった、なんて噂もあるぐらいだ。
そしてベータテストで更に話題を集め、そのテスターから公募されたのが先のキャッチコピーである。
このキャッチコピーについては確かに当時、故人に対して”狂人”はどうかという声もあった。だが実際に作られた物を知ると、むしろ褒め言葉と納得せざるを得なかったらしい。
何しろゲーム基幹部分のデータ容量が最新のサーバーを使っても足らず、どころかゲーム一つで専用のデータセンターを建ててしまったという、その時点でぶっ飛んだシロモノだ。
"彼"がそれを成せるだけの資産を持っていたことも噂を誇張させる原因なのだが……今その話はいいだろう。
そして当然、”中身”はもっとイかれていたと、テスターたちは口を揃える。
何故、何のためにそこまでして創り上げたのか、もはや誰もわからない。
――完全没入型VRMMO「AlmeCatolica」
システムとしてはレベル制ではなくスキル制。スキルに見合った行動を取ることでスキルレベルが上がり、各種成功率の向上やステータスがアップするというよくあるタイプだ。
他と若干違うとすれば、スキルのセットや選択が"そもそも存在しない"ことだろうか。
公式によれば、最初から適性のあるスキルが全てレベル0でセットされているような状態であるそうだ。
前衛ならカテゴリ別の装備をして戦闘、後衛なら魔術書を買って呪文の詠唱。生産なら道具を揃えて調合や鍛治を実行。ある程度習熟すれば、ステータス欄に自動で記載される。
曰く、培った才能が職業によって制限されるのはどうか? という考えが根底にあるようで、やろうと思えば戦闘も生産もできる超万能キャラも夢ではないとのこと。……その分、時間が恐ろしく掛かるのは間違いないのだけど。
じゃあレアスキルとかチート、はたまた逆に地雷等はないのではと言われるが、あるにはある。
取得したスキル次第では、その組み合わせで新たなスキルが発生し、そのまま取得することができるのだ。スキルそものの数が多く、中には10以上のスキルの組み合わせで解禁されたのもあるのだとか。大半は有用な効果を発揮するタイプなのだが……まあ、一部はお察しである。
そして前述のとおり取得できるスキルはその行動を行うことでレベルが上がるというが、これが凄まじく曲者だ。
例を挙げると、このゲームの特徴の一つである"種族が非常に多い"ことで生まれた、検証班泣かせの仕様だろうか。種族の多様さに関しては開発頑張ったねとは言われるが、ぶっちゃけ基幹部分は狂人氏が一人で作り上げてしまったため、その辺りしか手を出せなかったということもあるらしい。
まあ開発事情は兎も角、各種族はそれぞれ固有のスキルを取得することができる。そのスキルは特殊な効果を及ぼすものが多いのだけど……そのための"行動"が解らない、覚えられるスキルの種類が全く不明、と。
ただでさえ各種族共通スキルも膨大で、成長や派生、そこからの組み合わせにより新たなスキルが発生するが、そこに種族スキルが加わり更にその先が延々と続いているときた。
廃ゲーマー達が日夜研究を行っているが、しかし半分も判明していないだろうというのが実情だ。
種族によっては掲示板などに全く情報がないこともあり得るほどだとか。
そして、このゲームの最大の特徴として紹介されているシステムがある。
それが「称号」だ。
ある特定の武器や生産に特化していたり、特殊なプレイスタイルをしていると、保有スキルによって「称号」を得ることができるのだそうだ。
ベータテスターのブログによれば、剣を装備して戦い続けていれば「剣:Level1」のスキルが付き、「剣士」の称号が付く。魔法であれば、使用属性のスキルと「魔法使い」の称号だ。
よくある”職業”が無い代わりだと考えればいいらしい。
これだけでは何番煎じのシステムかと思われかねないが、その実かなり開発による嫌がらせも入っている。
この称号、それなりにプレイ時間が経つと、全ての行動が反映された名前に変わってくるのだ。
例えば始めは同じ「剣士」の称号でも、敵と正々堂々と戦えば「騎士」になり、不意打ちやトラップを好んで使えば「アサシン」となる。
見た目は同じスキル構成であっても、どうやら隠しパラメータのような表示されないスキルが山程あるらしく、それすら反映されてくるらしい。
更に長くゲームを続けると、中には「孤高の碧騎士」――ソロプレイヤーで、碧色の鎧を着ていた――とか、「ジャスティスハンマー」――プレイヤーキラーやマナーの悪い奴を相手にしていた――など、厨二臭い称号になってくるそうだ。
……まあ逆パターンとして「へたれ」やら「猫被り」、「B級ナンパ師」等、スタッフの悪意を感じる称号も見受けられたのだが。
無論その称号ごとにステータスが増減するので、時間が経てば経つほどユニークなキャラに育っていく。
スキルに称号と、とにかくプレイスタイルとプレイ時間がモロに反映されるシステムのため、若干一部からは避けられつつも、しかし老若男女問わず評判のゲームだった。
――とまあ長々とシステムについてまとめwikiを参照していたが、今はこれぐらいにしておこう。
当然、このゲームが騒がれたのはシステム面ではないのだから。
発売から既に数ヶ月、ゲームソフトはダウンロード販売があるために予約なくとも手に入るが、ゲームハード自体はそうもいかなかった。
VRMMO自体は数年前から世間一般に浸透し、ネットゲームはそれが主流になってきていたが、このAlmeCatolicaは最新式の専用ハードが推奨されていたのだ。
ハードは全世界に出荷される為、生産ラインは24時間休みなしで動かし続け、結局発売より数ヶ月経った今でもフル稼動である。
そして、ようやく私の手元にそれが届いたのだ。
が。
「……しかし以外とデカイね、コレ」
昨今のVRソフトの専用ハードは基本どれも大型かつ高価である。しかしそのサイズと価格を大幅にコンパクトにしつつ、それでもハイスペックな性能を持っている――と、聞いていたのだが、それでも予想よりは大きかった。
いや確かに最初期のベット型、カプセル型よりは遥かに小さいのだが、ヘルメット……と言うよりは仮面のようなフォルムのそれは、両の手で持ってもズシリとくる。
デザインはといえば、従来型より小さくした影響か、あまり洗練されたフォルムとは言い難い。これが唯一の残念だ、といわれているが、どうせ基本誰に見せるのでもないので私は気にならなかった。
「まあ……とにかくやろうか」
身体データや基礎コンディション、脳波パターンの登録は近くの病院で済ませてある。貰ったデータカードを本体スロットに差し込み、本体を頭に被せれば準備は完了――いやいや、床に座ったままでやる気か私は。
空調を確認し、ベットに寝れば今度こそ準備は完了。何気に楽しみにしてたので、食事手洗い戸締り学校への休暇届は完璧だ。
ダウンロードしていたソフトを別スロットのデータカードから読み込み、起動させた。
ふ、と催眠誘導だったか何だったかで意識が一瞬で落ちていく。
ゲームが始まるその刹那、思考が走る。
――これが、何かのきっかけになるだろうか。
私は家でも学校でも一人だ。
両親は優秀な姉や弟に期待を寄せ、私には見向きもしない。
クラスでも友人と呼べる相手はおらず、常に一人。
ただ無気力に、趣味もなく漫然と過ごしていた中で見つけたこのゲーム。
「……何か、見つけられるといいな」
――login.