#13 小さな彼女に連れられて
「――っと、まぶし」
うぉっ、と言いたかったが自重する。
洞窟を出た瞬間に差し込んできた陽光に目を細めるが、眼球のあたりで機械的な音が鳴ったかと思うと一瞬後にはその眩しさに慣れていた。
「毎度変な機能が付いてるなぁ、この種族は」
今の調子だと視覚的な状態異常は無効化できそうな気がする。その内に鑑定機能とかまで付いて……はこないか。そこまでは甘くなさそうだしなぁ。
そういえば森に入ってからステータスを確認してなかったので、後で時間があれば詳細に見てみよう。
「晶樹の森、だっけか」
洞窟に入る前にも生えていた水晶の樹だが、ここではもはやそれしか生えていない。樹、花、下草、蔦、落葉、その全てが透き通っていて、中には色が付いているものもあるので一面が虹色に光り輝いているようにも見える。草花は踏んだら割れそうではあるけど、踏んだ感触は普通の下草と同じだ。
なんともメルヘンな光景で、夢見さんにはさぞかし似合いそう。……実は関係してるとか?
珍しい光景に目を奪われている間にもオオカミ達は先に進もうとして――違うな、あれは走り出そうとしているのか。なら今日もと思ったが、ふと気づく。昨日はオオカミ達が歩いていたから付いていけたんだよなあ。なら多分持久的な問題で付いて行くのは無理だろう。
ならこの辺りを散策しようかと考えていると、内の一匹が何かを咥えながらこちらに近づいてきた。私の眼前にまで来ると、ぶら下げていたものを差しだしてくる。
見ればそれはログインした時に腹に乗っていた子犬もとい子オオカミ――いやもう言いにくいから子犬でいいや――だった。まだ寝足りないのかそれともお腹が減っているのか、どことなく元気がない。まあ鼻先をつついていた妖精をペロリと舐めて驚かすぐらいは出来るようだけど。
とりあえず受け取って腕に抱えると、オオカミは特に何も言うことなく走り始める。それに合わせて他のオオカミも追走して行き、あっという間に見えなくなってしまった。
残されたのは私と、腕の中の子犬と、フラフラ飛んでいる妖精と、私の足を齧るラクガキ犬のみだ。
と、何故か戻ってきたオオカミが一匹。
私の傍で急停止すると、ラクガキ犬を噛んでまた走り去った。
さて、なんだか子犬が腹減ってるみたいだし何か食料でも探そう。
「……と言っても、ここらへんに食えるものあるのか」
見渡す限り硬そうな代物ばっかりだ。木の実があったとしても食べられるかが分からないけど探してみれば何かあるだろう。
方針と気分は適当で。子犬をもふりつつ、適当な方向へ歩いていく。
とは言え、一度振り向いて洞窟の場所を再確認する。自慢ではないがここまでくると自分が方向音痴でないと言い切れないのが悲しい所。
「また迷子になるのも嫌なんだけどな……マッピングとかないのか」
マップは対応する地図を買わないと使えないとはあったけど、せめて自分が歩いた場所ぐらい自動マッピングされないものか。
そう思ってメニューを開いたのだが、
「あれ、システムメッセージ……? 何時の間に――ってこれは」
メニューを開いた画面、アナウンスなどが記載されるメッセージ欄に文字が書かれていた。時間は前回のログアウト前で内容は、
「プレイヤーの未知領域の踏破率が一定割合を超えたのでスキルを習得……スキル『探索』がアンロック?」
もう慣れた動作で掲示板を開いて検索。ポピュラーな内容なのだろう、情報はすぐに出てきた。
もはやテンプレとなったのかコピーアンドペーストで貼り付けられた情報は簡潔だ。
「なるほどー。あの最初の街で道に迷う事も一応は意味があったのか」
どうやらこの探索スキルは、初心者脱却の第一関門の一つとして数えられているスキルのようだ。
取得条件はメッセージにもあったように、プレイヤー自身にとって未知のエリアをいくらか歩き回る事。馬車とか誰かに運んでもらうことはノーカウントで、自分の足で歩くことが重要らしい。地図もダメな辺りが結構このゲームらしいと思わなくもない。
「街中や街道よりダンジョンなどを歩く方が習得は早く、習得後のレベル上昇も同じか」
そしてそのスキル内容はまさしく『自動マッピング機能』。
メニュー項目に『マップ』が追加されているのを確認してタップする。そして表示されたのは、
「……うわぁ、超簡易マップ」
これをマップと呼んでいいものか。モノクロで単に現在位置と目印となるもの――この場合は洞窟入口――が書かれているだけだ。どうやらあの川を渡った時にスキルを習得したようで、そこからマッピングが始まっている。
うん、ゲームが始まってから歩いた場所が書かれているのではなく、スキルを習得した時点からなのが相変わらずの鬼畜加減だな。
ともあれ、これでこれ以上迷子になる心配はなくなった。
掲示板によればスキルレベルが上がればどんどん詳細になっていくらしいので、こんな場所を歩き回っていれば勝手に上がっていくだろう。
「と、今はそれどころじゃなかったか。早く食べられるものを探そう」
腕の中から聞こえてきた腹の音に、そもそも何をしようとしていたのかを思い出す。放置気味だった子犬は耳も尻尾も力なく垂れ下がっているので可愛い――じゃなくて可哀想だ。
「じゃあ探索を再開しよう……ってどうしたどうした」
前に一歩踏み出そうとしたところ、妖精に髪を引っ張られる。どうやらどこかに案内しようとしてくれているようだ。
そういえばこの妖精は元より兎様の森に住んでいたのだ。普段から気が付いたら木の実とか食べてるので、たぶん食料とかの在処が感知できるのではなかろうかと推測する。なんか涎垂らしているしねぇ。
「――! ――!」
「それじゃそっち行こうか。だから髪引っ張らんでー」
結局目的の場所に着くまで、私は髪を引っ張られ続けたのだった。……地味に痛い。
てなわけで到着したのはまたもや湖だった。今度は地上にあるけど。
まあ湖と言ってもさして大きくはなく、歩いてもさほど労せず一周できるだろうぐらいのサイズだ。まあどうせここの湖も変な魚がいるみたいだけどねぇ。掲示板やwiki曰く、あの森の川を渡ろうとしたらピラニアみたいなのに襲われて死んだ、湖ならネス湖にいそうなUMAに食われた、それなら空だと飛んだら謎の鳥が直撃して撃墜されたエトセトラ。
……魔境すぎる。なんか湖に変に大きい影が映った気がするけど見てない見えない気にしない!
まあ渡ってしまった私は気にすることはないが、どうやらここで詰んでしまう人が大半なのだとか。なんとか無理やり渡った人もいるにはいるそうだが、今度は帰れなくなって水晶狼にやられて死んだそうだ。
私の場合は餌付けで仲良くはなったけど、やはり攻撃したり逃げ出したりしなかったことが良かったのだろう。イヌ科の動物って逃げたりすると余計に追っ手来るイメージあるし。
「そんなことより今は食べ物か。この辺?」
「~♪」
ふよふよと先行する妖精の後を辿っていけば、そこには他とは少し違う色合いの晶樹があった。湖のほとりに立っていたその木は、幹の太さがそこらに生えているのよりも一回り二回り大きい。背の高さも同様だ。
青々と生い茂る葉の間に見えるのは、
「リンゴ……?」
色も透明ではあるが赤っぽい上に形はまるっきりリンゴだ。妖精がそれをもぎ取って落としてくれるのでキャッチする。抱えていた子犬はいったん降ろし、二個三個とどんどん受け取っていく。それが一段落すると妖精は枝に座って食べ始めたので、こちらも木の根に腰掛ける。
触った感触も、妖精が食べる音もリンゴのまま。なら、と傍の湖に一度突っ込んでから頬張ってみる。
「……甘い」
シャリ、と程よい固さのそれは、蜜が沢山含まれた果実特有の甘さがある。一口、二口と食べてみるが、特に状態異常にかかったりHP、MPが減る様子はない。
これなら子犬が食べても大丈夫そうだ。できればカットして渡したかったけど切り分ける為のナイフもない。まあ牙は子供でも丈夫そうなのでいけるだろう。
「ほら、食べていいぞー」
地面でぐったりしていた子犬に差し出すと、やはりしゃきーんと耳と尻尾を立てて起き上った。待ってましたと言わんばかりにかぶりつき、しゃくしゃくと勢いよく食べていく。
一分も経たずに完食したのでもう一個。次は少しペース緩めで食べていき、三個目でお腹いっぱいになったのか私の膝の上で寝っ転がった。お腹を撫でてやればくすぐったそうに身をよじるので、それをスクショに納める。
妖精は……なんか五個目を食ってるな。リンゴもどきは妖精より体積が多いように見えるんだがなー。気にしたら負けか。
とりあえず私も食べかけだったリンゴを齧る。
さらさらと揺れる木々と暖かな陽光が気持ちいい。
「~♪」
機嫌の良い妖精の歌声が辺りに流れていく。
透明で幻想的な森と普通の森を湖が分け隔てているのを眺めながら、私はメニューを開く。
「なんだか意図せず落ち着いたし、ここでステータスやら何やらを再確認しよう」
そう簡単にステータスが上がるものではないだろうが、兎様にスキルを貰ったり細工や探索といったスキルも習得したのだ。それにすっかり忘れていたけど、そろそろ称号も変化していてもおかしくないと思う。
それに兎様に会う直前に死に戻ったプレイヤーのアイテムを幾つも拾っていた。ラピッドダッシュで減った分のHPをポーションで回復したぐらいで後はどんなものかは詳細に見ていなかったから、ここでもう一度見るのもいいだろう。男物で合わないから後で返すかもしれないけど、どんなものなのかを見ても勉強にはなりそうだ。
「まずは称号とステータスかな」
そうして私は片手で子犬を撫でながら、のんびりとしながらステータスの項目を開いた。
……おいそこの湖から頭だけ出したUMA、こっち見んな。