#12 見よ、楽園はここにある
もふ。
もふもふ。
「……なんだかデジャヴが」
ログインした瞬間、何かふんわりしたものに手が触れた。滑らかな肌触りの中に優しい柔らかな弾力が――って言うか何だ腹の上に乗ってるもふもふは。
胸のあたりに重みを感じて持ち上げてみると、オオカミと言うよりは子犬な丸っこい生き物がいた。つい首根っこを掴んだが、無抵抗のままぶら下がっている。
眠たげに揺れる子犬をさくっと観察。スクショ? もう数十枚は撮ったのでひと段落。
大人とは違いまだ水晶な箇所が少なく毛もやわやわだ。なるほど、これから成長するに従って固く鋭くなっていくのだろう。……まあ、その大人なオオカミも巣では随分と可愛らしいことになっておるなあ。
上半身を起こせば周囲の様子がよく分かる。
場所はログアウト前と変わっていないが、状況は少し変化があった。状況、つか数?
「何時の間にこんなに増えた……」
ログアウト前に何故か私の傍に寄ってきていたので密集しているのは予想していたが、現実はそんなレベルではなかった。別の群れもここを拠点にしているのか何なのか、どう見ても3倍ぐらいには増えている。羊とかペンギンの群れを連想するぐらいの密度だ。
ちょうど起床時間だったのか、もそもそと一匹が目を覚ますと連鎖的に周りも起きていく。だが寝起きに弱いのか、体を起こしても顔が凄くへんにゃりしているのが大半だ。あ、そのまま横に倒れた。二度寝か……。
なんとか起き上った個体は覚束ない足取りで地底湖まで向かい、ゆっくりと水を飲んでいる。飲めるのなら私も飲んでみたいけど、周りがまだ寝てるから無理かなー。足の踏み場がない。
あ、寝落ちした一匹がそのまま湖に突っ込んだ。慌てて上がってきたけど誰も気にしちゃいねえ。
「これがネットで恐れられている強Mobねえ……」
出会ったら死に戻り確定。
種族特性なのか魔法攻撃は全属性軽減され、攻撃は俊敏な動きで避けられる。当てることができたとしてもそこが水晶部分なら逆に武器の耐久値が激減するという鬼装甲。その水晶で出来た牙で噛み付かれれば弱い防具なら一撃で損壊し、後衛なら下手すれば一撃で沈む。しかも一匹ならまだしも必ず群れで現れる為、逃げても追い込まれてガブリとされるとか。トドメに遭遇率は激高。
森の番犬、即死イベント、川の先はイベント未実装だから行かせない為の壁。
そんな風に言われている"水晶狼"だけど、こうして見ているとただのワンコだ。……やっぱり餌付けがよかったのだろうか?
ぶら下げられたまま寝こけている子犬をみて苦笑しつつ起こさぬように横に降ろす。真横にいたボスの上にでもと思ったが、そこは妖精が寝ていたので止めておいた。
「そうだ、掲示板……」
ふと掲示板の一角でスクショを張り付けて宣伝しあっている板を思い出した。
そこではテイムしたペットや街・ダンジョンの風景を撮ったものを上げている和気藹々とした所だ。中にはプロの写真家のプレイヤーもいるらしく、はっとさせられるような風景写真が上がっていたりするので人気である。たまに卑猥なものを上げようとしてBANされるのが出るのはご愛嬌。
「……ちょっと上げてみようか」
掲示板を開いてささっと目的の板を探す。一分もかけず、すぐに目的の板は見つかった。リアルタイムで更新されていて、どうやら今日も盛況のようだ。
「んー、まずは兎様のとこのかな」
気が付けば百枚を超えていたスクショの中から数枚をピックアップする。そんなに大量に上げるつもりは無いけど、今のこの光景を上げてもいいかもしれない。
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485:休憩中の写真家さん
逃げてー! 477超逃げてー!
486:露店販売中の写真家さん
撮った瞬間に目が合ってたもんな。エリアボスと。
さて逃げ切ったかな?
487:逃亡失敗の写真家さん
>『さらば青春.bmp』
488:散歩中の写真家さん
エリアボスのドアップw
しかも大口開けてやがるwww
489:食事中の写真家さん
逃げ切れんかったか……
つーか相変わらず自動ハンネがひでえな
490:移動中の写真家さん
『逃亡失敗』て
食われる寸前まで実況し続けた根性は認めてやる
491:買い物中の写真家さん
>>487 お前の犠牲は無駄にしない……
それはそうと最近モフモフが足りてなくね?
492:食事中の写真家さん
速攻で流しやがったww
つっても同意
ここのところ首都やら厨二城やらのスクショばっかだからなー
493:街道休憩中の写真家さん
モフモフの代名詞なら兎様だが
オイ誰か逝ってこいよ
494:散策中の写真家さん
言い出しっぺの法則
495:街道休憩中の写真家さん
(´・ω:;.:...サラサラ
496:登山中の写真家さん
そういや兎様と言えば、その兎様に連れ去られたというロボっ子がいたが
スクショ撮ってたら上げてくれんかなあ
497:買い物中の写真家さん
そんなのいたな
美味しく頂かれたか? ハァハァ
498:散歩中の写真家さん
う、羨ましくなんてないんだからね!
499:クエスト中の写真家さん
>>497 姐さんが来るぞ?
まあ初心者らしいしスクショにまで気が回ってるかどうか
500:ワンコ天国中の写真家さん
リアルタイムな話題で驚き
これでいいのかな?
>『兎様の巣_27.bmp』
501:露店販売中の写真家さん
フォアッ!?
502:読書中の写真家さん
兎様キタァーーーー!
503:屋根上の写真家さん
写真越しでも分かるこの貫禄!
正しく兎様――がいっぱいいる、だと……!?
504:半裸の写真家さん
まさかのご本人降臨、だと……!?
本当にお持ち帰りされてたのか
505:飛行船内の写真家さん
_27ってことはまだある、だと……!?
他のも上げてくれぇー!
506:食事中の写真家さん
いや兎様とは本人降臨は良いんだが
それより『ワンコ天国中』ってなんだよコーヒー吹いたじゃねえかww
507:寝起きの写真家さん
ワンコ天国wwww
それより503、手前は屋根上で何してやがる
ついでに504、手前は半裸でナニしてやがる
508:ワンコ天国中の写真家さん
相変わらず嫌がらせかここのシステムは
>>506 これ見てお察し
>『ワンコ天国.bmp』
509:馬車上の写真家さん
うっひょぉおおおおおお
わんこがいっぱい!
508:探検中の写真家さん
何匹いるんだこれ
つかどこだよここww
509:調理中の写真家さん
奥に湖とかあるから地底湖ってやつかな
……地底湖ってどこよ。そんなとこあったか?
510:買い物中の写真家さん
森にいた筈なのになんで洞窟
ワープでもしたか
511:ワンコ天国中の写真家さん
そんな機能はありません
>>509 寧ろ私が聞きたい
これのどこか
>『崖の上から.bmp』
512:鍛練中の写真家さん
おお、すっげー雄大な景色
これ兎様の森の先?
513:釣り中の写真家さん
もしかしてマッスルクマーとか砲台フクロウとかいるとこか
514:休憩中の写真家さん
このワンコもしかしなくとも水晶狼!?
兎様と言いなんで襲われてないんだ
515:移動中の写真家さん
まさかまたお持ち帰りされたのか
516:ワンコ天国中の写真家さん
>>515 されてません。付いて行きはしましたけど
兎様は私にもよくわかりませんので別板へ
ワンコもといオオカミは餌付けで仲良くなりましたが
517:食事中の写真家さん
餌付けやと……
ちなみに何上げたん?
518:クエスト中の写真家さん
釣りか、と言いたいが実際にワンコ天国になってるんだよなあ
裏山
519:読書中の写真家さん
むしろ俺は全部に映りこんでいる妖精みたいなのが気になるんだが
なんぞこの可愛いの
520:ワンコ天国中の写真家さん
>>517 511に映ってる川で釣った魚を
>>519 兎様の巣からついてきました妖精っぽいの。餌付けで
521:露店販売中の写真家さん
餌付けしまくりwww
522:全裸になった写真家さん
ところで今更だが
ワンコ天国な貴方は巷で噂のロボっ子でOK?
523:デスペナ中の写真家さん
>>522 何故脱いだし
あの危険地帯ど真ん中のアマゾンな川で釣りとか勇気あるな
524:屋根から飛び降りた写真家さん
あそこにいる魚ってあの怪魚か
川を渡ろうとして犠牲になったのが何人いるやら
525:ワンコ天国中の写真家さん
魚単品はスクショ撮り忘れたので
>『オオカミ_食事中.bmp』
526:買い物中の写真家さん
頭から食ってるwww
そしてこの美味そうにしてる顔である
527:飛行船内の写真家さん
そして華麗にスルーされる522
528:ワンコと移動中の写真家さん
そろそろワンコーずが起きて移動し始めたのでこの辺で失礼
529:街道休憩中の写真家さん
ノシ
続報よろ
530:散策中の写真家さん
マジか
颯爽と来て颯爽と去って行ってしもうた……
531:休憩中の写真家さん
>>528 お疲れー
次も期待してるぜ
532:冒険中の写真家さん
ちょっくら俺も行ってくるかな
へっ初心者でも行けたんだろ?
俺なら楽勝さ(・`ω・)
533:露店販売中の写真家さん
何故わざわざフラグを立てるしwww
まあ噂のロボっ子かは明言しなかったけど、状況からしてロボっ子なんだろうなあ
534:全裸待機中の写真家さん
……ふ、放置プレイも嫌いじゃないぜ?
535:食事中の写真家さん
とりあえず服を着ろ
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「ま、こんなものか」
なんか変なのがいたけどまあいいか。反応も上々みたいだったし、今回はこれまでにしておこう。
というか前回の迷子と言い今回のワンコ天国と言い、開発遊び過ぎだ。なんでネタに走ったのになるかなぁ……。
気を取り直してウィンドウを閉じ、少し注意が疎かになっていた前を見る。っとと、足元が滑りそうだからやっぱり歩きながらは危険だな。
妖精からも頭をぺしぺしと叩かれて怒られたので次からは止めておこう。
さて簡単に状況を。
掲示板を見ている間にようやく起きたボスを中心としたオオカミ達は湖で水を飲むと、そのまま複数の群れに別れて移動を始めたのである。今はボスのいるグループに付いて行っているのだ。
ちなみに地底湖の水は私も飲んだけど、意外とまろやかな味だった。鉱物の生えた湖だから、もっと硬質かと思ってた……。
そして移動を始めて気が付いたが、ここに来た時の道とは別の道を歩いている。あの地底湖からは幾つも道が伸びているようで、その内の一本を進んでいた。
なるほど、他の群れはまた別の道からきたのだろうと今更ながらに把握する。
「これは私一人なら絶対に迷うなあ。……また迷子になるのは御免だな」
絶対にボスから離れないようにしようと心に決め、その後ろを歩いていく。
前回はかなり歩いたからここも長いだろうと勝手に決めつけていたのだが――
「あれ、もう出口……?」
地底湖から数分。
特に分岐も高低差もなく、あっさりと私は外に出た。