#10 寝床と私の晩御飯
さて、どれ程の距離を洞窟の中歩いただろうか。
感覚的には降り登り右へ左へと幾何学的な道筋になっているので、もはや何処にいるかサッパリわからない。それを何時間と歩いているが、飽きが来ないのは景色が良いからだろう。
「足元が水晶だから滑りそうたけどそうでもないな。水晶っぽいのが元からそうなのか、実は種族特性なのかどっちだろうねえ」
洞窟の中は人一人は余裕で通れるぐらいで、幾つもの道に分かれていたがそこはオオカミ任せ。と言うか、目の前歩いてる個体って群のボスって奴だよなあ。……じゃあボスと呼ぶか。
大半は水晶で覆われているけど光っているので、他の種族でも問題なく歩けるだろう。たまーに赤かったり青かったり虹色だったりする水晶が落ちているので、それを持てる分だけ拾っていく。
詳細は見れないが多分虹色はレアではなかろうか。まあ単に歩いているだけでも既に二個目なので、時間かければ普通に見つかる程度のレアだろうけど。
「虹色のは夢見さんへのお土産かなー。……無事に再会できるかは置いといて」
やはり目下優先は鞄類の作成か。とりあえず持てる数が増えさえすればいいのだけど、ここじゃあ無理だなあ。土か岩か水晶しかない所で鞄の材料なんぞある訳がない。それで出来た容れ物? ……壺?
また地上に出たら材料探すかーとか思いながら、延々とボスの後についていく。
ちなみにすっかり寝こけている妖精は、私の頭より安定しているボスの背に乗せていた。なんて幸せそうな顔。スクショはいいね、こっちは容量制限ないから。
時間感覚も方向感覚も無くなって、そろそろアバター通り機械的に足を動かしているだけになってきた頃。ふと、また水の匂いがした事に気が付いた。
「川、ではないか。地下で水と言えば――」
そこは広い場所だった。
横にも。縦にも。
よく広大な場所の例えで東京ドーム何個分とか言われるが、恐らくそれが適用できそうなぐらいには広い。この天井の高さで空が見えていないとは結構深くまで潜ってきているのではなかろうか。
中央あたりには巨大な水晶が上から生えて、それが灯りとなってこの空間を静かに映し出していた。
後特筆すべき点は……この場所の約半分を占めている、これまたどデカイ地底湖だろう。光の加減なのか水質のせいなのかは不明だがコバルトブルーに輝いている。どうも湖の中にも水晶が生えているのか、水そのものが光っているようにも見えた。
近づいて覗き込んでみると馬鹿みたいに透明度が高くて底が見えている。おや、深いかと思ったら案外そうでもないな。あ、魚発見。
そんな事をしている内にもオオカミ達は端っこの、そこだけ藁が積まれた場所に移動していた。どうやらそこが彼等の寝床になっているようだ。思い思いの場所に寝転がり、既に寝息を立ててるのもいる。
さて、結局セーフポイントらしき所は見つからなかったし私はどうするかなー。
って、めっさボス見てる。こっち見てる。はいはい行きますよー。お邪魔しますよー。
他の個体を踏まないように注意して進み、なんだか懐かれた感あるボスの横に寝そべる。すると向こうからも寄り添って来て……あれ、気が付いたらいつの間にか囲まれている。
昨日はモフモフ天国だったが、何故か今日はワンコ天国。こらこら、流石に腹には乗ってこないでねー。
とりあえずスクショを一枚撮り、メニューを開く。
そして選ぶのは”ログアウト”の項目だ。その項目をタップすると次階層が表示され、その中から”枝の小鳥”を選択する。そのまま休憩時間を設定しようとして、その直前でふと現状を思い出した。
「そういえばリアルじゃ今は昼か。よくよく考えたら朝はゼリーしか食べてないから、腹減りそうだな」
なんだか時間感覚がおかしいが、下手に連続してプレイしていると胃や腸の異常を感知した機械が強制的にログアウトさせることがある。元々は医療用として開発されてきたのと、過去に色々あったのとで判定が結構厳しいらしい。
このまま寝るのも悪くないが途中で切られるのも何だし、一旦ログアウトしよう。
でもまあアバターはここに残る訳だから、妖精やオオカミ達に言うことは言っておこうか。
「それじゃあ――おやすみなさい」
――logout.
****
「……ん」
少し暑さを感じて身をよじる。
その拍子に乗っていたシーツがベッドから落ちた。すると今度は逆に肌寒くなり、手を伸ばすが届かない。
「んんぅ……」
仕方がないのでハードを外して起き上がる。
時計を見れば針は正午あたりを指している。なんだかログインしたのが昨日のように思えるが、まだ半日しか経っていないとは。
「あー……お腹減った」
頭はまだ寝ぼけているような気がするが、それでも空腹になっているのは分かる。あとついでにトイレも。
自覚すれば後は早い。
まずはベッドを降りてリビングにでも――
「えっ、あっ?」
くらっと来た、と思った瞬間には上に床が見えた。
何が起こったのか、とか考えるまでもなく眩暈が原因だと思いつく。ああ、さすがに徹夜でゲームして寝て起きてまたゲームは無茶だったか。
そんな事を考えている間にも、視覚的にはスローモーションで床が迫って来る。脳の片隅で『あ、コレかなり痛いわ』とか冷静に分析して、盛大に鈍い音がして激痛が頭を突き抜けた。
「ぴ」
……本当の激痛とは悲鳴も出ないと今日知った。
私が床でのたうち回っていると、部屋の外でバタバタと階段を上がってくる音が聞こえた。
その慌ただしい音源が誰かとか考える前にゲームハードをベッドの下に突っ込む。ついでにクッションを蓋として叩き込んだ直後、乱暴に部屋の扉が開け放たれた。
「姉ちゃん!? なんか人身事故みたいな音がしたけど大丈夫――じゃなさそうだね! 床が」
……弟よ。心配するところはそこか。
痛みによる涙を堪えて顔を向ければ、そこには私の弟にして既に彼女持ちというリア充が立っていた。
中学3年にして身長は170後半に達しており、少し細めだが日々運動を行っているので筋肉も程よくついた体。その爽やかな顔の造形は見慣れている事を差し置いても間違いなく上位に入っている。加えて頭脳明晰で社交性もあり生徒会長を務めているとか、どんな化け物だ。
「死ねばいいのに」
「姉ちゃん朝から辛辣だね?」
「その恰好から察するにデートでしょ。姉の醜態を見てる暇があるならさっさと行け」
弟の服装はファッション誌でも読んで参考にしたのか、どこからどう見てもバッチリ決まっていた。顔も髪もしっかり整えられているので、あの巨乳クーデレ副会長と手でも繋いで出かけるのだろう。
「死ねばいいのに」
「姉ちゃん最近僻み度合いが割増しになってない?」
「私の部屋でそれ以上幸せオーラをまき散らすと庶務との二股疑惑を流すぞ」
「やめてくださいしんでしまいます」
因みに庶務は男。
「ああもう、人が心配してるのに……。連休中は姉ちゃんほとんど一人なのに、本当大丈夫?」
「は? 何それ」
初めて聞いた家の連休事情に思わず間の抜けた声で返してしまう。
いや一人なのは全くもって構わないのだけど。あと聞いてない理由もなんとなく想像つくけど。
「……もしかして聞いてない? 母さんと父さんは結婚記念日で連休中ずっと旅行なんだけど」
「あの人らが私に話しかけると思う?」
「……姉さんは? 高校生徒会の交流合宿で2泊3日」
「もう一度言うけど、あの人らが私に話しかけると思う?」
「…………」
はい目を逸らしたので話も逸れます。逸らしましょう精神衛生的に。
すまんね弟よ。こんなめんどくさい姉で。
「で、ほとんどってことは弟の予定は?」
「……明日から友達と泊りで旅行行ってくる。ごめん、母さんからか伝わってると思ってた」
「別に良いよ、今更気にしても仕方ないし。にしても……その年代で旅行ってのも珍しい気がするけど」
中学生で泊りの旅行となると金銭的な問題は勿論、親や学校がうるさいのが普通だろう。特にウチは自称伝統のある学校なので、学生のみなら知られると煩いどころか退学にさえなるかもしれない。
と言っても弟は生徒会長だ。どうせその辺りは抜かりないに違いない。
「泊まる場所が次の修学旅行の候補地なんだ。内容は現地の宿泊施設とかの確認だけど実際には8割自由行動だから、羽目外し過ぎない限りはただの観光だね」
「学生に事前調査とか何て太っ腹な。ん? でも同じ場所を本番でも行くなら少し飽きるか?」
「そこは大丈夫。――僕たちが行くのは予備候補地だし」
「……おおう。実質遊びに行くだけじゃない」
私は無関係だったのでよく知らなかったが、学校の行事関係は基本生徒会が取り仕切っているらしい。そしてこの学校は季節毎のイベントが豊富なので、その分かなり忙しいのだとか。
去年の秋に代替わりしてからてんやわんやとしてようやく落ち着いたこの時期に、慰労のために用意されている"仕事"とのことだ。そういえば姉も中学の時にこの時期いなかったきがするので、これもまた伝統か。
「一応保護者、生徒会顧問は同伴でしょ?」
「本当に"一応"だけどね。去年はホテルにビール持ち込んで飲んだくれてたって話だけど」
「ダメ人間だ……」
「顧問ってそんなに仕事ないしねー」
それでいいのか顧問。
あの教師にはやたらネチネチと嫌味言われた記憶しかないんだがなぁ。ま、楽しく青春やってるようで何よりだ。
「っと、もうこんな時間だ。それじゃあ僕は晩も食べてくるから遅くなるけど、姉ちゃんもちゃんとご飯は食べてね」
「まかせろ。こんな姉でもデザート作りは得意だ」
「話が噛み合っていない!?」
てなわけで弟がいなくなったところで連休の使い方を考える。
うん、一択なんだけどね?
ゲームはやるが、家事全般はやっておかないと後が面倒くさい。少しでも姉の気に障ることがあったら猫かぶりを止めて喧嘩売って来るだろう。まったく、あの姉は家事がからきしなのに何で上から目線なんだろうな。
「しかし弟もデートかー。お年頃だなあ」
中学に入ってからぐっと大人っぽくなったのでモテているとは聞いていたが、まさか気が付けば彼女持ちとは。弟の趣味はメガネか巨乳かその両方か……。
姉は本性を隠しているから誰かと付き合うことなんてなさそうだし、私に関わってくる男なんぞ姉狙いの馬鹿どもだ。浮ついた話は当分先のことだろう。
そういえば。私にも男友達というか幼馴染はいたが、今では姉の金魚の糞となってる。確か高校入って速攻で生徒会の雑用係になったとの話だから、もしかして姉と合宿とやらでも行っているのかな? 姉の本性知ってもベタ惚れとか、ドMかアイツ。
「とりあえずトイレ行って昼食べるかー」
この家では私以外はまともに料理できないので、冷蔵庫には冷凍食品ぐらいしか入っていないだろう。連休中は誰もいないと言うし、まずはスーパーに買い出しか。
その後は……うん、少し掲示板でも覗こう。
ちなみに冷蔵庫には冷凍食品とキャベツが丸々一個入っていた。そしてキャベツには姉の字で"妹の夕飯"と書かれた紙が一枚。
……姉よ。これは素か嫌がらせかどっちだ。