#6 森の主と裏側にて
空を照らしていた二つの太陽は既に沈み、無数の星が輝いているのが見える。
しかしその光も生い茂る木々の葉に遮られて地面まで届くことがない。これがまだ分かりやすい目印や川辺であったのなら良かったのだが――
「いや、うん。もはや迷子とかレベルじゃないよねコレ」
どの方向を見ても全く同じ風景にしか見えない。前に進んでいるのか戻っているのか、方向感覚なんぞとうに無くなった。
まあ方位磁石や地図、ロクな知識もなく夜の森を歩けばそりゃそうなりますよねー。
要は、絶賛遭難中だった。
もはやゲームとは思えないリアルさである。ここに至るまでは所詮は"ゲーム"だから何かしらのチェックポイント的なものが有るだろうと高を括っていたが、そんなものは露も見当たらない。
……いやはや等身大のファンタジーMMOがここまでサバイバルしてるとは誰が思うだろうか。
いざとなれば死に戻りと言うエクストリーム帰還という手段があるのだけど……何故かこんな時に限ってMobが見当たらない。こういうのは大抵夜になると強いモンスターが湧くものだが、意外とというか全く影も形も見えない。
うーん、この森のモンスターに夜行性はいないのだろうか? や、一番良いのは兎様とやらが見つかればいいのだけど。
にしても、とまた辺りを見渡す。木々のわずかな隙間から先を見て、同じ場所を回らないようにだけ注意して前に進む。
この中々に愉快な状況でもまだ余裕があるのには、一つ理由があった。
「この暗さでも結構はっきりと見えるのは便利だよねー」
――種族特性:視覚拡張。
完全に日が落ちてから気が付いた、この種族特有のユニークスキルだ。
どうやら機械的なデザインの目は飾りではなく、なんと暗視スコープの機能が付いていた。私の視界には星明りが届かない暗がりでも草葉の輪郭が見える程度に、周囲の風景が映し出されている。
スキルレベルが上がるとサーモグラフィとかロックオンとか追加されそうで、色々と将来性に期待できるスキルだ。
目下これがなければ途方に暮れていたところだったから、正直助かったのは間違いない。
「ま、それはいいとして。何か手がかりか、他のプレイヤーでも居ればいいんだけどなあ」
こんなだだっ広い森のど真ん中では希望的観測すぎるか。
しかしそれより問題なのはこの"眠気"だ。今日はゲーム内とは言え歩きっぱなしだったからか、まるで体全体に重しがぶら下がっているような錯覚がある。
いくらなんでも森の中で寝る訳にはいかないので何とか前に進んでいくと、
「……ん?」
前に何か落ちているのを見つけた。それも複数。
近づいてよく見てみると――
「こ、これは……!」
辺りに散らばっているのは大量のドロップ品。お金やら装備品やら消耗品が無造作に落っこちていた。
そして一番目立つのはそんなアイテム達ではなく、これ見よがしに主張している、地面に開いたまるで人が大の字でめり込んだような跡。
「……なんて見事な死に戻り現場」
拾ってみれば装備品はどれもプレイヤーメイドで、消耗品も買えはするが高価なものだ。お金が少なかったのは事前に預けたり使ったりしていたからだろうか。
「アクセサリ類と上級ポーション系、か」
拾得物は基本的に拾ったプレイヤーに所有権が移る。中には"墓荒らし"と呼ばれる者もいるが、更にそれを狙う"墓荒らし狩り"なんて呼ばれる者もいて、更にそれを狙う"墓荒らしカリカリ"などと呼ばれる者も……。単なるイタチごっこというか誰だカリカリとか付けたの。
閑話休題。
落ちていた装備品はどれも高レベルの代物で、ちょっとこのまま装備するには気後れする品物だ。それ以前に男物のアクセサリだから私には合わんなあ。ポーション系も回復量が高すぎて今の私には勿体ない。
まあインベントリには入るので突っ込んでおく。死に戻りしたときに落としていなければ持ち主に返してもいいだろう。
というかここに死に戻りした後があるという事は……
「……あった。獣道だ」
すぐ近く、何か巨大な生物が通ったように草木が踏み鳴らされている場所があった。大きさからしてもあの猪ではない。よし、ここを通っていけば……あ?
ちょっと待った。
いやいやいや、ちと現実見ようや私。
「巨大な、生物……?」
この獣道、横幅だけで私の身長ぐらいはあるんだけど。余程の重量があるのか、踏まれた草も完全にペシャンコになっているね。
それがずーっと森の奥深くにまで続いている。
「い、いくらなんでもデカ過ぎない?」
言いようのない不安が募るが、しかし現状この道を進むしか文字通り道はない。それにリアルももう遅い時間で眠気もだんだん強くなってきている。ここでもログアウトはできなくもないがアバターはログアウト地点に残されるので、朝起きて再開した時には死んでいるだろう。
「ええい、どのみち死に戻りは覚悟の上だ。女は度胸!」
わざと口に出して気合を入れて先に進む。
どうせ死ぬならモフモフに包まれて死ぬの方がいいに決まってる。
そんなよく分からない精神状態の中、道を辿った私が見たものは――!
「おおぅ……」
目の前に鎮座している丸い物体。横幅だけでも私の身長はありそうなぐらい大きな体で、天辺から垂れた長い二本の耳が辛うじてその正体を教えてくれる。
言えることはただ一つ。
「モッフモフやん……!」
思わずエセ関西弁で突っ込んでしまうぐらいモフモフだった。
明らかに世間一般の兎の形をしていないとか何故かやたらと貫禄ある顔をしついるとか野生動物の割に毛並み良すぎとか色々あるが、兎に角目に付くのがモフモフである。
「……これが噂の兎様」
うん、なんで兎"様"なのかよくわかりました。
一見は何処ぞのマスコットキャラをドデカくしたものだが、なにせ雰囲気と言うか纏っている空気が半端ない。何かしらのスキルだとは思うが、正面から相対すると思わず某印籠を見た時のように平身低頭しそうになるのだ。
だが私は土下座なんぞする訳がない。
この為に、この為だけに迷子になってでも来たのだから!
恐る恐る近づくが、特に兎様は私を見ても特に何も反応はない。
あと少しで触れるという距離で、意を決してその体に抱き着いた。
「――うわぁ」
な、なんだこれはっ!?
ふわふわしていて、なめらかで、更にすべすべだ。真白の毛は雪のように柔らかく、しかし優しい温もりが包み込んでくる。
リアルでもこんなモフモフは体験したことが無い。これは正にモフモフを追求して創り上げられた、キング・オブ・モフモフ!
モフラーがモフラーによるモフラーの為の幻想を突き詰めたモフモフの理想郷だとでも言うのか……!
と、もっとモフモフを堪能しようとしたのだが、そこである事に気が付いた。
「あれ……体が…動か、」
最早立つことさえ難しい。意思に反して膝が崩れ、兎様にもたれかかる様に倒れた。
何が、と思ったら、すぐ目の前に小さなウィンドウが表示されていた。そこに書かれていることは非常に簡潔で、
『状態異常:睡眠 LV10』
……なるほど、中々に凶悪だ。確か状態異常のLV10って最強クラスじゃなかったっけ? 防御力も高そうな毛皮なので、そりゃトッププレイヤーでも勝てない訳だ。大半はモフモフにやられてそうだけど。
そうこうしている内に、徐々に瞼が落ちてくる。このゲームの仕様では睡眠は本当に寝てしまうのだが、どのみち眠たかったのでまあいいかと思う。
瞼を閉じる直前に見えたのは何故か兎様の長い耳に抱えられているという光景だったが、気にする間もなく意識が落ちた。
*****
~直後の掲示板にて~
=========================
78:名無しの聖戦士さん
兎様相変わらずつえー
全力での一撃も効かんし、そも早すぎるから当てるのも難しいし、つーか一撃喰らったらアウトってイミフ
79:名無しのハンターさん
兎様はなあ……
一体でも化け物なのに、複数現れると確実に詰む
80:名無しの魔道騎士さん
俺明日に兎様挑むつもりなんだけど、助言プリーズ
81:名無しの戦車長さん
調子に乗ってケンカ売ったら一分持たなかった俺が通りますよっと
82:名無しの狙撃兵さん
>>80 助言はいいが、その前にどれぐらい兎様の事知ってるか教えんさい。話はそれからだ
83:名無しの魔道騎士さん
>>82 それはそうだな
・生息地は最初の街の隣の森――の更に奥
運営の鬼畜加減が窺える
・昼に行くなら猪、蛇に注意
注意のしようがないというか、エンカウント率自体は低いので運任せ
・夜に行くなら暗視系のスキルは必須
明かりを付けると昆虫系Mobが大量に寄って来る。後、魔法乱射の鬼畜フクロウに見つかれば乙
・でかい獣道を見つけたら、それを辿っていくだけで大体見つかる
それを見つけるまでが一苦労
・肝心の兎様は強い・固い・早い
図体からは想像できない速さで迫り、タンカーを瞬殺する威力の攻撃を放ってくる
しかも生半可な攻撃は毛皮に防がれ一切通じない
・睡眠対策は必須
毛皮に触れてしまうと睡眠 LV7~10をくっつけてくるので、耐性+回復薬は持てるだけ
・弱点は水属性+斬撃
水属性の魔法で毛皮を濡らせば斬撃が通るようになるので、それで毛皮を減らしてアタック
・ただしタゲは基本後衛
スキルで一瞬だけタゲを取れるが、しかし積極的にヒーラーや魔法職をマジ狙い
・モフモフ
とにかくモフモフ
……いや並べてみたら無理、かな
84:名無しの重戦士さん
現実見たら諦めたwww
85:名無しの戦乙女さん
気持ちはすごく分かる
なんたってモフモフの誘惑が酷い……!
86:名無しの軍師さん
「モフモフー!」と叫びながら突込み、耳で叩き落とされた友人が哀れすぎた
顔が凄い幸せそうだったから無視したけどな
87:名無しの上忍さん
某も一つ聞きたいので御座る
……兎様は獲物を巣に持って帰る習性でもあるので御座るか?
88:名無しの暗黒魔導士さん
は?
89:名無しのマッドサイエンティストさん
ん?
90:名無しの楽師さん
>>87 何を見た
91:名無しの上忍さん
いやなに、某は先程まで78殿と兎様に挑んできたのだが、見事に死に戻りしてな
全財産叩いた装飾品を見事にぶちまけたので御座る
92:名無しの狂戦士さん
乙ww
それで取りに戻ったのか
93:名無しの上忍さん
>>92 斯様な感じにて
が、運の悪いことに先客がいてな
よく見たら噂のカラクリ娘だったので御座る
94:名無しの天兵さん
カラクリ娘?
95:名無しの音速射撃師さん
ああ、変態を大量に釣り上げたと噂のロボっ子か
96:名無しの虹色魔法使いさん
!?
97:名無しの重戦士さん
ロボっ子わからん奴はレア種族掲示板とか紳士速報とか見とけ
今日の事だから今でも盛り上がってるぞ
つーかなんでロボっ子がそんなとこに
98:名無しの上忍さん
>>95 そう、その噂の
聞いてた限りでは始めたばかりの初心者のはずだから、こんな夜の森に一人でいるのに驚いたで御座る
出来れば装飾品を返してもらえないかと交渉しようと思ったのだが、それよりカラクリ娘の動向が気になったので御座るよ
99:名無しの上級剣士さん
ロボっ子の背後から忍び寄る忍者
絵面が酷いw
100:名無しの上忍さん
100頂戴いたす
>>99 そこは諜報活動ということで一つ
前は見えているようで御座ったので、暗視系のスキルを持っているものと思われた
カラクリだから暗視か探索系の機能ではなかろうか
101:名無しの盗賊さん
やだ、ロボっ子普通に便利……
つっても初心者かつ一人でそんなとこまで行けたのか
いくらエンカウント率低いつっても、それはそれで凄いな
102:名無しの上忍さん
どうやらカラクリ娘の目当ては兎様だった様でな。運が良いのか悪いのか、獣道を見つけて直ぐに遭遇したので御座る
このままでは確殺されるが、某が出ても同じこと。非情とは思いつつ見守らせてもらったのだ
果敢にもその御姿に触りに行ったのだが……ここからが問題でな
103:名無しの奇術師さん
さっきの話か
104:名無しの上忍さん
通常なら見つかった時点で襲い掛かってくるはずの兎様が大人しい
しかも、そのカラクリ娘が抱き付いても何もしなかったので御座った
105:名無しの聖戦士さん
ぶ
106:名無しの戦乙女さん
あのモフモフに抱き付いた、ですって……!?
107:名無しの上忍さん
しかしカラクリ娘は状態異常を受けたのか眠り込んでしまったのだが……
なんと兎様がその娘を長い耳で抱えると、頭に乗せてそのまま去って行ってしまったので御座る
108:名無しの虹色魔法使いさん
ええええ
何それ
何それ!?
109:名無しの影使いさん
ネタではなく?
110:名無しの騎兵さん
お持ち帰りぃいー!
111:名無しの上忍さん
証明できないところが残念で御座る
気が付けば 後ろお座る 兎様
112:名無しの槍使いさん
更に死に戻ったかwww
113:名無しの闇魔法使いさん
下手な嘘つくなよ小学生か
売名でつまんねえ事言ってるぐらいなら失せろ
114:名無しのさん上忍さん
疑うのは当然だと思うので、運営に確認してもいいで御座るよ?
確か虚偽報告でも通報は可能であったではず
115:運営☆お姉さん@祓星
あまり嘘情報流すと迷惑行為と判断することはあるよー
でも今回のは本当だから問題なし!
サービスとして情報を一つ☆
あの兎さんは特定の条件を満たしていれば攻撃されませんよー
掲示板は清く正しく使いましょう
116:名無しの天兵さん
は、祓星さん!?
117:名無しのビーストテイマーさん
なん……だと
その条件を教えてくだせぇええええええ
118:運営☆お姉さん@祓星
DA☆ME
119:名無しの学者さん
鬼畜www
120:名無しのマッドサイエンティストさん
姐さんキタァー!
そして113ザマァー!
121:名無しの弓師さん
>>113 m9(^Д^)プギャー
122:運営☆お姉さん@祓星
掲示板は 清く 正しく 使ってね?
123:名無しのマッドサイエンティストさん
イエス、マム
124:名無しの弓師さん
(゜◇゜)ゞ
125:名無しの狙撃兵さん
いつもの流れだなwww
にしても兎様の新情報がこんな所で出るとは
種族か、初心者だからか、他に条件があったのか……
126:名無しの軍師さん
検証処は多いか
あの運営だからまともな条件ではなさそうだが
と言うかそのお持ち帰りされたロボっ子どうなった
127:運営☆お姉さん@祓星
失礼な!?
変なのは開発だから一緒にされたら困るよ!
128:名無しのマッドサイエンティストさん
いや姐さんも大概ですよ?
129:運営☆お姉さん@祓星
Σ(T□T)
130:名無しの虹色魔法使いさん
フレンド通信が繋がらない……
・紳士速報
ゲーム内で起こったネタなニュースが掛かれる速報掲示板で、内容が濃すぎて一般人は見ない方が無難。
毎日数人の逮捕者が出る。
・兎様特殊条件
1.武器未所持(インベントリ内も不可)
2.ゲーム開始から倒したモンスターの数が5以下
鬼畜すぎ