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#5 森での出会いは熊でなく

 夕飯は食べた。

 風呂も入った。

 後片付けも万全だ。


 さあいざ行かんモフモフを求めて!







 ――てな訳で迷った。

 うん、ほぼガチな森で知識も道具もなく辿り着くのは無理ですよねー。何処だここテイクツー。


 周囲360度、深い木々に囲まれ50メートル先も見通せない。木自体はそれほど高くない種類のため日光が入り暗くはないのだが、逆に幹が細いので登って見渡すことは出来そうになかった。

 しかも日光が入るといってもゲーム内では既に夕方。しばらくすれば日も差さなくなり、前も見えなくなるだろう。なんで今の時間に森に入った私。


 足場も悪く、膝辺りまで雑草が伸びているので足元を確認することが難しい。これはゲームだし足は甲(装甲?)になっているので問題ないが、これがリアルだったら蛇とか虫とか毒草とかに気を付けなくても――いや、うん、このゲームなら注意は必要な気がしてきた。

 それはともかく。


「……また迷子か」


 とりあえず掲示板は使わない方向で。死に戻りは承知の上だからいいものの、無駄足はあまりよろしくなかったかな?

 そもそもやりたいことも決まってなかったからいいか。


「にしても、見れば見るほどすっごいリアル。これは噂も真実味を帯びてきてるな」


 手元に伸びていた葉を観察する。細部まで作りこまれ、一つとして同じものは見当たらない。その手に持った葉を一枚、指で二つに折ると軽い音を立てて割れた。そしてそのまま消え――ない。

 折れた葉は折れたまま、その形のデータとして有り続けている。誰も観測しないまま数日経てば消えるらしいけど……このゲームの世界がどれだけ広いかは不明だが、総データ容量は発表されているデータセンター丸一つでも到底足りていないはずだ。

 ネットではデータセンターの地下に東京ドーム数個分の施設が広がっているだとか、某大国がその有用性に目をつけて土地と技術を援助しているだとか、都市伝説的な話は多々ある。どれかは真実っぽいよなあ。


「そもそも当のデータセンターを自衛隊が守っている時点でおかしいんだけど」


 場所自体は既に割れて有名だし、今度リアルで見に行ってみようか?

 まあ、今度暇なときに改めて考えるとして、今はモフモフに集中しよう。


 一応最低限の情報だけ調べておいたが、おおよその目標は森に入って半日ほど行ったところ。なぜ"おおよそ"かと言えば、なんでも対象はゆっくりとだが一定のテリトリー内を動き回っているらしいのでが、そのテリトリーが広くて探すのが大変とのことだ。

 大半のプレイヤーはモフモフ――通称"兎様"に会う前に強Mobにやられるのだとか。


 兎、兎か……。

 なんかいらんこと思い出しかけたが、精神衛生に悪いので蓋をする。


 しかし疑問が一つ。なるほど兎ならモフモフなのは分かるのだが、なぜ通称が"兎様"なのだろうか? あまり調べすぎると会った時、触れた時の感動が減るから詳しいことは知らないんだよねー。いやまあ兎様に会えても9割が死亡してる時点で予測はつくんだけど。


 ともあれ私は初心者どころか今日始めたばかりなので、地味に微妙なリアルラック頼りに進むしか――



「へ?」

「ぶもっ?」



 ……何だろうね。リアルラックへ頼った瞬間にぶち当たるハプニング。

 邪魔な草木を掻き分けて少し開けた場所に出たと思ったのだが、そこに居たのは巨大な二本の牙を生やした猪っぽいの。剣山みたいな鈍色の毛が全身を覆っているので、実は針鼠だったりするのだろうか。


「…………」

「…………」


 お互いに無言で見つめ合う。いかん凄くダメなパターンだコレ。

 勝てる気はしないが、とりあえず相手はMobなのだから武器を取り出して……


 ……


 …………


 ……………ん?


「……武器?」


 ふと、途轍もなく致命的な事に気がついた。

 気がついてしまった。


 すぐさまウィンドウを表示させ、インベントリ内を確認する。


「………………」

「ぶもー?」


 律儀に待ってくれている猪が外見と裏腹に可愛らしいのだが、それどころではない。

 アイテム欄、なし。装備欄、なし。アバターの両手両足腰に背中、当然なし。

 え、マジで?


 ……こ、これはやってしまった。


「……武器。持ってくるの忘れてた」


 えええぇー!?

 いや、ちょ、待て私。初期装備でナイフとか棍棒とかぐらいあるものじゃないのか!?

 ごめん猪君ちょっと待ってねー、掲示板かもーん!



=========================


332:名無しの初心者さん

 始めたばっかなんですけど、初心者装備って何処で貰えるんです?



333:名無しのガイドさん

 定番の冒険者ギルドで、チュートリアルの後に貰えますよ

 耐久力無限で”初心者アシスト”が付与されているので、慣れるまでは必須ですね



334:名無しの細工師さん

 公式に書いてるから見とけ



334:名無しの素材屋さん

 そこまで公式見てる奴は何人いるんだろうか

 おかげで初期装備なしと勘違いする奴多いけどな

 露店でそれ狙ったぼったくりいるから気を付けろよ?



335:名無しの初心者さん

 危ねえ騙されるところだった

 ありがとうごさいましたー!


=========================


「戦略的 撤 退 !」


 反転とダッシュは同時。猪を背後にして全力で逃げ出そうと、


「!?」


 ぞくり、と背中を撫でた冷たい予感から外れる様に身をすらした瞬間、真横を凄まじい勢いで何かが通り過ぎた。

 轟音が響き、吹いた突風に身を竦ませる。


「……え?」


 思わず足を止めて恐る恐る前を見れば、あれだけ乱雑に立っていた木々が一直線に伐採されていた。その先には、悠然と立つ猪の後ろ姿。先ほどまで見ていた方――後ろを振り返っても当然そこには何もいない。


 要するに。

 あの猪は一瞬であそこまで問答無用で駆け抜けたらしい。その距離目測100メートル以上。しかもやたら焦げ臭いので原因を探れば、猪の牙が真っ赤に灼熱している。

 うん、そりゃコレをまともに喰らえば並大抵のプレイヤーなら即死だろうねえ。


(猪つよすぎねっ!?)


 突っ込みかけたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。今音を立てるのは不味い。

 なぜならあの猪は"こちらに気づいていない"からだ。どうやら早く突っ走ることができても認識は追いついていないらしい。自分が何を吹っ飛ばして、どこまで前に進んでいるか解らないのだろう。


 驚いて身を小さくしていたこともプラスに働いたのか、こちらにも視線を投げてきたものの、背の高い草木が邪魔で見えなかったようだ。単に目が悪いという可能性もあるが、どちらにしろ好都合。


(向こうに気づかれないように、このまま逃げ――?)


 おや、なぜに私は背中を突かれているのだろうか。おかしい、さっき見た時には何もいなかった筈なんだけどなー。

 死を覚悟して振り返り、そこにいたのは、


「……瓜坊?」

「ぷぅー」


 私の膝丈ほどの小さな猪だった。それも二匹。なるほど、この大きさなら下の草の方が大きいので見えなかったのも納得だ。

 一匹がつんつんと私の背中を突っついていて、もう一匹は少し離れて眠たげにしている。

 こ、これは……


「可愛い……」


 大きくなったらああ(・・)なるのだろうけど、これぐらいの大きさならなんとも和む。牙も小さく、刃物みたいな毛も子供だからかまだ柔らかい。撫でてみると意外なぐらい艶やかだった。

 撫でられると悪い気はしなかったのか、瓜坊の円らな瞳が細められる。その一匹の様子にもう片方もこっちに興味が出たのか、近づいてきた。やっぱりこっちも撫でると目を細め……いや、元々眠そうだったから完全に閉じてるな。寝てない? あ、起きてるか。


「ぷー」

「おおー」


 いやー猪ってか瓜坊てこんな鳴き声じゃないだろーとか思いはするものの可愛いからOK。可愛いは正義っていい言葉やね!


「ぷ?」


 やばい。やばいよー。これだけでもここに来たかいがあったなぁ。

 エサとかあればよかったんだけどインベントリに何もないのが致命的すぎるか。武器すらないしな! よくよく考えれば定番その2の回復アイテムすら持ってないねえ。駄目だこりゃ。


 ま、いいや今更だ。そういやスクショってどうやって撮るんだろ。あ、メニューにカメラマークがある。これか。後で夢見さんとか、その友人の趣味の合いそうな人にも見せたいなー。

 それはそうと、なんか大切なことを忘れているような。


「ぶも」

「……なぜに忘れてたし」


 そういえば親御さんもいましたね。つーかなんでこんだけ大破壊やった存在スルーしてるんだ私。そうか現実逃避か。

 後ろにはででんと巨大な影。今度こそ詰んだかなー、と思ったのだが。


「ぶもー」

「ぷー」


 親猪の鳴き声で瓜坊二匹ともとことこと離れていく。それを見て、親猪も私に背を向けてのっしのっしと何処かへと去って行った。


「……あれ?」


 後で知った豆知識だが。

 リアルで猪と遭遇した場合、背を向けて逃げ出すのはNG。興奮して襲い掛かって来るらしい。……ここまで現実的にしなくてもいいだろうに。


 ともあれ。

 なんとか助かった私はしばらく休憩してからその場を離れた。


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