プロローグ #1
ふわりと柔らかな、しかし鋭い風が髪を撫でた。
「――――あぁ」
思わず、感嘆の息が漏れる。
目を奪われるとはこの事を言うのだろうと、どこか呆然とした頭でそんなことを考えた。
どこまでも続く蒼の空と、広大な碧の大地。
遠くに見えるのは、地平線ではなく雲まで届く山脈が聳え立つ。
大きく息を吸い込めば、都会の街にはない澄んだ空気。
付近に咲く花の匂いだろうか? 甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「――――あぁ」
また、息が。
思わず、見える光景に頬が緩む。
空。
二つの太陽がこの風景を照らしている。その下を、白銀の竜が飛び去って行った。
大地。
数十メートル単位の巨木が幾つも蔓延り、一部に至っては水晶でできた樹が乱立している。その中を、これまた体の一部が水晶で構成されたオオカミが駆けていった。
その他、山脈の付近に浮かぶ明らかな人工構造物。森の中に唐突に生えている――というより突き立っている、果ての見えないバベルの塔的ななにか。
あと、さっきから私の肩で羽を休めている妖精っぽいもの。足を齧ろうとしてくるラクガキ風の小獣は崖下に投げ捨てた。
地球上には、間違いなく存在しない風景。
ファンタジー、いや、おとぎ話を形にしたような摩訶不思議な世界。
――ああ、やはり見ているだけでは満足できそうにない。
「ん。行こ、かな」
さっき小獣を放り投げた崖を覗き込む。目算、ざっとビル7階ぐらい。
落ちれば、普通は死ぬ。
ここが現実であるなら。
肩に止まったままの妖精っぽいもの――手のひらサイズの、透明な羽をもった女の子――を見るが、どうやらついてくる気らしい。これから私がやることを解っているようで、わくわくしているようだ。
「……物好き」
苦笑するが、相手は気楽に笑うのみ。まあ私も同類だから人(?)のこと言えないのだけど。
二、三度跳ね、足の具合を確かめる。ここまで休まず止まらず走ってきたが、瓶一本飲むだけで体の重さはなくなった。
さすがレアリティの高い代物というか、ちょっともったいなかったかも知れないけど、景気付けには丁度いい。
半透明の枠――ウィンドウを表示させ、リアルでの現在時刻を確認する。
うん、朝起きてすぐこちらに来ただけはある。まだまだこれからというところだ。
一度体の力を抜き、体勢を変えてそこで止めた。
さて、こういう時、言うべきことは一つ。
「あーい」
体を前傾姿勢に、
軸足に力を込めて、
「きゃーん」
あとは――一歩を大きく踏み出すだけ!
「ふらああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああい!!!」
それがこの世界――VRMMO「AlmeCatolica」での、私としての第一歩。
さあ、この世界の果てを見てやろう。