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チャプター 09:「疑念」

『帰還早々に呼び出しとは。今までの身の振りに、何か問題があったか?』

『わかりません』

 電脳内で、自嘲の混じるイデアへの応答を行いながら、シンは学院の廊下を早足で進む。

ラボから帰還後、学院長からの呼び出しを受けたシンは自室に荷物を置くなり、学院長室

へ向けて移動を始めていた。

『日頃の態度に対する叱責か。先日参加した調査の行動に何か問題があり、それに対する

問責か…………どちらにしても、ここから追い出される可能性がある。今まで閲覧した蔵

書は、全体の何%だ』

『現在32%程度です。有効な情報を収集できていない可能性が非常に高いかと』

『で、あろうな。それならば、ここへ残留する策を練らねばなるまい』

『はい』

 イデアが思案を始めると電脳内は無音となり、シンは予定された場所へ黙々と進んでゆ

く。

 階段を上り、目的の場所である学院長室の前で足を止めると、身体の向きを変え二度ノ

ックをする。

「………………失礼します」

 応答がない事に首を傾げるも、一言断り、室内へと入る。

 室内は無人。講義室の半分程度に相当する広さで、決して大きな部屋ではなかった。内

部の装飾は地味であり、その代わりに、扉以外の四方が書棚で埋められている。辛うじて

小さな窓はあるものの、室内は空気が篭っており、廊下よりも湿度が高かった。

 シンは、部屋の中心に居座るローテーブルに小さな紙が置かれている事に気がつき、歩

み寄りそれを手にする。


〝呼び出しておいて申し訳ないが、所用で研究室へ出掛けている。

 14時までには戻る予定だ。何も無い部屋だが、寛いでいてくれたまえ

                                バルトロ〟


 シンがメモ書きを読み終えると、電脳内のイデアは鼻を鳴らして憤った。

『呼び出しておいて待たせるなど論外だ。こちらは貴重な情報収集の時間を割いて出向し

ていると言うに…………いや、待てよ』

 電脳内で、イデアは不気味な笑い声を発した。

『ここには貴重な資料が眠っているかも知れん。学院書庫に収められていない資料があれ

ば十分だ。シン、この中で書庫に収められていない本を調べろ。背表紙の題名だけならば、

既にリスト化されている筈だ』

『了解。画像取得。題名のリスト化、検索開始します』

 数秒の検索の後、シンがイデアへ向け結果を報告する。

『全表題、四千二百十一。うち四千二百十は書庫にあるものと同一です』

『残りの一冊は?』

『表題の読み取り不能。検索結果から除外されました』

『ほう。それは、どれだ?』

 イデアの問いに、シンは迷いなく移動し、一冊の本を手に取る。

『無地だな。背表紙は…………これは珍しい。牛皮の上等なものだ』

 製本がしっかりとしているのにもかかわらず本の表紙に全く情報がない事で、イデアは

本の内容に興味を持った。

『シン、本を開いて内容を記録しろ。他のものが全て書庫に収められているのならば、こ

の一冊を全て取り込めばよい。無駄な情報ならば、後で削除すれば済む事だ』

『了解』

 赤茶色の表紙をつまみ、シンは内容の読み取りを開始する。見開いたページには小さな

字でびっしりと文字が書かれており、それが手記である事を物語っていた。時折現れる円

形の図に、電脳内のイデアが読み取られた情報に注目する。

『ほう。魔法が主流かと思っていたが、現代でも刻印術の研究は行われているのか。しか

し…………随分効率の悪い回路図だ。実用域に到達していないものばかりだな』

 読み取り作業を続けるシンが、イデアの感想に反応する。

『これらの刻印回路は、200年前に研究されていたものからかなりの発展が見られます。

一般的な刻印術とは一線を画す完成度かと』

『フン。マッドあいつらの設計した回路と比べれば、子供の工作のようなものさ』

 イデアの皮肉を他所に、シンは与えられた仕事を黙々と続けていた。バス幅が制限され

てはいるも、その読み取り速度は秒速四ページに上り、あっと言う間に手記の半分近くま

で取り込みが進む。

『…………うん? シン、何か落ちたぞ』

『拾いますか?』

 シンからの問いに、イデアは言葉として聞き取れないような唸り声で応じる。それを肯

定の意と認識したシンは、小さな紙の切れ端を拾い上げた。

 紙片に描かれていたのは、複雑怪奇な円形の刻印回路だった。シンの読み取った紙片の

データを読み込んだイデアは、電脳内で息を呑む。

『これは…………何故こんなものが!』

 イデアは手記の内容とはかけ離れた、非常に細かい回路を目で追う。特徴的な外周円帰

還回路を複数搭載したその紋様は、イデアの知る史上最悪の刻印回路。

『もしや、とは思うが。この学院にはとんでもない化け物が棲んでいるかも知れん………

…シン、手記の残りを素早く読み込め』

『了解』

 シンの読み取りが僅かに早まる。めくられるページには、より複雑で効力の高い刻印が

現れ始める。

『これはいよいよ…………確定か』

 次々に読み込まれる手記の内容を流し読みながら、イデアは苦々しい台詞を漏らした。

「おや? もう来ていたのかね」

 読み取りが終了し、音を立て手記を閉じた瞬間、ドアが開かれた。

 バルトロである。

「どうやらお待たせしてしまったようだね。それでは――」

 ねっとりと絡みつくような言い回しが途切れ、バルトロの視線はシンの持つ手記へと注

がれた。そして、猛烈な形相でシンへ迫り、手記を取り上げる。

「シン君。この手記の内容を、見たのかね?」

 声色こそ平静を装っているが、ギラついた視線から怒りの念が滲み出ていた。

 イデアが思案する。

『ふむ。ここで嘘をついてもいいが……別段、見たことを告白してしまっても問題はない

だろう。何より、これがこの男の持ち物であるなら、下手に情報を与えないほうが良い。

中を見たことは認め、内容が理解できなかったと説明しろ』

『了解』

 バルトロの鋭い視線を受けながら数秒沈黙したシンは、静かに口を開いた。

「申し訳、ありませんでした。題名が書かれていませんでしたので、つい内容が気になり

まして」

 認めた事により、バルトロは更に険しい表情でシンへ近づいた。

「これを、見てしまったのかね?」

「はい。ですが、内容はまるで理解できませんでした。これは、どのような内容の本なの

でしょうか?」

 それとなく、シンがバルトロへ探りを入れる。イデアが指示したものである。

「これを知らないのか? そうか…………なるほど、いいだろう」

 何かに安堵したのか、表情を緩めたバルトロがわざとらしく咳払いをして見せた。

「これは、大昔に編み出された、刻印術と言う技術を記したものだ。私が趣味で研究して

いるものでね。最も原始的なマナ利用法なのだよ」

「なるほど。興味深いですね」

 バルトロは垂れた目を細め、いやらしく笑む。

「しかしながら、単純な動作しか行えない。防御効果を期待して、マナの親和性が高い素

材を使用したメイルなどには用いられてはいる。だが、現代魔法のような高効率かつ高効

力の技術とは比べようもない。戦闘目的ならば、実用には程遠い代物さ」

「そう、なのですか」

 シンはバルトロの表情を読み取りながら、彼の発言を記録していた。刻印術を記した手

記の持ち主はバルトロでほぼ間違いなく、それは、イデアが警戒する理由には十分すぎた。

「まあ、それはいい。君を呼んだのは他でもない。先日、レイラ君らが行った不出の森へ

の調査についてだ」

「何か、問題があったのですか?」

 シンの質問に、バルトロはぬらりとした表情で首を振る。

「いやいや。誰も問題を起こしたという報告は無く、調査報告書は丁寧に作成されている。

君達は良くやってくれた…………だが、報告書には調査結果よりも興味深い事柄が書かれ

ていた」

「それは?」

 バルトロは手提げ鞄を開け、中から取り出した数枚の紙を机へ置くと、それを中指で二

度叩いた。

「ここだ。君は、ドラゴンに対して交渉を行ったそうじゃないか」

「いいえ」

 間髪入れず否定したシンに、バルトロは眉をひそめる。

「あれはドラゴンではありません」

「ほう。続けたまえ」

「自分の所見では、あの生物はドレイク。大型の猛禽と爬虫類の混生種で、赤い鱗と大き

な翼が特徴です」

 シンからの答えに、バルトロは顎に手を当て唸ってみせる。

「なるほど。君は、その生物がドラゴンではないと判断したわけだ」

「はい」

「ならば、君の知るドラゴンとは、どのようなものなのだ。それを聞きたい」

 バルトロの質問に、シンは思考を停止し、イデアが大声で笑い出した。

『アッハハハハハハハッ! なるほどそうか。それを知りたがるのは必然だ。だが、それ

は私も知りたい事なのだからな。実に滑稽だ』

 ひとしきり笑うと、イデアは自嘲の感情を漂わせながら、静かに話す。

『正直に答えていい。自分も知らない、とな』

『了解』

 それが、シン一人で思考しているのだと考えているのか、バルトロは辛抱強くシンの答

を待っていた。

「自分も、ドラゴンの姿は知りません」

 シンの回答に数秒硬直したバルトロだが、その後、気が触れたように笑い出した。

「ファハハハ! そうか! シン君も知らないと言うのか! 実に面白い!」

 本人は無表情のつもりでも、シンの怪訝な表情に鎮静効果があったのか、バルトロは息

を整えながら姿勢を正した。

「これは失礼…………しかし、君は面白いな。ベルタ君との決闘に勝ったと言う話も聞い

ている。私は実力が伴うからこそ生まれる説得力というものがあると考えている。君の目

指すドラゴンを、いつか見せて欲しいものだ」

「そう、願いたいものです」

 シンの印象が良かったのか、陰気ながらも上機嫌なバルトロは、手を後ろに組み、シン

を見る。

「私からの話は以上だ。退出してくれたまえ」

「はい、失礼します」

 深く頭を下げたシンは、踵を返し学院長室の扉へ身体を向けた。

 直後、扉を蹴破らんばかりの勢いで入室してきたのは、息を乱したレイラだった。表情

は固く、頬にも血の気が無い。

「どうしたのかね? 無作法な振る舞いとは、レイラ君にしては珍しい――」

「学院長!」

 バルトロの台詞を遮るも、呼吸が未だ整わないのか、レイラは二の句が次げなかった。

それが緊急の事態であると察したのか、バルトロは静かにレイラの言葉を待つ。シンもそ

れに倣った。

「…………失礼、致しました。学院長、緊急事態です。不出の森にて、カニバルスプラウ

トの発生が確認されました」

「…………何だと?!」

 バルトロの一言を最後に、学院長室の空気は一瞬にして凍りついた。


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