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チャプター 08:「狂気の落とし子」

「なるほど。これは面白い」

 時刻は正午であるにもかかわらず、一筋の太陽光も差し込まない鬱屈とした岩窟の中で、

ランプに照らされ報告書を読む男が居た。湿度の高さか、縮れた頭髪は汗によって頬に張

り付き、垂れた目が更に陰気な性格を現している。

 彼の名は、バルトロ・アルベルティ。ベラドンナ魔法学院の院長を務める男である。

「これはいい。使えるかもしれない」

 他に誰も居ない岩窟の中で、一人で相槌を打ちながらレイラの提出した書類を読み進め

る。

そして、時折移る視線の先には、円の中に複雑怪奇な模様が描かれた紙が置かれていた。

 水の滴る音が聞こえる程度の静かな場所だが、余程集中しているのか、バルトロは近づ

いてくる足音に気がつかない。

「相変わらず陰気な奴だな」

 バルトロは突然の声に驚き、身体を強張らせた。

「…………うん? 何だ、ダリオか」

 纏わり付くような視線を向けた先には、鷲鼻金髪の男が腕を組んで立っていた。年齢は

中年で、バルトロと同程度である。だが、つま先から頭の頂まで手入れが成された小奇麗

な男だった。

 やってきたのが気の知れた人間であった為か、バルトロは再度手元の資料へ視線を落と

す。

 その反応に慣れているのか、ダリオと呼ばれた鷲鼻の男はため息を吐いた。

「おい、バルトロ。お前に言われたとおり、例の刻印を実験してきたぞ」

 興味のある事には反応するのか、バルトロは僅かな間の後に手を止め、ダリオへと視線

を持ち上げる。そして、バルトロは思い出したかのように愛想笑いを浮かべた。

「ああ、それはご苦労だったな。それで、どうだった?」

 期待に満ちたバルトロの視線を受けたダリオは、腕を組んだまま目を閉じ、首を横に振

る。

「駄目だった。やはり、魔法の才能を持たない人間の精神網では受け止められないらしい。

現状では、縫い付ける(・・・・・)精神網に問題があるのか、縫い付けられた人間の才

能に依存するのか、判断がつかない」

「ふむ」

 ダリオのもたらした結果に、バルトロは暫く思案し、視線を戻す。

「ところで、なんだが。実験に使った奴はどうなった? できるなら、再利用したいのだ

が。材料の確保も面倒だからな」

 その一言に、ダリオは突然大声を上げ、腹を抱えて笑い出す。友人の取った奇妙な行動

に、バルトロは眉をひそめた。

 そして、ひとしきり馬鹿笑いしたダリオが、息を整えながら口を開いた。

「くく……いや、悪い。実験体の事を思い出してしまってな。そいつだが」

 ダリオは、自分の右手を握りこみ、弾くように開く。

「背中の刻印に、他の実験体から剥ぎ取った精神網を接合した途端、木っ端微塵だ。見事

なまでバラバラに弾けたぞ。人形に掃除させるのが大変だった。だが…………いや……く

くっ…………傑作ではあったな」

 未だ笑うダリオを冷ややかに見つめながら、バルトロは顎をさする。

「再利用は無理か。まあいい。もとより、時間が掛かる事は覚悟していた」

「そうだな。魔法より単純と言われる刻印術で、魔法より高度な動作を行うわけだからな

……この刻印を生み出した先駆者の研究資料があれば良いのだが」

 ぼやくダリオに、バルトロは苦笑した。

「仕方あるまい。凡人には、この刻印がどれ程の芸術作品か理解できないのだ。他人の精

神網を刻印で接合・・し、マナの生成量を倍増させる。などと言うイカレた(・・・

・)思想であるのにもかかわらず、それを実現してしまう刻印回路は酷く繊細で綿密。こ

れを考案したマッド・ドクターズは間違いなく天才だ!」

 賛美するバルトロへ、ダリオは苦笑を返した。

「もう何度も聞いたさ。大昔に存在した天才科学者集団だろう? だが――」

 ダリオは自分の髪を指に巻き、自嘲気味に笑む。

「我々がメイジ協会へ返り咲く為の研究が、過去に生み出された刻印の復元とはな。いさ

さか滑稽ではある」

「それは仕方のない事だ。魔法は、未だ解明されていない部分が多い。現状では、術者の

先天的な才能に依存せざるを得ない分野だ。そのような不確かなものでは、研究を行う以

前の問題であろう?」

「確かにな。現代でまともな研究を行えるだけの資本力と技術を持っているのはアイリス

くらいのものさ。隣国が中立国で本当に有難い。我がブーゲンビリアでは、アイリスとは

勝負にもならんからな」

 バルトロは、友人の物言いを鼻で笑う。

「やめろ。起きもしない事を憂うなど」

 ダリオを咎めながら、バルトロは報告書に小さな字で覚書を始める。内容は、シンにつ

いての考察だった。

「…………そうだ。ボリスはどうした?」

 壁際に置かれた本棚を漁っていたダリオは、バルトロの質問に振り返る。

「ああ。あいつなら、新しい実験体を探している」

「そうか」

 その応答を最後に、岩窟の内部を静寂が支配した。静かな空気を震わせるのは、水の滴

り落ちる音、ダリオが本のページををめくる音と、バルトロがペンを走らせる音。

 そして、小気味の良い音と共に書類へピリオドを打ち、バルトロが立ち上がる。ダリオ

は手を止め、バルトロを見た。

「どうした? もう、今日の研究は終わりか」

 ダリオの言葉に、バルトロは陰気な笑みで答えた。

「これから、新しい実験体候補と面談さ」


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