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チャプター 04:「三導師」

「一体…………彼は…………」

 講義終了後、学院生達の足音や話し声が聞こえる廊下で、レイラは一人呟いていた。彼

女が指す彼、とは、突然現れた凄腕の剣士、シンの事である。出会ったばかりで、相手の

素性や内に隠された本性はまるで見えず、学院で自他共にトップと認めるカインをあっさ

りと倒してしまうような凄腕の剣を持っている。

 そして、それをまるで感じさせない落ち着いた雰囲気を纏い、肉付きも良いわけではな

い。成人男子の平均よりも体格が良い剣士達の中で、シンの身体は驚くほど細かったので

ある。

 なにもかもが自分の基準とズレており、今までに見たことがないタイプの剣士。興味を

持たない筈がない。シンが口にしていた冗談も、本当の事ではないのかと考えが変わり始

めていた。

「いけないわ…………出会ってまだ幾日も経っていないのに」

 シンを深く探ろうとしている自分の思考に気がつき、目を閉じ頭を左右に振ると、ため

息交じりに呟く。それは自戒の意味が強い。

 だが、一度気になり始めると簡単に思考を切り替える事はできない。頭の端に揺らめい

た疑問符が思考を促してくると、レイラはまた、シンについて考え始めていた。

 そして、ぼんやりと歩く彼女の行く先には、頭一つ分は大きな剣士が立っていた。

「あっ…………ごめんなさい」

 謝罪と共にぶつかった相手へ視線を持ち上げると、そこには、よく知る金髪の男が微笑

していた。

「これはこれは。優秀な我が妹が、一体どうしたんだい?」

 カインだ。

「お、お兄様……止めてください」

 兄のニヒルな笑みに、レイラは険しい視線で抗議する。だが、顔を赤らめる彼女に迫力

は微塵もなかった。

「何故ぼんやり歩いていたのかは…………まあいい。それよりも、今日は一つ提案があっ

てね」

「提案、ですか?」

 カインの表情が真剣なものに変わった事で、レイラも同じように表情を引き締める。そ

して、次の言葉を待った。

「実は、ここの所とある生徒に付き切りでね」

「シン君、ですか?」

 カインは頷きながら、話を続けた。

「そのシン君なんだが。話を聞いた時は、大きな事を口にして周りの注目を惹きたいだけ

のお調子者なのか、それとも、本当にドラゴンを倒そうなんて考えている妄想家なのか。

そのどちらかだろう、ってね」

 苦笑しながら、カインは日の差し込む窓の外を眺めた。

「だが彼は、僕が考えていたものよりも遥かに優秀な剣士だったんだ。肉厚の片手剣、諸

刃の大型剣、訓練用の細剣、短剣までも。あらゆる重量、長さの刃物を器用に使いこなし

て見せてくれた」

「……見せてくれた?」

「ああ。僕との訓練でね」

 レイラが視線を向けた兄は、ばつの悪そうな表情で頭をかいた。

「はは…………情けない事に、彼がどの得物を使っても僕の剣戟を当てられないんだ。得

意な細剣でさえ、大剣を持った彼を捉えられない。短剣や細剣は鞭のように。大きな剣は、

その重量を活かした反作用で巧みに回避して見せる」

 シンを賛美するカインに、レイラは眉をひそめた。彼女にとって、兄は国内最高の剣士

であり、自分の知る最高の剣士であると信じていたからだ。

「お兄様は、シン君を讃える為に来たのですか?」

 あからさまに不機嫌なレイラの物言いに、カインは苦笑しながら首を振る。

「いいや、そうじゃない。シン君は僕から見て、腕だけなら過去最高の剣士だ。で、ある

ならば、探索実習へ同行させても良いんじゃないか、とね。そう思っている」

「な…………何を言っているのですか?! 学院へ来て間もない彼を不出の森へ?! 前

途有望であるならば、もっと経験を――」

 レイラは、自分のブロンドを激しく揺らしながら声を荒げ、兄へ詰め寄った。だが、そ

の台詞を遮るように、カインは左手をレイラの口元へ差し出した。

「その経験が、彼には致命的に欠落していると考えるからだ。矛盾した話だが、彼は剣の

腕が達人級なのにもかかわらず、その他の常識をあまりに知らなさ過ぎる。剣士であるな

らば、洞察力や直感に頼らねばならぬ場面も出てくるだろう。だが、それは積み重ねた経

験が生み出すものだ。シン君にはそれがない」

「危険地帯で、それを磨くべきだと?」

「そうだ。あの森の生物程度・・ならば、不意打ちを受けても彼はやられないだろう。

だが、そうした注意の外からもたらされる攻撃や、大群を相手にした場合の経験は十分に

積める筈だ。そうすれば、シン君はもっと強くなるだろう」

 カインの意見に、レイラは目を閉じ数瞬考える。そして、薄く見開いた瞳と共に、口を

開く。

「お兄様は…………シン君に強くなって欲しいのですか?」

「勿論だとも。どんな人間であれ、この学院にやってきた生徒たち全員が、強くなるよう

望んでいる。戦士としての誇りを持つために。死なないために、ね」

 カインの意見に一理あるとは思いながらも、レイラは未だ納得しかねていた。

「そう、ですね。では、私を含めた学院三導師の意見を纏めた後、改めてシン君に参加の

意思を聞く形で宜しいでしょうか?」

 レイラの回答に、カインは満足げに頷いた。

「うん、それでいい。彼もやる気だからね。何が何でも参加しようとするさ」

「それは…………どういう事ですか?」

 怪訝な表情のレイラに、意地の悪い兄がニヤリと笑む。

「それは秘密だ。シン君には、やる気になるような情報を与えただけさ。まあ、レイラの

心配するような事は起きないさ…………さて。僕は失礼しようかな。明日の講習を準備し

ないとね」

「え、ええ」

 ヒラヒラと手を振って去ってゆく兄の背中を数瞬眺め、そして、自分の向かうべき集会

場へと歩き始める。

 レイラが進むにつれ廊下の装飾は華やかで豪奢になり、更に進んだ廊下の突き当たりに

その部屋の扉はあった。扉には〝三導師会議室〟と彫り込まれている。鈍い金色に光るノ

ブに手を掛けると、レイラはそれを静かに回し室内へと入った。

 室内には、男女が各一名着席している。左手に座る、髪を逆立てた女は、レイラを見つ

けると気だるげに手を挙げてみせる。そして、彼女が入室した事に全く反応しない茶髪の

男は、机に突っ伏したまま唸り声を上げていた。

「ベルタ、遅れてごめんなさい。あら…………ギリアンはどうしたの?」

 レイラの話しかけた逆髪の女、ベルタ・アグエイアスは、うんざりた様子で両手を上げ

る。

「何だか知らないが、尊敬しているメイジが引退したらしくてさ。今日一日ずっとこんな

状態なんだ。女々しいったらありゃあしない」

 ベルタの挑発に、ギリアンと呼ばれた男はばね仕掛けの罠のように頭を上げ、険しい視

線をベルタに送る。

「君は……あの御方がどれほどのメイジか理解していない! 練電の魔女、エディ様の事

をな! 北方では、知らない人間など居ないくらい有名なんだぞ? それをお前は――」

 噛み付かんばかりの勢いで鼻先を近づけるギリアンに、ベルタは口をへの字にしながら

鼻で笑う。

「ああ、わかったわかった。あたしだって練電の魔女くらいしってるよ。発電系のメイジ

で、戦術攻撃レベルの魔法を使うんだろ?」

 ベルタの言葉に、ギリアンは途端に表情を緩めると、嬉々として話し始める。

「ああ、そうだとも! 彼女は――」

「だからって、それがどうした?」

「…………なんだと?」

 挑発的な言葉で遮ったベルタが、ギリアンとにらみ合う。

 だが、一触即発の空気を感じ取り、直ぐに割って入ったのはレイラだ。

「もう、二人ともやめて! ベルタはもっと相手を気遣った言葉を選んで頂戴? ギリア

ンも、そんなに落ち込まなくても大丈夫よ。貴方の尊敬する方のでしょう? きっと何か、

考えがあっての事なのよ」

 慣れた様子で場を諌めたレイラは、にらみ合いをやめた二人を見て安堵のため息を漏ら

す。

「今日にも、不出の森へ同行する剣士の選抜を始めなければいけないわ。私達の判断に、

探索隊全員の命が掛かっているの。慎重に、適正な人材を選びましょう」

 即座に議題を提示した事により、二人はそれ以上言い争う事もなく、会議が開始された。

 暫く、予め用意されていた資料に目を通した三人は、閲覧が終了すると顔を上げる。

 そして、顔を上げ真っ先に口を開いたのはベルタだ。

「まあ。いつもと同じ二人になるんじゃないか? 今回はギリアンが休みの番だろう。と

するなら、あたしの相棒はカイン教官、レイラの護衛はレネだな。それ以外の奴を連れて

行っても死ぬ可能性が高い。勝手に死ぬのは構わんが、こっちまで巻き添えはご免だ」

 ベルタの物言いに、レイラは眉間にしわを寄せる。

「ベルタ。またそんな言い方を――」

「いや、僕も彼女に賛成だ」

 レイラの言葉をを遮ったのは、先ほどまでうろたえていたとは思えない、引き締まった

表情のギリアンだった。

「森の調査は、僕達の実習であると共に、メイジ協会から受ける正式な任務でもある。も

しも危険指定されている生物が確認されたとしたなら、僕達はその情報を確実に持ち帰ら

なければならない。協会がその後の対応を取る為にもね。代わり映えのしない人選だろう

と、確実性に勝る選択なんてないさ」

「それは…………そうね」

 ここままシンの事を提案しなければ、会議は事なきを得る。だが、それでは兄に対して

あまりに不誠実であろうと考え、ため息を共に二人へ目配せした。

「実は、お兄様は今回の調査に是非参加させたいと言っている剣士がいるの」

「ほほう……それはそれは。一体、どんな輩なんだ? お前の大好きなお兄様が推薦する

となれば、それはものすごい剣士なんだろう?」

 口角を吊り上げたベルタの表情は、レイラをからかおうといわんばかりである。付き合

いの長い友人が見せた予想通りの反応に、レイラは眉間にシワを寄せながら続けた。

「今月入学した、シンという青年剣士です。カイン教官と何度も模擬戦を行い、教官が実

力十分と判断したようです」

「シン? どこかで聞いたような……」

 レイラが口にした名前に聞き覚えがあったのか、ベルタは机へ視線を落とし思案する。

そして、突然気が触れたかのように笑い始めたのである。

 その様に、レイラは肩を竦める。

「くくく…………ああ、悪い。そいつなら知ってる。3週ほど前に正門でドラゴン討伐を

宣言してた奴だろ? レネとやりあったって言う」

「そうね。レネを見事に負かして見せたわ」

 腕を組み、目を閉じたまま微笑していたベルタだが、その後、見開かれた瞳は鋭く煌い

た。

「お断りだね。ホラを吹く奴は、あたしが一番嫌いな人種なんだ。一流の剣士ならば、ド

ラゴンと相対する事がどんな事なのか理解している筈だろう。あたし達メイジや剣士達は、

止むに終えず、討ち取らねばならない場合のみ、決死の覚悟で奴と戦う。誰も好き好んで

戦おうとは思わない。討伐したいと口にするような輩は、自分の実力を見誤った無謀者か、

注目を集めたい目立ちたがり屋と相場が決まってる」

 ベルタの正論に、レイラは苦笑いするのみである。左手に座るギリアンも、ベルタの意

見に黙って頷いていた。

 レイラは、事なきを得たと安心する。

「しかし、気に入らないな」

「…………えっ?」

 ベルタの零した一言に、レイラは顔を引き攣らせた。それは、好戦的で実力至上主義な

友人の悪い癖だった。

「できもしない事を平然と口にする。一度身の程を教えてやった方がいいんじゃないか?

それなりに剣の腕があろうと、無鉄砲で思慮の浅い奴は早死にするだろうかなら」

「貴女はまたそうやって…………」

 ベルタを窘めようと口を開くも、レイラはカインが口にしていた言葉を思い出す。もし

もシンが参加に意欲的であれば、ここでベルタに止めてもらったほうが良いのかもしれな

いと思い直した。ベルタは戦闘狂ではあるが、命までは取らないと知っている。そして、

メイジの中でも異端者であるベルタならば、単独でシンを制する事ができるであろうと考

えた。

「いえ、そうね。ベルタが実力を測ってくれるならば確実だわ。貴女に勝てるようなら、

シン君を一流と認めざるを得ないでしょうから」

「そうだな。あたしに勝てるなら、ドラゴンを狩るなんて寝言も現実味を帯びてくるわけ

だ」

 口にはしたものの、目の前で不敵に笑むベルタがシンに負けるとはとても思えなかった。

そして、不敵に笑むベルタも、その表情は勝利を確信しているかのようだった。目配せし

たギリアンも意見に賛同する素振りを見せ、無言で頷いて見せた。

「では、早速シン君に参加意思の確認を――」

 今日の会議があと僅かで終了するという時に、会議室内へノックの音が転がり込んだ。

「どうぞ」

 入室を許可し、開いた扉から姿を現したのは、黒のコートを纏った黒髪の青年。

 シンである。

「おやおや…………早速ドラゴンキラー様のお出ましか」

 攻撃的な笑みでシンへ視線を合わせたのはベルタ。対するシンは、その視線に首を傾げ

ながらレイラを見た。

「街の北にある不出の森へ行けばドラゴンに会えると聞いてやって来た。だが、入るには

探索隊への参加か、メイジ協会への申請が必要なのだろう? カイン教官からの推薦状も

ある。探索隊へ参加させてくれないか?」

 レイラは思わず舌打ちしそうになった。だが、その相手はシンではなく、兄であるカイ

ンである。

「構わない、と言いたい所なのだけれど」

 言葉を切るレイラがアイコンタクトしたのは、右手で嫌らしく笑むベルタ。

「あたし達はお前の実力に懐疑的なんでね。少し試させて欲しい。なに、ドラゴンキラー

を志望するならば、どうということはないさ」

 ベルタの言葉に、シンは固まったまま数秒動かず、その後に、静かに口を開いた。

「わかった。早速頼む」

「いいとも」

「ああ、それなら」

 左手に座るギリアンが手を挙げると、前方に置かれた書類を指先で二度叩く。

「僕は他の書類と森の地図を整理しておくよ。僕は今回探索に参加しないから、これくら

いの手伝いはさせてもらえるかな?」

「ありがとう。お願いね」

 ギリアンに微笑を返すと、レイラは先行するシンとベルタに続いて会議室を後にした。


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