チャプター 23:「エピローグ」
「シン。目が覚めているなら応答しろ」
メンテナンスシェルに収まっていたシンは、博士の問いを認識し、静かに目を開けた。
「はい。各部、正常に稼動しています」
自分の義体へ意識を移していた博士が、満足した様子で頷いた。
「よし。封印解除に手間取ってしまったが、スペアが正常に動いて何よりだ」
博士の声を聞きながら、シンは自身の電脳にロードされたデータの整合分析を行ってい
た。しかし、何故自分が目覚めたのか、情報の整合が取れず、各部の連続性に疑問が生じ
ていた。
「博士。俺は」
シンの疑問を正しく汲み取ったらしい博士は、目を伏せ、二度頷いた。
「私や、お前の記録は、カニバルスプラウト討伐の直後までしか残っていない。そこで私
は、本機に異常が生じ、何らかの理由で回収不能になったのではないかと推測した。私が
目覚めたのも、それが理由であると」
博士は、蒸気の上る珈琲を一口含むと、それを静かに飲み込み、微笑する。
「この研究所に残されているログを解析した結果。ガジャルグが二度目の照射を行ってい
る事が判明した。そして、衛星経由で私の再起動とバックアップロードの指示が来ていた。
これが、私が目覚めた理由だろう」
黙って話に耳を傾けるシンから視線を外し、博士は背もたれに身を預ける。
「お前の封印解除と異常点検をラボの機械に任せている間、私はガジャルグが照射された
場所へ向かった。事故で発射されてはならないものだ。発射理由が明確でない以上、それ
は看過できなかったからな。そして…………そこで赤髪の剣士に会った」
シンが目を細める。
「レッド、ですか?」
シンからの問いに博士が首肯した。
「ああ。幸い敵意はなかった。少し話したが、そのレッドは私の事を知っているようだっ
たな。そして、奴は自分の所属国以外詳しくは語らなかった。代わりに、これを見ればわ
かるのではないかと、こいつを差し出してな」
話しながら、博士が白衣のポケット取り出したのは、煤けた多角形の立方体だった。シ
ンは、それが自身と同型のメモリーモジュールであると気がつく。
「それは…………一号機のものですか?」
「ああ、そうだ。そして、こいつのデータは生きていたんだ。つい先ほど解析が終わって
な。今…………お前にも送る」
優しく笑いながら、未だ接続されている、シンの通信用ケーブルを解して、情報を送る。
シンの電脳内に、新たな情報が流れ込んできた。
レイラと過ごした時間。
レッドとの戦い。
禁呪と相対した自分。
そして、レイラとの約束。
「俺、は…………」
それが新たな情報ではなく、自分自身のものであると確信したシンは、自分の視界がぼ
やけている事に気がついた。
そして、頬を伝い流れ落ちたのは、無色透明な眼球潤滑液。
「フフッ…………いびつだが、お前はもう………………人なんだな」
博士が満足げに笑みを零す。それは、我が子の成長を喜ぶ母にも似たものだった。
「博士。俺は――」
「ああ…………行って来い。私はまだ、こいつの解析を続けたい。お前だけで会ってくる
といい」
首肯したシンは、即座にスーツを見につけ、一号機のそれと同じように保管されていた
AVSを装備すると、研究所から飛び出す。
迷いなく研究所の広場に出たシンは、地上へ降りる為のラグへ飛び乗り、ベラドンナ近
郊の広場を目指す。
ものの数分で現場に到着したシンは、それが地面に着く前に飛び降り、学院へ向けて走
り出す。
レイラが気がかりだった。
自分が何故そこまで駆り立てられているのかわからなかった。
しかし、シンはそれに抗うことなく、学院へひた走る。
「レイラ…………」
シンが到着した学院は混乱を極めていた。学院や街の要職が纏めて居なくなった事によ
り、その様子は学院だけでなく、市街にまで広がっている。人が慌しく行き来し、未だ若
い学院生徒は、その場でただ戸惑うばかりの様子。
シンは、慌しい学院の中を歩き回り、レイラを探す。ティールーム、書庫を回り、それ
らのどこにも居ない事を確認すると、最後に向かったのは三導師会議室。
「レイラ」
静かに扉を開け、呼びかけると、椅子に座り、呆然としていたレイラが映る。
そして、呆然としていたレイラの目が、シンを見た。
「………………えっ? シン、君?」
「ああ」
シンが応答した瞬間、レイラは飛び上がるように椅子から立ち上がり、シンへ駆け寄っ
てその身体を抱きしめた。
シンは状況を察し(・・・・・)、レイラの背中に、そっと手を回した。
「ベルタも、ギリアンも…………皆死んでしまった。貴方まで居なくなったと思って、毎
日泣いてた」
すすり泣きながら、シンは左手で、レイラの髪を優しく梳いた。
「帰って来てくれなかった。嘘つき、って。でも――」
「ただいま」
レイラが顔を上げ、シンを見つめる。
そして、涙で濡れたまま、満面の笑みを作った。
「おかえり、なさい」
<< 完 >>




