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チャプター 21:「崩壊」

「どうだ。やれそうか?」

 薄緑色の淡い光とと、暖かなオイルランプの光に照らされる研究室内で、レイラをはじ

めとした三導師は荒縄で部屋の隅に拘束されていた。

 部屋と形容するには広すぎるその場所で、バルトロとその関係者が奇妙な篭手を装着し、

調整を行っている。よくよく観察して見ると、それは金色の光沢を放つ、マナと親和性の

高い金属でできており、複雑な文様が描かれている。

「あれは…………もしかして」

「ああ。魔法具だな」

 隣に座るベルタが、訝しげに呟いた。そして、内心はレイラも同じ気持ちである。何故

自分たちが捕らえられなければならないのか、バルトロ達が一体何を始めようとしている

のか、まるで見当がつかなかった。学院の長として一定の信頼と尊敬の感情を持っていた

レイラだが、その実、バルトロが臆病者である事も、陰気な男である事もよく知っていた。

 それだけに、今回のような大それた事をしでかすとは考えにくく、それが、レイラの混

乱を招く大きな理由。

 しかし、今はそれよりも優先すべき事があった。

「ベルタ、ギリアン」

 名前を呼び、目配せすると、その目の動きだけで、脱出の手段と順序を伝達する。

 一番の障害は、研究室そのものへ掛けられた対抗障壁である。

 地脈からマナを吸い上げ、自動で魔法を打ち消す対抗障壁だが、燃費の悪い刻印術で動

作している事や、人を介さないシステムである事、同じ動作を行うカウンタークラフトが

高位の魔法である事から、高性能な対抗障壁であっても、一分間に三度の間隔でしか打ち

消しできない。そして、機械的に繰り返されているその波動を、レイラは敏感に感じ取る

事ができていた。

 それは、レイラに魔法発動の猶予が、二十秒残されている事を意味していた。

「ふう…………」

 意識を集中させ、脳内で魔法のイメージを固めて行く。できる限りコンパクトに、素早

く、必要な熱量を縛られている縄だけに集中させる。大魔法を行使するのには、多くの時

間が必要になるが、逆もまた難しい技術である。一流のメイジでなければ、メイジ本人の

身体にダメージを与えないような最小の魔法を撃つ事はできない。

 しかし、レイラは学院の最優秀生徒であり、発熱系魔法の専門家である。学生レベルで

は到底不可能な、対抗障壁の合間を縫った魔法発動を可能とした。

「…………一度目」

 バルトロ達に気づかれないよう、レイラはギリアンの縄を焼く。自分の肌ごと焼かれて

いる痛みに耐えるように、しかし表情を変えないよう、ギリアンは火傷に耐えていた。

 打ち消しの波動が来た事を感じながら、レイラは同じように魔法を練った。マナが精神

網の内側で一定の回路を通り、熱の発生から増幅までを最もシンプルな経路で発動させる。

「くっ…………」

 僅かに顔をしかめ、熱さに耐えるギリアンだが、レイラの巧みな技術により、たった二

回で縄を切ることに成功する。

 しかし、まだ終わりではない。逃げるためのきっかけを作るギリアンと、レイラと同じ

最小の規模で自己強化を施したベルタが三人を牽制し、その隙を突いて脱出する算段であ

る。

 次に、悟られないよう注意しながらベルタの縄に取りかかる。集中力の必要な動作であ

るだけに、たった数十秒でレイラの首筋にも玉の汗が浮き出るが、それを押してでも、今

は逃げることが先決だった。何をされるかわからなくとも、それが、自分達を拘束しなけ

ればならない事となると、逃げない選択は無い。

「ふう…………?!」

 深く息を吐き、意識を集中させる。魔法の狙いをベルタへと変え、一度目のキャスト。

 しかし。

「全く…………少しおとなしくしてもらえないものかね」

 未だベルタの縄が切れていない不利な状況で、バルトロの視線がレイラ達へと向く。そ

してその台詞から、バルトロが自分たちの動きに気がついている事を察し、顔をしかめる。

「うっ…………おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 しかし、ベルタは諦めていなかった。レイラの魔法によって著しく耐久力が落ちた縄を

強引に引きちぎり、その場に立ち上がる。

 そして、それに応答するように、縄の切れていたギリアンが立ち上がり、前方へ手を向

ける。

 ギリアンの右手には、マナを可視光線へと変換する簡単な魔法の発動兆候が現れた。指

向性の高い閃光を浴びせかけ、その隙に脱出をはかる。

 直後、ギリアンの右手付近で幻影のような剣閃が煌めいた。

「全く…………手間のかかるガキだ」

 地面へ無造作に落下したのは、ギリアンの右手。

「ぐっ……あ、ああ…………?!」

 遅れてやってきた切断の痛みと手を喪失した衝撃に、ギリアンはその場にうずくまった。

 剣を鞘に納めた栗色の髪の男が、バルトロを見る。

「バルトロ。まだか」

 自分の篭手を調整していたらしいバルトロが、数瞬の後、男へ視線を返した。

「…………ああ。私も完了だ。さて…………それでは」

 バルトロの粘り着くような視線が漂い、捕らえたのは、学院生徒三人の中心に立ち、バ

ルトロを睨むベルタだった。その瞳には怒気を超越した憎悪と殺意が渦巻いていた。

 しかし、構えるベルタに近寄る男は、まるで動じた様子がない。

「よくも……ギリアンを!」

 ベルタが動いた。

 刃物を持った相手に挑みかかる事ができるベルタの自信は、自身の格闘スキルに裏打ち

されたものである。事実、彼女の戦闘能力は魔法を用いない通常戦闘においても、対人な

らば十分に脅威である。

 しかし不運な事に、相対する男は、魔法を用いない戦闘の専門家だった。ベルタの鋭い

拳打を軽く受け流し、隙を突いて鳩尾へ強烈な打撃を加える。

「大人しくしていろ」

「ぐっ…………?!」

 鋼の篭手に保護された拳は十分な威力を発揮し、致命打を受けたベルタはその場にうず

くまる。そして、ベルタの髪を鷲掴みにすると、本人の抵抗を物ともせず、ダリオの近く

まで引きずって行く。

「ああ、ボリス。悪いな」

「構わん……こいつが暴れると施術が遅れそうだ。最初に頼む」

 鼻で笑うボリスと、その様を狂ったように見つめるバルトロ。

 何もできず、事態を見守る事しかできないレイラも、一体何が起こるのか、恐怖で視線

を外すことすらできない。

「では…………行くぞ」

 ダリオがベルタの頭蓋を鷲掴みにするように握ると、篭手の文様が緑色に輝き始める。

「あ、ああ…………」

 薄く目を見開いたベルタが、何かを悟ったように視線を動かした。その先に居るのは、

自分の手首を抑えながら痛みに耐えるギリアン。

「ギリアン。今まで言えなかったがあたしは…………お前の事が――」

 その直後、登頂から緑色に光る人型の精神網が引きずり出された(・・・・・・・・)。

そして、ベルタは全身から血を噴き出し、糸を切られたマリオネットのようにその場へ倒

れ込んだ。

 レイラは焦点を定められないまま、何が起こったのか本能的に理解してしまった。目を

見開き、それが現実であると理解しているのにもかかわらず、レイラの感情はそれを否定

し続けていた。

 そして、精神と身体の歪みが限界に達し、レイラの理性は粉々に砕け散った。

「どうして。ベルタ? あ、ああ………………いやあああああああああああああああああ

ああ!」

 研究室に響く、空気を引き裂くような悲鳴。

 しかし、わめき散らすレイラと深い憎悪を目にたぎらせたギリアンを余所に、バルトロ

達は淡々と作業を続けた。

「よし。剥離は成功した…………念のため結合は外で行おう。ボリスはそいつらの監視だ。

そしてその次は…………君だよ。ギリアン君」

 バルトロは、心から安らいだかのような微笑を浮かべた。


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