チャプター 20:「進化」
『具合はどうだ? 粗製のパーツだが、悪くはない筈だ』
午後六時半。レッドとの死闘から戻ったシンは、割り当てられた寮の自室で、切り落と
された腕の交換を行っていた。学院に籍を置いてから殆ど自室を利用していないシンでは
あったが、カニバルスプラウト攻略時、万が一の事態を想定し、脚部と腕部の交換部品は
予め持ち込まれていた。厳重に封印された銀色の大型ケースを開けたシンは、胸部の補助
腕を使い、喪失した腕部を接合部から切り離し、仮の腕を装着する。
博士の補助もあってか、腕は苦もなく交換が終了した。
『よし。現状では通常稼働も可能ではあるが………………念のため脚部も変えておこう。
歩行に支障をきたす事は、いろいろと具合が悪いだろうからな』
『了解』
コートをすべて脱ぎ、全裸になったシンは、輪切りにされたような痛々しい腕の接合部
を露にしながら脚部の交換を行った。ベッドに腰掛け、臀部から丸ごと両足を交換し、同
じように、電脳内で博士がバランス調整を行う。
雑ながら人工皮膚でコーティングされている腕部のパーツとは違い、換装された脚部パ
ーツは銀色に光る旧式のものだった。エネルギー入力容量、出力共に、本来のスペックか
ら大きく劣るものである。
『こちらは本当に仮のものだが、完全に損傷した脚部よりはマシだろう。歩行に問題はな
いか?』
博士に促され、シンは立ち上がりながら、脚部からのレスポンスを観察した。
『博士のバランス調整により、歩行には問題ないレベルです。今回のような戦闘でなけれ
ば、大きな問題は無いかと』
シンの意見に、博士は電脳内でから笑いにも似た声を上げた。
『冗談ではない。あのような化け物が居てたまるものか…………ああ、いや』
ふと、自分の思考が現代に染まっている事に気がついた博士は、その笑みを自嘲へと変
えた。
『フフッ………………私としたことが。そもそも、ああいったモノと対等に戦えるようお
前を生んだのだがな。どうやら、私の常識もようやく現代に適応しはじめたらしい』
『いえ』
短く否定したシンに、博士は声を消す。
『今回は十分な戦果を上げられたと判断します。計画書を見る限りでは、本来の刻印術だ
けで、俺のスペックと同等、あるいは僅かに勝っている相手です。その上、レッドは魔法
を修得し、計画書を遙かに超えた戦闘能力を有していました。攻撃力だけなら、一般的な
戦力換算で軍団に匹敵するかと。最早戦略兵器の類です』
シンの意見に、博士は感心した様子で声を漏らす。機械然とした肯否定ではなく、シン
自らが状況分析を行った上での意見である事が、博士には何より重要な事柄だった。
人工知能は進化し得るのか。
自身が自身へ突きつけた難題に、博士は答えを見いだし始めていた。
『…………うん? もうこんな時間か。今夜も、あの少女とティールームで逢瀬か』
昼の喫茶店で、シンが趣向飲料のデータ収集を本気で行っている事を知り、シンのログ
データを閲覧した課程で、レイラとの勉強会の事は知っていた。
通じないと知りつつも、つい冷やかしめいたことを口にする博士。
『はい。今日のデータ収集は失敗しましたが、今の所はレイラの作る紅茶を基準に調整を
行って行きます』
スーツを身につけながら、冷淡に応答するシン。その声色に非難の色が混じっているよ
うに感じた博士は、奇妙にも嬉しそうに笑い声をこぼした。
ブーツまで身につけ、見かけ上は完全に元に戻ったシンが、電脳内の時計を確認し、眉
をひそめる。
『少し、急いで向かいます。レイラとの約束に遅刻している』
『そう、だな。まあ、女を待たせるのは色男の特権だがな?』
いやらしく話す博士の言葉の意味を理解できず、僅かに首を捻って見せたシンだが、同
じケースをどのように処理したか過去の情報を参考にすると、無視するのが一番だと結論
し、身なりをチェックした後、自室を後にする。
寮を出て真っ直ぐ向かったのは、学院本棟のティールーム。外はすっかり暗くなり、各
所に置かれたランプの光量では心許ない通路を危なげなく進み、数分足らずで目的地へ到
着する。
事前にプログラムされた情報からレイラの反応を予測したシンは、どのような謝罪が最
も効果的であるか、電脳内でいくつかの候補を用意し、レイラの居るであろう場所へ近付
いて行く。
しかし、いつも座っている筈のその場所に、レイラは既に居なかった。
『怒って帰ってしまったかな?』
『わかりません』
茶々を入れる博士に応答し、暫くその場を観察すると、テーブルの上に紙のようなもの
が置かれている事に気がつき、それを拾い上げる。
〝バルトロ学院長の研究室へ行ってきます。
約束を破ってしまってごめんなさい。
この埋め合わせは必ず。
レイラ〟
その内容に、シンが凍り付いた(・・・・・・・・)。
『博士』
シンの反応に興味を示しながら、博士が呟く。
『ああ。もしやとは思うが、あの男…………生徒を材料にするつもりなのかもしれん。確
証は無いが、あのレッドが処理にやってくる程だ。いつ起きてもおかしくない状況になっ
ていたのだろう』
メモをテーブルに置いたシンは、博士の命令を待たず、ティールームから飛び出した。
そのデータが何故生み出されるのかシンにはわからなかった。しかし、自分のはじき出
した計算結果から、シンの電脳はレイラを救わなければならいと判断していた。
しかし、シンの反応が予想外であったのか、一瞬戸惑った博士が止まるよう指示する。
『シン、止まれ!』
優先度が高い博士の命令に、シンの身体はぴたりと止まる。
そして、状況を冷静に分析した博士が静かに声を出した。
『今の状況、装備では、動き出したアレを止められる確証はない。学院長はそれなりに優
秀なメイジらしく、同じようなレベルの共同研究者が何人か居ると聞く。そんな奴らが現
代用に改良したあの刻印を使えば、どんな化け物が生まれるか想像がつかない。万全な状
態で戦わなければなるまい。一度戻るぞ…………シン?』
博士の命令であるにもかかわらず、シンはその場から動こうとしなかった。
『どうした、シン。一刻も早くラグを呼び研究室へ――』
『博士。俺はこのまま、バルトロの研究室へ行きます』
『な、何だと?!』
博士の狼狽ぶりは、その声色と電脳内の電子が物語っていた。
そして、驚愕の次に湧き出た感情は怒りだった。
『シン! お前ならば、あの刻印…………精神網接合術の危険度が分からない筈はあるま
い! ならば、損傷だらけのボディで確実に倒し切る事ができるか怪しい相手である事も
分かるな?』
『はい』
『ならば、直ぐに浮遊島へ戻るぞ。お前のスペアボディを封印解除し、ガジャルグのチャ
ージを行った上で改めて向かう。それが最善だ』
応答しないシンに苛立ちを感じながら、あまりに遅いシンの応答を待った。
『…………その場合。レイラは殺される危険が高いのでは? レイラを救うには、今をお
いて他にありません』
シンの言動があまりに利害から外れている事に、博士は感心しつつも苛立ちを募らせた。
『だろうな…………だが、それが完成してしまったなら、人間一人や二人ではとても収ま
らないような大規模な犠牲を出す可能性がある。お前が今向かい、力及ばず倒されてしま
ったのなら、新たなボディの封印解除から再度戦いに向かうまでその犠牲者は何百倍にも
膨れ上がる事になる』
シンの反応がないことに、我慢の限界を超えた博士が、遂に強硬手段を取るに至った。
『…………もういい。お前のコントロールは私が貰う。急いで戻るぞ』
管理者権限でシンのボディを乗っ取った博士は、浮遊島へ向かう為のラグを衛星経由で
呼び寄せ、学院の外へ向かって行く。
しかし、溜まり続けていたシンが、電脳内で静かに口を開いた。
『俺は壊れても、バックアップと新たなボディで復元できます。しかし人間は。レイラは、
二度と治りません。俺は…………レイラを助けたい』
その一言に、博士は声を止める。
『復元できるのは先日のバックアップ分までだ。お前の身体が壊れれば、レッドとの貴重
な戦闘データまで失われる。確かに、お前は死ぬという事に抵抗はないだろうが――』
『いえ』
自分の台詞を止めてまで否定したシンに、博士は声を止め、続きを待った。
『死ぬという事は、今までの記憶を全て失う事だと認識しています。俺も死ぬ事……破壊
される事は怖い。しかし彼女はもっと怖いはずだ。俺のように、身体を代える事もできな
いのだから』
それは、博士の思考力を吹き飛ばすのに十分な言葉だった。相手を思いやり、自身を省
みずに尽くす。
愛情。
博士は、機械の身にそれを宿す事に成功したシンに、己の世界が書き換わって行くよう
な衝撃を受けていた。
計算だけでは計りきれない損得の価値観こそが愛情であり、それを理解できた時点で、
シンはマシンから人へと進化したのである。
そして、それが人の身から発せられた言葉ならば、すべての事柄に納得ができた。シン
の電子神経回路は、数千人のベラドンナの民より、自身よりも、レイラの命を優先したい
と思考しているのである。
機械に宿ろうとも、人である博士にはその感情が理解できてしまった。
諦め、奪い取っていたコントロールをシンへと返す。
『私が計算したところでは、勝率は高くないぞ?』
博士からコントロールを返されたシンは、入学初期に登録されたバルトロの研究室へ、
迷いなく足を向けた。
『確率は高くありません。ですが、レイラを逃がす事だけを考えるなら手はあります。レ
イラが無事なら、相手は化け物になり得ませんので』
『…………まるでギャンブルだな』
あきれた様子で呟いた博士だが、コントロールが戻った瞬間からそこへ急行するシンの
姿に、苦笑する。
『まあ、お前が腕の良いギャンブラーである事を期待するさ』




