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チャプター 19:「死神のナンバー」

 シンがレッドの追跡を始めてから二時間が経過していた。数分前に日が完全に落ち、白

んていた空も、徐々に夜の帳が下りてきていた。

 不出の森とベラドンナ市街を隔てる岩の防壁を軽々と飛び越えたレッドは、立ち止まり、

何かを確認しながら森の中を進んでいた。そして、目的地に到着したらしいレッドは、そ

の場の観察を始めた。

 シンがカニバルスプラウトを消失させた現場である。

『博士。レッドは何故この場所に?』

 電脳内の博士が一度唸り声を上げ、僅かに電子を揺らした。

『…………今のところは、わからんな。可能性があるとすれば、マッド・ドクターが残し

た生物兵器の処理にやってきたか、我々が発射したガジャルグの照射地点を見に来たのか

のどちらかだろうな。現代の科学技術がどの程度のものかは未だ情報が少ないが、それが

衛星兵器による攻撃だと認識できているのならば、それが脅威であるとわかるはずだ』

 電脳内で相槌を打ったシンは、土の質や辺りの様子を調べているらしいレッドを、暫く

観察していた。

 しかし。

「…………おい。いい加減出てきてくれないか? 俺に用があるんだろう。害意が無いな

ら出て来い。俺も手を出さないと約束する」

 レッドがシンの潜む木の陰に向かって声を発した。距離にして百メートル近く離れてお

り、暗さも相まって目視は至難である。

『博士』

『待て。迂闊に動いて相手に情報を与えるな』

 博士の指示通り、シンは微動だにせず、その場で身を隠す。

 遠方でシンの方角を見つめていたレッドが、気だるげにため息を漏らし、剣を抜いた。

「害意があると判断する…………行くぞ!」

 宣言したや否や、レッドはその場から弾かれたような飛翔する。放物線を描くようなジ

ャンプではなく、地を滑るような超低空の高速移動である。

 十分な筈の距離を一瞬で詰めてきたレッドに、シンと博士は対応に遅れる。

『シン! 回避しろ!』

『了解』

 シンが素早く身を屈めると、それまで陰にしていた大木の幹がいとも容易く裂かれる(

・・・・)。斬る、と表現するには、あまりに乱暴な切り口である。重厚な鉄の斧で叩き

割ったかのような木の繊維が毛羽立つその断面は、レッドの身体能力が人間とかけ離れて

いる事を示していた。

 近距離まで接近され、それから数度の剣撃を回避したシンは、その場から大きく飛び退

き、レッドの立っていた、焼け野原のように開けた照射跡地へと退避する。

 幾本もの樹木を断裂させたレッドは、シンの動きに感心した様子だった。

「魔法を使わない生身でその動き。手加減しているとは言え…………貴様、中々やるじゃ

ないか」

 シンが剣を抜き、それを前方に構えると、樹林の中からゆっくり歩み寄ってきたレッド

と相対する。

 そして、先制攻撃に呆然としていた博士は、我にかえると素早く指示を下した。

『シン。メインエンジンを定格動作へ移行(・・・・・・・)! パワーリミッターを七十

パーセントまで解放しろ』

『博士。リミッター解放率が五十パーセント以上では各駆動部の耐久時間が著しく低下し

ます。人型の対象に――』

『馬鹿者!』

 博士はシンの台詞を、厳しい言葉で叱責する。

『見誤るな。目の前に立っているのは人間ではない。二足歩行の…………怪物だ!』

 シンは、博士の言葉に従い、リミッター調整のプログラムを起動する。

『了解。併合型重力反応炉(DNFR)、縮小動作から定格へ。排熱孔(エキゾーストベン

ト)オープン。各部熱エネルギー供給を百四十倍に。スピードシフトの使用は』

『使用は………………いや、温存しておこう。バススピードの最大解放は、発熱量の問題

で常用が難しい。必要な時に使えない事態は回避したい』

『了解』

 シンの表皮に赤い模様が浮き上がり、背中の人工皮膚とスーツを消失させて現れたのは、

そこから噴出す一対の火柱である。定格動作を行う縮退型のエンジンは、内部の重力場を

維持する為に一定のエネルギー供給が必要となる。元々細かな調整が難しい機関である為、

余剰出力を排出する部位が必要となっていた。

 そして、〝変身〟を終えたシンの姿に、レッドは目を見開き、驚きを露にする。

「その排熱機構…………貴様。その身に縮退炉を二基も搭載しているのか」

 更に、何かを凝視したレッドが、更に何かに気づき、引き攣ったような笑みを浮かべた。

「は、ははは………………そうか。あまりに精神網の存在が希薄である事を奇妙だと思っ

ていた。マナの親和性が低いのは、アイリスの技術と別体系であるから、か」

 その表情から驚愕が消え、歓喜一色に染まる。

「いいぞ……いいぞ! グリムでもない。アイリスでもない。未だ邂逅した事のない、誰

かが生み出したテクノロジ。興味深い」

 レッドの目が、攻撃的に薄められ、煌く。口元は激しくつり上がり、携えた剣を両手で

掴んだレッドは、低く構え、シンを睨むと、小さく何かを呟く。

『ファイアーズ オン』

 機械音じみたその声が発せられた瞬間、レッドの身体に刻まれた無数の刻印が発光をは

じめた。そして、全身に白いモヤのようなものがかかり、剣が炎に包まれたレッドは、最

早人間の姿ではなくなっていた。

「その力…………その成果! 俺に見せてみろ!」

 レッドが動いた。

 シンが認識できたのは奇跡に近く、反射運動が行われるのと同等の速度で間合いを詰め

たレッドは、携えた剣でシンに切りかかる。

 そして、その剣撃の重さにシンがのけぞる。通常稼動時に比べ百倍以上の出力を発揮し

ているシンですら、その剣の衝撃を受け止め切れず、身体を安定した姿勢へ戻す事ができ

ない。

 二回、三回と続けて斬り付けられるその斬撃を辛うじて受け止めたシンだが、超大な力

を受け、シンの持つAVSや各部が早くも悲鳴を上げ始めていた。AVSの刀身がレッド

の剣により抉り取られ(・・・・・)、衝撃を受け止める螺旋筋繊維は断裂を始める。

「どうした。どうした! まだ、まだあるんだろう! 全部だ! 全部見せてみろ! そ

れとも…………刺激が足りないのか?!」

 襲い来るレッドが宣言した瞬間、ただでさえ重い剣戟が更に加速した。

 電脳内に、各部の異常駆動を示すアラートが無数に鳴り続ける中、シンは事態の打開を

博士に要求する。

『博士』

『止むを…………得まい。この際損耗は無視する! スピードシフトを常時オンに』

『了解』

 博士が許可を下すと、シンは即座にそれを起動する


[スピードシフト オン]


 時間が急激に加速し、体感する時間も、応答速度も飛躍的に向上する。

 それにより、防戦一方だったシンに、攻撃の余裕が生まれた。

「くっ…………ぬう!」

 初めて、レッドが防御せざるを得ない状況まで押し戻す事に成功したシンは、余剰計算

能力を用い、AVSの形態変化を起動させた。

 反応炉が応答し、剣の姿を書き換えて行くが、それは元の剣の姿と同じ(・・・・・・

・・)。

 しかし、意図に気づいたレッドは、戦闘が始まって初めて焦燥感を露にした。

 数撃打ち込んだ後、シンから距離を取り、剣を構えなおす。その時、損傷していたシン

のAVSは、完全に元の姿に戻っていた。

「まさか、量子変換機まで搭載しているとは。たったそれだけのマスに、よくぞそこまで

の能力を…………機能美の塊。まるで芸術品じゃないか」

 距離を置いたレッドに対して、シンは慎重に様子を窺う。博士やシンにとっては、初戦

で勝てると思っている相手ではなかった。その為、次世代の戦闘機械へ僅かでも情報をフ

ィードバックできるよう、情報収集優先の戦闘である事も、自分から攻めない大きな理由

だった。

 しかし、戦闘中である筈のレッドは、構えていた剣を背部のホルスターへと戻し、それ

をベルトごと地面へ置いたのである。

 突然の武装解除に、博士は困惑した。

『何故だ。あれほどの威力を発揮していた剣を』

「不思議そうな顔、のつもりなのだろうな」

 戦闘から間隔が開いた為か、レッドの狂人じみた言い回しや雰囲気はなりを潜め、代わ

りに、最初の冷静な口調でシンへ語りかける。

「このまま打ち合っていると、俺の剣が折れてしまいそうなのでな。これでも、名工に鍛

えられた最高傑作だったんだが…………形見なんでね。素手で戦わせてもらおう」

 両手を小さく広げ、月光を浴びるように構えたレッドの周囲に、可視光線を放つまでに

高濃度化されたマナが寄り集まり始めた。それは瞬く間にレッドの両手を覆い、篭手と拳

がライトグリーンの光に包まれた。

『これは…………まさか!』

 そして、その直後にレッドの肩から生えた(・・・)機械のような巨大腕が、レッドの両

腕に倣うように構える。

 レッドが目を薄め、シンを見る。その眼差しは、狂気と歓喜が渦巻いていた。

「これを化け物とメイジ以外に使うのはお前が初めてだ。行くぞ」

 静かに呟いた瞬間、まるで時間を削り取られたような速度でシンの目前に接近するレッ

ド。そのスピードは、最早人間の認識速度を超えた領域にあった。それどころか、スピー

ドシフトを用い、常時思考を加速させたシンをも圧倒する速力。

『馬鹿な! サーティーン計画には魔法など…………?! いや、待て! あの両腕に触

れるな! 回避しろ!』

 混乱していて尚、博士の観察眼は死んでいなかった。レッドの腕が通過した空間に舞っ

ていた塵が、光と共に何かへ分解される瞬間を見ていた博士は、それが触れてはならない

必殺の武器である事を直観し、シンへ回避を指示。

 回避行動に専念した事により、シンはその双腕からの連撃を避ける事に成功する。そし

て、それが触れた木の幹や背の高い植物は、まるで空気に溶けるかのように光を放ち、そ

の場から消失する。

『あれは恐らく、電子セパレータだ。まさか原子結合を強制剥離させる魔法が存在するな

ど…………止むをえん。パワーリミッター完全解除だ。最早出し惜しみはできん! 身体

のダメージコントロールは私が担当する。お前は戦闘に全てのリソースを割け!』

『了解』

 対等な状況を容易く覆され、シンは再度苦しい戦いを強いられていた。状況が好転する

事は無いと即座に判断したイデアがリミッター解除を命令し、シンの身体から強烈な熱気

と、身につけるスーツの焦げる匂いが発せられる。限界まで供給された熱エネルギーが肢

体を全力駆動させ、圧倒的な戦闘能力を持つレッドの領域まで追従する。排熱孔から噴き

出す火柱は最小となり、代わりに、身体へのエネルギー供給ラインが赤熱する。

 全開駆動となったシンは、不可能と思われたレッドの連撃をことごとく回避して見せた。

「これを避けるか! フフッ…………ハハハハハハハハハハ! いいぞ、いいぞ!」

 狂喜するレッドは、巨大腕を使い、木々の間を縦横無尽に飛び回る。地面に依存しない

特殊な軌道は予測に多くの計算を必要とし、非常識な速度と相まって、ほぼ全てのパワー

を回避に回さざるをえない。そして、レッドの腕に触れられたら即敗北という絶望的な状

況である。

 そして、それとは対照的に、電脳内の博士は言語にリソースを割く余裕すら無くなって

いた。設計の段階で、限界駆動は最大出力の七十パーセント程度を目指しており、全開駆

動は全くの想定外である。各部から押し寄せるダメージアラートと、それに対する対処を

フルマニュアルで行いながら、シンの全身を管理する。

 しかし、既に博士のダメージコントロールもごまかしが聞かないレベルに達していた。

『…………ダメだ! 左脚末端損傷拡大!』

 過駆動によるダメージで、シンの左脚に装備された螺旋筋繊維が断裂。姿勢の維持が困

難となる。

 更に。


[演算装置熱量過多 強制シフトアウト]


 通信速度が急激に低下し、レッドの攻撃に対応するだけの時間すら消失する。

 レッドがそれを見逃す筈もなく、必殺の一撃を入れるべく、空中から拳を振りかぶり、

シンを狙う。

 回避が不可能と悟ったシンはこれに剣で応対。レッドの右拳を鍔元近くで受ける事に成

功する。

 しかし、レッドの腕は鋼合金の剣をいとも容易く分解。根元から完全に削り取られた刀

身は、回転しながら空を舞い、レッドの背後に立つ大木へ突き刺さる。

 更に、防御の姿勢を取れなくなったシンの両腕をレッドの左腕が薙ぎ、シンの両腕は、

肘から先が地面に落下する。

 それは、戦意を喪失するには十分すぎる材料だった。

『…………シン。もういい』

『了解』

 膝をつき動きを止めたシンに、その意図を読み取ったらしいレッドが歩み寄る。

「これまで、か」

「ああ」

 レッドが光を纏った腕を振り上げ、シンを見下ろす。

「楽しかったよ。お前は」

 まるで料理の感想を口にするかのような様子で話すレッドを、シンは呆然と見上げてい

た。

 死への恐怖はない。

 また、自分は死ぬ事は無い。

 シンは、そう思っていた。

『メモリーモジュールは攻撃しないで貰いたいが…………そうも言える相手ではないな。

今回は我々の負け、か』

 電脳内で呟く博士の声を聞きながら、シンはゆっくりと振り下ろされる腕を見ていた。

 見ているだけのつもりだった(・・・・・・・・・・・・・)。

「貴様…………?!」

 気づけば、シンは肘から先の無い両腕で顔を覆い、防御の姿勢を取っていたのである。

それは完全にシンの思考とは別の、無意識とも言える動作だった。

「何故だ。機械の身で死ぬのが怖いのか」

 シンは目を伏せ、レッドの問いかけに答えない。

 それは、本人がいくら計算しても理解できない動作だった。

 そして博士は、シンの挙動に興味を持ち、一つ延命の手段を思いつく。

『シン。身体のコントロールを寄越せ』

『了解』

 一瞬の制御譲渡の後、シンが薄く目を見開くと、レッドがその変化に気づいた。

「お初にお目にかかる。私が――」

「ドクターイデア。やはり貴女だったか」

 目を見開いたシンとは対照的に、レッドは納得した様子で口を開いた。魔法を解き、腕

を下ろす。

「かつて存在した科学者集団…………マッド・ドクターズの中で、人体実験を盛んに行い

始めた中期頃、唯一組織から抜けた科学者。機械工学と量子力学に精通し、集団の中では

珍しく戦闘機械の開発に力を注いでいたと聞く」

「…………これは驚いた。私の事を知る人間が居ようとは」

 レッドは、物知りを自慢する少年のようにはにかむ。

「奴らの残した資料で、な。随分とヒロイックな性格であるとも書かれていたな。奴らは

身内で随分と罵っていたようだが」

「そうだろうな。奴らとは反りが合わなかったよ」

 まるで旧友との時間を楽しむように、お互いが口を閉ざし、見つめあう。

 そして、顔を引き締めたシンが、それをレッドに切り出した。

「今回は、見逃してはくれないか」

「構わない」

 即答され、博士は言葉を失った。つい先ほどまで殺し合っていた相手の命乞いを、あっ

さりと受け入れたのである。

 しかし、レッドはさも当然と謂わんばかりの表情で口を開いた。

「いろいろな不確定要素があり戦ったが、貴女とわかれば納得は行く………………先日、

衛星兵器で生物兵器を焼いたのは、貴女で間違いないか」

「ああ」

 レッドがニヒルに笑いながら頷いた。

「やはり。ならば貴女はブーゲンビリアの英雄だ。衛星兵器が我がアイリス帝国に向けら

れない限り、貴女がアイリス帝国を害さない限り、俺は敵対しない」

 踵を返し、剣を拾い上げたレッドは、肩越しにシンを見ると、不敵に笑って見せた。

「もし貴女が望むなら、俺や母さんの持つ研究資料の融通もできるかもしれない。貴女の

持つエンジンやアクチュエータの設計は目新しく、興味深いのでね。機会があるなら、ア

イリス首都の王城を訪ねてみて欲しい。俺の友人…………レッドの友人と話せば、騎士団

の皆が歓迎してくれるだろう(・・・・・・・・・・)」

 シンは静かに頷き、微笑した。

「そうさせてもらう。非常に興味をそそられる話だ」

 レッドが剣を身につけ、マントを直すと、不出の森の出入り口方向へと歩み始めた。

「目的の半分は達成した。あとは、禁呪を研究しているらしいメイジに会うだけだ」

「ああ。この学院の学院長だろう? 事を起こす前に、何とかしてもらえると助かる。こ

のマシンは、直ぐに戦えそうにないのでね」

「やはりご存知であったか…………それでは、失礼する」

 レッドが飛翔し、彼方へ消えてゆくと、その場に取り残されたシンと博士は、一拍置き、

空を見上げた。

『我々の敗北だな、シン』

『はい』

 更に一拍置き立ち上がると、肋骨に仕込んだ補助腕を出し、剣と腕を回収する。

 そして、身体のコントロールをシンに返した博士が、電脳内でため息にも似た声を上げ

た。

『さて。一度学院に戻るか』


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