チャプター 17:「運命」
『ほう。随分と収集が進んでいるじゃないか』
シンの電脳内へ戻った博士は、電脳内に蓄積されている現代魔法技術の資料を確認し、
関心した様子で呟いた。
博士が追加された資料を読む間、シンが移動しているのは、ベラドンナの中心部。学院
から歩いて僅かに移動した先にある、地方都市らしい、小さな町だった。しかし、学院が
建つ都市ならではの活気があり、メイジ用の道具や刀剣の露店が並び、東と西の交易路に
もなっている為に、行商人の数も多い。
シンが学院から外へ出たのは、概ね学院書庫の資料収集が完了した為だった。次に目標
となったのは、ベラドンナに建つ、ブーゲンビリア国立図書館。一般の利用者が居るもの
の、ベラドンナの学院と同じく、メイジや学院生徒にしか公開されていない資料が多く収
められた施設である。
博士とシンは、ドレイクの進化考察より、現代の情報収集を優先する事にした。
『魔法の方はまずまず…………地域別の生態も二世紀前とは変わっているのだな。あとは
…………アレか』
いやらしい声で話す博士を他所に、シンは歩を進める。
しかし、市街に建つ喫茶店を目にすると、ぴたりと足を止めた。
『博士。あの店に入っても?』
シンの意外な提案に、博士は興味深げに応答する。
『ほう。どういう風の吹き回しだ。お前が趣向品に興味を持つなど』
『博士の指令通り、趣向品の調理を学習する為です。ここはレイラから勧められた店で、
紅茶の味に定評があるとの事です』
博士はわざとらしく、傲然と相槌を打つ。
『うむ。やはりこういうものは、その道の専門家に頼るに限るな。入店を許可する。先日
換金したブーゲンビリアの通貨は携行しているな?』
『はい。必要十分な金額を所持しています』
再度博士が応答すると、店内のテラスに設置された机に腰掛ける。
そして、やってきた侍女風の従業員に、レイラに教わった通りの台詞を口にする。
「ダージリンを」
「畏まりました」
愛想の無いシンの言動にも、従業員は丁寧に腰を折り注文を受けると、すぐさま奥へと
戻って行く。
そのやりとりを電脳内で観察しながら、博士は意地の悪そうな声を出す。
『ククク。あの娘…………レイラと随分仲良くなったようだな』
『はい。味覚による判断が一番良いと教えられました。成分分析に比べ精度の劣る味覚セ
ンサーで、本当に改善されるのか懐疑的ではありますが』
自分の冷やかしが通じなかったのか、博士は不満げに唸って見せた。
『お前が人として学習できるよう、五感は可能な限り人に近づけてある。その実、人の感
覚器というのは絶妙なバランスで成り立っているものなんだ。味覚に関しては、数字より
も自分の感覚に頼ってみろ』
シンは目を伏せ、静かに首肯する。
『ここで取得する味覚情報を基準データとして、既存プログラムの修正を行っていきます。
作業工程の改変によって、結果にどのような影響が出るのか法則性が見えたなら、人とし
て最良の味になるよう調整も可能であると結論しました』
『そう、か…………まあいい。この際、お前のやりたいようにやってみろ。私はあえて何
も言わん。人類が、人類たらしめている創造性がどこまで再現できているのか、私に見せ
てみろ。お前なら――』
博士が次の句を音声にし始めた瞬間、その空間に突然気配が現れた。
「ごきげんよう。相席、いいかしら?」
声の主を見ようとシンが顔を上げると、そこには銀髪の美女が立っていた。腰まで伸び
るシルクのような髪と、透き通るように白い肌。そして、髪と同じ色のドレスを纏ったそ
の女は、あまりに場違いな雰囲気を纏っていた。
しかし、シンの電脳では、絶世の美女と判断されて入るものの、それに対する反応は皆
無。唯一抱いた疑問は、何故相席をする必要があるのか、という事だった。辺りのテーブ
ルは殆どが空席であり、自分と相席する必要は全く無い。その美女が腰掛けると同時に、
シンの注文した紅茶がやってくるも、気がつけば、その美女の前にも同じようなティーセ
ットが並べられていた。
何より奇妙なのは、シンのセンサーに全く捕らえられない事である。
電脳内の博士は、シンの視覚センサーに映るその美女を、化け物でも見るかのような様
子で観察していた。
「そんなに怖い顔しないで? それとも…………二人だけで楽しみたかったのかしら(・
・・・・・・・・・・・・・・・)?」
『な、何なのだこいつは?!』
本来ならば観測できようはずのない、博士の存在に気づいている女。シンが人であるな
らば、その電脳内に渦巻いている感情は、警戒心。
その心中を知ってか知らずか、美女は微笑したまま紅茶を口に含み、上品に嚥下
する。
そして、ソーサーにティーカップを置くと、薄く見開いた双眸がシンを射抜いた。
「貴方、ちょっと変わってるから。念のため声を掛けさせてもらったんだけどね。でも」
鋭い表情が一変。聖母のような笑みを浮かべた美女は、シンを優しく見つめる。
「人に危害を加えるような種類の存在ではないようね。とても安心したわ。それに、とて
も強そうね。ああ…………そうなのね」
何も話さないシンを見ながら、美女は一人で納得した様子だった。そして、目を閉じて
数度頷くと、テラスの外、図書館の出入り口を指差した。
「私は、ここで少し連れを待っているの。そこの彼が、そう。私の連れで、きっと貴方の
探す人」
注意深く視線を外したシンは、図書館の出入り口を見た瞬間、それが誰であるか悟った。
自分より一回りは小さい身長に、幾重にも四肢に巻きついたレザーベルト。膝まで垂れ
る肌色のマント。そして、臀部に肉厚の剣を携え、両手に木製のガントレットを身につけ
る赤髪の剣士。
レッド。
それがプログラムされた動作であるのかは定かではないが、シンは反射的に立ち上がり、
レッドを凝視した。
そして、視線を銀髪の美女に戻すと、霞であったかのように美女の姿は消え、代わりに、
ソーサーに挟まれたいくらかの通貨と小さなメモが残されているのみだった。
メモを手に取ったシンは、たった一言書かれたその内容を読み、目を薄める。
"それが運命"
『シン…………奴を。レッドを追うぞ』
立ち上がったシンは、紅茶に口もつけず、同じようにソーサーへ代金を挟むと、市街北
部、不出の森へ向かって行くレッドの後を追った。




