チャプター 14:「再考」
「なるほど、興味深いな」
冷却用ファンが駆動する音が響く無機質な室内で、ドクターイデアは独り言を呟いてい
た。三面からなる大型ディスプレイには、二日前に戦闘したドレイクの映像が映し出され
ていた。情報収集も兼ね、通常視覚画像とマナの流れを写した動画を交互に観察し、気づ
いた点を手元のペンタブレットへ書き留めてゆく。あえて、タイピングするよりも遅い手
書きで書き留めるのは、昔からのイデアのこだわりだった。
ふと、画面を眺めていたイデアの視線が、出入り口の扉へと向けられる。
直後、圧力駆動の扉がスライドし、通路からシンが入室してきた。
「博士。紅茶をお持ちしました」
「ご苦労」
イデアがテーブルの開いている場所を指で二度ノックすると、シンがそこへソーサーを
置いた。
顔を近づけると、渋みを帯びた紅茶らしい香りが立ち上り、琥珀のように透き通った水
面に、イデアは満足げに頷いた。
「ふむ。今回は良さそうだな」
背の低いティーカップを手にすると、何も入れず、煮出されたままの紅茶を口に含む。
そして、イデアはその味に顔をしかめた。
「シン。やはり濃すぎるぞ」
「申し訳ありません」
深く頭を下げるシンを眺めながら、イデアは自己嫌悪に陥っていた。シンが実行してい
る調理オペレーションは、珈琲や紅茶などの趣向品を、長く口にしていない自分が組み上
げたものである。淹れたシンに非などあるはずもなく、それは、八つ当たりに近い発言だ
った。
そして何より、それに対して素直に謝罪して見せるシンの反応に一番の不満を感じてい
た。人の神経回路を精密に再現した電子回路を搭載するシンだが、それは人としての経験
を十分に蓄えた状態で本来の動作を行うものである。シンが言い訳一つしない、機械然と
した応答を行う事に対しては、設計者であるイデアも納得はしている。
しかし、人間社会で活動を始めてから一月近くが経過しようとしている今、シンの経験
蓄積速度に不満を抱かない訳でもなかった。
「ふう…………いかんな」
原因分析と試行パターンの考案が癖になっている自分へ、自戒の意味も込めたつぶやき
を発したイデアは、渋い紅茶を啜りながらコンソールを操作する。
そして、頭を切り替えたイデアは、前回のオペレーションで使用したガジャルグの発射
結果の考察を始めた。
「シン。前回の発射結果を見て、どう思う? 正直な答えを聞かせてくれ」
あえて、自身で考えなければならない質問を発するのは、最早イデアの質とも言えるも
のだった。
「成功だと考えます。発射後のクラスタ故障率も概ね予想通りであり、威力、精度共に実
用レベルに達しています」
「ふむ」
間髪入れず応答したシンへ、続けて質問する。
「では、発振用クラスタの冷却についてはどうだ?」
「それは、設計段階から判明している要素です。冷媒の確保が難しい宇宙空間では、発振
モジュールの冷却は非常に難しい問題です。長時間の冷却は不可避かと」
静かに頷きながら、設計段階のデータシートを表示し、更に思案するイデア。
暫く黙考していたイデアが新たな質問を思いつくと、義体の肺を素早く膨らませ、口を
開く。
「ならば…………冷却時間の短縮、及び、発振モジュールの改良は可能だと思うか?」
「はい」
シンの返答に、イデアは目をみはる。自分が書いたルーチンとは違う応答に、興味深げ
に言葉を続けた。
「何故、そう思う?」
「生き物は進歩するからです。先日のドレイクが、データに無い魔法を行使した事もそう
です。俺が地上に降り、博士と見聞きした人や動物などから、それらが不変ではない事を
知りました。博士も、人です。既存理論で難しい問題も、解決できる可能性はあります」
イデアは言葉を失った。その代わりに、感嘆の吐息が漏れ出した。胸に芽生えた感情は、
確かな喜びだった。
自分の生み出した電子頭脳が、確実に成長している。
ドラゴンが存在しない世界に失望したイデアは、新たな楽しみを見いだしつつあった。
「なるほど、なるほどな。実に良い回答だ。創造的な観点は、機械には持ち得ないものだ
からな」
満足した様子で頷いたイデアは、ふと、新たなアイデアを思いつく。
「そうだ、シン。先日手に入れた、コード・レクターのナノマシンサンプルは?」
「博士の指示通り、電子観測器にて構造解析中です。今晩には結果が出るかと」
「なるほど、わかった」
手元のタブレットで指を遊ばせていたイデアは、不敵に笑みシンを見つめる。
「コード・レクター駆逐用のナノマシンは私が製造と散布を行おう。この浮遊島の散布設
備を使えば一週間も掛からない筈だ。ドレイクの進化考察はまだデータが足りないからな。
こちらの対策が終わり次第、調査を始めようか」
「では、俺は培養設備のテストを?」
「いいや」
手伝いを申し出たシンを手で制したイデアは、人肌まで冷めたティーカップを指で鳴ら
す。
「お前は、地上でこれの情報収集だ」




