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チャプター 13:「帰還」

 自身の肉がはちきれる音と、まるで体験したことのないような激しい痛み。

 視界が明滅し、心の中には、果てしない絶望と死に行く悲しみが渦巻いていた。

「…………イラ。レイラ!」

「――はっ?!」

 しかし、レイラは聞き覚えのある声に意識を引き寄せられ、悪夢の中から脱出した。

 目玉が飛び出るかと言うほど目を見開いたレイラは、自分がベッドで横になっている事、

そこがベラドンナの医療院である事。そして、見知った友人であるベルタと兄に付き添わ

れている事を即座に認識する。

 何より、自分の命があった事に深く安堵した。カニバルスプラウトに感染していたなら、

自分はとうに死んでいる筈である。それが、気の抜けた間に見ていた悪夢だと考え、そっ

と胸をなで下ろす。

 しかし、身体を僅かに動かした瞬間、側頭部に走った痛みから、それが夢ではない事を

悟り、戦慄する。

 何故生きているのか。

 自分はカニバルスプラウトに食われたのではないのか。

 レイラの頭は混乱を始めるが、自分の手が強く握られた事で、意識が引き戻される。

 気がつけば、左手を握っていた兄、カインが、涙ぐみながら微笑した。

「よく…………よく無事に帰ってきてくれたね、レイラ。このまま、ずっと目を覚まさな

いんじゃないかって不安で仕方がなかった。本当に、本当に良かった」

 珍しく自分を名前で呼ぶ兄は、それが嘘偽りない本心であると受け止め、苦笑する。

「ああ、全くだね。国を救った大英雄が、意識不明のまま目を覚まさないなんて悲劇じゃ

ないか」

「…………えっ?」

 レイラは、その意味を素直に飲み込めず眉をひそめた。自分はただ、シンを指定した場

所まで導いただけで、救国の英雄になるような行いは何もしていないと感じていた。ブラ

ウンボアをたった一人で倒し、相対したドラゴンを一閃の下に切り伏せ、何らかの手段で

カニバルスプラウト消滅させたのは、実行者であるシンただ一人。

 しかし、その場に居合わせていなかった者は、レイラとは全く別の認識を持っている様

子だった。

「ま、待って。私は何も――」

「こうしちゃ居られない。今日のパーティーに主賓が出席できるとなれば、皆もきっと喜

ぶよ!」

 レイラの台詞を興奮した様子で遮ったカインは、嬉しさが滲み出るような表情で部屋か

ら出てゆく。口を開けたまま兄へ手を伸ばしたレイラだが、未だはっきりしない意識の為

か、上手く言葉を紡げず、その間に、部屋の扉が静かに閉まった。

 上げていた手をブランケットの上に下ろしたレイラは、諦めた様子で深くため息を吐い

た。

「おいおい、止せよ。今日程目出度い日は無いんだぞ? レイラがため息を吐いてちゃ、

皆まで暗くなる」

「ええ。ごめんなさい」

 沈んだ声で応答するレイラに、ベルタは苦笑する。

「ねえ。私は、どれくらい眠っていたの?」

「丸一日ってところだな。昨日の日没前にシンがお前を抱きかかえて帰って来たんだ」

 その報告を心待ちにしていたのか、ベルタは悪戯めいた笑みでレイラを見ていた。そし

てレイラも、その状況を想像し、俯いたまま顔を赤らめる。

 暫く無言の時間が続くと、レイラも徐々に気持ちが落ち着いてきた。静まった部屋で再

度思考したレイラは、それを口にするべく、脳内で更に言葉を整える。

 そして、誤解が無いよう配慮しつつ、言葉を声にする。

「あ、あのね、ベルタ? カニバルスプラウトを倒したのはシン君で、私は何も――」

「ああ」

 目を薄め、自分を見つめ返してくるベルタの視線は、全てを見通しているかのような鋭

さと、優しさを湛えていた。

「シンのあの口ぶりから、恐らく自分ひとりで事態を解決できる手段を持っていたんだろ

うな。ギリアンと防壁維持の魔法を行使している間、空から落ちてくる光線のようなもの

が見えた。あれは多分、シンがやったんだろう?」

 レイラは静かに首肯する。

「ええ。だから、私が賞賛されるべき事はなにも…………」

「本気で言ってるのか?」

 苛立ちを含むベルタの声色に、レイラははっとした。

「レイラ。確かに、カニバルスプラウトそのものを倒したのはシンかもしれない。だが、

それならば何故、お前はシンに同行するよう求められたんだ?」

「それは…………」

 シンの言葉を思い出し、ベルタが何に苛立っているのか察したレイラは、目を伏せ口を

閉ざした。

「シンはお前が必要だったから案内を頼んだんじゃないのか? 測位盤を扱えるのはメイ

ジだけだからな。コンパスの使えない不出の森は、メイジの同行が必須だろう? で、あ

るならば、シンがレイラの実力と経験を頼りにして選んだのは明白だ。そして、お前はそ

れを受けた。悲惨な死に方をしても不思議じゃない場所へ、相応の覚悟を持って望んだん

だ。なあ、レイラ」

 レイラの頭に手を置き、優しく髪をすいたベルタは、同じように優しく笑み、顔を近づ

けた。

「お前は、間違いなく救国の英雄だ。自信を持て」

 二十歳にも満たない同い年のメイジは、達観しているかのような声色でレイラを諭した。

その言葉に、レイラも素直に頷く。

 暫く、静かな病室内に、小さな息遣いの音が反響する。

 心を落ち着けたレイラが、ふと、顔を上げベルタを見た。

「ねえ、ベルタ? シン君は? 私が出席するならば、彼も…………」

「…………ああ」

 ベルタは、途端に呆れた様子で両手を挙げて見せた。

「何だか知らないが、やる事があるから少し里帰りするってよ。前例のない偉業だっての

に、スカした顔でさ。想像できるだろ?」

 ベルタの皮肉めいた口ぶりに、レイラは思わずふきだす。

「ふふっ…………シン君なら言いそうね」

「な? その気になれば、ブーゲンビリア王からそれなりの褒章が下賜されるだろうに…

………全くワケがわからないな。ドラゴンを倒したいと言いながら、金にも、名誉にも興

味がないなんてさ」

 その一言で、レイラはシンがドラゴンと戦った一部始終を鮮明に思い出し、背筋が寒く

なった。途端に顔色が悪くなったレイラを心配してか、ベルタが顔を覗き込む。

「うん? どうした?」

「あ、あのね、ベルタ。落ち着いて聞いて欲しいんだけど」

 無言で頷き、続きを促すベルタから視線を外したレイラは、自分の導き出した仮説を冷

静に言葉へと変えた。

「私達が、今までドラゴンと呼んでいたものは、本当はドラゴンではない別のものではな

いのかしら」

 レイラの一言に、暫く硬直したベルタは、酷く焦った様子でから笑いして見せた。

「は、はは…………おいおい。レイラまでどうしたんだ? まるでシンみたいな――」

「シン君は。あの日、私達がドラゴンと呼んでいる生き物を倒したわ。たった一太刀で」

 レイラの報告に、ベルタは目をみはり驚いて見せるが、その後、苦笑にも似た笑いを零

し、目を伏せた。

「そうか…………そうか。普通の剣士を基準に考えたなら、絶対に無理な話ではある。が、

シンは何から何まで出鱈目な奴だからな。不可能ではないかもしれないと思っていたが、

そこまであっけなく、か」

「ええ」

 黙考していたベルタだが、何度か頷くと、レイラを見つめ返した。その双眸には、悟り

にも似た静かな光があった。

「そう、だな。もしかしたら、シンが探しているのは、もっと出鱈目でイカレた(・・・

・)奴なのかもな」

「そう、ね。わからない事だらけだわ…………」

 あまりに別世界の存在であるシンに、二人は言葉を失う。

 しかし、数瞬口を閉ざしていたベルタが、突然満面の笑みを作り、レイラへ顔を近づけ

た。

「まあ、そのことは後で考えれば良い! 今は、凱旋パーティーを楽しもうじゃないか。

歩けるなら、着替えて外へいこう」

「ええ」

 レイラはベルタの手をとり、ベッドから立ち上がった。


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