蒼と碧
「じゃあな」
たった一言呟いて、貴方はゲートの中に入っていった。
「ちょっと、素っ気なさ過ぎ!」
文句を言ったあたしに振り向きもせず、手をひらひらさせて。
初めて出会ったのは高1の春。
たまたま名字が似てて、たまたま隣の席になったのが始まり。
色々あったけどそれから9年、ずっとこの島であたし達は暮らしてきた。
これからもそうだと…信じてた。
「東京!?」
「あぁ」
まさに青天の霹靂。
考えもしなかった地名が彼の口から出たのが1ヶ月前。
ついていきたいと思った。口には出した事がないけれど、この人と一緒になるんだと思ってたから。
でも急過ぎた。
高卒で働き始めて6年。ようやく一人前に仕事が出来るようになったのに。
それにそんな遠いとこ、土地勘もなければ知り合いもいない。そもそも電車乗った事ない。
筋金入りの方向音痴のあたしが生きていける場所じゃない。
「帰って…くる、よね?」
震える声への返事は。
「多分無理だ」
無情なものだった。
会社から辞令が出た時、目を見開いた。
「東京…です、か」
「あぁ」
栄転、なのだろう。
周りの皆も口々に祝いの言葉を言ってくれる。
だが。
この島から離れて、はたして俺は生きて行けるんだろうか。
俺はこの島が好きだ。
何にもない、と皆口々に言うが、青い空と海さえあればそれでいいじゃないかと俺は思う。
俺と…あいつを育んでくれた、この島の蒼と碧が俺は大好きだ。
連れてなどいけない。
あいつは俺以上にこの島が好きだ。
そもそも右だと言ってるのに左にハンドル切るような筋金入りの方向音痴にあそこは無理だ、迷子になって帰って来られなくなる。
「帰って…くる、よね?」
あいつの言葉に。
「多分無理だ」
俺なりに想いを込めて、別れを告げた。
もう二度と逢わない。
そんな覚悟までしていたのに。
「生きてるー?」
たった一ヶ月後、旅行鞄片手にお前は現れた。
「距離が離れても、気持ちまで離れる訳じゃないでしょ?」
笑うお前に何も言えず、ただ…抱きしめた。
『ふぇぇぇん、助けてぇぇ』
「…何処にいる」
『おー、みや?』
「何でさらっと県境超えてるんだお前は…そもそも空港からどうやってそこまで移動したんだ」
それから時折こんな電話がかかってくるようにはなったが。
心底幸せを噛み締めている。