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方舟  作者: 宮下 弥生
3/4

秋晴れ

それはとても寒い雪の日でした。


その日私は迎えの車を待つことなく病院を離れ歩いていました。


5分か10分かもしかしたらもっと歩いたかもしれません。

行き着いた先は閑静な住宅街にある公園で、そこには名前だけ知っていたそれに乗りました。

ブランコという乗り物から雪の中眺めていると、すると目の前に白い綺麗なアイスブルーの瞳を持つ猫が近づいてきました。


ニャアニャア鳴きながら頭を私の足にすりよります

人に慣れているその子を撫でてあげます。

不意に私に発作がおこりました。

苦しくて、辛くて逃げ出したかった。


止まらない咳が落ちついてきたころやっと誰かが背中をあやしていることに気がつきました。

「大丈夫か?」

低くて落ち着く声に私はただ頷きました。


目の前は涙で滲み何も見えませんでした。

私が寒そうに見えたのか彼は手袋とマフラーを着けてくれました。




私の記憶は途切れ、目が覚めた時はもう自分の部屋でベッドの上でした。



そのマフラーは学校指定のマフラーで顔もわからない彼にお礼が言いたくて、その高校に進路を変えてしまいました。


運転手の田辺さんに聞いてもお父様に止められているのか教えてくれません。



赤いマフラーには音符のピンズがついていました。


音楽をやっているんでしょうか?

でも高校は普通科高校です。


お父様とお母様をなんとか説得して通っていたエスカレーター式の学校を辞め、その高校に入学しました。

元の学校の方には心配されましたが、私の決意は変わりません。

何故でしょうか。

ほんの一瞬しか会わなかった方にこんなにも会いたいなんて。


こんなにも執着するなんて私自身思いませんでした。



学校に入った時の自己紹介は簡潔にしました。

「ルーベル女学院からきました。よろしくお願いいたします。」

そう言った時、ざわめきがおこりました。

どうしたんでしょう?


その際名前を言うのを忘れていました。

失敗です。



田辺さんが迎えに来ていただけるまでにまだ時間があったのでこの学校で有名な桜を見にいきました。


その場所は普段は人で溢れているそうなのですが、その時そこには私だけでした。

樹齢200年の桜は他の樹に囲まれるようにたっており、風がさわさわとふけば花びらが散っていきました。


時間を感じさせない空間がそこにはありました。


スマホが鳴ります。

田辺さんが着いて心配しているのでしょう。

あまり心配をかけてもいけません。


ここにはまた来ましょう。


******



クラスの渡辺さんから話かけられました。

彼女はジャーナリスト志望だそうで、私をインタビューしたいと来ました。

何故かと問えばルーベル女学院からわざわざ来たのは何故と言うことでした。


ルーベル女学院は幼稚園からのエスカレーター式で途中からの編入は認められていません。

入りたい人は多けれどけして入ることのできない学校だと有名らしいのです。



そんな事を言っても記事にできるような事ではありませんし渡辺さんには諦めていただきました。


彼女はさばさば?している可愛い乙女でした。

幼なじみの安藤君を応援しているうちに照れ隠しでインタビューを始め、楽しくなっていき、そうなったらしいのです。

ちなみに彼は隣のクラスで渡辺さんは落ち込んでいました。

気持ちを伝えられないけど、側にいたいと。

なんて可愛いのでしょう!!

応援します!!渡辺さん!!



夏になっても秋になっても私の探し人は見つかりませんでした。

初めはクラスでも遠巻きにされましたが今では仲の良いクラスです。

私はコーラス部に入りました。

部活なんてやったことのない私ですが、無茶をしないを約束して入りました。

あの人にお礼がしたくて、私には何もできることが無いことを知り、できる事を探した結果です。


音符のピンズならきっと音楽が好きですよね?

もっと練習して綺麗に歌いたいです。




秋が進み、葉っぱが落ち始めたとき、私は再び桜の樹のもとに行きました。春の幻想的な光景とは違い寂しさを感じさせる寒さでした。

寒いからかだれもいません。


せっかくなので桜の樹に聴いてもらうつもりで心をこめて練習中の歌を歌いました。



ですがやっぱり寒いのか、体調は悪くすぐに保健室に行きました。


保健の先生と委員長がお茶を飲んでる所でした。


「うーん。なんで寒い所で練習するかな?室内でしなさい。室内で」

「あの場所が好きなんです…。」

桜の樹が咲き誇る場所。

桜の花が散る儚さ。

とても綺麗で、切なくさせるのです。

それでもまた来年も咲くのですから、先を思い浮かべられるのです。


「でもねぇ、駄目だよ?君はここの常連なんだからよりきをつけなくちゃ。」

先生はお迎えがくるまで眠るように言いました。


お言葉に甘えて私は休ませていただきました。


目を覚ますと側には委員長がいました。


「委員長。すみません。」

掠れたような声しかでませんでした。


窓ガラスの夕日が委員長に反射して先輩の眼鏡が輝きます。


「起きた?ゆっくり起きて。

運転手さんに待ってもらってるから電話してくるよ。」

先輩はすっと立ち上がって行ってしまいます。


けれど先輩は振り返ってくれました。

「どうしたの?」

その言葉で私は委員長の洋服の裾を握っていました。


「すみません。なんでもないんです。」


申し訳なくてすぐに手を離しましたが先輩は再び席に座ってくれました。

「それでどうしたの?」

「………。」

「何?どうしたの?」

優しい先輩は聞いてくれている。

言いたいことが自分でもわかりませんでした。


それからも変化なく、あの人を探し続けました。

それでもヒントでもなければ見つからないのです。

「渡辺さん。」

「何?桜子。」

私が声をかけたら彼女は微笑んでくれます。

だからこそ安心して彼女にお願いができました。


****


後日、学園では話題をさらったそうです。

私はすでにそこにはいませんでしたのでどんな状況かはわかりません。


私は渡辺さんに校内新聞に手紙をのせて欲しいとお願いしました。


*****

こんにちは。先輩。ずっと先輩を探していました。


あの日助けて頂いたこと、ありがとうございました。

あなたは覚えてないかもしれませんが私はあの日貴方に救われたのです。


もし私との約束を覚えているならあの場所でお待ちしています。

*****


そんな手紙が学園新聞にのった。

姿を急に消した彼女を探すために知らないその約束の場所を探す。

それは何故なのか。自身ですらわからなかった。

けれど彼女の好きな桜の樹にそれはあった。

*****



すみませんでした。先輩。

本当は全部知っていました。先輩が本当はバイオリンをしていたことも。

やめたくてやめられなかったことも。


私は知っていました。


初めて先輩の演奏を聴いたのは結構前なんですよ?

私が小学校一年生の時、手術前に初めて聴きました。

知らないですよね。

でも私はあなたの演奏が救いだったんです。


あなたがその音色を奏でるのを辞めたとき、私は使命感に燃えました。


…いいえ。それと同時に諦めていました。私の命を。


私は入院、手術、リハビリを繰り返して生きてきました。

私のお友だちは白い病室。


そこに流れるテレビの演奏。

涙を溢しながら引く姿に私は心惹かれました。


なんでこの子は泣いているのかなって。

私はもう涙なんてでないのに、なんでこの子はこんな雫を流すのかとても不思議でした。



私はすでに生きる事を諦めていたんです。

なのにそのきらきらした涙を私は羨ましく思いました。


だからお父様にききました。この男の子は誰?って。


人に興味も執着もしなかった私にお父様もお母様も喜びました。

それが生きる活力になるって。

私にはわからなかったですけど。


でもそれからはあなたの音に満たされていました。



初めは、わからなかったですけれど。


私は幸せでした。




去年のあの日私は余命宣告をされました。

それは私がずっと待っていたことで、


ずっと、ずっと待って、いたことで、


やっとあなたに会いに行けると思いました。




あなたが奏でる音楽をもう一度聴きたいです。




*****

それは乾燥した天気のいい日だった。


「どうしたの?体調が悪い?」

委員の仕事に向かう途中だった。

いつものように保健室に行く途中でうずくまる顔色の悪い生徒がいた。


その生徒とはそれ以降よく顔をあわせることになる。



「またいるんだね。今度精密検査した方がいいんじゃないかな?」


「先輩!心配してくれるんですね!

私嬉しいです!!」


僕が行くと常に保健室にいる女の子。

はっきり言えば面倒だった。あまり人と親しくなるつもりがないから、僕はこの委員を選んだのに。


なのに常に行くと保健室で休んでいる子。


そんなに悪いなら検査して入院すればいいと思っていた。

いつからだろうか。そんな気持ちがなくなったのは。


「先輩?どうしたら探し人は出てきてくれるんでしょう?」

ある日彼女は唐突にきいてきた。

急に聞いてきた彼女に僕は間が空いたくらいだった。

「え?誰か探してるの?」

僕の問いに彼女は少し脹れたようだ。

「そうですよ。ずっと、ずっと探してるんです。


赤いマフラーに音符のピンズの人なんですけど。」

彼女の発言に驚くばかりだ。

「え?それしかないの?」

唖然とするぼくにさらに彼女は続ける。


「ありますよ。バイオリンがとても綺麗な人。

とっても綺麗で初めて私、泣いたんです。」

優しく微笑む彼女に僕は嫉妬した。

「凄いね。才能ある人なんだね。」

幸せなんて僕には感じないから。

「そうなんです!!

とても綺麗な音なんです!!先輩も聴いたら離れられませんよ?」

そう笑える彼女が妬ましかった。


「そうなんだ。なんて人なの?」

僕には才能がなかったから。

だから辞めなければやらなかった。


「…名前出してないんです。だから先輩?私の言葉を聞いててください。」


「なんで僕が…?」

冷めた感情しかわかなかった。


「先輩なら届けてくれそうだからです。」

楽しそうに笑う顔色の悪い彼女を寝かすためだけに聞いた言葉だった。


****

「大好きです。

あなたの音があるから私は生きてきました。

あなたが弾く事を辞めても、あなたが才能が無いと外の誰かと比べても、私はあなたの奏でる人らしい感情が大好きです。


私をあなたが覚えてなくても構いません。

誰かがあなたを貶めても、私はあなたが唯一無二の存在です。


諦めないで下さい。

棄てないで下さい。


もう一度だけ、もう一度だけでも構いません。


どうか気持ちを大切にしてください。


私の我が儘を聞いてください!!

私の夢を叶えてください。」


***


「じゃあ聞くだけだよ。桜子。」



「あなたの舞台がまた見たいです。」

ぼくの眼を見つめる彼女に圧倒される。

それは晴れやかな秋の日でした。

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