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ツナガリ  作者: あねもね
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心の痛み

忘れられない出来事。決して受け入れることの出来ない事実。

兄がこっちの家を出た次の日。兄たちは、今日の夜には家に着く予定だった。

俺はというと、兄たちが来ていたときに届いていたゲームを寝ずにやっていた。そして、そろそろ兄たちは家に着いただろうか。と考えていた矢先。一本の電話が鳴った。この電話が俺たち家族を、そして咲を、これから蝕んでいく電話だとは知るはずもなかった。普段鳴らない自宅の固定電話。だから兄からだと思って出た。しかし、聞こえてきた声は違った。


「佐久間総合病院ですが、平間様のお宅でしょうか」


病院から突然の電話。嫌な予感しかしなかった。この予感はもちろん的中した。


「平間陸様がうちに運ばれてきました。医師がすぐに来て欲しいと。大至急、こちらに向かってください」


言葉の意味は理解できる。病院に向かえばいいだけ。脳は理解をしていても、どうしたらいいのかわからず慌てふためく。とりあえず、俺一人では何もできない。父親に電話をすることにした。携帯を手に取った瞬間、携帯は震え、鳴り出した。着信は父からだった。


「今すぐ佐久間総合病院にきなさい。事情はあとで話す」


その一言を残し、電話は切れた。父親にも連絡は行っていたようだ。父親の落ち着きようからして、兄は生きてるんだと思った。そう考えていると、自分もなんとなく落ち着きを取り戻し、車に乗り病院へと足を向けた。病院は車で40分とそれなりに距離があった。運転中に何度も電話がなっていたが、見る余裕はなかった。病院が苦手な俺にとっては、病院に行くことすら嫌で道中は長く感じる。このときはそれ以上に長く感じていた。病院に着き、受付で場所を聞いた。そして、父たちのいる場所へと向かい、合流した。自然とはや歩きになっていた。そしてたどり着いた場所には、手術中と書かれた赤い電灯。その前に座り込む両親。どうやら、まだ手術中のようだ。


「着いたか。いいか、落ち着いて聞けよ」


父の顔はいつもと変わらないはずなのに、時折見せる辛そうな顔が目に付く。父は、そのまま話を続けた。帰宅途中だった兄たちの車は、対向車と正面衝突をした。その原因は、対向車の居眠り運転によるものだった。そこは見通しが良くなく、事故多発エリアだった。偶然に偶然が重なった事故。しかし、事故の状況など、どうでもよかった。もちろん聞いたときは、その対向車の運転手に怒りを覚えた。


「それで、兄さんたちは助かるの?」

俺にとっては、助かるのかどうか。疑問はそれだけ。

「わからない」


気の抜けた声で発せられたその言葉には、いつも以上の重圧がかかっていた。

手術中のランプは一向に消えることはなく、怪しく光りを放っていた。時間が経てば経つほど、空気は淀み、濁っていく。みんなの悲しみがひしひしと伝わってくる。そんな空気に耐えられなくなり、俺はその場から逃げ出したくなった。しかし、そのときだった。手術中のランプが消える。全員の唾を呑む音が、通路に響き渡ったように感じた。そして、出てきた先生の一言で、俺たちの希望は投げ捨てられたのだ。


「最善は尽くしました。残念ながら陸さんは助けることができませんでした」


そういって深々と頭を下げ、謝罪の言葉を並べ、微かに涙すら浮かべていた。この先生は、本当に最善を尽くしたのだ。しかし、それでも助けられなかった。それは先生のせいじゃない。先生は謝罪を繰り返した後に話を続けた。


「奥さんは、一命は取り留めましたが、意識がまだ戻っていません。娘さんのほうは命に別状ないです」


不幸中の幸いなのだろうか。2人の命は救われたのだ。綾子さんの両親にとっては吉報だったはずだ。命が助かった、それだけでも救いだったであろう。それでも素直には喜べず、気まずい雰囲気がそこにはあった。その沈黙を破ったのは父だった。


「2人の命が助かったんだ。よかった。よかった」涙を堪え、そう言った。

「自分の命を捨ててまでも、2人の愛する者を守った。それが私の自慢の息子です。」


父のその言葉に、綾子さんの両親も、母も、涙を流しながら、笑顔を見せた。そして、俺も今まで我慢していた涙が一気に溢れ、止まらなくなった。

父のその姿は、大きく見えた。それはまるで全てを包み込む海のように広く、山のように高い。そのときの父は、俺にとって地球そのものだった・・・。


その後、兄が病院に搬送されてきたときの状況を先生から聞かされた。かなりひどい状態で、朦朧とした意識の中、ずっと奥さんと娘の名前を呼んでいたそうだ。苦しかっただろう。辛かっただろう。

兄さん、あなたは父が言ったように、最高の人でした。

姪は、順調に回復し、無事に一般病棟へと移された。検査が終了し、なにも問題がなければ退院できるそうだ。綾子さんの意識は依然として戻らず、たくさんの医療機器に囲まれていた。もし、意識が戻っても脳に障害が残ってしまう可能性があると言われたらしい。

これは余談だが、事故を起こした相手は、搬送途中の救急車の中で息を引き取ったそうだ。俺たちの怒りと憎しみをぶつける相手がいなくなってしまった。そんなものをぶつけたとしても、気休めにもならないことはわかっている。忘れることも、消すこともできず、ただただ俺たちは苦しめられた。そんな自分の感情すらもどこにぶつけたらいいのかもわからないまま、刻々と時間は過ぎていった。

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