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神降ろしのアリス☆  作者: rou
芸術の街 ~しんみり? お芝居見に行こう!~
19/60

終幕

「そうだ! 国を作ろう! 人も魔も共に笑い合える国を!」

 空中を旋回しながら、ファースは宣言した。

「かつての情熱を取り戻されたようですわね」

「ああ! 力を借りるぞ! 悪魔よ!」

「はい。なんなりとお申し付けください。それではまず、皇帝のもとに赴きましょう。馬を降りれば、皇帝の御前ですわ」

 ファースはペガサスから降り、滑空するように王宮にある謁見の間へと切り替わった舞台に降り立った。突然の来訪に、玉座に掛ける皇帝は、思い悩んだように組んでいた腕を解き、警戒の色を見せる。

「何者だ!」

「不躾な参上をお詫びいたします。陛下。私はファース・オルフと申します。以後、お見知りおきを」

 そう述べ、ファースは皇帝の前にひざまずいた。

「ファース・オルフ! その名は聞いたことがある! 魔物研究の第一人者でありながら、突然学会からも人の間からも姿を消した天才学者だと!」

「ほう、陛下から天才の言葉を賜るとは」

「噂では、魔物に食われて死んだとも、魔女の虜になったとも言われているが生きていたとは!」

「そんな噂が、くくく」

「なぜ笑う! 無礼であろう!」

 皇帝は血相を変えて玉座から勢いよく立ち上がる。

「いや失礼。人の噂というものは、脚色を加えるが真実も交えて伝播するものだな、と妙に感心ましてね。私は魔物と恋仲になり、自らの血を与えつつ共に暮らし、一児をもうけたのです。……それは幸せな日々でした。……領土欲しさに、魔物の住む土地を侵略し、返り討ちにあって民に軍役と重税を課すあなたには、決して理解できない幸せがありました」

 皇帝の剣幕を、慇懃無礼な態度で返すファース。その言葉の端々には、怒りが含まれているようであった。

「皇帝である我を愚弄するか! 誰か、参れ! こやつの首を刎ねよ!」

 その言葉に応じて参じた者は、ファースではなく、皇帝に剣を向けた。

「これは一体どうしたことか!」

「私には悪魔の助力があるのです!」

「悪魔! わ、我をなんとする、殺すつもりか。そんなことをしては、この国は混乱に陥るぞ」

 今度は体中から怯えを発しながら後ずさる皇帝。

「なに、陛下ではないのですからそんな乱暴なことはいたしません。ただ、最前線の指揮を任せていただきたいだけなのです」

「わ、わかった。早速支度をしよう。だから、命ばかりは!」

 皇帝は額を地に擦り付けて懇願した。立ち上がりその様を見下すファースの表情は愉悦に満ちていた。



 舞台上では乱戦が繰り広げられていた。人間と獣人が剣戟を繰り広げ、馬に跨りランスを携えた騎士が駆け巡る。上半身は人間の女性で腕と下半身が鳥の形になっている魔物ハーピーが、弓を構える射手に飛び掛かり、逃げ惑う少年に、下半身が蛇の美女ラミアが這い寄って締め付ける。緊縛が解かれると、少年は糸の切れた操り人形のようにくずおれた。

 同じように、微動だにせず倒れ付している人間や魔物が複数。彼らはかえりみられることもなく、足蹴にされている。

「……まるで地獄だな」

 客席の上で、ファースは言う。

「ええ。酷いものですわね」

「さて、どうしたものか」

「簡単なことですわ」

 メフィは大きく息を吸い込み、

「鎮まりなさい!」

 と命じると、両軍戦いの手を止め、上空を仰ぎ見た。

「問う! なぜあなたがたは凄惨なる戦いを止めぬのか!」

「王の命だ! 逆らえば死が待っている!」

 騎士は答える。

「人間が侵略をやめぬからだ!」

 獣人は答える。

「そのようなつまらぬ理由で、この地を地獄となしているのですか! ならば、ここにいるファース様を王とし、共に手を取り合い、平和なる国を作りましょう!」

 そう叫ぶと、皆手に持っていた武器を落とした。

「剣に代えて鍬を持ち、弓に代えて槌を持って、友好の証に王宮を建てましょう! 悪魔メフィが命じる!」

「そうだ! 邪なる暴君に手を貸す必要はない!」

「人間が侵略の手を止めるのならば、もはや争う理由はない!」

 メフィの提案に、人間も魔物も同意する。そして、彼らは転がる屍に手を合わせ、協力して運んでいく。

「宣言する! ここに新しき国を作ると!」

 ファースの宣言に、賞賛の声があがった。



「あれから、どれほどの時がたったであろうか」

 玉座に腰を掛けたファースが呟いた。バックグラウンドには小気味良く、かつん、かつんと何かを打ち付けるような音が響いている。

「民衆の声に押され、あの暴君から皇帝の座を譲り受け、人も魔物も共に力を合わせる国を作り上げた。今でも、絶え間なく開拓の鍬の音が私の耳に届いてきている」

「ええ、神にも並ぶ偉業を、ファース様は成し遂げたのです」

 傍らに立つメフィがファースを称える。

「メフィよ。私は今、この上なく満足している。この瞬間を閉じ込めて置きたいぐらいだ」

「ならば、時に対してそう告げてごらんなさい。今のあなたならば、神にも悪魔にも成しえぬことをなせるやもしれません」

「そうか。ならば試してみよう――」

 ファースは息を吸い込み、瞳を閉じて言った。

「美しき時よ、止まれ」

 その瞬間、舞台は強い光に包まれた。



「私の勝ちね。お姉ちゃん」

 光が収まると、冒頭と同じように、神と悪魔が優雅にティータイムとしゃれこんでいた。

「いいえ、ちょっと待ちなさいな。まだ勝負は終わっていないわよ」

 神がそう言い終わると同時に、

「試練の時よ! 刻め! 私にはなすべきことがあるのだ! 今の夢を、正夢となすのだ! 人間と魔物が手を取り合って生きる国の建設! ラミアである我が妻ヘレネが望んだように! 迫害の末命を落としたグレーテの死を繰り返さぬように!」

 と、時が進むことを認めるファースの声が響いてきた。

「あらあら、せっかく気持ち良く寝かせてあげてたのに、起こしちゃったのね。でも、『時よ止まれ』と先に言ったのだから、私の勝ちよ」

「いいえ、夢の中で言ったのだから、ノーカウント」

「ぐぬぬ。まあ、引き分けにしておきましょう。お姉ちゃん」

「そうね。これからもメフィちゃんが妹ね」

「今度また、暇をもてあましたら、似た遊びをしましょう」

「ええ、そうしましょう」

「それにしても、やっぱり人間って面白いわね。絶望に身を苛まれても、一夜の夢で希望を見出すなんて」

 メフィが感慨深げに言うと、緞帳が降ろされた。盛大な拍手が、巻き起こる。

 舞台は、終わった。


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