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神降ろしのアリス☆  作者: rou
芸術の街 ~しんみり? お芝居見に行こう!~
18/60

ヴァルプルギスの夜

 書斎へと場面は変わった。書物が乱雑に散らかっており、舞台中央にある卓の上にはフラスコや水晶玉、頭蓋骨といったものが置かれている。

「神でも、悪魔でも、か。くくく、ははははははは」

 半身を客席に向けてその卓に掛けている男が、美麗な顔を狂気に染め上げながら、大きく自嘲含みの笑い声をあげた。

「我ながら、滑稽なことだ! 神などいないと、あの時に悟ったはずなのに!」

「いますわよ。神も、悪魔も」

 先の幕で迫下げ退場したメフィが、今度はその姿を見せ付けるように腕を広げつつ上からゆったりとフェードインしてきた。臣下の礼をとるように右手を左胸に付け、片膝を着き、卓上に着地する。

「はじめましてファース様。あなたに呼ばれて参りました。メフィと申します」

「……ほう、ならば貴様は神か、悪魔か。どうも後者のようだが」

 人間よりも高次の存在に対して、ファースと呼ばれた男は傲岸不遜に言い放った。そして、すっくと立ち上がり、指をメフィに突きつける。

「ならば、わが娘グレーテを蘇らせてみろ! 悪魔ならば、できぬはずはあるまい!」

「残念ながら、失われた命を戻すこととはできませんわ」

「ならば、時を戻せ! 娘がいた美しき日々まで!」

「恥ずかしながら、それもできませんわ。あ、しばしお待ちを」

 激しい剣幕のファースを飄々と言葉でかわしながら、メフィは天を仰いだ。

「お姉ちゃん、今の『時を戻せ』、あり?」

「なし。今のはあなたに対して時を戻して見せろといったのであって、時間に対して言ったのではないからね」

 姉の声が響く。

「まあ、それはそうよね」

「なにを訳のわからないことを言っているのだ! 悪魔よ!」

「失礼しました。創世記にも記載があるとおり、死を覆すことと、過去に戻ること。その二つは、神にも悪魔にも不可能なのです。学者先生であるファース様なら、ご存知だと思っていたのですが」

「そうか。……まるで私は道化ではないか! 神にもできぬ業をなそうと、長年血道をあげていたとはな!」

 再び、今度は小さく笑いをあげるファース。

「さて、それでは何をしに来たのだ悪魔よ。私を嘲りに来たのか」

「いえ、あなたに救いをもたらしに参ったのです」

「救い、か」

「はい。望むのなら、あなたの伴侶として、召使として、奴隷として、仕えましょう」

 メフィはファースに顔を近づける。

「伴侶、か。すまぬが、私にとって女性とは、グレーテの母であるヘレネのみなのだ。死や時と同じように、神でも悪魔でも、それは覆せぬ」

「さすが。ファース様は高潔でいらっしゃる。ならば、これはどうでしょう?」

 メフィは舞台脇にある扉を指差した。

「異形の祭典、ヴァルプルギスの夜へと案内いたします。すでに素敵なゲストも多数招待してあります。好奇心旺盛なファース様にとって、満足のいく宴となることを保障いたしますわ」

「……なにが望みだ。悪魔よ」

 あまりの厚遇を怪しんだ様子のファースが訝しげに尋ねた。

「先ほど申し上げたとおり、あなたをお救いしたいだけなのです。ちょっとした賭けを、姉としておりましてね」

「賭け、か。つまり私は、駒かダイスのようなものか」

「はい。そのとおりでございます」

 悪びれる様子なく言い切るメフィ。

「くく、まあよい。付き合ってやろう。暇をもてあました悪魔どもの遊びに!」

 二人は扉をくぐって退場する。



 舞台に剣を持ったゴブリンが二人現れ、客席に向かって一礼し、「いざ!」の掛け声とともに殺陣を開始した。

 両者ゆっくりと円を描きながら相手の様子をうかがいあっている。そして、互いに大きく振りかぶり、剣をぶつけあわせた。金属音が劇場に響く。

 そのまま何度か打ち合いが続き、一方の剣が弾き飛ばされ、舞台に突き刺さった。他方はにやりと笑い、大きく上段に構え、無手の相手に振り下ろそうとした。が、手首をつかまれ、自身が付けていた勢いのまま、床に叩きつけられる。

 剣を失った状態で勝利したほうは、客席に向かって大きく拳を掲げ、雄たけびをあげた。拍手が巻き起こる。そして、倒れている相手を引きずって退場していった。


 次に現れたのは、黒いマントにとんがり帽子の魔女と、白塗りに赤い髪のピエロ。

 観客に一礼すると、ピエロは四本の棒を取り出して、片手に二本ずつ持って魔女に向き直る。魔女が手をかざすと、それらに火が点った。そしてその四本は順番に宙に舞っては手に収められるを繰り返される。見事なジャグリングに驚嘆の声が上がる。

 だが、たいまつの一本がすっぽ抜けると、その声は一瞬だけ止まった。それは山なりの軌跡を描いて、魔女へと向かっていく。しかし、魔女が手を掲げると、今度は水が放出され、四本全てが鎮火された。再び拍手があがる。

 ピエロは魔女に頭を下げたあと、指笛を吹いた。すると、茶色の服と頭巾を身に付け、モップを抱えた妖精のような子供たちが現れて、水浸しの床を拭いていった。掃除が終わると、ピエロは妖精たちに飴玉を分け与える。

 そして魔女とともに客席にもやってきてお菓子やおもちゃを配って回った。笑いと「ありがとう」という声が沸き起こる。ピエロは奇妙なステップを踏みつつ、「はっはっは」と陽気な声をあげながらはけて行った。



「陛下ですら、これほど興奮を味わったことはあるまい!」

 観客たちは上を仰ぎ見ると、翼を持った白馬、ペガサスにまたがったファースと、彼に付き従うようにそばに浮いているメフィの姿を捉えた。

「ここには、魔物も、人間も、妖精もいる! しかし、みな楽しげにこの宴に酔いしれている! これほど愉快なことが他にあろうか!」

「お楽しみいただけましたか? ファース様」

「もちろんだ! 感謝するぞ、悪魔よ!」

「光栄でございます。……現状、完全に私がリードしているわね。お姉ちゃん」


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