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神降ろしのアリス☆  作者: rou
芸術の街 ~しんみり? お芝居見に行こう!~
14/60

ブレスト

 床には赤い絨毯が敷かれ、天井にはシャンデリアが輝いている。アリスたちの姿を認めると、執事やメイドの格好をした従業員が、深々とお辞儀をする。

「……懐かしいけど、なんか落ち着かないわ」

 シスター服に身を包んだアリスは呟く。ガイツも修道服を召し、スローンもこの場にふさわしい正装をしている。フードはドレスコードに合わなかったので、ビトは耳をカチューシャで押さえるように隠している。

 依頼の打ち合わせ場所に指定されたのは、ケーテで最も豪奢な、王宮をモチーフとした宿『美しき時』だった。指定された部屋名をメイドに告げると、一行のやや左前で先導した。

「こちらでございます」

 案内されたのは、『天国の間』。相当に値の張るこの宿の中でも、最も高価な部屋であった。

 扉に取り付けられたベルが鳴らされ、半分ほど開かれる。

「お客様がいらっしゃいました。お通ししてよろしいでしょうか?」

「はい。お願いします」

「それでは。失礼します」

 メイドは扉の向こうとアリス一行に一度ずつ深くお辞儀してその場を辞した。

「このたび、依頼を拝見して参りました。アリスと申します。よろしくお願いします」

場の雰囲気に習い、アリスたちも丁重にお辞儀をして部屋に入る。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

依頼主も礼儀をもって迎えてくれた。

「……スト様!」

 目線を上げたアリスはつい、叫んでしまう。そこにあった顔は、劇団タランの看板役者、『祝福された』ブレスト・フェレスのものだった。

 デビュー以降、いくつもの舞台で主要人物役を張り、特に記憶と視力を失った恋人役を演じた『雪の恋歌』では大人気を博した。劇場にあるグッズ屋でも、彼の似顔絵はすぐに完売してしまうのだとか。

 スターになった今でも、ファンの呼びかけには快く返し、その笑顔とお高く留まらない姿勢から、『スト様』という愛称でも親しまれている。

 アリスも彼が出演する舞台を一度見たことがある。『鳥になりたい』というタイトルで、愛する男性がいながら、敵国の王子と政略結婚させられてしまう王女の悲恋を描いたものだった。戦争を歴史書でしか知らなかったアリスは、その切ない物語に心を痛めたものだった。

「ええ、はじめまして。ブレスト・フェレスと申します」

 アリスのような反応を受けるのは慣れている様子で、さわやかな笑顔で名乗った。

「立ち話もなんですから、どうぞおかけください」

 彼はそう言って、ティーポットから人数分の紅茶を注いだ。席にかけ、アリスたちはそれを口にする。

「……さて、依頼の件ですが」

 紅茶をすすりながら、ブレストは神妙な面持ちになった。心なしか、何かに怯えるような気配も伺える。

「これは絶対に他言無用で、お願いします」

 笑顔で人気の役者に真顔で言い切られるのは中々の迫力があった。もちろんです、とガイツが厳粛な顔で頷く。

「信頼しますよ。それでは……」

 一瞬、皆息を呑むように押し黙り、部屋を静寂が支配した。

「……お化けが、出るんです。どうにかしてください」

「……お化け?」

 その単語に、緊張していた空気が急に弛緩し、アリスはくすりと笑い出してしまう。

「笑わないでくださいよ! こっちは深刻なんですから!」

「アリス嬢、失礼ですよ」

「はい、すみません。続けてください」

 何とかこらえるアリスだったが、ちょっとムキになってるブレストが妙に可笑しくて、いつまで耐えられるかはわからなかった。

 

趣味の名所巡りをしていたら、夜になっていた。ブレストはそそくさと宿へ足を運んでいたところ、『祝福の門』の辺りで少女が遊んでいた。もう暗いから帰りなさい、と声をかけようと近づいたところ、少女はにやりと笑って、掻き消えた。

 それからというもの、連日その少女が枕元に立って何かを言っている。特になにか悪さをされたわけではないが、睡眠不足で台本も頭に入ってこない。……というのが経緯だった。

「そのくらいなら、簡単ですよ。今すぐにでも解決します」

「え、どうすれば!」

 早く教えて欲しい様子で、ガイツに詰め寄るブレスト。それを受けて、ガイツは香をたき始めた。そして、入り口に張ってあった『天国の間』と書かれたプレートを外す。

「これで、少なくともこの部屋にはその少女はやってこないはずです」

「え、これだけですか?」

 あまりに簡単な解決に、ブレストは拍子抜けした様子だった。

「これだけです。あ、御代は結構です」

「いえ、さすがにそういうわけにはいきません。まだ確認が取れてないですが、前金だけでも受け取ってください」

「それなら、お金より頼みたいものがあるわ。……舞台『ファース』のチケット、四人分!」

 アリスは目を輝かせながら、ブレスト主演の芝居のチケットをおねだりした。


「スト様にも会えたし、チケットももらったし、気分がいいわね!」

『美しき時』を辞したアリスは上機嫌だった。

「でも、まだ一件落着ってわけにはいかないわよね。今日の夜にでも、行ってみようかしら」

「そうだな。……それにしても、こんな簡単な依頼に、あんな好条件を出すなんて、スト様って奴はよっぽどお化けとかが苦手なんだな」

「お化けが怖いスト様も可愛くていいと思うんだけどな。そういうキャラを前に出していっても幻滅されるよりむしろ人気でそう」


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