旅立ち
アリスが朝の陽射しを感じて目を覚ましたのは、『野生のコカトリス亭』のベッドの中だった。
「あたし、寝ちゃってたんだ」
そのことに気付いたアリスは、昨日のことを思い出し、喜び半分、悔しさ半分の表情になった。考えが上手くいったのはいいんだけど、せっかくなら最後までお祭りを楽しんでいたかったな、とでも言いたげだった。
そして、神を憑依させた反動によるものか、はたまた二日酔いか、喉の渇きと軽い頭痛を覚えていたアリスは、水でももらってこようと、朝は食堂として使われている酒場へ足を運んだ。
「よお、おはようアリスちゃん。昨日はおたのしみだったな」
「おはよう。いきなりだけど水ちょうだい」
カウンター席に腰掛けて、頭を抑えるアリスに、店主は水と手のひらサイズの果実を差し出した。
「水も果物もただにしておくよ。ゴブリンの言い伝えに曰く、怪我も病気も治るってぐらい旨いやつだ」
「あ、ありがと。そういや昨日この木の実、もらってなかったな」
アリスはそれを一齧りした。みずみずしい口当たりが、喉の渇きを潤し、心なしか頭痛も和らいでいくような感覚があった。
「おいしい! 注文するからもっとちょうだい」
「いや、追加分も御代は結構だ。アリスちゃんのお陰で、そいつがうちのメニューに加わることになったんだから」
籠に盛られた果物がアリスの前に置かれた。メニューに加わる、ということは、ゴブリンと継続的な商売を続けていけることの証左であった。
「じゃ、遠慮なくいただくわね」
アリスは宣言どおり、それを黙々と平らげていく。全て食べ終わるころには、すっかり頭痛は抜け落ちていた。
「ごちそうさま」
「さすが良い食べっぷりだな。アリスちゃん。そうだ、頼みたいことがある」
「ん、なに?」
「これ、まだ名前がないみたいなんだ。ゴブリン達は単に木の実って言ってたからな。それで、アリスちゃんに名付け親になって欲しいんだ」
「そうね……」
言われたものの、アリスでも急にぱっとは浮かんでこなかった。そこで、この村で出会ったものを順々に思い出していき、よさそうな響きの言葉を思いついた。
「……リンゴ」
「リンゴ?」
「そう。ゴブリンのもじりなんだけどね」
「よし、じゃあそれ採用させてもらうぜ」
店主は早速、メニューの書かれている板に、豪快な時で『リンゴ』と書き足した。その下に『王女様直々に名づけられた一品』と付け加えて。
「なんか、気分がいいわね。自分が名づけたものにそんな堂々と宣伝文句が付けられるなんて」
「そういえば、お忍びの旅じゃなかったんだな。最初は正体を隠してるような感じだったけどな」
「最初から王女なんて名乗ってもつまらないからね。それに、あんな豪快に飲み食いしときながら『あたしが王女です』なんて言ってもまず信じないでしょ?」
「全くだ! 今だって半分信じてないぐらいだ!」
店主は相手が王女だと知っても気後れした態度をみせずに、悪い悪い、がははと、大きく笑った。
こうして、奇跡の村クレイグに名物が一つ、増えることになった。それは、人間とゴブリンの、友好の証とも言えた。
「さて、置き土産もできたし、そろそろ次、行ってみましょうか!」
アリスは部屋に戻ると、御供の三人を呼んで、そう宣言した。
「次はどこに行きましょうか」
ガイツは地図を広げ、周辺の目ぼしい場所をピックアップする。
「どこも捨てがたいな……そうだ」
アリスは小さな正六面体を取り出した。
「迷ったときはこれで決めましょう」
それは、何の変哲もない、ただのサイコロだった。1の目が出たらここ、2の目が出たらそこ、という風に、候補地を決めていくアリス。
「それじゃあいくわよ。運命のダイス・チョイス!」
振る、というより投げるように放られたダイスは、豪快に転がり、そして一つの面を上にして止まる。
「よし、じゃあここに決定!」
その方角を指差し、アリスはそう宣言した。
「さあ、次の旅が始まるわよ! ワクワクしてきた!」
奇跡の村 クレイグ編 完