お祭り
アリスが陽気な宴の神クレイグを召還して憑依させたのは、この逸話を再現するためであった。
状況が似通ってるほど、神が降りてくる可能性が高い。『村の名前が呼び出す対象と同じ』『北と南の人々が誤解していがみ合っている』『正面衝突が起こる寸前』『花火が上がる』などの要素を揃えた今、ちょうど顕現したというわけだった。
なんだなんだ、と騒ぎを聞きつけたゴブリンが大挙して森から出てきた。しかし、彼らは武装などはせず、その代わりに楽器を携えていた。戦意がないのは明らかだった。
「いらっしゃい! ゴブリンの皆さん! まずは駆け付け一杯いっちゃって!」
宙に浮いているアリスが指をパチンと鳴らすと、ゴブリン達の手の中に酒がなみなみと入ったグラスが現れた。
「それじゃあ、カンパーイ!」
アリスは自分のグラスの酒を飲み干した。スローンもそれに勢い良く流し込む。ビトはちびちびと飲んでいく。ガイツも恐る恐る口にするが、今の自分は酒への耐性が出来ていることに気付くと、景気良く一気にいった。
ゴブリン達は戸惑いながらも、アリス一行に合わせて杯に口を付けていった。
「ほら、リリーとロゼも」
呆然とアリスを見上げる二人の手にも、弓ではなく酒があった。
「まだ主賓のもう一組が来てないけど、ま、先に楽しんじゃってましょう!」
「おお、そうだな!」
「人間達と酒を酌み交わすのか! ……前は酷い目に合わされたけど、この際、水に流しちまうか! いや、酒に流す、か?」
「俺、木の実を持ってくるよ! きっとこの酒にあうぜ!」
「あ、それあたしにもちょうだい。ビトの話を聞いて食べてみたいなって思ってたのよ」
「もちろんだぜ! 浮いてる姉ちゃん!」
早くも宴は盛り上がりの体をなしてきた。
しばらく経つと、独りでに曲を奏でる楽器の群れが到着した。
「おい、あれアリスちゃんじゃないか?」
「なんだってあんなふうに浮いてるんだ?」
「それにあの姿は……まさか」
「ウサ耳犬尻尾の上に露出多目とか眼福眼福」
それを先導されて、この宴の場に到着してきた村の人たちにも、同じように酒が振舞われた。
「さて、もうここらでばらしちゃっていいかな……実はあたしこそ、神聖オーリン王国の第三王女、アトゥエリス=オーリン!」
宙に浮いたまま、ビシッとポーズを極めるアリス。楽器はそれに合わせて、ファンファーレを鳴らした。
「まさか、ただものじゃないとは思ってたけど……」
「でも、こんなことが出来る人なんて、王族ぐらいしか……」
大陸を統治する王朝のやんごとなき王女の名を聞き、その証拠たる神の顕現を目の当たりにした人々は驚き、平伏すものや拝むものまで現れた。
「いい反応! このサプライズを提供するために最初は正体を隠してたんだけど、そんな風に畏まらなくてもいいわよ。酒の席では皆同胞、っていうじゃない。……さ、皆、黙ってないで、飲んで食べて踊って騒いで、盛り上がりましょう! 今日は無礼講ってやつよ!あたしに萌えちゃってくれてもいいわよ!」
「ありがたやありがたや」
「やっぱアリスちゃんは愉快なやつだ!」
「アリスちゃん降りてきて耳触らせて」
「さすがにそれはダメ……あ、そうだ」
一瞬、強い風が吹くと、ビトが被っていたフードがはずれ、猫の耳が露わになった。反射的にビトは手でそれを隠そうとする。
「そんな辛気臭いフードなんか、お祭りにふさわしくないでしょ」
「ビトちゃんって獣人だったのか!」
「そんな可愛いのに何で今まで隠してたの?」
「……良い肌触り」
「ふえ! 急に触らないでくださいよロゼさん!」
「私も触っていい?」
「リリーさんまで! ……まあいいですけど」
「……すごい、モフモフしてる」
「ひぅ、くすぐったいですって!」
人間とゴブリンとの宴の場では、未だ根強く残る獣人に対する偏見や抵抗などもどこかに飛んで行ってしまった様子であった。
かくしてお祭りは大いに盛り上がり、数刻後にはアリスの音頭がなくても互いに歌い合ったり語り合ったり出来るようになるほど、打ち解けていった。
「これからもよろしくお願いします。ゴブリンの皆様」
「こちらこそ、人間の皆様」
日も暮れ、月が顔を出し始め、お開きとなるころ、クレイグの村長とゴブリンの代表者が和解の握手を交わしつつ、クレイグの逸話に習って言った。
「さて、お祭りの主催者に締めてもらうとしますか……おや、アトゥエリス様はどこに?」
「今アリス嬢は眠っている」
「むう、それは残念なことだ。ではここで解散とするか」
「仕方ないさ。あれって凄く疲れるらしいんだ……。それに、もう神なんかいなくても、あんたらだけでこの奇跡をずっと保ち続けなきゃならないからな」
「……スローン、それかっこいいこと言ったつもり?」
ビクッとしたスローンが声のしたほうを振り返ると、顔を真っ赤にして目を据わらせているリリーが立っていた。
「……なんだあんたか。一瞬アリス嬢かと思ってびっくりしたぜ」
「なんだとはご挨拶ね。やっぱりあのセクシーなかっこのアリスちゃんのほうが良かった? 私も結構身体には自信あるんだけど」
リリーはわざとらしく肩を露出した。
「ふぅん、結構逞しいな。弓って筋肉つくんだな」
「……なんか、冒険者としては褒められてるんだろうけど、複雑な気分ね」
段々と大胆になっていくリリーをガイツが諌めた。
帰路もそれはそれは騒がしいものとなった。
「……これで、一件落着」
シスター服に戻ったアリスは、祭礼用に豪奢な装飾が施された馬車の中で、眠ったままそう呟いた。