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twins  作者: 津辻
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Act2 … Rei


 頭が、重い……。


 保健室で仮眠を取ったのは全くの無駄だったようだ。

 三時限目を保健室で過ごし、四時限目から授業に出ていた明は後悔した。

 ――こんなことだったら、わざわざあんな保健医がいる保健室に行かなければ良かった。

 昼休み後の二時間を気力でやり過ごした明は、やっとの思いで帰り支度を整え昇降口を出た。

 しかし、明が向かったのは学校の敷地の外ではなく、学校の裏庭。

 大きな広葉樹に寄りかかり、明は口を開いた。


「あの、来たんですけど」


 辺りを見回しても誰も居ないように見えるが、明の口調はまるで近くに誰かが潜んでいるかのようだ。

「出てこないなら、僕帰りますよ?」

 挑発するような口調で明がそう言った時だった。


『――っ待って!』


 同年代の少女の叫びに近い声で引き留められた。

 やっときたか。

 溜め息を吐いて広葉樹に寄りかかり直すと明は視線を辺りに巡らせた。

 確認しているということは、周囲に自分以外の生徒が居ないかということと、さっき自分を引き留めた彼女が何処にいるかということである。

 しかし、前者は確認できても、後者は確認できなかった。

 やっぱり見えない、か……。

 明はそんな思いと共に溜め息を吐く。

 周囲には、視覚的には誰も居なかった。もちろん、引き留めた彼女も。彼女がどこかに隠れているわけではない。

 ――彼女が『見えない』のだ。

『ごめんなさい。本当に話を聞いてくれるとは、思わなくて……』

 話し掛けるのを迷ったため声が出せなかったのだろう。声が意外に近くで聞こえた。しかし、どんなに近くに存在しても明には見ることが出来ない。

「そうですね。僕も幽霊であるあなたの話を聞くことになるとは思いませんでした」

 そう。彼女は幽霊なのだ。だからこそ、明しか彼女の話を聞くことは出来ない。

『……どうして?』

「え?」

『どうして、あなたは私の話を聞いてくれるの?』

 彼女の質問に少し戸惑う。どうして、と問いかけられても、今まで自分に話し掛けてきた幽霊達の話を聞いて当たり前のように送り出してきたのだ。

 だから、今更理由など無い。

 有るとすれば――

「……あなたが僕に泣きついてきたからじゃないですか」


「――見っけ」


 急に意識が現実に戻された感じがした。

 死角から誰かの声が聞こえて警戒する。

「! 誰だっ!」

 見つかった。さっきまでは誰も居なかった筈なのに。

 自分の深くとさっき彼女と話していた内容(霊感の無いものが聞けば独り言)が聞かれてはいないかという不安でパニックになる。

 それでも、何とかして誤魔化すか、バレてしまったら口止めをしようと思い、樹の向こう側に回ると、知っている顔が居た。

「っよ」

「東藤――黎……」

 怒り混じりの明の声にも動じることはなく、黎はニコニコと話し始めた。

「いやー、帰ろうと思ったら明の声が聞こえてついつい立ち聞きしちゃってさ。悪い」

「……」

「あ、俺の事は呼び捨てで良いから! 俺も明って呼ぶからさ!」

 空気を読めているのか、読めていないのか。黎の口は止まることがないと思えた。

「……なぁ、」

 しかし、急に声色が真剣になり、思わず黎の顔を見た。黎の眼は真剣で、思わずたじろぐ。


「明が話していたのって、あの人……?」


「?!」

 誰も居ない空間を黎は指差す。

『――っ!?』

 どうやら彼女も驚いているらしく、息を飲む音がした。

「――東藤……お前、何が言いたいんだ?」

 こいつ、彼女が見えているのか――?

 明は疑心の眼で睨むが、黎はお構いなしに頬を緩めた。

「彼女が見えるって言いたいんだけど?」

「普通は信じないだろ」

 平生を装って答える。心臓がバクバクと音を立てていたが必死に抑えた。

「……だけど、明は信じるんだろう?」

「……っ」

 平生を装っていたのが思わず崩れた。

 信じないと言えば嘘になる。実際、明には幽霊の声が聞こえるのだから。

『……ねぇ。あなた、本当に、私が見えるの?』

 彼女が恐る恐る黎に尋ねる。

「なぁ、どうしたんだよ? 幽霊の存在を信じないのか……明がさっきまで話していた彼女は本当に存在するのか、しないのか……」

 しかし、黎は明から目を逸らさず口を開いた。

 ――まるで、彼女の声が聞こえないとばかりに。

「……お前は、どうなんだよ」

「俺は、信じるよ。彼女も存在すると思ってる」

 即答だった。

 真っ直ぐ自分を見る黎の視線が嫌で、明は目を逸らした。

「……」

『……じゃあ、どうして――』

 彼女が呟いた言葉は聞き取りにくく、意識が耳に集中した。


『どうして、私が話しかけたときに返事をしてくれなかったの?』


「?」

 明は耳を疑った。彼女が何人もの生徒に助けを求めるように話しかけていたことは知っていた。しかし、黎にも話しかけていた上に、黎がそれに答えなかったとはどういう事なのだろう。

「東藤、どういうことなんだよ」

「え? なに?」

「聞こえなかったのかよ」

 何かがおかしい。

 明は直感で悟る。彼女の声はそこまで聞き取りづらいわけではなかったはずだ。だとしたら、どうしてさっきから黎は彼女の言葉に反応しない?

 回答を待つように黎の顔を凝視する。黎は困ったように眉を顰めた。

「もしかして、さっきからあの人、喋ってた?」

「はぁ?! 喋るどころかお前に尋ねていたんだぞ?!」

 何を言い出すんだこいつは。

 もう、訳が分からなくなってきた。それはまるで――『見えるけど(・・・・・)聞こえない(・・・・・)』みたいじゃないか――。

 ――こいつは……、東藤は、何者なんだ……?

 疑心が強くなった明を前にして黎は、困ったように眉を下げ、右手を頭の後ろに持っていった。

「あー、そうだ、明は知らないんだよな」

 ――知らない?

 続きを促すように明が視線を向けると、黎は、ふっと横を――つまり、彼女の方を向いて頭を下げた。


「ごめんなさい。俺、君の姿は見えるけど、話している声が聞こえないんだ」


 さっきから微妙に話が噛み合わないのはそういう訳なのか。ずっと思考の殆どを占めていた疑問が消え、少しずつ余裕が生まれる。

 頭を上げた黎は明の方に向き直った。

「そーゆーこと」

 ニカッと明るく笑った黎。

『そうなんだ……』

 ほっ、と息を吐いた音がした。どうやら彼女の動揺は治まったらしい。

「分かってくれた?」

 黎はどうやら明と彼女の両方に問うてるらしい。

 これなら、明の能力について不用意に言いふらす事は無いだろう。

「あぁ」

 安心した明は声に出して答え、彼女は黎が視線を向けた時に行動で答えた(らしい)。黎は嬉しさと安心が混ざったような和かな表情を彼女に向けていた。

「良かったー……、いつまでもそんな目で睨まれてるのは心が痛いからさ――これで、頼める」

「頼む?」

 疑問が消えたと思ったら次から次へとまた出てくる。明はまた顔に疑心を浮かべた。

「あー、でも後で良いや。どうせこれから長い付き合いになりそうだし」

「はぁ!?」

「だから、その前にあの人の話を聞いてあげなきゃだね」

 急に話を方向転換させた黎に戸惑いを隠せなかった。

 自分から疑問を浮き上がらせておいて何様のつもりだ。しかも、長い付き合いになる?

 そもそも明は、こんな掴み所がなくて存在しているだけでも目立つ奴とは付き合いたくない性分だ。

 それなのに、黎は勝手にそれを決め、更には彼女の話を聞くと言っている。彼女の声が聞こえないのに、だ。

 急に怒りがふつふつと沸いてきて手が震える。

『わ、……私は良いから……あなたの……って聞こえないんだ、よ、ね……』

 彼女は焦ったようにつっかえながら、自分を後回しにするように促してきた。が、それすらも明の怒りを増幅させる要因の一つになっていた。

「と言っても、俺にはあの人の声は聞こえないから、明に聞いてもらうしか出来ないけどね」

 あはは、と笑った黎。

 やっぱり、結局は人任せではないか。

 明はとうとう堪えきれなくなった怒りを吐き出した。

「っざけんなよ! 僕はお前と何の関係もないし、長い付き合いにするつもりもないっ! だいたい、彼女の話を聞くつもりでここにいるのに、どうしてお前の頼みも聞かなきゃならないんだ!?」

 一気に捲し立てるように言ったため息が上がる。

 黎は驚いた顔をしたが、それは一瞬で、すぐに真剣な顔になった。

「明にしか、頼めない事なんだ。 だから、明は引き受けてくれるはず」

 決めつけるようにキッパリ言い切った黎。

「決めつけるなよっ! 出会って間もない奴なのに、どうしてそう言い切れるんだよっ!?」

「さぁ、何となく、かな?」

「――っ」

 だったらどうして僕なんだ。

 怒りに燃えた目を黎に向ける。が、黎と目が合った途端にその怒りが消えていく。

 ――何なんだよ。

 自分の感情なのに、分からない。怖くなった明はくるりと踵を返した。

「あ、明!」

 黎が呼び止める声に振り向きもせずに明は走り出した。




 校門を出て足を止めた。運動が苦手な事と体力の無さが影響して、息がすぐ上がってしまう。荒い息をしながら後ろから黎が追いかけて来ないか不安になって振り向いたが、誰も追いかけて来ることは無かった。

 誰も居ない。その安心と走り疲れたのとでそれ以上足が動かなかった。

 学校の敷地を囲っているフェンスに寄りかかり、座り込む。

 感情を爆発させたことなんて今まで無かった。そんなことをすると自分の心の枷が外れてコントロールできなくなりそうだったから。

 だけど、さっき自分は黎に対して感情を爆発させた。しかも――

「……っ何なんだよ……あいつの()……」

 あの時、視線が合った途端に怒りが収まっていった。

 明を見る黎の瞳は優しくて、一瞬、考えてしまった――東藤なら、感情をさらけ出しても――

「……馬鹿みたいだ……僕は、まだ求めてるのか……?」


 自分を理解してくれる。そんな存在を。



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