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犬の世界にとりっぷ!  作者: 喜多彌耶子
犬の世界へようこそ!
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お話を伺うと、基本、この世界に落ちてきた人は、上位種とよばれる種族――今他に保護されている方達を例にとるならば、虎族・豹族・狼族・羊族など、獣型に変化できるうち、力ある種族――に保護され、働く道を見つけるのが、主なのだそうです。

他の方達は、それぞれの族の保護された主に気に入られて、その屋敷で働いておられるとか。

本来ならば、私も、どこか狼族などの方の所に預けられるのでしょうが、レヴィアンさんの――レヴィアン様、とお呼びするべきでしょうね――たってのお願いにより、こちらのお屋敷にて働かせていただくこととなりました。

そうすれば、他の方の所にいくことなく、働き口をみつけることもできる、とのことで。

そもそも、レヴィアン様は、医療に携わる方で――それも、割りと小さな子を主に見ておられるとか――あるが故に、ならば動物看護士をしていた私でもお役にたてるだろうと、そう思ったのもきっかけのひとつではあります。


こうして、私は、遠く異世界の、犬の種族の方の所へと、身を寄せることになったのです。




用意された部屋は、ひとり分にしては広く感じましたが、こざっぱりとして心地よいものでした。

広くはあれども、家具などもシンプルな装飾なものが多く、落ち着きます。


のちに話を聞いた所によると、犬族や狼族はこのようなシンプルなものを好むとか。質実剛健、という雰囲気の種族なのですね。


一日の仕事を終え、レヴィアン様たちと遊び倒して――ええ、っと、フリスピーやボール遊びが、彼らのお好みのようです。お手とお変わり・お座りをさせてしまいましたら、のせられたルゥ君は怒りつつも凹み、やはりのってしまったライさんは複雑そうに項垂れ、レヴィアン様は自分からのってこられて、服従のポーズをとろうと自主的になさったので、それはさすがにお止めして、と、楽しく過ごしまして――いつものように湯浴みをすませ、与えられた部屋で、メイドさん――以前、給仕してくださった子はやはりチワワで、今私についてくれているのはスピッツのようです。少し元気がありあまってるようですが、寂しい気分になりそうなこんなときには、最適かもしれません――に用意してもらった夜着を纏い、就寝の挨拶を終えてでていった彼女達を見送って、ひとり、部屋の中、窓から外を眺めます。


見上げる空は、なんら、元の世界と変わらないように思えます。

けれど、ああ、けれど――確かに、ここは、異なる世界なのでしょう。

人が獣に変わるなど、聞いたことはありません。実際目にして、驚いてないと思われたようですが、これでもかなり驚いたのです。

なれたつもりですけれど、なれたからこそ、元の世界が懐かしくなることも、ございます。


ふう、とため息をつくと、気が緩んだのか、ほろり、と、涙が一滴、こぼれてしまいました。


いけません、泣くなんて。能天気が売りのわたしらしくありません。


そっと拭っていると、きぃ、と、背後の扉の開く音がしました。

驚いて振り返れば、そこには――白い被毛のところどころに灰色の混じる、大きな体の、一匹の犬、が。ゆったりとした足取りで、こちらへと向かってきます。


「……レヴィアン、様」


かなり大きな体を揺らして、そのボルゾイ――レヴィアン様、は、穏やかな顔をこちらにみせながらゆっくりと歩み寄ってきます。

そして、側まで来ると、じっと私を見上げてきます。


「夜分に失礼。――その、今夜は月がとても綺麗だったので」


どこかごまかすように、言い訳の用に口にされる言葉に、思わず顔がほころびます。

僅かに微笑んで、その場に膝ついて、視線を合わせます。


「ようこそ、レヴィアン様。このような姿で失礼します」


「――泣いていたのですか、ナナ」


聞こえた声に、ぱちりとまたたきます。

ふっとおかしくなって、笑みが浮かびます。ゆっくりと手を伸ばすと、その柔らかく長い被毛に指を通して、ぎゅっと抱きしめます。


「そう、思われますか?」


「ナナの匂いはいつも心地よいけれど――今日は涙の匂いが」


すると、顔を寄せてぺろり、と頬を舐めたのです。

くすぐったくなって、小さく笑いを漏らすと、するりと甘えるような仕草でほお擦りしてきます。


「いいえ、レヴィアン様。大丈夫です。ご心配をおかけしましたね」


子供にするように語り掛けて、ゆっくりとその体をなでます。柔かな毛並みと、暖かな感触は、寂しさを浮かび上がらせた心を、ふわりととかしてくれるようで――私は、さらにぎゅっと強く、しがみつきました。


レヴィアン様は、何も言わず抱きしめられていてくださって――時折、宥めるようにすり、と顔を寄せてくださいます。


――暖かい。


私は、思います。

ここに落ちてきて、よかった、と。

ルゥ君や、ライさん。そのほか、シェパードの近習であるジルさんや、チワワやスピッツ・マルチーズなメイドさんたち、レヴィアンさまの所で診療を受ける子犬や子狼、子虎や子豹たちや子猫たち――彼らに出会えて、本当によかった、と。

ふわふわと暖かな気持ちになって、私はするりと、レヴィアン様のまねをするように、その体に頬を寄せました。

レヴィアン様は小さく唸ると、深くため息をついて、まるで私を守るように丸く、包みこむようにその場にお座りなさいました。


暖かい被毛に包まれるうち、私は気がつけば眠ってしまっていて――目が覚めて、いつのまにか移動していたベッドの上で、隣に人型のレヴィアン様をみつけて、軽くパニックになって悲鳴を上げた私に、ルゥ君やライさんがかけつけて、少しばかり騒ぎになってしまったのは、また別のお話。


そんな、私での異世界での生活は、思ったよりも暖かく、幸せに過ぎて行きます。


色々なことがあり、いろいろな想いが胸をよぎりますが――私は元気です。





おしまいっ。



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