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拝啓 お母さま
遠く離れた空の下より、貴方の娘がお手紙いたします。
急に消えてしまった私のことを、貴方は探しておられるでしょうか?
お父様は、いかほどに悲しんでおられるでしょうか。
そのことを思うと、私の胸は哀しくて、切なくて、張り裂けてしまいそうです。
けれど、心配なさらないでください。
私は――今、幸せです。
ささやかながら、生きていくすべを得ました。
元の世界で学んでいた知識を、僅かながらではありますが生かして、この世界で、幸せに暮してゆきます。
そうこの世界――信じられないかもしれませんが、私は、今、物語などでいうところの、異世界に来ております。
いつか、もしかするといつか、帰れる日が来るかもしれません。
そのときはきっと、この世界での私の経験を、お話いたしますね。
届かないけれど、想いを込めて。
貴方の娘 ななより
書いた手紙は丁寧に封をして、私にご主人様が与えてくださった部屋の、シンプルな机の引き出しにしまいます。
ふう、と、ひとつ吐息をついて、そっと窓へと歩み寄ります。
眼下に広がるのは、広い庭と、その向こうに見える森。
温かな日差しを感じて、思わず笑みが漏れました。
――今日も、お誘いがあるのでしょうか。
ノックの音が聞こえてきました。
「はい。どうぞ」
「――ナナ」
そこに居られたのは、白に見える色合いの中に灰褐色の混じった不思議な色の長い髪を持ち、深い色合いの瞳の、背の高い知的にすら見える若い男性。
恐らく二十前後でしょうか――私のご主人様であり、この屋敷の主でもあられる、レヴィアンさまです。
「ごきげんよう、ご主人様。――どうかなさいましたか?」
ゆっくりと椅子から立ち上がり、ふわりと腰をおります。そして、不思議に思いつつ僅かに首を傾けて、ご主人様にお伺いします。
「いや、なにその、ああ、これから暇なら、裏庭にでも散歩に行かないか?」
きょときょとと視線を彷徨わせながら、ちらちらと視線をむけつつ、こちらに問いかけてこられる、ご主人様。
それはまるで、あそんであそんでとおねだりしてくる子犬のよう。
あまりの愛らしさに、顔が緩んでしまいます。
「はい、今日はすでに仕事は終わっておりますので喜んで」
ぱぁっと、顔を輝かせるご主人様。と、その後ろに、あらあら、尻尾が出てしまっておられますよ。
あら、まぁ……しかもぶんぶんと激しくお振りになって――喜んでいただけているようです。
「では、いこう!」
早く早くと、扉の所で催促するご主人様に、はい、とひとつ頷いて、くすくす笑いをこぼしながら私は、家を出たのでした。