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ノンデリ婚約者は不要です

作者: 八神シュウ
掲載日:2026/09/27

「シャロン!こいつは同じ騎士科のオーブリーだ!」


 放課後。婚約者のジェイデン様を、王立学園の中庭にある噴水近くのベンチで待っていた私は目を丸くする。ジェイデン様がオーブリー様の肩を抱いて現れたからだ。


「な!何をなさっておりますの、ジェイデン様?!」


 婚約者ではない異性の体に気安く触れるなんて言語道断。さらに呼び捨て。私は思わず目眩を起こしそうになるが何とか堪える。


「え〜?男友達みたいなもんだよオーブリーは!」


 あっけらかんと笑うジェイデン様に、私は思わず額に手を当てた。そんな訳無いでしょう。私はちらりとオーブリー様に目配せした。彼女は申し訳なさそうな顔をして小さく頭を下げる。オーブリー様は悪い人ではなさそうだ。


「今日は、騎士科の連中で街に行くことになったんだ!またな!」


 そういうことは決まった時点で教えて欲しいと考えながら、私は二人の背を見送る。肩を抱かれたオーブリー様は、しきりにこちらを振り返り頭を下げていた。私は小さく顔を左右に振って、気にしていない事を伝える。ホッとしたオーブリー様の様子に、騎士科では良くないことが起こっているのではないかと私は探りを入れることにした。


────


 オーブリー様を紹介されて一ヶ月後の昼休み。昼食を終え、王立学園内にある園庭で友人たちとお茶を楽しんでいると、突然背後から名前を叫ばれた。


「シャロン!」


 振り返ると元婚約者のジェイデン──アレン伯爵令息が目をつり上げて立っている。何の用かしら?近くに控えていた学園を警備している騎士がさり気なく私たちのテーブルに近付いたので、流石だわと考えながら淑女らしい笑みを顔に貼り付けた。


「何の御用でしょう、アレン伯爵令息?」


「何故、婚約を解消した?!」


 そういう所ですと言いたくなるのをグッと堪える。このような公的な場で、婚約解消の理由を訊ねるなんて、アレン伯爵令息の頭の中はどうなっているのでしょう?婚約を解消出来きて良かったと私はつくづく思った。


「この場で説明が必要ですか?」


 周りの痛い視線に気付いて欲しいわ。これが最後の親切よと私はアレン伯爵令息を見上げた。


「あぁ。タウンハウスに行っても門前払いされるし」


「まあ」


 タウンハウスに押しかけていたことに驚つつ、私を彼に会わせなかった家族と使用人たちに感謝する。アレン伯爵夫妻が彼に説明を怠っているとは考えられないし。コレは頭が痛いわねと、私は小さく溜め息を吐いた。


「先触れがなければ、お通しすることはできませんわよ?」


 子どもでも知っておりますわと含んで伝えると、アレン伯爵令息の顔は真っ赤に染まる。じりじりと騎士が距離を詰めてきました。まわりをちゃんと見ている方のようですので、我が家の護衛に勧誘したいですわ。


「っ!私たちは婚約者だろう!?」


「婚約は解消されましたし、婚約中はきちんと先触れをいただいておりましたわ」


 ぐっとアレン伯爵令息は唸る。まさか、今まで先触れは使用人が出していたのかしら?私は肩で息をするアレン伯爵令息を見上げた。


「婚約を解消した理由ですわよね?『男友達みたいなもんだから』と、騎士科のご令嬢方の体に気安く触れたり、女子寮に押しかけたり、更衣室やお手洗いを覗こうとなさったからですわ。節操なしの女好き、貞操観念のない方はお断りです」


 シンと園庭は静まり返った。同じテーブルに座る友人たちには、婚約解消の理由を伝えてあるので、アレン伯爵令息が登場した時から冷たい目を向けている。周りのテーブルから、ヒソヒソと話し声が聞こえ始めると、ポカンとしていたアレン伯爵令息は再び顔を赤くして大声を出した。


「騎士科は!昔から男女の垣根がなくて……」


「騎士科のご令嬢方は嫌がっておいででしたよ?抗議をしても、騎士科の先生方は聞く耳を持たなかったようですが……」


 私がにっこりと微笑むと、アレン伯爵令息は顔をサッと青くする。


「まさか……最近、先生方が代わったのは……」


 陸に上がった魚のように、アレン伯爵令息は口をはくはくと動かした。


「父がこの学園の理事の一人であることを、お忘れですか?」


 王立学園なので理事長は王族が担っているが、理事会の理事は複数の貴族が務めている。我が家はその理事を務めている家門の一つだ。父から「学園内で不穏な様子があれば直ぐ教えるように」と私を含め、兄弟たちは念を押されていた。


 数十年前に、当時の王子殿下が学園で出会った貴族の養女となった平民の少女との恋に溺れ、卒業記念パーティーで婚約破棄騒動を起こしたそうだ。それが契機と成り、王族を理事長、複数の貴族を理事に据え、教育面については学園長を置くこととなった。婚約破棄の理由とされていた事件は捏造がほとんどで、当時の王子殿下は北の塔へ幽閉、少女は貴族籍を抜かれ平民に戻された後、鉱山に送られた。現在、二人とも存命ではあるそうだが、生かさず殺さずの地獄の日々を送っていると聞いた。


 私は目を細めて口角を上げる。


「学園の風紀を乱すようなことを、見逃す訳にはいきませんから。そんな風紀を乱す者と、学園の理事を務める家門である家の娘が結婚する訳にはいかないでしょう?」


 その発言に顔を真っ赤にして拳を振り上げたアレン伯爵令息を、騎士が取り押さえた。アレン伯爵令息はジタバタと暴れるが、本物の騎士に敵うはずもなく、見苦しい姿を晒している。友人たちは、道端のゴミを見るような目でアレン伯爵令息を見ていた。


「風紀を乱すだけでなく、暴力を振るおうとするなんて。騎士道をお忘れですか?」


 私は小首をかしげながら、取り押さえられたアレン伯爵令息を見下ろす。


「シャロン!」


 憎悪に染まった目でこちらを睨むアレン伯爵令息に私は微笑みかけた。


「ご安心下さい。アレン伯爵令息と同じ行動を取った方々も同じく婚約を解消されておりますし、騎士科から転科または転校されることになりましたので」


「は?転、科……?」


 アレン伯爵令息はポカンと私を見上げる。あら、まぁ。もう少し腹芸ができるようなられたほうが良いですわね。私は間抜けな顔をしたアレン伯爵令息に小さく頷いた。


「はい。アレン伯爵令息は経営科に転科なさると伺っております。小テストを含め、赤点が五回連続すれば落第となる……」


 私たちは現在二年生。半年後には最終学年の三年生となる。同じ二学年に転科して、赤点を取らずに済むかしら?それとも一年生に混ざって授業を受けるのかしら?他人事なのでどうでも良いわ。私はアレン伯爵令息から視線を外し、姿勢を正した。


「ま、待て!シャロンの領地は、魔獣が出るじゃないか!我が家の騎士団の助けがなければ、領民たちが……」


 我が家の領地は魔獣が出没する森に面している。その出没頻度が増し、我が家の騎士団だけでは対応しきれなくなってきていた。その為、国内でも指折りの騎士団を有するアレン伯爵家と縁を結ぶ婚約だった。私は再び笑みを貼り付けて、アレン伯爵令息を見下ろす。


「我が領地の領民たちの心配よりも、ご自身の心配をなさっては?何故、ご自身が経営科に転科させられるのか、お分かり?」


 アレン伯爵令息は眉間に皺を寄せ、怪訝な顔で私を見上げる。本当にこの方、頭は大丈夫かしら?もし、このままアレン伯爵令息を後継とするのであれば、他学園の騎士科に転校させて火消しをしただろう。転科となったのは後継を降ろされ、婿入りか自立する為の勉強をしろということだ。まあ、それを教える義理はないわね。私は少し目を伏せた後、姿勢を正した。友人たちはアレン伯爵令息を全く気にも止めず、午後の授業の話を始める。


「おい、シャロン!」


「アレン伯爵令息。こちらにどうぞ」


 二人の騎士に両脇を掴まれ、引きずられるように連行されていく。行き先は指導室でしょうね。私は横目で見苦しく騒ぎながら連行されていくアレン伯爵令息を見送った。


───────


 アレン伯爵令息の突撃を受けて二週間後。授業が終わり、図書室に向かう途中で声をかけられた。


「シャロン様」


 振り返ると、オーブリー様と数名の女子生徒が小走りでこちらにやって来る。オーブリー様たちは、私の前で立ち止まると騎士らしい身のこなしで一礼した。


「この度は、私たち騎士科の女子生徒のために声を上げて下さり、ありがとうございました」 


「いいえ。今はご不便はございませんか?」


「はい。しっかり学ばせていただいております」


 顔を上げ、爽やかな笑顔を浮かべたオーブリー様からそう言われ、私は口角を上げる。オーブリー様の背後の女子生徒たちの顔も、晴れやかなものだった。


 淀んだ空気が排出され、騎士科は風通しの良い科になったと、女子生徒だけではなく、男子生徒からも声が上がっていた。たった二週間でそう言われるのだから、アレン伯爵令息たちの女子生徒たちに対する行いは酷いものだったのだろう。それを良しとした教師陣は頭の中には何が詰まっていたのかしらね。私はオーブリー様を見上げた。


「オーブリー様。今度の剣術大会、楽しみにしておりますわ」


 私の言葉にオーブリー様は一瞬目を丸くしたが、直ぐにはにかむような笑顔を浮かべる。とっても眩しい笑顔だ。


「ありがとうございます。シャロン様が応援して下さるなら優勝出来そうです」


 その発言を聞いた周りの女子生徒たちに小突かれるオーブリー様。楽しそうな彼女たちに思わず笑みが深くなる。


「ふふ。オーブリー様、良い友人に恵まれておりますね」


「はい。シャロン様、本当にありがとうございました。剣術大会、頑張りますね!」


 オーブリー様はそう言って一礼すると、女子生徒たちも頭を下げた。そして、楽しそうに笑いながら去っていく。あの日、申し訳なそうにペコペコと頭を下げていた姿とは違い、背筋を伸ばして歩く姿に、私は眩しいものを見るように目を細めた。


 図書室へ向かう廊下の角を曲がったところで、私は赤い髪が目に入り頭を下げる。


「やあ、シルヴェスター伯爵令嬢」


「ご機嫌麗しゅう、ニコラス殿下」


 第二王子のニコラス殿下が私に声をかけてくださった。緊張で喉から心臓が飛び出しそうだわ。「頭を上げて」とニコラス殿下から言われ、私はゆっくりと頭を上げた。


「騎士科の件、見事だった」


「とんでもないことでございます。父のお陰です」


 私は軽く頭を下げる。騎士科を調べるきっかけは私かもしれないが、調査をすると決めたのは父たち理事だ。殿下はフッと小さく笑った。


「……あの阿婆擦れと結婚せずに済んだ。礼を言う」


 アレン伯爵令息たちが女子生徒たちに馴れ馴れしく振る舞ったのは、ニコラス殿下の元婚約者カルミア・ダービー辺境伯令嬢が焚き付けたからだった。見目の良い騎士科の教師や男子生徒を侍らせ悦に入る彼女は、自分だけでは目立つために騎士科の女子生徒たちにも“仲良く”することを強要していた。


 将来の王子妃かつ国防を担う辺境伯の娘。

 女子生徒たちが逆らうことは出来ない。


 「ニコラス殿下をお守りしたい!」と騎士科への進学を希望した心意気は何処に言ってしまったのかしらと、私は父から調査結果を聞いて頭が痛くなった事を思い出す。


「ダービー辺境伯には色々と疑惑があってね。娘を娶ることで切り込んでいこうと思っていたんだが、手間が省けたよ」


 ニコラス殿下の言葉に私は曖昧に微笑んだ。これは、聞いても良い内容かしら?と、少し汗ばんだ手を握る。このまま話しを聞いていたら、面倒なことに巻き込まれそうと私は口を開いた。


「申し訳ございません、殿下。婚約者を待たせておりますので……」


 私が苦笑いを浮かべると、ニコラス殿下は片眉を上げる。


「婚約者?」


「はい。魔術師のラザラス様と婚約をいたしました」


 新たな婚約者のラザラス様は、五つ上の魔術師で元平民だ。平民といってもラザラス様のお母様はスクロールの販売を扱う裕福な商家の方で、ラザラス様のお父様は隣国の男爵家の四男。


 幼少期からスクロールに触れる機会の多かったラザラス様は、学生の頃から精度が高く、不発や暴発の少ないスクロールを製作する魔術師として名を馳せている。最近、魔獣を沈静化させる魔獣避けのスクロールを作製した功績を認められ子爵に叙爵された。ラザラス様は、魔獣の被害を相談した縁で平民の頃から我が家に頻繁に出入りしている。騎士科の調査の際にも色々と手を貸して下さった。何事にも動じないラザラス様が、私に婚約を申し込みに来た際には見たこともないくらい緊張していた姿を思い出して、思わず口角が上がる。

 

「そうか」


 ニコラス殿下が心なしか残念そうなのは気のせいよね?私は笑顔を浮かべたまま口を開いた。


「騎士科の調査の際に、ラザラス様にお手伝いいただきました。お陰様でしっかりと証拠を提示できました」


 私がそう言うと、ニコラス殿下は目を瞬かせた後、小さく笑い声を出す。


「ほう。ダービー辺境伯を調査する際に協力を依頼しよう。正式な依頼は後日行う。ラザラス卿に言付けを頼めるか?」


 ニコラス殿下の要求に私は笑みを浮かべて頭を下げる。


「承知いたしました。御前、失礼いたします」


 姿勢を正すと私は図書室に向かって歩き出した。背中に刺さる視線に気づかないふりをして図書室に入ると、室内は本のページをめくる音とペンを走らせる小さな音が響いている。魔術書の書架に向かうと、ラザラス様が一冊の魔術書を熱心に読んでいた。


「ラザラス様」


 私が小声で呼びかけると、ラザラス様は顔を上げる。視線が合うと柔らかな笑みを浮かべた。


「シャロン嬢」


 ラザラス様は読んでいた本を閉じると書架に静かに戻す。そして、私をさり気なくエスコートして図書室を出た。廊下を歩く生徒はまばらだが、皆ラザラス様を横目で見ながら歩いていく。


「お待たせしました。ニコラス殿下に呼び止められてしまって……」


「左様でしたか。教室にお迎えに上がれば良かったですね」


 申し訳なさそうな顔をして、ラザラス様は私に手を差し出した。私はその手に自身の手を重ねる。そのまま、ラザラス様にエスコートされながら廊下を歩き出した。


「騎士科の調査の件でお褒めいただいただけなので、大丈夫ですわ」


 私がそう言うと、ラザラス様は何とも言えない微妙な表情になる。どうしたのかしらと私は小首を傾げた。ラザラス様は小さく咳払いをすると私を優しい目で見下ろす。


「それは良かったです。しかし、シャロン嬢は優秀で美しいですから……ニコラス殿下が横槍を入れてきたら、どう対抗すれば良いか」


 困ったように笑うラザラス様の熱のこもった視線に、私はポッと頬が熱くなる。私と婚約を続けるために戦って下さるのなんて、とても嬉しいわ。


「まあ。戦って下さるの?魔術師ですのに、騎士のように?」


 弾んだ声で訊ねると、ラザラス様は笑みを深めてコクリと頷きながら廊下の角を曲がった。ニコラス殿下の姿はなく、少しホッとしながら歩みを進める。


「勿論です。魔術師ですから、剣ではなく魔術で戦いますけど」


 それを聞いて、ラザラス様の腕に添えている手に僅かに力がこもる。どうしましょう。とっても嬉しいわ。私、ラザラス様が婚約者で幸せだわ。


「ラザラス様、嬉しいです。婚約者から大切にされるのってこんなに幸せなことなんですね」


 私の発言に、ラザラス様は柔らかく微笑んだ。


「私もシャロン嬢が婚約者で幸せですよ。今日は街のティーサロンを予約していますから、そこでゆっくりお話ししましょう」


 私はコクリと頷いた。そして、ニコラス殿下の言付けを思い出す。


「あ、ニコラス殿下からダービー辺境伯の調査のお手伝いをラザラスにお願いしたいとおっしゃっていました」


「シャロン嬢。今は他の男の話はしないで。ね?」


 すうっとラザラス様が目を細めた。嫉妬してらっしゃるのかしら?可愛らしいわ!私は小さく頷くと、ラザラス様と校舎を出て馬車止めに向かう。空に雲はなく、輝く太陽に目を細めた。

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